03 透明な塩湖と不透明な感情
リリは時々私のことを好きだと言うけれど、それがどういう意味なのかは正直よく分からない。こうやって旅の途中で見つけた美しい鏡のような湖の上、借りた大きめのクルーザーに乗って寛いでいると、もっとよく分からなくなる。
ここは、塩湖だ。大きな塩が沈んでいる湖で、ここにある塩を切り出せば切り出すほど結構なお金になる。透明な美しい金を生み出す水溜まり。
この狂った奇妙な魔法だらけの世界で生きていくには、金が必要なのだ。売るために大量に塩を引き上げなければいけないし、そのための労働力は全部自分たちの力で賄わなければいけない。世知辛い世の中である。
「塩、全部でいくらぐらいで売れますかねえ」
「人がいない過疎地に住んでいる魔法使いも、都市部の魔法使いも、おとぎ祓いに使うだろうから……高めにふっかけても良さそう」
「あんまり高値じゃ可哀想ですよ」
人道的だ。
この間、私を模したお人形と私のいない間にいちゃついていた変質者の言葉とは思えない。その人形はわたしが帰ってくる前に壊してしまったらしいが。
そう考えながらリリが差し出してくれたあったかい紅茶を飲んで、リリが切り分けてくれた可愛らしい宝石のような野いちごのケーキを口にする。リリがフォークで口まで運んでくれるので、食べるのも楽だ。向かいに座ったリリがちょっと顔をしかめる。
「こうして見てると、お人形遊びってちょっとあれですね」
「……本物のわたしといちゃつけばいいのに」
「いきなりなんですか?」
ため息を吐いて正面に座ったリリを見やると、リリは小さく笑う。赤いコートが良く似合う。
「ゆーさん、どうしたんですか?ボクがお人形遊びしたのそんなに気に入りませんでした?」
「自分の姿をした人形と監禁ごっこなんて、気に入るはずない」
「ゆーさん、自分がボクに何を頼んだか分かってます……?」
リリが言うので、わたしは素知らぬ顔をした。
わたしの周りで、三人のリリがわたしの世話をしている。全部魔導人形なのだけれど、姿だけは現実のリリと大差ない。この塩湖全体で、多分100人ぐらいのリリが、塩を切り出しているだろうか。
「……ボクの魔導人形で今自分もハーレムしてますよね、わかってます?」
「別にいいでしょ」
きみだって、わたしじゃないわたしと仲良くしたんだし。わたしが百人ぐらいのリリを侍らせたって、べつに。
小さく呟くと、リリは目をぱちりと瞬かせた。
「……やきもち妬いてたんですか?」
わたしはつんとしたまま紅茶を飲んだ。
生憎とわたしはリリ好みの反応をする魔導人形じゃないのだ。彼の好みそのものに、赤くなったり慌てたりしてあげたくなんかない。
するとリリは、なぜだか嬉しそうな顔をした。
「ゆーさんはそうじゃないとだめですよね、やっぱ」
「……何の話?」
「お人形さんより本物が好きですって話です」
「当然」
真正面に座ったリリが、ケーキを掬ってわたしに差し出してくる。わたしはちょっと迷った後で、ぱくっとそれを食べる。リリはテーブルに手をついて、わたしに顔を寄せて、ぺろりと舌先でわたしの唇を舐めてクリームをぬぐい去る。
舌先は人肌の温もりで、わたしはそれをもう少しだけ感じたくて、リリの手に自分の手をそっと重ねた。
胸が、きゅうっと小さく痛んだのを、わたしは感じないふりをする。
多分ただの恋ってだけじゃない。
多分愛ってだけでもない。
それだけじゃない。
この感情の名前を、わたしはよく知らない。




