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終末世界、ふたりきりスローライフ  作者: 海月崎まつり
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08 きみが支えるアイデンティティ

08 


むかしむかしあるところに、シンデレラという女の子がおりました。シンデレラは継母と義理の姉たちにこき使われ、大変苦しい日々を送っておりました。


「なんでシンデレラがしあわせじゃないって言えたんですか、シンデレラはもしかしたら義理の姉が大好きで幸せだったかもしれないじゃないですか」

「余計な口を挟まないで……」


リリが変な口を挟んだので、わたしは舞台袖で彼の口を塞いだ。ナレーションの邪魔になる。

今日は、町から町へ移動していく演劇団に混じって、わたしたちは仕事をしている。記憶力のいいリリは台本を2、3度読んだだけで台詞を覚え切ったので、主役のシンデレラ役を任されていた。

わたしは義理の姉なので、出番はほぼないと言ってもいい。序盤にリリをいじめればいいだけだ。他の役者は、もう舞台に上がっている人もいれば、そうでもない人もいる。


そうこうしているうちに、リリが舞台へと上がっていく。きらきらとひかるスポットライトの中で、金色の長いカツラをかぶって女の子役をするリリはなかなか様になっていてかわいい。

さあ、わたしの出番だ。うつくしい赤いドレスを翻して、舞台へ出て行く。もう一人舞台に上がってきていた義理の姉役の誰かが、若草色のガウン姿でリリに文句を言っていた。


「シンデレラ、早くそこの埃を掃除しなさい」


うつくしい声で、うつくしい姿だ。わたしはもう一人の姉を注意深く見る。きめこまやかな肌と、綺麗な赤い巻き毛。


「はい、お姉さま」


リリは悄然とした様子で、埃を拭うふりをする。

すると継母が、びしっとリリの手を打った。リリが小さく悲鳴を上げて、目に涙を溜める。


「いっ、たぁ……」

「ほらシンデレラ、早くあちらも掃除に行くんだよ、この穀潰しの愚図娘が!」


わたしは台本のセリフを思い出しながら出来る限り偉そうに声を出す。


「わたしの部屋も掃除しておいてね、シンデレラ。明日は王子様のいらっしゃる舞踏会があるのだから、わたしたち、ドレス選びで忙しいのよ」

「はいお姉さま!」


リリが満面の笑顔になったので、わたしはリリを引っ叩いた。どこに義理の姉にいじめられて喜ぶシンデレラがいるというのだ。アドリブのうちだが、これくらいは許されるだろう。


「いったぁ……」

「へらへらしない」

「はい……」


その後も恙無く舞台は終わり、わたしたちは報酬を受け取って、舞台裏で着替えをしにいった。



紅色のドレスを脱ぎながら、わたしは窓枠に座ったリリを横目で見た。

「だれが、『アンティーク』だったか、わかった?」

「……いいえ、さっぱり」

リリは肩をすくめる。金色の長いカツラをかぶっているので、未だに輝かんばかりの絶世の美少女に見える。かわいいな、と思う。リリの顔立ちはこんなに可愛かっただろうか、女物の艶やかな水色のドレスを着ているせいか、いつもより一層華奢だ。

リリはため息を吐いた。

「旅の演劇団、風のように現れては消える、古代の最高級品の魔導人形を含めた集団。……中に潜り込めば、どれが人形なのか分かると思ったのにな」

「中はほとんどが私たちと同じ雇われの流れ者で、本物の人形がどれだかわからない、か……。最高級品のドールは遺跡から不当に持ち出されたものだから、国に返せば謝礼でもでるかと思ったのだけれど」


わたしはぼやいた。紅色のドレスを畳んだら、次は中に着ていた白い薄布のネグリジェのような下着を脱ぎ始める。

リリは当たり前のような顔をしてわたしが着替えるのを見ながら、窓枠にすわってゆらゆらと足を揺らしていた。


「ところで、」

「なに?リリ」

「人形が必ずしも『あなたの知らない人の姿』でいるわけでもないと思いません?」

「えっ……?」


その時、ノックの音がして、わたしは反射でそちらを振り返ってしまった。


「ゆーさん着替え終わりまし……ってゆーさん下着じゃないですか!着替えて!早く服着て!」


リリが。いつものように赤いコートのリリが、ぎゃあぎゃあと騒いでわたしに服を押し付けてきた。そうだ、リリはいつもわたしが着替えるとなると赤くなったり、離れたりして、あまりそばへ来ないのに、今日は当たり前のようにわたしを見ていた。

振り返る。

窓が開いていて、そこにはだれもいなかった。


「窓なんて開けて!風邪引くじゃないですか!」

「……ねえ、リリ」

「はい?」

「今日のシンデレラ役って……」

「ああ、前半はボクですが、後半は女の子でダブルキャストですよ、そういえばあの子ゆーさんと一緒に着替えに行きましたけど……もう行っちゃいました?」

「……そう」


ところでアンティーク見付かりました?とリリが言うので、わたしはゆるゆると首を振った。

あのドールには意志があるように見えた。ヒトと、同じように見えた。意志があるものが、確かに意志を持ってこの演劇団に所属している。楽しげな笑顔の閃きが目の裏でちらつく。


「いなかった。……オーナーに無理矢理所有されているアンティークは、ここにはいなかった」

「……なるほど」


リリはちょっと黙った後で、笑ってみせる。


「ところでゆーさん、赤いドレス姿素敵でしたね!あれ買い取りません?」

「お金を無駄なところに使わないの……」


微笑みが、重なる。二人の笑みはほんの少しの差異があれど、同じように楽しげに見えた

人と同じ意志があるのなら、人形と、人間の境目はどこにあるのだろう。

もしかしたら、わたし自身だって、自分でヒトだと思っているだけの人形かもしれない。そう思って、ほんの少しだけ背筋が冷たくなった。


ぱっと手を取られる。リリが覗き込んでいた。

ゆーさん、どうしましたか。だいじょうぶですか。

そう言う声が、耳に届く。温もりが、手を包む。


そうだ。人形だって、人間だって。リリがそう呼んでくれるから、わたしはわたしであって、それ以外の何でもない。

わたしは小さく微笑んで見せる。


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