第74話 ふわりん☆ラジオ
「みーんな~。おはようー、それともお仕事始めちゃってる人も居るかな~? でも、お外は朝日が心地よいね~。これからって感じだよね~」
ラジオから声が流れる。それだけではなく、街並みの街頭テレビや役場の放送用スピーカーも……各家庭のテレビからも、この番組が流れている。眠そうな顔をしたふわりんが手を振っているところまで映されている。
そのように通達が出た。世界経済の凋落に伴い、あらゆる国家で先鋭化が起きた結果政府が強力な権限を得るに至った。そこで日本政府が「このラジオを聞くこと」と国民の義務として通達したのだ。
ならば仕事も学業も例外なく、必ずそれを聞かなくてはならない。聞かないなら、それは反体制派だ。掴まえはしないけれど。
「朝の8時~、もちろんみんな起きてるよねー。ふわあ、でもちょっと早いね~。ふわりんもこの時間はとっても眠くてお布団が恋しいけどがんばるよ~」
ふわふわとした口調は、幼い姿とふりふりの衣装に似つかわしい。本人そのものが、誰もが思い浮かべる魔法少女の姿そのものだ。
もっとも今の世界では、魔法少女など兵器の言い換えでしかなくて。誰かを助けてくれる素朴な魔法少女の姿なんて、漫画くらいにしかないのだけれど。
「あ。ああ、あああー! ごめんね、ラジオの名前を言うの忘れちゃってたねー。ふわりん、ラジオのお仕事なんて初めてだからー。イエローシグナルも酷いよねー、こおんな分厚い原稿渡されても読めるわけないじゃんー」
ぼすっと紙の束を置くのだが、その原稿をめくる様子すらない。微妙にコミカルな感じで好き勝手に番組を進めていく。
「おっと。おっとおっと。また名前を言うの忘れちゃうところだった。ええとー。こく、こくえい? そうだ、国営だね。国営放送、ふわりん☆ラジオだよー。毎週朝8時から、みんなちゃんと聞いてねー。あれ、これもう言ったっけ?」
あわあわと慌てながら、渡されたという原稿は今や押しやられて手の届かない場所だ。とは言っても、結局は番組のお決まりで、段取りが悪いこととは訳が違う。
見た目ほど子供じゃない、というかクラックの仲間であるのだから。教養は身に着けているし、必要なことも理解している。重要なことは頭に入れてある。
「さて、今日は初めてだしね。復習から始めることにしよっか」
そして、国民の誰もがその言葉に静かに聞き入っているのだ。
まるで神父の言葉を聞く信者のように。だが――その裏は魔法でただの洗脳だった。いくら彼女でも日本国民全員を魔法の対象に収めては、弱い暗示程度の効果しかないけれどそれで十分だ。
気合の入ったテロリストでもなければ無視できない。生徒会は覚醒した魔法と言う完全な権力を持っている。魔法などなくても偉い人の言う事は聞くものだから、二重の枷だ。
「魔法少女が現れたのは、何年前だったかなー? あまり思い出したくない人も居るよねー。うん、たっくさん。……でも、だめだよ。逃げて、頭を抱えて、布団を被って怯えるあなた。それは霊長なんて呼べない哀れな敗北者の姿だよ。ラジオを聞いてる人間ちゃん達は、そうじゃないって信じてるよ♡」
「さあ、向き合う時間だよ。歴史に魔法少女が姿を表したのと同時、ファースト・インパクトが起きた。正確には二人の魔法少女が同時に覚醒してぶつかった余波なんだけどねー。その二人ももう居ない。だけど、続々とアーティファクトがこの世界に漂着してきた」
「初めても、怖かったね? でも、二度目も起きた。ううん、こっちの方がずっと怖かったよね。初めてはただ世界を揺るがすだけで何も壊さなかった。でも、こっちは『生命』を奪って行った。魂とも違う、生命エネルギーとも言えるそれ。魂が残ってても生きる力がなければ、生きられないね? 人類の9割が、それを失っちゃったんだから」
「でもね、みんなが忘れちゃってもね? 恩は、事実はちゃんと残ってるよ。ティアマトちゃんが、奪われたものの代わりをくれた。世界を救ったんだよ。まあ、そこらへんを傲慢とみなす不届きものも居たんだけどねー」
「ここからは、ちゃちゃっと行こうか。三度目はクラックがどうにかした。政府が魔法少女を兵器化する実験の失敗で発動した四度目も、出来上がった秘密兵器に対抗する五度目も。ぜーんぶ、クラックがどうにかしちゃった。まあティアマトちゃんかもしれないけど同じことだよね、クラックの言う事なんでも聞く良い子だもん」
畳みかけるように情報を叩きつけて、ここで口を閉じる。
ここでの目的は、理解させることなどではない。というか、そんなものはふわりんという魔法少女の使い方としては下の下だ。
暗示による刷り込み、そして敵の種明かしまでして規範を作った。潜在意識に織田信長は敵だと刷り込まなければ、どうせ反抗するのが民というものだ。そこで支援を打ち切ろうものなら非道な裏切りと糾弾するだろう、それでは支援する甲斐がない。
「さ……て――みんな、大変だったよね? でも、えらい♡ えらいよー♡ きっとトラウマなのに、ちゃんと聞いて、理解しようとしてくれて♡ まあ、二回目を生き残った幸運な1割に入る子は楽勝だったかもしれないけど」
甘ったるい声で誉めそやし、しかしそこから声色が変わった。
「あの、”生きる力がなくなった”感覚は思い出したくもないよホント」
ふう、とため息を吐いてその暗い雰囲気を一掃する。いつものぽわぽわとして眠たげなふわりんに戻る。
「さてはて――。何か言わなきゃいけないこととか、あったっけー。たぶん、ぜんぶ言ってると思うけどー。というか、言ってなかったら来週言えばいいんだけど。あ、イエローシグナルに怒られる? 私、生徒会の広報係とか押し付けられちゃったしー。て、いうかー生徒会に広報なんて役職あるー?」
「うう……ん。あ」
読んでもいない原稿を背伸びして取り戻していじっていると、裏側に書いてあった文字に目をとめる。
「そうだそうだ。これも必要だったねー。これは六度目の話、空を見上げればいつでも見える大きな樹――ユグドラシル。あれはティアマトちゃんが、みんなのために作ってくれたの♡」
「あそこにはなんでもあるよ。尽きない食べ物……果物も、お肉も♡ どれだけだってあるけど、さすがに人間ちゃんが足を踏み入れて生きていられる場所じゃない。だからナイトメアちゃんが狩ってくれるんだって♡ ママ思いのいい子だねー。あ、さすがに配るのは織田にやらせるよー」
「うんうん♡ 名前だけの、それすらも改名しての口だけの男だけど。でも、テレビに出ることもできないほど痛めつけたから、もう悪事を働くだけの元気はないよ♡ 安心だね♡ あの男の仕事は遅いけどー、もうすぐお腹いっぱいになるくらい食べられるからねー。みんな、がんばって生きていよー♡」
ふわりんはニコニコと笑う。それを見た者も笑顔になる――民にその暗示に逆らえるだけの精神力などないのだから。
「じゃーね、みんな♡ ふわりん☆ラジオのファンになってくれたら、ふわりんとっても嬉しいよー。ばいばーい♡」
それで放送が終わる。政府の暗闘は終わり、完全に屈したのだった。そして、今日から生徒会の君臨が始まるのだ――




