2020/4/1:式の続き。
子供だった俺たちには男女の仲に恥ずかしいという疑問的概念は存在せず、
打ち解け合うにはそう時間は掛からなかった。
あれからというもの俺と勇気は毎日遊ぶようになった。
今日の俺はというとチャクラを練る練習をしていた。
「螺旋丸を左手に作るには…もっと集中力が足りない。
この心から湧き出る感情を掌に乗せるんだ」
独り言をいいつつ俺は公園の時計を眺める。
「アオイちゃん遅いな…」
時間はとうに過ぎていた。
当然機運だとおもった。
その日は何か用事があったのだろうと。
しかし次の日も彼女は来なかった。
その次の日も、またその次の日も彼女は来なかった。
二週間ほど経った頃、俺はとうとう我慢出来なくなり、隣の教室だった葵ちゃんに会いに行った。
だがそこにはかわいらしい彼女の姿はなかった。
変わりに下卑た目をした女達が彼女の机へと俺を案内した。
「なんだよ…これ」
机上にはマッキーで書かれた数々の暴言。
死ね。 きもい 病気持ち。
きっしょ ぶす。学校来んな。
田舎者。消えろ 死ね。
性病マン。 臭い。
「…比茂手…佐久?」
中央には、でかでかと書かれた俺の名前があった。
比茂手佐久と勇気葵はかわいらしい相合い傘に包まれ、キショいと書かれた暴言に囲まれる。
「だれが…これを」
俺は脳が揺れた。
めまいがした。
それでも直ぐに嘲笑う女子達を一人一人見渡した。
「お前か…?」
「お前なのか?」
「お前か?」
「お前達か!!!!」
俺の猛々しい声は廊下まで響いた。
「うるさっ…何コイツキモ」
俺は喋った女の子の胸ぐらを掴んだ。
「いたっ」
「なんでこんなことしてんだよ」
「なんでって…大体あんたみたいなキショい奴と絡んでるからハブられるんでしょ」
―――は。
「痛いし服伸びるから離せ」
俺のせい?
「あーあ汚いサク菌が付いた最悪。先生に言っちゃお」
俺のせいで葵ちゃんはいじめられた?
俺のせい…。
俺のせいだったんだ。
何も知らない俺が葵ちゃんと遊んだばっかり。
俺は女子達の暴言を無視して、急いで教室を飛び出した。
謝らないと…!
彼女の為に何が出来るか、あって話さないと…。
校門を飛び越える。
俺は無我夢中に葵ちゃんの家に向かって走った。
いつからいじめがあったのだろう。
身勝手な状景が頭に浮かぶ。
何も知らない俺は毎日彼女に、
「落ち込むなよ。
人間大抵乗り越えられない物はない。
だから俺はかめはめ波や螺旋丸を作る練習してんだ。
葵ちゃんならきっと何でも乗り越えられる!
俺が螺旋丸作って保証してやる」とピースサインで軽々しく言っていた。
最低だ。
彼女は辛かっただろうか。
辛かっただろうに。
俺が絡んでしまった為こうなった。
泣いただろうか?
あのかわいらしい笑顔を俺が汚してしまっただろうか。
俺はインターホンを鳴らす。
ごめん、
ゴメン。
ごめん!葵ちゃん!!
ピンポンの音が鳴っても鳴っても押し続けた。
すると、部屋の扉が開きモジャモジャ頭のおばさんが出て来た。
「あ、あの葵ちゃんは?」
「ああ、勇気さんね。
勇気さんなら四日前に引っ越されたよ」
――――――――え。
俺の時間は止まった。
頭が真っ白になった。
彼女とはもう会えない。
ただその事実だけが心に残った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あの事件以降、俺は異性を避けてきた。
自分が何されたって構わない。
ただ、俺と一緒にいるせいで大事な人が傷つくのはもう見たくなかった。
俺が恋をしない理由はそういうことだ。
「てかよサク。
お前こんなに後ろの方にいても大丈夫なのか?
あの席どうみても主席のお前の席にしか見えないんだが…」
隣でそわそわしているタクト。
俺は気にせずバックの中に隠してあるスマホを触る。
「ああ、気にするな。
朝断ったからな。
今は志島源蔵ランクアップイベの方が大切だ」
「どんだけ源蔵押すんだよ。
そんなキャラが押しとか変わってるよなサクは。
普通、御劔朱雀だろ」
御劔朱雀…「クロニクルヒーローズ」では主人公のライバル的存在で人気が高い。
「やはりタクト。貴様のようなモテ男には非モテの気持ちがわからんようだな」
「あ、始まるぞ式」
「話の途中でな…」
俺の声は壮大な吹奏楽部の演奏でかき消される。
…まあいい。
俺はそんなことよりイベントを回りきらなくては。
時間は刻々と過ぎる。
俺はといえば「クロニクルヒーローズ」を周回し、式はというと順当に進んでいく。
『―――新入生代表、比茂手佐久』
「おい、サク。呼ばれてるぞ」
隣のイケメンが何か言ってる。
俺は適当にハイハイと拓人に返事し、イベント周回をする。
あと進化石10個まできた。
時刻は残り十分。
十分あれば余裕だろう。
『比茂手佐久、ひもてさく。居ないのか?』
なんか壇上の教諭が喋っている。
気のせいかさっきから俺の名前が呼ばれている気がする。
ふと視線をゲームから隣の親友に向ける。
何度も愛のコールのように呼び出しされる俺の名前。
「タクト。これはどういう状況だ」
「あはは…ってばかやろうサク!今新入生代表挨拶なんだよ!!」
「え、俺の名前呼ばれたのか」
「そうだよ!!はよいけ」
はげ散らかした先生の顔が浮かぶ。
(あの先生め…!!)
しかし、どうする、イベントが…。
迷っている俺の顔を見た拓人は手を前に出す。
「やっといてやるから行ってこい」
俺はスマホを渡すと直ぐに壇上に上がった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「散々だったな」
大爆笑するタクト。
俺たちは式が終わり青天の下に出ていた。
「いい加減にしてほしいものだ」
「何も考えてこなかったお前が悪い」
ひとしきり笑い終えたタクトは、再び腹を押さえ始めた。
「うははっ…くっ…都立第一高校の新入生代表挨拶で、あそこまで酷いのは今までもこれからもお前だけだろうに…ふ」
俺の道化っぷり、楽しんでもらえたかな?
今思い出しただけでも寒気がする。
成功というよりこれは失敗だが。
俺は数十分前に、入学早々全校生徒に陰キャ感を醸し出すことに成功したのだ。
◇◆◇◆
壇上に上がった佐久。
「っ――――すみません。遅れました」
俺は一礼をすると舞台に登る。
((あの人が主席…))
皆様々な表情でそんな感じの目線を向けてくる。
「あ、あーえっと…」
滞っていた静寂は自分の声で更に静けさを増す。
異様な静けさ。少し強く握るだけでマイクは反響する。
俺は〇ん玉袋ををなでられるようなおぞましい緊張感を全身で感じる。
ヤバい何も考えていない。
「あ、あ、えー…おおおお日柄もよろしいようで?」
第一声、盛大にやらかしてしまった。
一人スマホを見ながら爆笑するタクト。
「そ、そうですね。主席…はい。私から皆様に一言申し上げる言葉…」
なんだよ一言って。
陰キャの俺にはこの状況、辛い物がある。
特に衆人観取の目。
なんでそんなにじっと見つめてくるんだよ。
お前らにはなすことなんて何もない。
何もない。何もない何もない。
「えー、それは何もありません」
はっ。
気が付いたときには既に口に出していた。
キョトンとする入学生達。
「なな何もない、といいうのは」
動揺、噛みまくりの口。
ちゃんと顎と舌付いてるか心配になる。
◇◆◇◆
それからというもの話すまでもなく地獄だった。
人がパニックに陥りながら話すときの本当のヤバさは、あとから何も思い出せないと言うことだ。
俺は何喋っていたのか記憶がほとんど飛んでいる。
ただ恥ずかしかったのは覚えている。
支離滅裂だっただろうし…荒唐無稽なことを言っていただろう。
実に恥ずかしい。
今日は早く帰ろう。
暖かくして早めに寝よう。
きっとそれがいい。
…帰ったら泣こう。
その日は入学式のみだったため、
俺は式が終わった直後、颯爽と体育館を背に駅の方へ向かおうとした。
その時だった。背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『さっく~』
その声の後直ぐに俺の背中に強い衝撃がくる。
振り返ると短髪の少女が居た。
コサージュの主張強すぎと言わんがばかりの制服の上からでも分かる豊かな胸。
そのくせ身長はそんなに高くない、いわゆるロリ巨乳というオタクにとっては神とおがめられ手も仕方が無い少女。
「なんだハルカか」
「なんだとはなんだ―!元クラスメイトに向かって!」
彼女の名前は木瀬春花。
彼女の言う通り俺の元クラスメイトだ。
主人公の過去が少し公開!そして新キャラ登場。
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