第78話 反乱軍
そして、アメリカの方ではホワイトハウスに立てこもった大統領が転移してきたクラックの相手をすることになる。
もっとも、いつもの面倒な相手ではなく今現在は救いの神だ。機能停止した軍の装備を奪われ、ガワだけならば最新の軍隊が攻めてくる格好だ。中身が伴っていないからこそ、呑気に電話で助ける暇があった。
「はは、すごいことになってるじゃないか――大統領クン」
「来て……くれたか。クリック・クラック、君の力を借りたい」
けらけらと笑うクラックを、彼はもちろん歓迎せざるをえない。喉元にまで迫った反乱軍をなんとかできるあてはクラックしかない。トーチライトには話しをする当てすらないのだから。
まあ日本首相とは態度が違いすぎるのだが、要素として大きいのは距離間だろう。クラックは距離など無視できるとはいえ、住む国が違うという事実は安心感をもたらしてくれる。
「しかしまあ、元気のいいことだね。まるで映画じゃないか、ホワイトハウス目指して攻め上がる反乱軍と、守備を放棄した軍隊なんてね」
「……事情がある。それに、向こうは軍部の一部を掌握している。非常に危険な状況だ」
「知ってるよ、でなければ爆撃機なんて出せない。しかし、弾道ミサイルが来ていないのは――」
「それは以前にトーチライトが破壊してしまった。卑怯だとかなんとか言っていたな」
「ああ、核やらと見分けが付かなかった? まあいいや、来てないなら。役に立たないものを後生大事にして無駄金を使うことがなくて良かったじゃないか」
「――そうだな。君の言う通りだとも。だが、ここに現実的な脅威が迫っているのだ。今はそれについて話さなくてはならない」
クラックはいつもの態度を崩すことはない。皮肉屋で他人事の批評家気取り、しかも己の権力を自覚しているのだからタチが悪い。
しかし大統領は嫌な顔一つせず、クラックに話を合わせる。そもそも日本語を覚えたのはティアマトと話すためで、クラックと話せるのもその恩恵だ。トーチライトもティアマトも話が通じないから、魔法で通訳は要らないとは分からなかった。
「Shit……! spoiled brat! I’ll fucking kill you!」
まだ和やかに話し合っている状況。もっとも大統領の方が平身低頭しているだけだが。そこで出し抜けに、横の男が撃った。
「What……!?」
クラックが倒れ、ふりふりの衣装が血に染まっていく。まさに殺してしまった、とそんな言葉がぴったり当てはまる状況だ。
二人は英語でがなりたてる。
「貴様、どんなつもりで彼女を撃った!?」
「お言葉ですが、大統領。その化け物に頭を下げ、それで生き残ったとてどうなりますか。――我々アメリカ人の誇りを、あなたはどう思っている!?」
「誇りを売ったのは貴様だろう。反乱軍に私の身柄を売り払って何をもらうと!? 金か、それとも大統領に成り上がるのか!」
「違う! あの愚かな者どもとは何の関わりも持っていない。ただ、我慢ならないのだ。あんな――」
〈ガキに偉そうな顔をされるのが?〉
言葉は分からない。だが、意味が頭の中に響いてくる気持ちの悪い感覚に耳を押さえた。大統領が一瞬早く復帰して、こわごわとクラックを見上げる。
〈くはは。まったく、愚鈍に過ぎて怒る気にもなれないよ。この僕を、銃弾一発で倒せた気になるなんて――さ。それどころか、追撃すらしないとは舐めてるのかい?〉
クラックがむくりと起き上がる。狙いは正確だった、間違いなく脳が破壊されている。どくどくと湧き出る血と脳漿はとめどなく服を濡らしている。それでも、その奇妙な声に陰りはない。
「な……なんだ、お前は。何者だ?」
「何を言っている。彼女は、魔法少女だ。人ではないよ」
〈その通り。お前は一体、何を相手取るつもりだったんだい?〉
クラックが指をパチリと鳴らすと血の跡がすべて消えて綺麗になる。意味の分からない不条理、万能こそが極まった魔法なのだから。
「――」
彼は崩れ落ちた。大統領は日本語に戻して懇願する。
「クラック、彼は……限界だった。もはや仕事は果たせない。いや、左遷ではなく檻の中に入れなくてはならないのだろうね」
「別に僕はどっちでもいいけどねえ。ヒトの愚かさは見飽きたし、その力で僕をどうにかすることなどできやしないんだから」
「――それも、そうだな。だが、さすがにそろそろ戦闘機がミサイルの射程範囲内に近づいてくる」
「ああ、それはもうどうにかしてあげたよ」
「……?」
「しかし、奪ったとは。悲しいものだね、燃料がいきなり空になっただけで墜落して死んでしまうとは。正規兵ならこんなことには。――お、一機着陸に成功したね」
「ああ……?」
一瞬、訳が分からなくなった。付け焼刃でしかない日本語で話しているのもそうだが。あまりにもあっさりと死神の鎌が折られていた。
「まあ、後はどうにでもなるんじゃない? 戦車に改造トラック、バイクもかな。もっとも、すでにして人民と衝突が起きてるみたいだけど」
「――空は、あなたが制圧したのか。ならば、後は。いや、虎の子の爆撃機がなくなったということは……」
その後、英語でぶつぶつと呟く。ニヤリと笑みが浮かんでいた、クラックが手を振っただけで戦況はひっくり返った。軍の手綱は握れていないとはいえ、それでも大統領であるのだから戦力はある。
そもそも普通の人にとっては誰が権力を握るのかなどどうでもよく、ただ争いを持ち込まれるのが迷惑なだけ。国の屋台骨が揺らいでいる以上、倒すべき敵ですらない。ただ自分の生活を守るために余所者を排除するだけなのだから。
「ううん。せっかく頭から血を流しながらも働いてあげたのに、お礼の言葉がないなあ?」
「あ、ああ。すまない――君のおかげだ、ありがとう。君がいなければ、アメリカは無法者の天下になるところだった」
さっと顔色を変えた大統領はすぐにクラックにおもねった。クラックに逆らうことは死を意味する、そうでなくても片手間に戦争をひっくり返してしまった馬鹿げた魔法を今見たのだから。
「はっは。まあ、次のトップが馬鹿ならトーチライトに粛清されるだろうけど。そして、次の馬鹿がトップになって、内戦になるまで頭を逆だるま落としだ。精々頑張ってね、人が文明を忘れないように……」
「もちろんだとも。アメリカを陥落などさせない、なぜなら私は大統領だからね」
「いい啖呵だ。そんな君だからこそ協力してあげたくなる。――これ以上は蛇足だね。また何かあれば連絡するといい」
「ああ、ありがとう。その時はまた頼らせてもらうよ」
クラックは後ろを向き、手を振ると姿を消した。空転転移で日本へ帰って行った。
「……ふうう。帰って行ったか。目の前にいるだけで、寿命が縮む――」
大統領は10年は老け込んだような表情で呟いた。




