第十一話 完勝
聖魔剣ルシフェリオン。
かつて魔王との戦いで砕けた、前世の統也が振るった、かつての世界最高にして最強の剣。
ルシフェリオンは前世の統也が死に、転生した後も、異空間にて存在し続けた。
刀身が砕け、柄もボロボロになり、剣としての役割すら果たせない、ガラクタな状態であった。本来は自己修復機能さえ持ち、時間さえかければ完全修復すら可能であったが、核に致命傷に近い傷を負ってしまったため、それすら叶わなかった。
しかしルシフェリオンは諦めなかった。転生を果たした統也との繋がりが消えていなかったからだ。
そこへ舞い込んできた霊創の儀がルシフェリオンにとって最大の幸運であった。
魔力とは違う未知の力が、繋がりから流れてきた。
ルシフェリオンは歓喜した。未知の力はルシフェリオンの損傷をすべて癒やし、修復していく。
それでもまだ足りなかった。霊創の儀で手に入れた力は、本来霊創器に備わる能力を形成する霊力と霊脈から流れる膨大な力の両方を取り込んだと言うのに、完全回復とは行かなかった。
それにまだ足りない。以前と同じでは駄目だ。あの魔王との戦いで自分は最後まで彼と戦い抜いた。
しかし結果は剣としての形を失い、力を失い、壊れたと言っても過言ではない状態であった。
だから自らも強化しなければならない。強くならなければならない。
ルシフェリオンはその後も、統也から霊創器を通じて霊力を得て、自らを強化し続けた。
そしてついに、再び統也の下へと姿を現すことが可能となったのだ。
統也が鞘より抜き出した漆黒の刀身。見る者を惹き付け、魅了する黒。同時にすべてを包み込む夜の闇のように、どこか人を安心させる輝きを放っていた。
「な、なっ! 馬鹿な! 何なんですか、それは!」
「これか? 言っただろう、俺の聖魔剣ルシフェリオンだって」
統也はそれだけ言うと剣先を赤鬼に向ける。
「さてと。こいつのお披露目だ。せいぜい俺の糧になってくれ。それと……」
持っていた鞘を錬の前に突き刺した。すると鞘は錬の周囲に霊力の結界を展開した。
「い、十六夜君!」
「そこで待ってろ。すぐ終わらせてくるから。結界を張ったから、そこにいれば余波もあんまりないだろ」
これで気兼ねなく戦える。統也は霊力を解放する。ルシフェリオンに霊力が流し込まれると、刀身が光り輝く。
「ば、馬鹿な! この霊力は!?」
霊力が高まっていく。あり得ない。なんだ、この異常なまでの高まりは!
「さあ、ルシフェリオン。俺とお前の二人での久しぶりの戦いだ。存分に、暴れろよ!」
統也の姿がぶれたと思えば、一瞬にして赤鬼の正面に彼の姿が現れた。
「があぁぁぁぁっっ!」
赤鬼は片腕を出し、その攻撃を受け止める。
「!?」
しかしその腕は、ルシフェリオンによりあっさりと切断された。最上級妖魔の中でも鬼の身体というのはかなりの硬度を持ち、鉄よりも固いと言われている。
だがまるで、豆腐を切断するかのようにあっさりと切断され、宙を舞った。
「そんな! あり得ない! 赤鬼の腕をあっさりと切断するなんて!?」
妖術師もこれには驚愕せずにはいられなかった。いかに霊創器とはいえ、まだ学生の、それも無能者や落ちこぼれと呼ばれた人間にこんなことが出来るとは思えなかったからだ。
「あ、赤鬼! 金棒を使いなさい!」
「があぁっ!」
赤鬼は虚空から黒い巨大な金棒を取り出した。統也に向けて、赤鬼は金棒を振り下ろす。豪腕から繰り出される振り下ろしの一撃は地面を抉り、衝撃を伝え、地響きを起こす。
「う、うわぁっ!」
結界に守られている錬でさえも、赤鬼の一撃には恐怖を感じる。あれが直撃すれば、一流の退魔士といえども無事では済まない。
「い、十六夜君!」
「おう。なんだ、不破。そこは安全だから、もう少しその狐と待ってろ。こいつらは俺が全部潰すから」
赤鬼から少し離れたところで、統也は剣をだらりと下げながら、一切焦りを感じさせない口調で錬に告げた。
「強いのは強いが、相性が悪かったな、赤鬼。これなら前に戦った鎧武者の方が面白かったぜ」
統也は赤鬼を見据えると、もう一度剣に霊力を通す。赤鬼はそのまま雄叫びを上げながら統也へと肉薄する。
「お前の敗因はいくつかあるが、どんな攻撃も当たらなきゃ意味が無い」
振り回される金棒。縦に、横に、豪腕から繰り出され、風圧だけでもかなりの物だが、統也にとってはあまりにも遅い攻撃だ。余裕を持って回避すれば、二次被害もない。どれだけの威力を誇ろうと、当たらなければ、ダメージを与えられない。
「それと、お前の攻撃は読みやすい」
経験則から来る予想。さらに金棒の攻撃も単純であり、予想外の一撃が来るなんてこともない。
「あと、お前はそのパワーとタフネスが売りだから仕方ないが、速さが足りない」
鎧武者ほど攻撃に速さがあるわけでもない。鋭さや技術があるわけでもない。だからこそ、今の統也にとっては御しやすいタイプなのだ。
「最後に、相手が俺とルシフェリオンだったことだな」
霊力が跳ね上がる。刀身に込める霊力は一万。ルシフェリオンはその霊力を十倍にまで増幅した。
「があぁっ!?」
一撃の霊力が十万まで高まると同時に、統也は鬼の首をそのまま一刀両断した。いかに妖力が二十万を超えていようとも、それは全体でのこと。首だけにそれだけの妖力が集中しているはずもない。
あっても一万や二万だろう。強者ならば一時的に妖力を首に集中させ防御しようとするだろうが、統也の速さに対してその動きはあまりにも遅すぎた。
金棒での防御も間に合わず、簡単に鬼の首は切断された。
巨大な頭部が宙を舞うと、ドンと地面に落ち、そのままごろごろと妖術師の方へと転がっていった。
あまりの光景に、錬も妖術師も言葉を失くす。先ほどまで余裕を見せていた妖術師も、これには動揺を隠せないでいた。
さらに驚愕すべきは、統也が二度、剣を振るうと、妖術師を守っていた二体の妖魔が次の瞬間には真っ二つにされていたのだ。
「!?」
何が起こったのか。単純に統也は霊力の籠もった斬撃を飛ばしたに過ぎない。
「そ、そんな。私の妖魔達がこうもあっさりと? い、いえ、あの赤鬼でさえ、まるで赤子の手を捻るように? それにその増幅率は……」
妖術師はぶつぶつと何事かを呟いているが、だからといって結果が変わるわけではない。
「さてと、まだ何か出し物があるか? 無いなら終わらせようぜ」
軽く言う統也だが、油断はしない。それで以前に痛い目を見たのだ。
「ふ、ふふふふ! あはははは! これは流石に予想外でした! まさかあの創真の無能者がこれほどとは! それにその剣の霊力増幅率! 十倍近い増幅率! 実に興味深い!」
「お褒めのお言葉どうも。けどだからって逃がすと思うか?」
「いえいえ、逆に逃げられないと思いますか? 私の手駒でも最高の物を、こうもあっさり潰されたのは業腹ですが、ここは素直に負けを認めて逃げるとしましょう」
「逃げられると思ってるのか?」
「思ってますよ? ここは私が作った異界です。抜け道くらいありますよ。では、残念ですが、ここはお暇いたしますね。今度会う時に、この礼はたっぷりとさせて貰います」
妖術師はそう言うと、輪郭をぼやけさせてこの場から逃げようとする。しかし……。
「なっ!?」
「転移なんて、させると思ってるのか?」
結界から逃げようとした妖術師だったが、術が上手く発動しない。何者かに術が妨害されている。
声のした方を見る。すると彼はすでに妖術師の目の前にいた。統也は剣を振り下ろし、妖術師の防御結界をこともなげに切り裂いた。
「っ!? な、何をしたのです!」
転移できない原因は統也にあるのではないか。そう考えた妖術師が叫ぶと、統也はふっと笑みを浮かべてこう答えた。
「自分の手の内をべらべら喋る趣味は俺にはないんでな。ご想像にお任せするさ」
ルシフェリオンがさらに眩い光を放つと、そのまあ妖術師を飲み込む。
「うっ、ううっ……」
さらに統也は剣を妖術師の身体に向けると、切っ先から霊力の刀身が伸び、妖術師の身体の中に浸透していく。
同じ霊力のはずなのに、妖術師にはまるで身体の中で暴れ回る生きた毒のようにも感じられた。
「ひいぃっ!」
「別に殺しはしないが、無力化させて貰うぞ」
人間の体の中には、霊力や妖力を操るための器官が存在する。その主な部位は丹田である。
丹田は霊力をコントロールするための重要な器官で、ここが乱れると一時的に霊力がコントロールできなくなってしまう。
しかしそこをピンポイントに攻撃するのは、霊力の扱いに長けた者でも難しい。重要器官であるために、無意識下でもそこは霊力によって防御力が高くなっており、自分以外の霊力や妖力を相殺する能力が他の部位とは段違いに高いのだ。
しかし、統也の強大な霊力とそれを操る技術、さらにはルシフェリオンの力で、彼は妖術師の丹田を破壊しせしめた。
完全破壊ではないが、かなりの時間と強力な治癒術をかけなければ元通りにはならないし、元通りになっても今までと同じように術を行使できるようになるのは、さらに先の事になるだろう。
高位の術者になればなるほど、術を操るには高度な技術が必要になる。緻密な霊力コントロールが必要だ。それを司る丹田を破壊されてしまえば、はっきり言ってしまえば、術者としては死んだも同然であった。
丹田を霊力により破壊されたことで、力が暴走したと同時に、信じがたい痛みが妖術師を襲う。あまりの痛みからか、どさりと妖術師の身体が崩れ落ちる。どうやら気を失ったようだ。
「終了だな」
統也は完全に無力化したのを確認すると、警戒は緩めないが一息つく。周囲を確認するが、ほかの視線は感じない。
この異界の結界も崩壊し、元の場所に戻ったようだ。
「助かったぞ、ルシフェリオン」
礼を述べると、ルシフェリオンはそれに応えるように一瞬、輝くと、そのまま姿を消した。
どうやら再び異界に戻ったようだ。
「はぁ、マジで助かった」
統也はルシフェリオンが、戦闘に耐えるまでに回復してくれていたことに安堵した。
なんとなく、霊創の儀の時から予想はしていた。あの時からずっと自分の霊力を何者かが吸収していることには気づいていた。朧気な姿が脳裏に浮かんだことも何度もあった。
自分の霊創器が鞘であったことも、それを確信に変えるものであった。
鞘は召喚器であり、自分とルシフェリオンを繋ぐ中継器でもあったのだ。
(今回の戦いでルシフェリオンの修復具合と性能も、少しは把握できたからな)
異界に戻ったのはまだ完全にルシフェリオンが修復しきれていないためであり、そこで再び統也から霊力を取り込んで、回復に専念するつもりのようだ。
(それに以前と少し装飾も変わってたしな。陰陽太極紋の玉も付いてたし。まああれで助けられたみたいだけどな)
先ほどの相手の転移の術を阻害できたのも、あれのおかげのようだ。他にも、霊力の増幅率は十倍と破格の性能を獲得している。
「不完全でもルシフェリオンが喚べるだけで余裕が出るな。あとは俺自身ももっと強くなる必要があるか」
ルシフェリオンが異界に戻ったのは、修復が終わっていないだけではない。あいつもまた強くなろうとしている。
自らを強化、否、進化しようとしているのだ。その片鱗は今回の戦いでも知ることができた。
楽しみだ。実に楽しみだ。思わずにやけ顔が出てしまう。どこまでも強くなれる。どこまでも強くなってやる。
ああ、あの時の感覚を。あの時の感情を。あの時のような時間を……。
「い、十六夜君……」
「おっ、悪い悪い。大丈夫か、不破」
狂気にも似た笑みを消し去る。友達に対する笑みを浮かべ直し、統也は錬を守っていた結界を解除する。
ぺたりと腰が抜けたのか、女の子のように座り込んでいた錬に近づくと統也は手を差し伸べて立たせてやる。
「あ、ありがとう。そ、それよりも、十六夜君って創真の人間だったの?」
「おう。今は名乗ることは禁じられてるけどな。なんだ、俺ってそんなに有名か?」
「う、うん。その……」
「ああ、そういう意味ね」
察した。どうやら無能者とか、落ちこぼれとか出来損ないとか、そう言った類いのものだろう。
「別に気にしちゃいないから、そんな顔するなって」
「で、でも、十六夜君がさっき出してた剣は創真の霊創器だよね!? あんな凄い霊創器を持っていて、最上級妖魔を簡単に倒せるのに無能者なんて!」
「まあ色々あってな。あっ、さっきの霊創器の話もあんまり公に喋らないでくれ」
「な、なんで? さっきの霊創器なら、誰も十六夜君を馬鹿にしないよ!」
錬の言葉に統也は苦笑する。
「いや、今はまだいい。こいつを明かすのは、それ相応の舞台の方が盛り上がるだろ?」
と、それらしいことを言う。
ルシフェリオンが完全ではないことや制約があることは述べない。先ほど妖術師にも言った通り、自分の能力をべらべらと話すのはリスクが高すぎる。
対策を取られる可能性もあるし、今の統也であれば、それは致命的な隙になりかねない。特にルシフェリオンの能力はまだ未知数。それに創真に対しても、完全にルシフェリオンを使いこなせないようでは優位に立てない。
別に敵対するつもりなどないが、やはり完全に使いこなしたあとに、先代宗主の四季に見せつけてやる腹づもりだ。
(あの婆、いつか泣かす!)
と、子供っぽい感情を抱いている統也。精神年齢は高いはずなのに、肉体に引っ張られているのか、少し幼いところがあった。
「わかった。でもありがとう、十六夜君。君のおかげでボクもこの子も助かったよ」
「くぅん!」
錬も子狐も礼を述べる。
「気にするな。俺もちょうど良い機会だったからな。さて、学院側には何て説明するかな」
結界が消え、元通りになった事で外への連絡も取れるだろう。このままこの妖術師を放っておく訳にもいかないので、統也は学院に電話をして、来てもらうことにした。
「妖術師も出たからな。学院に連絡して来て貰うか」
その後、駆けつけた教師達に事情を説明することになった二人が解放されたのは、夜も遅くになってからになるのだった。
投稿時間を変更します。
今回は遅れたので、早い目に。
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