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第九話 遭遇


 寮の共有スペース。食堂や読書スペース。果てにはトレーニングルームや簡易シアタールームなどを含めて、様々な施設が存在した。


 さらには退魔科に必須の参考書や、勉強スペースなども多々あり、上級生達が各使用していた。


「凄いね。学生寮なのに、こんなに色々あるなんて」

「ああ。寮の食堂なのに充溢していたな」


 本校舎の食堂は生徒の過半数が入れるくらい広く、メニューも多彩だった。対して退魔寮の食堂は流石に人数の収容的な観点からも広さは負けるが、メニューに関しては見劣りしないな。


 美味しいだけでなく、アスリート向けのメニューも多数有った。これだけでも優遇されているだろう。


「この学園でも、特に退魔科は優遇されてるみたい。寮の設備なんかもほかとはだいぶ違うんだって。話には聞いていたけど、僕もいざこれを見ると、少し圧倒されちゃうよ」


 これには、国立でありながらも、この学園を卒業して一流の退魔士として活躍するOBやOGが多額の寄付金を寄与している事が要因である。


 彼らは自分達に続く退魔士を育成すると共に、そんな彼らを自分達の方へと取り込みたいと言う思惑もあるのだ。


 在野の退魔士よりも、一流の教育を受けた人材を得たいと思う退魔士は、官民問わずに数多存在する。


 さらに退魔士として仕事を続ければ、少なからずの犠牲もあり得る。毎年、少なくない数の殉職者が出るのも、退魔士業界ならではである。二流、三流ならばまだしも、一流や超一流の退魔士でさえ、数年に二、三人は死ぬこともあるのだ。


 商売敵になる可能性もあるが、少しでも優秀な人材を育成し、確保しておきたいと言うのが、退魔士業界の本音であった。


「校舎の方に言ってみるか」

「うん。そうだね」


 寮から出て、校舎の方へと進む。とは言え、その距離は果てしなく遠い。


「あっ、十六夜君。あそこに貸し自転車があるよ」

「あれで移動するか」


 広い構内において、移動はもっぱら自転車である。ここは退魔科以外にもいくつもの学科が存在し、学ぶ学舎がそれぞれ違うのだ。


 さらに体育館や運動場、果ては退魔科専用の競技場まであるために、無駄に敷地面積が広くなっている。


 退魔科の生徒にしても、霊力を使えば身体能力を向上させることは出来るが、いちいち学内の移動に霊力を無駄に消費することはない。


 電動スクーターでないのは、楽せずに体力を付けろと言うことや健康促進の意味合いも兼ねてのことだ。


「偶にはサイクリングも悪くないな」

「風が気持ちいいね」


 二人は寮から自転車に乗り、学内を散策する。公園や森林浴に適した森や、大きな池なども存在する。

 ここは本当に人工島の上なのかと思う。


「ここは霊的にも綿密に計算されて作られたらしいよ」

「だろうな。結界も張り巡らされているし、監視も防犯カメラだけじゃなくて、監視用の式神の類いもいくつかいるな」


 隠行の術を用いて、隠蔽された式神を統也は確認する。式神は数こそ多くないが、それなりの術者が定期的に見回りを行っているようだ。


「凄いね。妖魔対策かな」

「ここは退魔士を目指す霊能力者が大勢いるんだ。雑魚はともかくとして、上位の連中なら目を付ける可能性はあるしな」


 最上級以上の妖魔には知性が高い者も多い。真正面から無理でも、絡め手ならばあるいは可能かも知れない。


 現在でも希に退魔士の一族が妖魔の群れに襲われて、一家もろとも喰われると言う凄惨な事件も起きるほどだ。


 さらに退魔士以外の一般生徒も多いのだ。警戒を厳重にしすぎることは無い。


「そうだね。でもそれを防ぐために、一線級の退魔士も何人も常駐しているらしいし、教員の質も高いって言う話だよ」

「ああ。どんな実力者なのか、実際に会うのが楽しみだ」


 創真一族の宗家や分家に比べ、それらの実力者のレベルはどうなのか。創真にいた時は、そう言った外の退魔士の戦いを実際に目にする機会は全くと言ってなかった。


 そう言う意味でも、様々な退魔士と出会えるこの学園に入学できたのは僥倖であろう。


「十六夜君、凄く楽しそうだね」

「それは不破もだろ。なんだ、お前も強い奴と戦えるのが楽しみなのか?」

「えっ? いや、僕は別に強い人と戦いたいわけじゃないよ。ただ、こうやって誰かと出かけるなんて久しぶりだったからかな。僕、あんまり友達もいなかったから……」

「そうなのか。俺の親戚にも友達のいないぼっちに近い奴がいるけど、不破からはそんな印象を受けないけどな」


 もしこの場に紫苑がいれば、また怒り出すだろうが幸いにして彼女はここにはいない。まあ遠い創真の本家で、当の本人が急に不機嫌になっていたりするのだが、それを統也が知る由も無い。


「ありがとう。でも残念ながら、殆どいないんだ」


 どこか悲しそうな顔をする錬に統也はふむと何かを思案して、声をかける。


「せっかくルームメイトになったんだ。俺がこの学院での友達一号でいいんじゃねえか?」

「えっ、えっ?」

「別に嫌なら良いが」

「い、嫌じゃないよ! うん! 凄く嬉しいよ。ありがとう、十六夜君」

「おう、気にするな。それじゃあまだ日も高いから、これから二人で色々見て回るか」

「うん! わかったよ」


 二人は自転車で主だった場所を回り続けた。


「あっ……」


 と、錬が不意に何かを見つけたような声を上げる。自転車を止め、錬はある方向を凝視している。


「どうした、不破」

「うん。あっちに何かあるって言うか、呼ばれてる様な気がして」


 錬が見つめるのは、森の方だった。そこにもサイクリングロードが通り、森の中を散策できるようになっている。清廉で穏やかな霊的スポットになっている森のようだが、統也には錬が言うような気配は感じない。


「……気になるなら、行ってみるか」

「うん! ありがとう、十六夜君」


 二人はそのまま森のサイクリングロードを自転車で進む。木々の隙間から入っている陽光と春の風が心地良い。


 少し森の中を進むと、開けた場所があった。休憩スペースのように建物が建ち、周囲には自販機なども置かれている。人の姿はなく、ここには統也と錬の二人だけだった。


「ここの近くかな」

「…・・・確かに何かの霊力を感じるな。けど」

「うん。だいぶ弱ってる感じがする」


 自転車を止め、霊力の感じる方へと歩いて行く。道から森の中へと入っていくと、少し進んだ所で、二人はそれを見つけた。


 体長は三十センチくらいだろうか。灰色の子狐だった。身体のあちこちに傷があり、息も絶え絶えで死にかけている。


「これって、妖狐?」

「妖気じゃなくて霊力を感じるから、妖魔の妖狐じゃなくて霊狐だな。しかも霊体じゃなくて、受肉してるな。しかしなんでこんなところに死にかけてるんだ? 誰かの式神か?」


 妖狐と霊狐。


 妖気を纏うモノを妖魔、霊気が主体のモノを霊狐と呼び分けられている。彼らは退魔士が式神や使い魔として扱う、一般的なポピュラーな動物と言える。


 毛色によって、ランクや強さも違うが、灰色の狐はあまり高ランクとは言いがたい。金や銀、白や黒と言った毛色の方が霊力や妖力が強い。


 退魔士ならば術を用いて様々な動物や動物霊を式神や西洋で言うところの使い魔にして、自分の配下に加える事は良くある。高位の退魔士ならば、強力な幻想生物や妖魔でさえも従える事が可能である。


 この学院ならば、研究用や退魔士の訓練用や誰かの式神、使い魔となっていた狐がいたとしてもおかしくはないが、こんなところで死にかけているのが不可解だ。


「それとも学院で飼育されていたのが逃げ出したのか?」


 式神などは術者と何らかの繋がりがある。独立した存在だとしても、契約と言う呪に縛られているため、誰の式神とは分からなくとも、その痕跡はある。


 しかしこの狐には、契約をされていた痕跡はあるが、それが消滅していた。


「そんな事よりもこの子、死にかけてるよ! 早く手当てしないと!」

「そうだな。と言っても契約が切れてる霊狐じゃ、対処療法しかないが……。不破、俺に見せてみろ」


 統也は死にかけの狐に近づくと、軽く手を当てる。掌から直接、狐の中に霊力を流し込む。


 前世で習得していた回復魔法。霊力を用いて似たような効果を得られるように改良した。退魔士の中でも回復系の術を習得している術者はそれほど多くない。自分自身を回復させる事は出来ても、他者に対してそれが出来る術者は貴重であった。


 統也自身、修練はしていたがこれを他者に行ったのは数えるほどしかない。創真一族の中でも、それを知る者は殆どいない。


「す、凄い! 傷がどんどん消えてく!」

「何とか上手くいったか。霊体に致命傷がなかったのが幸いしたな」


 錬の驚きの声を聞きながら、狐の全身を癒やす。流石に失った体力までは即座に回復させられないが、命の危機は去っただろう。


「それにしてもこれは霊力の消耗が激しいから、あんまり多用できないか」


 ここまでの重傷を回復させたのは初めてだ。霊力によるごり押しのため、かなりの霊力を消耗してしまった。相手に流れる霊力よりも、霧散する霊力の方が多いのは問題だろう。


「十六夜君って、治癒系の術も使えるんだね。それも霊符も使わずに」


 霊符とは術者の発動させる術をより効果的に、効率よく発動させる補助装置の様な物だ。霊符の種類や製造者の力量によっても性能が異なる。


 その補助がない場合、術の威力は術者の力量に大きく左右される。


 統也は難しい回復系の術を霊符の補助も無しにやってのけた。


「いや、効率が悪すぎる。霊符を持ち歩いてればよかったな。もう少し霊力の消費を抑えられたんだけどな」

「それでも十分凄いよ。この子の傷、綺麗さっぱり無くなってるし」


 二人の視線の先には傷が癒えた狐が、つぶらな瞳で二人を見ている。きゅいきゅいと声を鳴らし、どこか礼を述べているように見える。


「十六夜君にお礼を言ってるよ」

「礼なら不破にも言っておけよ。お前の事に気がついたのはこいつなんだ」


 統也がそう言うと、子狐はきゅいきゅいと錬にすり寄り、顔を彼の足に擦りつける。


「あはは、元気になって良かったね。それよりもこの子どうしようか?」

「誰のか分からない以上、学院側に報告するのが一番だろ」

「でもこの子の怪我が気になるよ。もし学院の実験とかで酷いことをされて逃げ出してきてたんだったら……」


 錬は狐を抱き上げると、ぎゅっと抱きしめる。抱き上げられた狐も嫌ではないらしく、嬉しそうにきゅいきゅいと鳴き声を上げている。


「どのみち、隠れて飼うわけにもいかないだろ。それに勝手に自分の式神にしていいのかもわからないんだ」

「うっ、それはそうだけど」

「だったら、学院に相談するのが一番良いだろ。まだどこから来たのかも、誰が所有していたかも分からないからな」

「……そうだね。十六夜君の言うとおりだね」

「それにお前は可哀想だからって、こいつと契約して、自分の式神にでもするのか? こいつがどれだけの能力があるかしらねえけど、こいつみたいに受肉した霊狐だったら、霊力もかなり必要になるぞ」

「でも放っておけないよ。最悪は僕がこの子と契約するから」


 抱きしめる腕が少しだけ強ばる。どうやら本気らしい。野良犬や野良猫を放っておけないタイプなのだろうか。


「とにかく学院の事務にでも行くか。もちろん退魔科のある棟だが」

「うん。ごめんね。できる限り、君が悪い扱いにならないようにするから」


 きゅぅっ……。どこか沈んだ声を出す狐。まだ小さいこともあり、子供のように見える。


(入学前から厄介な事にならなきゃ良いけどな)


 二人はそのまま狐を連れその場を後にする。


 その時、彼らを見つめる何者かの視線があることを、統也は気づくのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] >ああ。食堂も広かったし、メニューも多彩だったな。校舎にある学生食堂もあるのに、こっちも中々だな 寮の食堂を評価しているのだろうけど何か変です。 校舎の食堂は生徒の過半数が入れるくらい広く…
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