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第75話 魔法少女の国にいる男



 ユグドラシルの生える地、廃墟となった東京で抗争が起きていた。

 今のこの地はクラックが支配しているということになっているが、クラックは放任主義だ。研究所から逃れた野良の魔法少女達が行く当てもなく群れている。

 血気に逸る魔法少女たちは織田信長へ襲撃に行き返り討ちになったので、まるでゾンビ世界さながらに廃墟から物資を探して生きる日々を送っている。争うにしても口喧嘩や小競り合いで済む長閑な場所だ。


 けれど”戦い”が起きる理由はあるのだ。魔法少女の国とも言える東京、そこで生きるただ一人の男の存在が平和な世界に影を落としている。


「待ってくれ。話をしよう」


 彼の名は鷹海和人。名前を変えて政界を握った織田信長の、実の息子だ。

 姉を探すラミエルの妹を連れて東京に赴いたが、彼女はクラックに保護されて連れていかれた。無視された彼は、やむなく秘密結社『ブラックロータス』についていく次第となった。

 まあ秘密結社とかカッコつけても、カッコつけてるだけだからこうして因縁を付けられるのだが。


「……は! 誰がアンタと話なんてするかよ。クラックが言ってた、テメエはあの織田信長の息子だってな!」

「そんな奴は東京に置いておけねえよなあ!」


 ぎゃいぎゃいと騒ぐ魔法少女のコンビだが、しかしこういうのはブラックロータスの面々にとっても慣れっこだった。

 人間の、それも男など恐怖の対象でしかない。そして恐怖していることを認めずに突っかかる子犬のような反応がこれだ。そう、こんなものは不審者に噛み付く子犬の所業に他ならない。


「待ちなさいよ! 私たちは大人しくしてるじゃない。それに、今の状況で簡単に東京を脱出できるわけないじゃない!」


 侵入するだけなら危険はない。いや、今絡まれているように雑多な魔法少女がちょっかいをかけてくるかもしれないが、支配者のクラックはそれに興味がないため命の危険はない。

 だが、脱出に関しては別だ。国が表向き何もできなくても、民間の自警団が銃火をもって追い返す。クラックがそれに何も反応しない以上、脱出は夢物語だ。


「知ったことかよ。この東京にそんな危険分子が居ることが問題なんだよ。テメエが口先で転がされて何するかわからねえしよ、『シンデレラ』!」

「――はあ? この私が騙される訳ないじゃない。それも、こんなよなよした軟弱者に! 私が従うのは、悪の矜持以外にないのだわ」


「あはは。適当に悪の美学とか言っとけば騙されるってことだよねー」

「ええ。依頼って言っておけばいいだけだもの」


「ちょっと二人とも!」

「「……」」


 怒ったが、仲間の二人は目をそらした。慣れている。


「いや、だから俺は父とは関係ない。織田信長は君たちに酷いことをしたかもしれないが、それはアイツがやったことだ。君たちの主人のクリック・クラックが罰を与えたんじゃないか。……いい気味だが」


 そう言うと、コンビの方は目を見合わせた。


「罰って何のことだ?」

「それと、クラックの奴はアタシらの主人じゃねえよ!」


「テレビは見なかったのか? それと、ラジオも」

「ああ、ふわりんがやってたやつか。見るわけねえだろ、あんな洗脳テレビ」


 ふんと馬鹿にするように鼻を鳴らす。


「ふふん、あの程度の洗脳が私に効く訳ないでしょ」


 シンデレラの方は呑気なものだけど。


「洗脳。……そういえば、なぜ俺は裏取りもせずに信じ込んでたんだ」

「テメエ程度の精神力じゃそーだろ。それにシンデレラだって、アンタの頭じゃそもそも嘘と本当の区別なんざつかねーから洗脳は関係ねーだろ」

「あ……アナタ、やる気ならやってやりますわ! 私の魔法でコテンパンにしてやりますの!」


「あはは。そこは待ってよ、ボス。イタズラに刃を見せるのは仁義じゃないよ」

「ああ。一般人の前でドンパチを始めるほど考え無しじゃないよ、ボスは」

「……うぐぐ」


 味方の攻撃にぐうの音も出なくなったシンデレラを置いて、二人は会話する。


「だが、疑う理由もないな。信じさせたのが魔法でも、ラジオにテレビも掌握してるのはただの事実だろう」

「まあ、そういうことになるね。どうだい、絶望的かい? お前の居場所なんて、どこにもねえんだよ。お前なんて見逃されただけで、認められたわけじゃねえ」


「――居場所なんてもの、きっと最初から無かった。俺は、あんな奴とは違う。居場所は自分で作るさ」

「はん。あの男も自分の手で権力を掴んだんじゃねえか? その権力で研究所を作ったんだから。……アンタと父が違うっつってもこっちには関係ねえ。怪しいやつはぶっ飛ばすだけだ」


「……やってみろ」

「できねえと思うのか?」


 彼はつかつかと歩いて行く。一歩進めば殴れる、そんな位置まで足を進めて彼女のことを見下ろす。

 その距離ならなんとかなる、訳がない。この廃墟で生きている、それなりの経験を積んだ魔法少女は身体強化だって修めている。

 殴り合いでも勝てる道理はない。だが、彼は腕を組んで殴れるものなら殴ってみろとじっと相手のことを見つめている。


「やるなら――やれよ!」

「本気でできねえと思ってるなら、テメエは阿呆だ! 私の魔法は、人も殺せる!」


「鷹海、やめなさい! 意地を張るのもいい加減に……」

「黙って見ててくれ、シンデレラ。ここまで言われちゃ、俺も引っ込んでられねえ」


「怖くねえのかよ。アンタはただの人間で、こっちは魔法少女なんだぞ……!」

「関係ねえって言ってるだろうが! 殴るのか! それとも魔法を使うのか。やってみろ! 俺は逃げねえ。中途半端で、何も成し遂げてねえ若造かもしれねえが――臆病者じゃねえ」


 啖呵を切る。その気迫は、とてもではないが虚勢を張っているようには見えない。一瞬気圧された自分を自覚して、だからこそ逆に一歩詰めた。


「は。臆病者じゃねえとしたら、馬鹿か? 確かにあの織田信長のような”お利口さ”とはほど遠いかもしれねえけどな」

「そりゃありがとう、礼を言うよ」


 挑発のようにそう言う。さらにもう一歩詰めた。身長はクラックやティアマト、おまけにアリスが小さいだけで、彼女は高校生程度の背丈はある。

 キスができそうな超至近距離で、下から睨みつける。胸が当たりそうになっている。


「これでも、怖くねえか?」

「怖くないね。どんな魔法を持ってても同じだ。そもそも灰皿で殴りゃ人は人を殺せるだろ。そんなことはしないって信じてるから、話し合えるんだよ」


「……」


 彼女はふいと背を向ける。


「なっ。おい、待てよ。何も話してねえじゃねえかよ。逃げるのか?」

「これ以上愚か者に付き合ってられるか。おい、今日の晩飯を探しに行くぞ。私らは忙しいんだ」


 彼に呼び止められても、彼女は止まらない。とはいえ、どうやらここに居ることは許してもらえたらしい。

 被害者という意識はあるし、織田信長への遺恨も残っている。それに息子なら関係ないと言えるほど聖人でもない。けれど、それ以上に”人を傷つける”のは大事だ。並大抵の覚悟でできることではないのだから。

 こうして1対1の構図となってしまえば、手を出すのにどうしても罪悪感が感じざるを得ない。


「え……ちょ。あいつはどうするんだよ。て言うか、クラックから昨日もらったシチューが余ってるじゃん……」

「うっさい! 行くぞ!」


「ああ――ちょっと。待ってくれよ……」


 去っていく彼女たちを呼び止める手が宙にさまよう。

 今までは逃げ惑うだけだった。その子達は話も聞かずに魔法を使ってきたが、無傷で切り抜けられたのは相手に殺す気がなかったからだ。

 まあそんなフラストレーションもあってこんな暴挙に及んだわけだけど。


「へえ。認めてもらったって訳かい? まあ、魔法の真髄も引き出せない子達だ。どうせ心の内に飼う虚無も、僕らのように”世界すら飲み干す”ほどでもない。どうせ人殺しはできないと思ってたけどね」


 ぞっとするような声で、幽鬼のように語り掛けて来たのはクラックだ。なにせ、この東京は彼女の国のようなものなのだから。すべてを把握していたところで何も不思議はない。

 いきなり現れるのも、いつも使っているただの空間転移だ。


「――クリック・クラック」


 ばっと後ずさりした。先の彼女とは、存在としての規格が違う。世界を壊すインパクトを起こした戦犯、などという事前知識は関係ない。神の領域と、人の領域……それは重ならない。


「クラック、何用ですの? あなたがブラック・ロータスに依頼することなどないでしょうに」

「……別に、それに使い道があれば君に保護を依頼しても良かったけれど」


「ふん、戯言を。ついに彼の始末に動いたと?」

「まさか。その気なら君と話す必要はないよ。魔法少女の国と呼べるところはここだけだからね……色々と気にしているのさ」


「それは」

「はい。余ったシチューをあげる。忠告だけど、ネズミを掴まえて食べるのはよした方がいいよ。変な病気をもらうことになる。まあ僕やティーちゃんに移ることはないけれど」


「――ッ! そんなことする訳ないでしょ!」

「はは。じゃ、僕は行くよ。君たちはもう少し魔法を扱えるようになった方がいい、と以前は言っていたけど。どうだろうね、それは無駄なのかもしれないと疑念が湧いてきた」


「どういう……!?」


 クラックは手を振ると姿を消した。


「シンデレラ、どうする?」

「どうもこうもないでしょ、鷹海。……久しぶりのまともな食事! 温かいうちにありつくのよ!」


 粗末な食器で分け合ってがっつき始めた。世界では、魔法少女という言葉の意味は変わり始めている。けれど、この廃墟となった東京では、一日一日を必死に生きることで精一杯なのだから。



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