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プロローグ

 

 一人の男が仰向けに倒れている。まだ年若い、二十歳前後の青年だった。


 彼は血まみれで、身に纏っている鎧もボロボロで、手足も一部が千切れ飛んでおり半死半生、否、生きているのが不思議な状態だった。


 彼のまだ繋がっている右手には漆黒の剣が握られているが、刀身は真っ二つに折れ、柄もボロボロになっていた。


 周囲は粉々に砕けた瓦礫などが散乱していた。彼の倒れている周辺は、まるで大型の嵐が通り過ぎた後のように、周辺のすべてをなぎ払い、破壊し尽くしていた。


 倒れる彼は、手足が千切れ、死にかけにも関わらず、どこか満ち足りた、誇らしげな笑みを浮かべていた。


『見事、だ」


 微かに、青年の耳にそんな声が響いた。


 視界がぼやけ、もう青年は殆ど何も見えなかったのだが、不思議と耳にはその声がはっきりと聞こえた。


『見事、実に見事なり。よもや我が、敗北しようとは………』


 声の主の言葉も途絶え途絶えだった。声の主は黒い靄だった。仰向けに倒れる青年の頭上にて、それは彼に語りかけている。


『ああ、よもやこの我が、このような終わりを迎えるとは。だが実に、実に晴れやかな気分だ』


 声の主は語る何万年とも生きた中で、このような充実感は初めてだと。


『どれだけ戦おうと、どれだけ支配しようと、どれだけ殺そうと、どれだけ愛でようと、今、この瞬間ほどの気持ちにはなったことがない』


 青年との死闘は、まさに驚きと高揚の連続だった。


 相手は自らの命を脅かすはずの存在。本来ならば忌むべき存在。相成れない存在。敵意を向け、殺意を向け、滅ぼしたい存在のはずだ。


 だと言うのに、長年待ち望んだ恋人のような愛おしささえ感じた。


『楽しかった。実に、楽しかったぞ。勇者』

「………ああ、俺もだ」


 青年も相手に、魔王と呼ばれた存在に同意を返す。


 世界を闇に包むと言われ、世界の半分を支配する神。青年は女神に信託により、勇者として選ばれ、そしてここに魔王を殺すために推参した。


 青年は天才と言われた。誰よりも強かった。賞賛もされた。


 しかし、満たされることはなかった。


 自分が求める何かが足りない。それが何なのか、青年にはわからなかった。それもで自身を満足させる何かが足りなかった。


 どんな豪華で美味な食事も、美しい美女も、自らの力を振るえる戦いさえも、青年を満足させてはくれなかった。


 殺伐とした戦いに身を捧げ、命のやりとりを望んだ。


 だがどんな人間も、魔獣も、青年を命の危機に追いやることはなかった。


 女神に見いだされ、勇者となってからはそれは顕著だった。


 魔王配下の四天王さえも、勇者は多少苦戦はしたものの、余裕を持って勝利することができた。


 そんな中、魔王は違った。


 自分が全力を出してなお、拮抗する相手だった。初めて、全力を出しても倒せない相手だった。


 嬉しかった。楽しかった。足りない物が見つかったような気がした。自分に欠けていた物が、埋まるかのようだった。


 魔王もそれは同じだった。


 魔王も強さを求める求道者だった。強く、強くなりたい。強くありたい。その考えのもと、何よりも、誰よりも強くなった。


 しかしその強さを発揮できる相手に巡り会うことが出来なかった。


 敵対者はいた。自らの命を狙う者もいた。魔王はそのいずれも、圧倒的な力でねじ伏せた。


 苦戦はあった。戦いと呼べるレベルの敵は数多くいたが、自分を追い詰め、命を脅かすレベルの存在はいなかった。


 強くなったことで、魔王に従う者が増えた。彼は自分を慕う者達を集め、軍を作り、国を作り、領土を広げた。


 領土を広げたのは、配下の為と言う理由もあったが、魔王は求めていたのだ。自分の全力をぶつけられる相手を。自分の力を受け止めてくれる相手を探すためだった。


 自らを脅威と考え、倒そうとする相手を見つけるためだった。


 そしてようやく、魔王は見つけた。自分と対等の存在を!


 自分の鍛え上げた強さを振るってなお、こちらを脅かす最強の存在に!


 殺し合いだと言うのに、二人は間違いなく楽しみを見いだしていた。


 自分の全力をぶつけられる相手。勝つか負けるか、ギリギリの戦い。一瞬の油断が死に直結する。


 どれだけ力を、技を解き放とうが相手はすべてに対応してくる。


 全力を出せることへの喜び。全力を受け止めてくれる事への喜び。今まで出すことが出来なかった全力を、存分に振るえることがどれほど爽快な事か!


 ああ、気持ちがどんどん昂ぶっていく。満たされていなかった物が満たされていく。


 いつまでもこの時間が続けば良い。勇者も魔王も同じように考えていた。


 嵐のような暴威の中で、二人は笑みを崩さなかった。


 まるで二人は踊っているかのようだった。


 何人も立ち入ることの出来ない、強者だけの空間。近寄る者はその余波だけで吹き飛び、下手をすれば肉塊に変わり果てる。


 誰も手を出すことが出来ない、二人だけの時間。二人だけの空間。二人だけの世界。


 しかしそれもいつしか終わりが訪れる。永遠に続く事などあり得ない。


 楽しい時間ほど、過ぎるのは早い。


 どれだけ戦っていただろう。どれだけ戦い続けていただろう。


 傷つき、四肢をもがれてなお、勇者は戦いを続けた。


 身体を失い、もやは精神体と魔力だけになっても、魔王は戦い続けた。


 それでも限界はやってくる。終わりの時は容赦なく訪れる。


 全力での戦いの結果は、お互いが戦う力を失うまでになり、ようやく相打ちと言う形で集結を迎えた。


『不思議、だ。ただの人間が女神の力を得ただけの人間が、よもや我と同じ領域にいるとは。いや、下らぬ事を言った。感謝しよう、勇者よ。我の全力を受け止めてくれて』

「俺もだよ、魔王。俺も感謝しかねえ。ただ、一つ不満は、引き分けってところだな。いや、俺のこの有様じゃ、俺の負けだろ。もう身体の感覚が殆ど無い」

『ふははは。何を言うか、勇者よ。それは、我の台詞だ。この我が一対一で、勇者とは言え人間のお前に敗北したのだ。我の負けだよ』


 魔王は可笑しそうに笑う。


 何万年を生き、神としての力を持っていた自分が、女神の力を、加護を得たとは言え、ただの人間に滅ぼされるのだから、自分の負けだと魔王は言う。


 最期に、二人とも全力を出し切れた。


 勿論お互いに悔いが無いわけではない。お互いにこの強者に勝利したかった。


 いや、この結末はこの結末で良いのかも知れないと二人は思ってもいた。


 どちらが上か、白黒付けたいと言う気持ちはある。だがそれ以上に満足したのだ。


 どちらが上ではない。お互いがお互いを認め合う。そこに上下など無い。


 他者から見ればおかしな事かも知れない。勝敗がつかないのは、未練にしかならないと言う者もいるだろう。


 それでも勇者と魔王は、確かに奇妙な絆で結ばれた。


 満たされることのなかった人生の中で、欠けていた物を埋めてくれた最高の好敵手に対してお互いに感謝した。


 この出会いに、この戦いに、この結末に。


 仮にどちらかが勝利し、生き残ったとしても、今回ほどの戦いは二度と経験できないだろう。


 この戦いのような高揚感、充実感、満足感、爽快感を得ることは、お互いにこの相手でなければ不可能だろう。


『もう一度言うが、楽しかった。何万年も生きた我が、初めて体験した至高にして至福の一時だった。滅びるとは言え、実に満足だ。最期の相手がお前で本当によかった。いや、心残りはあるか。お前との戦いの時間が楽しすぎた。楽しかった時間が終わってしまったことが、唯一の不満だな』

「ああ、楽しかった。本当にな。………なあ、魔王」

『なんだ、勇者?』

「もし、もし生まれ変わって、また会えたなら………もう一度戦おうな」


 勇者の言葉に、靄だけのはずの魔王は、一瞬驚いたような顔をしたようだが、すぐに可笑しそうに大笑いをした。


『はは、はははははは! よもや、勇者がそんなことを言うとは。はははは、面白すぎるぞ! 生まれ変わってもう一度とは、お前はよほどロマンチストなのだな! いや、戦うことに対する執念はある意味、狂人だな!』

「うるせぇ。俺も馬鹿な事を言ったと思ってるよ。それとお前、笑いすぎ、だ。………ああ、やべぇ、もう、眠くなってきた」

『すまぬ、すまぬよ、勇者。お前を馬鹿にしたのではない。許せ。しかし、そうだな。また戦うのは良い提案だ。今回の戦いは楽しすぎた。その話、受けよう。また再び、楽しい時間を共に味わおう。ただ、我からも一つある』

「なんだよ。早く、言ってくれ。もう、限界だぜ」


 勇者の命は尽きようとしていた。もう本当に限界だった。声を出すのも、やっとになってきた。


『難しい話ではない。もし、生まれ変わり、再び出会ったのなら。そして戦った後に、………くれ」


 勇者は薄れ行く意識の中、魔王の頼みを聞くと、ああと、短く呟いた。それは難しい頼みではなく、寧ろ望む所と言ったものだったからだ。


 最後の最期に、勇者はもう一度深く、満足した笑みを浮かべた。


 そして、もう二度と、彼が言葉を発することはなかった。


『楽しみに、しているぞ、勇者………』


 勇者に最期を見送ると、魔王であった靄も満足したように霧散していった。


 魔王が消えた後、勇者の肉体は、漆黒の剣と共に光となり、この世界から消え去った。


 この日、勇者と魔王は共にこの世界から消えた。


 その後、彼らの魂がどうなったのか、この世界の誰も、それこそこの世界を管理する女神さえも知る由は無かった。


 ただ、神のいたずらと呼ばれる物は、確かにあった。


 女神よりも遙かに格上の、超越者とも呼ばれる存在が彼らの願いを聞き入れた。


 世界を創造した神の、それはただの気まぐれであった。それは超越者のただのお遊びに過ぎなかった。それは暇を持て余した至高神のただの暇つぶしに過ぎなかった。


 それでもその行為は、二人にとって新しい世界への道となった。


 二人は再び、約束の名の下に、新しい世界にて生を受けることになるのだった。



 ◆◆◆



 懐かしい記憶が唐突に蘇った。


「ああ、懐かしいな本当に」


 それはかつての一人の勇者と呼ばれた男の記憶。否、前世と言えるもの。


 天才と称され、ただ強くなることを望み、強くなり、全力を出せる相手を捜し求めていた男の生涯。


 最後の最期に、自らの好敵手とも言える存在と出会い、満足する戦いを繰り広げ、笑いながら死んだ男の記憶


「約束を果たすためのハードルは、一つクリアしたな」


 小さく呟きながら、かつて勇者と呼ばれた男の生まれ変わりである少年・創真統也そうまとうやは自室の畳に敷かれた布団から起き上がると、軽く背伸びをした。


 時間は午前零時。


 今日が十五歳の誕生日であるのだが、それが切っ掛けで前世を思い出したのだろうか。


 ちょうど生まれた時間も午前零時だったらしい。


 真夜中、午前零時に誕生し、十五年後の同じ時間に前世の記憶が蘇るとは、何とも不思議な物である。


 部屋に置かれた鏡台をのぞき込むと、鏡には今の自分の姿が写し出される。転生した創真統也と言う少年の姿。


 顔立ちはどちらかと言えば中性的で、美形と言える整った顔立ちだ。黒髪黒目と前世の自分とは似ても似つかない姿。十五歳にして、身長もかなり高いが、随分と優男風なため、前世との対比に思わず苦笑する。


「とは言え、この転生先は、色々と好都合だな」


 部屋の襖を開け、廊下に出ると武家屋敷とも言える家を歩き回る。大きな屋敷だ。夜中だと言うのに、屋敷は明るく、大勢の人の気配がする。


 せわしなく動き回っている女中達。様々な喧騒が統也の耳に届く。


「若! どうされたのですか、こんなお時間に?」


 と、統也が出歩いていたのを見つけた女中の一人が、彼に声をかけてきた。


「いや。少し目が醒めてトイレに行きたくなってな」

「それは失礼を」

「別に構わないぞ。しかし夜中だと言うのに、えらく騒がしいな」


 統也は女中達だけでなく、ほかにも大勢の人間が働いているのを疑問に思った。


「若、明後日は霊創の儀です。そのための準備で皆、てんてこ舞いなのです」

「ああ、そうだったな。すまない。少し寝ぼけていたようだ。手を止めて悪かった。仕事に戻ってくれ」

「いえ、こちらこそ申し訳ございません。では失礼いたします」


 女中はお辞儀をすると、そそくさとその場を後にした。


「そう言えば明後日だったな」


 統也は楽しみだと口元を吊り上げた。前世を思い出す前から楽しみではあったが、前世を思い出した今ではより期待が高まった。


「俺はどんな霊創器を手に入れられるかな」


 統也はまだ見ぬ己の相棒を想像しながら、屋敷を再び歩きだす。


 彼が転生したのは、地球の日本と呼ばれる国であった。


 前世を思い出していなかった時は、それが当然と当たり前に感じていたのだが、かつての自分の記憶や知識が蘇ったことで、この世界がどれだけかつての常識からすれば可笑しいのかを改めて認識した。


「車とか飛行機とか、当たり前だったけど、魔法も霊術も無しで鉄の塊が地面を進んだり、空を飛んだりするのは奇跡としか言えないだろ」


 前世の世界は、この地球の歴史で言えば中世と呼ばれる歴史のヨーロッパのような場所であった。


 とすれば、あの世界も時代が進めばこの世界のように車や飛行機が登場したかも知れない。


「けどこの世界じゃ、魔法文明は歴史の表には出ずに衰退をした。ドラゴンやオーガ、ゴブリンなども空想の産物でしかない、か」


 統也は改めて考える。今の自分が生きる、現代の令和の時代を。人間が世界を支配し、それ以外の存在は空想の産物であり、架空の生き物として扱われている世界。


 コンクリートで出来た建物が所狭しと立てられ、自然が減った世界。異種族が存在せず、人間だけで運営される社会。


「それでも俺は幸運だ。そんな世界でも力のある存在に転生できたんだからな」


 統也はかつてとは比べものにならない程に科学文明が進んだ世界にいながらも、特殊な力を持つ存在に転生することが出来た。


 退魔士


 それが統也が転生した創真一族の生業であった。


 世界の、社会の闇に潜み、人々に害をもたらす存在を滅する存在のことである。そんな退魔士達の明確にして、最大の敵がこの世界には存在する。


 妖魔


 世界の社会の闇に紛れ人々に害を成し、人の明確な敵と呼ばれる存在。


 人の世の、人々の怨念などが澱のように積もり積もって生まれる存在。


 人を嫉み、人を憎み、人を襲い、人を喰らう、人とは相成れない存在。


 人の世に生まれた人ならざるモノ達の総称であり、人に災いをもたらす存在である。


 それが創真一族を初め、この世界に存在するすべての霊力を宿し、人々を守る退魔士が倒すべき相手である。


 妖魔を退治する退魔士と言う職業は古くから存在し、今現代では広く認識され、国家資格として存在する。


 退魔士になる条件はいくつかあるが、その中でも最大にして絶対の項目が一定以上の霊力の有無である。


 霊力はすべての人間に備わっているのだが、その量は人によって様々だ。生まれ持った才能に大きく左右される職業とも言える。


 創真一族は数多ある退魔士の一族の中でも、古参にして最強と目される一族である。


 その理由はいくつかある。


 まず、創真一族は生まれながらに高い霊力を有している事だろう。


 この世界の退魔士達の霊力は数字で表すことが出来る。


 第二次世界大戦前後に、ある退魔士にして科学者としても名高い人物が、霊力測定器なる物を開発したのだ。


 それは時代を経るに当たり、精度を増し、小型化し、今では携帯サイズの大きさにまでなった。


 何故彼がそれを発明するに至ったのか。それは相手との力を測る際に、感覚に頼るところが大きい退魔士の悪癖を是正しようと考えたからだ。


 この測定器は妖魔に対しても有効で、あちらの場合は妖力と呼ばれる力を測る物なのだが、それでもこの発明は一躍、退魔士達に広がることになる。


 霊力や妖力の多さが戦いのすべてではないし、強い者ほど自らの力を隠すことに長けているのだが、ある程度の指標になるのは間違いない。


 また訓練として、相手の力を正確に探るために数字を用いて感覚を磨かせることは、今までに無い程に有効であった。


 そのため、今ではこれを用いた調査や訓練、退魔士や妖魔のランク分けの重要な道具となった。


 とにかく、この霊力値や妖力値が高ければ高いほど、退魔士は優秀であり、妖魔は強大であると言う証明になった。


 一般的な退魔士の霊力値は平均して一万から三万。一流と呼ばれる退魔士でも五万から十万と言われている。


 そんな中、創真一族の宗家は子供の頃から三万を超え、十五歳を過ぎた頃には五万を軽く超える程に高くなり、二十歳を越える頃には、十万を超える者が殆どであった。


 今の創真一族の宗主など、霊力値二十五万と言う馬鹿げた数字を誇っている。


 これだけでも他家や妖魔からすれば脅威なのだが、もう一つ、創真一族が最強と言われる所以がある。


霊創器れいそうきか。俺はどんなのが手に入るんだろうな」


 統也としても期待せずにはいられない。


 創真一族には、秘儀により生まれ武器がある。


 霊創器れいそうき


 創真一族の血を引く者が生み出せると言う霊装の武器である。


 自らの魂より生み出されると言われているが、その原理は定かではない。


 この霊創器こそが、創真一族を最強と言わしめる最大の要因であった。


 霊創器はただの武器にあらず。これは持ち手の霊力を増幅する増幅器の役割を果たす。


 持ち手の霊力を増幅させるのなら、他の武器や霊力の宿った武器でも同じ様なことが出来る。


 だがこの霊創器には他の武器にはない、多くの利点が存在する。


 一つ目はいつでも出し入れが出来るという点だ。自らの魂から生み出すとされる霊創器は、持ち主の意思一つで、具現化も出来る上に、使わないときは自らの中に取り込めるのだ。


 これは常に持ち運ばなければならない他の武器とは違い、いつでもどこでも自由に取り出せ、また手ぶらを装える利点がある。


 二つ目に霊力に属性を持たせる事が出来る点。霊創器は持ち主の特性を象徴する武器である。得意な術が炎なら炎を、雷なら雷に霊力を変換することが出来る。霊創器自体が所有者の属性を色濃く反映し具現化される。これによりただの霊力での攻撃よりも、さらに強い力を発現する事が出来る。


 三つ目に霊創器は作り出した本人にしか使えないと言う点。また本人が望めば、手元から離れてもすぐに手元に再び召喚することが出来る。相手に奪われる心配も無く、仮に奪われても相手には使用できず、はじき飛ばされても、その場にいながら即座に回収できる。


 四つ目は霊創器は霊力があれば、自動修復が可能と言う点。霊力の消耗は大きいが、破損しても、それこそ粉々に砕かれたとしても、霊力と時間さえかければ修復可能なのだ。膨大な霊力があれば、完全に破壊されても一瞬で元通りになるのだ。


 そして五つ目。これが霊創器の最大の利点なのだが、それは持ち主の霊力の増幅である。


 神器と呼ばれる、神が作り出した武器や伝説に名高い武具は別として、現在の職人が作り出した霊装武具では、せいぜい持ち主の霊力を増幅できても、増幅率は二倍。最高位の、それこそ世界でも数えるほどしかない偉大な職人が作り出した武器でも最大で三倍にしかならない。


 対して、霊創器の倍率は最低・・でも二倍以上。今の宗主は六倍と言う増幅率を誇り、創真の始祖においては、十倍の増幅率であったと伝えられている。


 ただでさえ高い霊力を誇る創真一族なのに、それを何倍にも高められる増幅器を持っているとすればどうか。


 しかもこれは創真一族の宗家ならば全員が、分家でも才能ある者ならば作り出せるのだ。


 とは言え、分家ではせいぜい最大でも三倍程度の増幅率でしかないのだが、それでも自分専用の武器を作り出せるのだ。これを脅威と言わずに何と言う。


「創真の宗家に生まれ変われたことに感謝だな」


 統也は喜んだ。今はかつての自分と比べてもかなり弱体化している。あの時の自分にも、魔王にも遠く及ばない。


 技術は継承できた。肉体の成長もこれからだ。


 しかし今の霊力量では、かつての魔力量にはほど遠い。今の霊力では、かつて魔王と戦った時の魔力の足下にも及ばない。


「俺が転生できたんだ。あいつだってどこかで転生しているはずだ。そんなあいつを失望させたくないからな」


 前世を思い出す前も、強くならなければと言う思いが統也を突き動かしていた。それは約束を果たそうとする思いからだったのだろう。


 前世と同じで、創真一族内においても天才だと持てはやされた。


 霊力も同年代ではトップ。呪法の習得においても、効率化においても、剣技においてもだ。


 だがそれでも足りない。まだまだ足りない。何もかもが足りなさすぎる。


「あいつだって、あのままじゃないはずだ。もっと強くなって俺の前に現れるはずだ」


 根拠のない希望的な、それこそ妄想の類いに過ぎない思考。だが統也にとってはそれが確定された未来の話であると本気で信じていた。


 いつか現れる好敵手の前で無様な真似をしたくない。停滞していたと思われたくはない。いや、弱くなったなどと失望されたくない。


 そもそもかつての勇者であった自分と今の自分とでは、大きな力の隔たりがある。


 技術は戻ったが、肉体は未熟。霊力も当時の魔力に及ばず。武器に至っては、魔王との戦いで砕けた剣に変わる物は、この世界ではお目にかかれていない。


「まずは儀式だな。そこで俺だけの霊創器を手に入れるか」


 増幅率にもよるが、この世界の並の武器よりも高い性能であるのは間違いない。


 肉体はこれからさらに成長する。霊力もまだまだ伸びしろがある。幸いなことに霊力に長けた退魔士は見た目は老化していくがその速度は一般的には遅く、さらに身体的な意味での衰えは緩やかであり、全盛期の力をある程度維持することが出来る。


 不意に空を見上げる。月が綺麗だ。満月は明後日だが、この世界の月も元の世界の月と同じで美しく見える。


 手を伸ばす。月は掴めないが、かつての自分を超えると言うのは、月を掴むかのような途方もない、それこそ不可能と言われることかも知れない。


 だが、それでも統也は目指す。あの時の戦いを再び、魔王と行うために。約束を果たすために。魔王を失望させないために。


「さあ、明後日が楽しみだ」


 玩具を待つ子供のように、無邪気な笑みを浮かべる統也。


 しかし彼はこの時、思いもしなかった。


 儀式において、統也を待ち受ける出来事を、彼はまだ知る由も無かった。



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