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第5話 雷の魔法少女



「……へえ。ちゃんと来たじゃねえか」


 腕組みした女の子が仁王立ちしている。場所は校舎裏、と呼ぶにふさわしい――とは言えないかもしれない物陰になった場所。

 学院とは、実際のところは研究施設だ。教室の方こそおまけで、そう見なければここはただのビルの裏側でしかない。かよう生徒(モルモット)の方こそ場違い、そんな場所。


「君がこれをくれたのかな?」


 クラックがひらひらと手紙を振る。意外と可愛らしい文字で果たし状と書かれてあった。しかも、墨。古典にもほどがある――が、達筆でも字が上手でもなく単に下手くそで読みにくい。


「よく来たな! アタシこそが魔法少女『アンビエント』。お前を倒し、学院の支配者になる者だ!」


 ドオン、と爆発音が鳴った。戦隊もののような爆発音が本当になっている。それも魔法だった。


「いや、魔法をそんな風に使うものでもないと思うけどね」


 やれやれと首を振る。雷が見えた――あまり手の内を晒すのは魔法戦に置いては不利だよ。先のは爆弾ではなく、雷が空中で爆ぜた音。

 まだ魔法戦は一回しか経験してないけれど、大体要領は掴んでいる。と、クラックは微笑する。


「……くく。アタシこそが、この『学院』で最強の戦闘力を持つ究極の魔法少女。あの研究者どもは分かっていない、絶対の戦闘能力を持つアタシこそが支配者にふさわしいのだということがな!」


 偉そうにしている。だが――


(最強、だなんて……ティーちゃんが計測不能で、自分が測れる範囲だってだけじゃあないか。しかも、学院が把握する戦闘能力なんて言っても本気でやってる奴なんて殆どいないさ。あの、僕に冷たい視線を投げかけてきた魔法少女『イエローシグナル』のように)


 先ので底が見えてしまったから、つまらない。

 雷――それは現代戦においてはかなり強力な武器だろう。電波障害を発生させられるだけの威力はある。今の時代、戦車もミサイルもICでコントロールしているから、無効化できる彼女は戦略兵器として一級だ。

 しかも活殺自在で生かすにも殺すにも使いやすい……この性格さえなければどこかの特殊部隊の隊長として引き抜かれてもおかしくないほどだ。


「けれど、それで人をシビれさせたくらいでなにさ? 人間スタンガン……その程度、魔法である必要ですらない――ただの外れ能力じゃないか」


 馬鹿にして挑発した。いや、言ったことは本心だけどね。

 魔法少女は己の魔法に絶対の信頼を置いている。それに激昂しない人間は、単に僕みたいに他人の意見を受け入れる気がないだけだ。ゆえに。


「ほざいたな。ならば見さらせ! 我が力、アーティファクト『ライトニング』の真の力を!」


 雷が発生する。――けれど。


「……で?」


 嘲笑するのみ。人を焼き尽くす火力のない電力など、クラックにとってはそよ風に等しい。覚醒した魔法少女の肉体は物理現象とは乖離する。少女の肉のように柔らかく、オリハルコンのように強固という矛盾した性質を併せ持つ。


「ならば、至近距離で叩きこむだけのこと!」


 手を広げ、近づく。触れるまでもなく、近づきさえすれば電撃は威力を増し、足を止めた瞬間に最大威力を叩きこめる。一見して遠距離攻撃の一つも持っていないクラックには有効な技であろう。


「君、さ。深淵を覗き込むとき、深淵もまた汝を覗き込んでいる……って言葉、知ってるかい?」

「――はあ? なんだ、そりゃ。中学生かよ!?」


「いや、ちょっとした忠告。雑談だよ。分かりにくくしてあるのが実に魔法少女”らしい”だろ。ま、つまりはこういうこと」


 アンビエントの体に衝撃が走る。風景が逆走した。クラックは同じ場所でケタケタと楽しそうに笑っている。


「――っが! てめ、何を……ッ!」

「蹴っただけ。相手を殴ろうと思ったなら、殴られることも覚悟しておくべきだよ。実際、君って隙だらけだったからさあ」


 丁寧な忠告、先のは高速で動いて蹴っただけだ。覚醒した魔法少女の身体能力はそれだけでも強力だ――それも当然、正真正銘に世界を滅ぼせる存在だ、生易しいはずがない。クラックにとっては、こんなものは遊んでいるだけに過ぎないのだと嫌が応にも思い知らせた。


「……テメエ、アタシを舐め腐ってやがるな。ゲーム感覚か?」


 蹴られたのだと理解した彼女は憎々し気に口の端についた血の痕を乱暴にぬぐう。それでも、最強を名乗るだけの理由はある。例え、偽りだらけの砂の城だとしても――それだけの強さと自負はある。


「んー。あまり簡単に点数取れるとつまらないから、もう少し難しくしてくれないと。でないと、飽きて投げ出しちゃうよ?」


 クラックはやはり、笑う。遊んでいる――子供のように、楽し気に。今もまた、ゲームのようにこの真剣勝負を言っている。点数、などと。


「……コロス。私は、私を舐める奴を許さねえ。ドイツもコイツも、私を舐める奴はぶっ殺してきた。こんなとこじゃ誰も知らねえだろうがよ、アタシは札付きの悪で知られてた。誰もがアタシを見るときには俯いてた。いい気分だったさ――あのセンコーが偉そうに注意してきやがるまではな」

「センコー? ああ、先生か。なんだ、タバコはやめろとでも言われたかい?」


「なんで知ってる? まあ、それだけじゃなかったがな――アイツは女の子がそんなことするもんじゃないとか、女の子なんだから口調をもっと柔らかくだとかよ、口出しばっかだ。ふざけんじゃねえよ、親かよ」

「ああ、そういうの? わかるわかる、うざったいよねえ」


 適当に同意するクラックだが、その言葉は届いていない。彼女も聞いてもらうつもりなどない。魔法少女『アンビエント』は自らの心の奥へ、奥へと沈み込む。魔力を生み出すのは心の中の空洞――虚無に手を伸ばせば伸ばすほどに魔法は強力になる。


「だが、アイツはアタシを舐めた。このアタシを”なんか”と言いやがった。だから殺した。そうだ、絶対に許せねえ。アタシを舐める、そんな奴は生かしておかねえ。殺して、殺して――てめえら全員、下向いてろよ」


 そして、魔法の力を得た。その教師をナイフで一突きしたために少年院に入れられるはずだった彼女は、そこで魔法の力を得てしまったことでずっと陰惨で後ろ暗いこの”学院”へと入れられた。


「はは。一般論としては理解できるね。けれど、他人が上向いてようが下向いてようが自分には関係ないと思うんだけど。ま、君には僕の言い分こそが一番関係ないか」


 聞かれていないのを承知の上でクラックは下手な横やりを入れる。いや、聞いてようが聞いていまいがかまわないのはクラックも同じ。同じ、魔法少女。


「――さあ、死ね。殺してやるよ」

「あは。おいでよ……」


 雷が駆け抜けた。


「これがアタシの隠していた力。実際、ここまで能力を引き出すのは結構きついんだがよ……ッ!」

「それは残念。少し面白くなってきたのに」


 雷速移動、そこからの雷撃による衝撃。どれをとっても人間相手なら即死する攻撃だった。そして、その一撃はクラックにすらダメージを与えるほどの一撃なのだ。

 先のは服の一片に焦げ跡すら付けられなかった――が、今回はぶすぶすと煙が昇って、筋肉がビクビクと震えている。雷を筋肉に流されたことによる強制駆動だった。


「安心しろよ。あんたが死ぬまで付き合ってやる」

「んむ、元気がよろしい。でも、まだ口も封じられてないよ?」


「――ならば、ふさいでやらあ!」

「やってみな」


 人間大の雷、飛来して――クラックは木っ端のように吹き飛ばされる。


「あは。おもしろいね、これ」


 だが、クラックはジェットコースターにでも乗っているように笑っている。腕が折れて、ぶらぶらと揺れているのに。


「その張り付けたような笑みが気に喰わねえ!」

「……くふ」


「っシ!」


 クラックを木に叩きつけた。後ろの木が砕け、そのまま平行に飛ぶ。


「これで、終わらせてやるよ! アタシの最強技で吹き飛べェ――『|王者の冠こそ天上にて輝き《クラウン・オブ・ライトニング》』!」


 一点に収束した雷撃、このエネルギー量の前ではそれが電気とか、その以前に物質では持たない。エネルギーとは、熱量だ。溶かし、焼き尽くす、そして、その上に雷としての性質が襲ってくる。


 さすがのクラックですら防御も意味がなく、消え失せた。


「――と、思った?」


 ひょいとクラックが立ち上がった。焦げ跡一つついていない――回避していた。


「単にしゃがんだだけ。いや、僕は飛んでたから攻撃が来る瞬間に自らを地面に叩きつけたと言うべきかな。お前さ、分かりやすすぎるぜ」


 雷撃は平行に飛んだ。アンビエントの直情的な性格は少し戦っただけでわかるほどにわかりやすかった。そして、最後の一撃を決めるとなれば……それが一直線に進むものだと言うことは想像に難くない。

 だから、これはタイミングを見計らって自分の身体を地面に叩きつけただけだった。クラックの魔法を引き出したのは大したものだが、この程度の小技ができないのは魔法少女として欠陥品以外の何物でもない。

 アンビエントの全力が引き出したのは、魔法少女なら誰でもできる程度の小技だけだった。


「そうそう――君が誇りにしてた皆が下を向くってのもさ、そんなの単にDQNと目を合わせたくないだけだろ。君は目を合わせたら威嚇してくる動物だと思われてたんだよ。実際には馬鹿にされてるんだよね、動物ごときは目さえ合わさなきゃ無害な程度の、ただの間抜けだってさ」


 子供に教えるように、膝をついてしまったアンビエントを足をかがめて見下ろしている。”見下ろされる”それこそが、決して認めることのできない屈辱であり――


「――ッなんで、お前は……ッ!」


 アンビエントにとっては、命なんかよりもよほど重大なことだ。”それ”をやられるくらいならば命を懸けて反逆してみせよう。

 しかも、今まで誇りにしていた生き様すら馬鹿にされて。それをされて許す己など、そう――決して”許す”ことができない。


「そんな、人を馬鹿にできる!?」


 だからこそ、人を辞めた。ただの魔法少女ではたどりつけない領域まで手を伸ばす。


 ――轟音。そして、衝撃。


 真なる雷が晴天の空から降ってきた。自然現象の雷はそれ一つで街の1年分の電力を賄えるほどの電力がある。そして、これはその数十本を束ねただけの太さがあった。

 それだけの電力をただの一瞬にて開放する、それは人間には未だ操ることのできない超高出力のエネルギー。――それをただ一人の少女が放つ。ただ一人の少女に向かって解き放つ。


「――へえ」


 クラックは確かにその収束した雷に飲まれた。人類の科学では決して防ぎ得ない莫大なエネルギーが炸裂した。けれど、煙と炎の中から声がする。


「……はあっ! ぜえーーッ!」


 アンビエントは蒼白な顔で見つめる。一瞬で命を燃やしつくてしまったようだった。

 それもそうだろう。あの一撃はただの余波だというのに学院の全機能を停止させてしまった。世界の中で最も厳重に保護されている思考とも呼べるデータ群、その中の半導体に分類されるもの、HDDも、SSDも、サーバーも、万全なEMP対策が施されたそれをただ出力だけで焼き切った。

 ――物理現象ではない、電波障害を防ぎ得る軍用の防護機構が学院にはあったのにも関わらず。


「なるほど、強いね。だが――」


 現れたのは無傷のクラック。


「防いじゃった」


 ペロ、と舌を出した。まるで、ちょっとしたいたずらを告白するような。


「な――あ……ッ!?」


 愕然とする。最大すら超える、自分ですら想像できなかった必殺の一撃が通じなかった。その事実を受け止めきれず頭が真っ白になって。


「ま、雷は雷だからね。空気程度は破壊しながら進めても、断絶した空間は乗り越えられない。いやあ、誇ってもいいと思うよ。これは完全に僕の魔法、『ワールドブレイク』。でも僕は魔法を使うつもりなんてなかったんだから」


 けらけらと笑う。


「うん、面白かったよ。また、遊ぼ――」


 頭が弾けた。ぐらりと身体が傾く。そのままどさりと崩れ落ちた。その後に破裂するかのような轟音が聞こえてきた。これは対物ライフルによる狙撃だった。人間どころか戦車ですら容易く貫通する、人類が生み出した人を殺す手段の中でも到達点の一つ。


「――は?]


 そして、アンビエントはまだ呆けていた。



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