06 『おいしい』の条件
料理というものは実に不思議だ。たくさんの食材をかけあわせ、調味料を入れるだけでおいしいと感じるものができる。わたしはそれを魔術に近いものだと感じるし、その工程を楽しいと感じる。
——とりあえず、今は。
たくさんの人影が立つフロアを横目に、わたしはレストランのキッチンを借りて料理をしていた。古いレストランだけれど、まだ充分に使える。
カウンター席に陣取ったリリが、足をぷらぷらさせる。
「ゆーさん、ゆーさん。ご飯なんてデータをダウンロードして魔力でそれっぽく編むなり、保存食食べるなりすればいいじゃないですかー」
「折角レストランを見つけて、キッチンが借りられるなら借りた方がいいでしょう。……今では高級品の鮮度の高いトマトも、レタスも、保存魔術で鮮度よく保たれている」
「持ち出して高値で好事家に売ればいいじゃないですか?」
「……次にこのレストランに来る人に悪い」
「えぇーーー」
わたしはリリの提案を却下する。わたしたちには旅をするには充分なお金があるのだ。贅沢なホテルに泊まって素敵な夜を過ごしたいだとか思わなければ充分な額を、コンスタントに稼いでいる。
それにこの間、リリはソシャゲとやらにハマって散財していたのだ、わたしだってちょっとぐらいお金のことは考えずに動いたっていいだろう。
「わたしが料理をしたいから、してる」
「ゆーさんの趣味ならボクが何か言うことじゃないですねえ」
寂れたレストランは、かつては繁盛していたのだろう。カウンター席と、錆はあるものの銀色でおしゃれなキッチン。建物も立派で、客入りが良かったのだろう。
それに、今もフロアにいるたくさんの人影が、その証拠だ。
わたしは新鮮なトマトを薄切りにして、レタスを千切る。手作業での料理はなかなかに新鮮だ。冷凍庫を開けると肉もたくさんはいっていて、その中で挽肉を選んでハンバーグを捏ねた。
本当に、天然肉なんて今は珍しいのに、いい掘り出し物だと思う。豚や牛の肉だって、今は信じられないほどに高級品なのに。
捏ねたハンバーグを成形し、焼く。インスタントのトマトソースをかけて、レタスとトマトとチーズと一緒に、パンに挟む。瑞々しい野菜と、とろりと溶け落ちたチーズ、ハンバーグの色味はやたら美味しそうに見えた。
わたしたちは席に座って、食事を摂った。うん、おいしい。
「ねえゆーさん、知ってますか。一時期人間が捏ねたハンバーグが最高級とされてきた時代があるんですよ」
「魔導人形に任せた方が正確に成形できるのに?」
「人の手で捏ねられたってことが、こう、愛情の証?っていうんですか?そういうものとイコールに見られてたらしくて」
「……人の手でこねられると、雑菌が入るでしょう。あまり衛生的だとは思えないけど」
「夢がないなあ」
リリはそう言いながらわたしの作ったハンバーガーを食べる。唇からトマトソースとチーズが滴って、ちょっと顔を顰めてから子猫みたいな舌がそれを舐め取った。
「ちなみにその数年後、世界中のシェフの記録をインストールした魔導人形の作った料理が最高峰とされたんですよね!まあ、機械の作った両理っておいしいねって全世界が認めて」
「なるほど」
わたしは言いながら、ちらりと後ろを見遣った。
フロアに立ち続ける、たくさんの人影。
シェフの魔導人形、ウェイトレスの魔導人形。彼らは時が止まったように停止して、笑顔のまま、いない客を迎えている。
このレストランのフロアには、わたしとリリ以外には、誰もいない。錆び付いた人形たちだけが立ち尽くす、誰もいない、レストラン。
わたしは目を伏せて、手作りのハンバーガーを頬張る。
おいしい。人の手で、自分の手で作られた、手作りの味だ。
昔の人は、これよりも機械の味の方がおいしいと、そう思ったのだろうか。
「おいしいですね、ゆーさん」
リリがにこにこする。笑顔がかわいい。わたしの食事の記憶は、ここ三年ぐらい常にこの笑顔と共にある。夜に野宿した時に焦げてしまった魚も、街の片隅でかじった乾パンも、リリが『おいしいですね』と笑うから、おいしいのだ。
もしかしたら昔の人も、そうだったのかもしれない。たくさんの魔導人形に傅かれながらも、家族と『おいしいね』とご飯を食べていたから、おいしかったのかもしれない。昔の世界は、今よりずっと家族という集団が多かったというから。
「ごちそうさま」
小さく言ってから、席を立つ。口の中には、トマトの甘みがのこっていて、しあわせな食事の残り香がふわりと香った。




