第76話 魔法少女の王様の爛れた日常
生徒会は発足時の方針から外れ、日本の支配者のように振る舞うようになった。それは『ユグドラシル』を使って国民への配給まで始めたからだが。正真正銘、人類は魔法がなければ文明を維持できないほどに落ちぶれたのだから仕方ない。
しかし、そんなことで支配する気になるなと、人間を甘く見るなと反旗をひるがえす反乱軍や支援する政治家は未だに存在する。ただどんな妄想を夢見たところで、彼らに魔法と戦う力なんてなかったのだけど。
そんな絶対的な力をもって君臨する二人は。
「くふふー。クーちゃん、うりうりー」
「あははっ。やめて。……くすぐったい、ふふっ」
童女のようにじゃれあっていた。ソファの上に寝転がって、抱きつきながら脇腹をつんつんと突いている。
クラックは支配に興味などないし、ティアマトに至っては見た目通りの子供だ。誰も来ない古びたアパートの中で、家族ごっこを繰り広げている。外の世界に興味などないのだ。
「ふふふー。あーちゃんは寝ちゃったし、大人の時間だね」
「ティーちゃん、意味わかって言ってる?」
足元の方ではアリスが毛布を被って寝息を立てている。仕事をしていたから疲れた、という訳でもない。そんなレベルの低い魔法少女ではない。百万人分の食料を狩って処理までしていたが負担ではないのだ。
大人しいものでまったく起きない。それは愛される娘のロールプレイをしているから。こうなったら二人が離れない限り起きてこないのも分かっている。
「さて、クーちゃん。――かわいい顔、してるね」
仰向けのクラックにのしかかるようにまたがって、顎をくいと上げた。顔はニコニコしてて、むしろ微笑ましさしか感じない。
「それ、どこで覚えてきたの?」
「ラミエルの持ってた少女漫画だよ」
無邪気なティアマトに、クラックは思わず忍び笑いを漏らしてしまう。
「むぅぅ。何が不満なの? クーちゃんは、ティアの”恋人”なんだよ。漫画みたいに頬を染めて、目を閉じなきゃダメなの」
「ええ……と。ううん、ティーちゃんとそういうことするのはいやじゃないけど。――でも、上下を交換してくれない?」
「ダメ。クーちゃんはかわいいから、されちゃう方なの」
「あう。――でも、ね。ティーちゃん……」
逆の手で頭を抱え込まれて、ティアマトの顔がどんどん近づいてくる。クラックは顔を背けようとしてもがっちりロックされているから動かせない。
「それに、クーちゃん待ってるといつまでもしてくれないし」
「……え、ティーちゃん?」
「さ、覚悟はいい?」
「ちょ……と。ま――」
もういいと、強引に顔を近づける。クラックはぎゅっと目をつむって、受け入れるしかない。
「ん――ちゅ。ちゅ」
「あ……ん。んあ……」
ぐ、と顔を近づけられてそのままキスをする。歯が当たるまで止まらない強引なキス。そのまま数秒ほど堪能して、ティアマトは唇を離す。
「ふふ……クーちゃん、かわいいお顔。好き」
「んぐ――ティーちゃん」
目を開けたクラックの視線は定まらない。ぼんやりと頬を染めて荒い息を吐いていると、ティアマトがまたキスをする。
今度はちゅぷちゅぷと唇の柔らかさを味わうようなフレンチキス。もちろん、味わられてしまう方も同じ感触に襲われている。
「んふ――ふ。クーちゃん、ピクピクしてるのに動かなくなっちゃった。そんなに気持ちよかった?」
「うう……それは。えと――」
「えへへ。クーちゃんはこれ大好きだもんね。もっとしてほしいよね?」
「あ……えと。……うう。――うん」
クラックはのしかかるティアマトをきゅっと弱い力で抱きしめ返す。ティアマトは妖艶な笑みを浮かべてクラックのことを改めて押し倒すのだった。
一方、三人の居るボロアパートの横にある豪邸ではとある姉妹が顔を突き合わせていた。クラック傘下の魔法少女と、ただの人間。もしかしたら、この世でもっとも隔たりのある姉妹かもしれない。
「――木之実」
「お姉ちゃん」
なし崩しで一緒に居ることになったけれど、その道のりは簡単に言えるようなものではなかった。
お姉ちゃんの方は国に連れていかれて実験体から捨て駒の暗殺者へと身を落とし、しかしそこでクラックに拾われた。ここはよほどマシな場所だが、それでも未来を描けるほど先が見れる状況でもない。
そして、妹の方こそ八方ふさがりだ。もっとも親を失って天涯孤独の身となってしまったからには元から未来などないかもしれないが。今の日本は過去の栄華など失っている。魔法少女という脅威に、人々は希望を失って立ち上がれなくなったのだから。
「えと……木之実が来てから何日か経ったけど、不便なこととかない?」
「大丈夫だよ。お姉ちゃんは魔法少女だけど、それでも人間だよ。私たち、一緒の生活をしてるんだから」
「そうね。クラックとかは、あれは魔法少女としても別なのよね。正直、あんなのと比べられたら私もただの人間……あいつが求めるレベルなんてそれこそ。いえ、これは愚痴ね。今はあなたのことを話しているのだもの」
「お姉ちゃんはその……えと」
「なに? 遠慮することないわ、姉妹でしょ。なんだって言っていいのよ。別に誰かに聞かれてる訳でもないし」
「――あの。答えてくれなくていいんだけど。答えられると思ってないけど。お姉ちゃんは、どうするつもり?」
「どう……する」
表情が暗くなった。それこそ、どうしようもないことだ。何か言われたらとりあえず頑張るけど、しかしできないことはできないし。さりとてクラックの下から脱しようと思うこともない。
ただ、漫然とした不安と鬱屈だけがある。
「あ。ごめんなさい! あの、悩ませるつもりじゃなかったの。ただ、私はお姉ちゃんを探そうと思っただけだから。連れていかれたお姉ちゃんを探さなきゃって。それで、お姉ちゃんと会えて……」
「どうすればいいか分からなくなった? 私も同じかもしれないね。木之実と会えて良かった。探したいと思ってたけど、そんな力もなかったから」
「お姉ちゃん。その――大丈夫、なんだよね」
「大丈夫って、何が?」
「……クリック・クラック。テレビはあの人が独裁者だって言ってる。それで、ティアマトちゃんはみこ……なんだっけ。えと、利用されてるだけだって」
「神輿、ね。まあその通りで、けれど当の本人は役に立てるならそれでいいのでしょうけど。でも、テレビで言ってるほどイエロークラックや音遠も一枚岩ではないと、本人を見てるとそう思えてくるけど」
「一枚? なにが一枚なの」
「味方とは限らないってこと。クラックにも色々敵が居て、それだけじゃない。味方面する敵も、今は敵じゃないけど勢力を削りたがっているだけの奴、敵対してないと口先だけの敵もたくさん。……私はもう従うしかないのでしょうけど、でもそれでいいのか」
ふう、とため息を吐く。クラックの下が安泰とは――そうは思えない。クラックは最強でどんなことでも思いの通りになるが、それだけだ。一番強い奴の子分になれば未来が約束されているなんて、そんな甘いものではないと思う。
「……お姉ちゃん?」
「大丈夫よ、木之実。あなたのことは私が守るわ。奇跡のように会えたのだもの。いえ、木之実がとても頑張ってくれたから――かしら。だから、次に頑張るのはお姉ちゃんの番ね」
「お姉ちゃん、無理しないでね」
「無理なことは無理と言うわよ、クラックに」
この豪邸での暮らしも慣れ始めてきて僅かな余裕が出来た。そこで姉妹で膝を突き合わせて話したが――そもそもこの姉妹に未来を描けるだけの力も知識もないのだった。
不満も不安も押し殺して、クラックに人生を賭けるしか方法がない。




