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第67話 旅行



 観光なんて産業は、世界という観点から見ればもう無くなっているも同然だ。治安は世紀末に突入しているのだから、そんな余裕があるはずがない。

 だから、お祭りの屋台が並ぶ光景など日本でしか見られない。ティアマトのお膝元である日本だけが、戦火から逃れている。


 次の日、一行はとある観光地に来ていた。移動なんて面倒なものはクラックの空間移動で省略してしまった。


「――わああ」


 ぐずっていたティアマトが目を輝かせる。朝食後にまた遠くに行くのは怖いと目に大粒の涙をためていたものだが。


「わ。……すごいね」


 ティアマトの手を握って離さないアリスも感心している。人通りはまばらで、あまり迷子になる心配はなさそうなところではあるけど――二人にとっては物珍しい光景だ。

 迷子になるか怖くなって隠れてしまいそうだからそういうところをクラックが選んだのだけど。


「そうだ。はい、お小遣いあげる」


 クラックがヘカテーとマルガレーテにお金を渡す。


「おお!」

「ふとっぱらー」


 お子様二人は遠慮なく受け取って喜んでいる。何を食べようかと二人でああだこうだ言い合っている。


「……え。一万も?」


 手元を覗き込んだラミエルは絶句してしまう。


「はい、君も。これで足りるでしょ」


 ぽん、と渡されたのは一万円の束だった。受け取ったその重みに、ラミエルはわずかに持ちあぐねてしまう。腕力的なものではなく、気持ちの問題だ。


「は? ええ……あの、怖いんですけど」

「あはは。魔法の力はそれよりもっと怖いものだよ、本当はね。――それに、今はなんでも高いよ。たぶん、君は一昔前の感覚でいるね」


 クラックはティアマトの手を握って、彼女が気になっているらしいところに行く。それはきらきらと輝く宝石のようなーー


「……りんご飴。えっ!? 三千円、高っ!?」

「おいおい、嬢ちゃん。今はどこもこんなもんだぜ。……あと、お金はあんまり見せびらかすもんじゃない」


 ラミエルは裸のまま持ち歩いていたその束を急いで隠した。


「あっ!? こ、これはクラックのせいで……」

「それに、その服も派手すぎじゃねえか? そんなの、魔法少女みたいで」


「いっ!? え、えと。これは、その。違うの。これは、みんな派手好きで――」

「ラミエル。あの二人を放っておいていいの? というか、1万じゃ足りなかったか。たこ焼きにイカ焼きにわたあめ、それに……ああ、もう使い切ってしまったようだね」


「は? ああ、もうあの二人は――」


 ラミエルはすっ飛んでいった。


「クーちゃん」


 ティアマトがぷくりと頬を膨らませた。なんで自分を見てくれないのと怒っている。


「あはは。ごめんね、まずあの子に世話を頼んでおかないとね」


 クラックは彼女の頭を撫でてやって機嫌を取る。

 それを、店主は胡乱な目で見ていた。外国のような内戦はない、けれど物価上昇をはじめとして滅びを予感させる影響は各所に出ている。そんな中で、女の子7人で旅行など。というか、4人はそれにしても幼いし関係性が分からない。


「ええと……あんたら、なんなんだ?」

「気にすることはないよ、ただの客だ。そこにあるのを1個もらえるかな?」


「あー。新しいのを作れるが、どうする?」

「それなら、お願いしようかな」


 妙な7人組だと戸惑っていたが、手はよどみなく動く。手慣れたもので飴を溶かしてりんごにくるくるとかけていく。くるんとりんご本体をまわすと、とろりと溶けた飴がまとわりついてキラキラ光る。


「おお……」

「わあ……」


 りんご飴が出来上がるのを、二人は目を輝かせて見守っている。すぐにできあがって手渡されるのだが……二人はさっと後ろに下がった。


「ええ……」

「はい。ありがとね」


 クラックが片手で器用に三千円と引き換えにりんご飴を受け取る。その男はまだ怪訝な顔をしているけど。


「――はい」

「ん」


 食べやすいようにクラックがアリスの口元にりんご飴を持っていく。かり、とわずかに飴を砕いて飲み込む。


「……おいし」

「クーちゃん、ティアも!」


「うん」

「えへへ。おいしいねえ、あーちゃん」


 こちらも口が小さくてりんごまで届いていないが、満足そうにしている。それを見届けてクラックも口に運ぶ。ガリ、とりんご本体までかじり取った。


「ああ、うん。りんご飴だ」


 ふ、と笑って餌をやるみたいにアリスの口元に持っていく。


 三人で店の横の方に座り込んで小さな口で少しずつ削り取るようにして食べる。はしゃぎまわっている向こうの方と比べて、一つ食べ終わるにも時間がかかりそうだった。

 ただ、ティアマトとアリスは楽しそうで、それを見ているクラックも満足げにしている。


「俺にはくれないのかい?」

「ああ、音遠。欲しいの?」


 無関係を主張しているか微妙な位置にずっと居た音遠だが、もちろんこれは今かじっているりんご飴ではなく金の話だ。

 それくらいは二人とも分かるし、理解できたところで溝がある。あの、”保護”された三人とは違って音遠は生徒会。アリスもそこに席を置いていないというのだから、その内実は複雑怪奇で、しかし仲間ではないことは確定している。


「いや、別に」

「だろうね」


 だから、距離感も微妙なものになる。というか、アリスとティアマトをよく見ると微妙に人見知りまでしているのだから。


「あの……嬢ちゃん達はどんな関係だい? 親戚でもなさそうだし、年もバラバラだし……」

「音遠」

「なんで俺が答えるのさ」


「まあまあ、面倒を見るのはお姉ちゃんの役割だろうさ。ほら、騒がれても面倒だろう」

「はあ……やれやれだ。お前は本当に面倒な妹だよ」


「……え?」


 はたで聞いていた彼が間抜け面を晒した。まったく似ているようには見えない二人だが、どことなく雰囲気だけは似ているものがある。

 とはいえ、やはり姉妹などには見えなくて。世話をしているにしても色々とおかしい。


 アリスとティアマトの方はあいかわらずりんご飴を食べるのに必死だ。リスのようで愛くるしいし、ちらほらと自分もと買いにくる客も居る。


「……」

「――」


 音遠がウィンクをして、クラックが肩をすくめていた。


 妙な雰囲気が流れていたがーーそれも、日常の風景に紛れて溶けていく。わずかな違和感など、取りざたされることなく過ぎ去っていった。



 そして、長い時間をかけてりんご飴を食べ終わる。


「さて……と。次は、食べ物はやめておいた方がいいね。金魚すくいーー」

「クーちゃん、おさかな食べるの? でも、あれは小さいよ。ティアが作ってあげようか」


「金魚は食べるためのものじゃないんだけどねえ。じゃあ射的……はやめておこうか。うん、手を出さない自信がないし」

「んう? あ、クーちゃん。あそこで何かやってる」


「ああ……あれは型抜きだね。では、あれをやろうか。手を放してーー」

「それはヤ」


「え? いや、型抜きはさすがに片手ではできないと思うけど」

「じゃあいいや。他は……あ、あーちゃん何か見てる?」

「ん……ぽんぽん、やってる」


「ああ、水風船ね」

「みず……ふうせん? ふうせん? いいよ、ティアが取ってきてあげる」

「うんーー」


「あそこだね。まあ、水風船なら片手でもできるでしょ。アリス、僕と手を繋ごうね」

「わかった」


 クラックはティアマトから手を放してアリスと繋ぐ。三人で仲良くその店まで歩いて行く。


「はい、ティーちゃん。その釣り糸で水風船を吊り上げるんだよ」

「そうなんだ。待っててね、あーちゃん」


 クラックを介して受け取った釣り糸をむふんと気合を入れてプールに垂らす。アリスが好みそうな紫色のそれに狙いを付けて、勢いよく吊り上げた。


「おみごと」

「ティーママ、すごい」

「ふふーん。じゃあ、次はクーちゃんの分を取ってあげるっ」


 もう一度、プールに釣り糸を突っ込む。だが、一度突っ込んで濡れてしまったそれは強度が弱くなっている。

 持ち上げると、水風船の重さで糸が切れてしまう。


「あああっ!」


 残念そうな声とともに釣り針がプールの底に沈んでいく。


「あはは、残念。でも、良かったねアリス」

「あう……あの。アリスも、やりたい」


「そっか。じゃあ、どうぞ」


 またクラックが購入して、アリスに渡す。クラックから手を放して、水風船と真剣に向き合った。


「――これ」


 アリスはティアマトとは打って変わって慎重に、狙いを付けた獲物をひっかけてそろそろと上に持ち上げていく。


「もう、一個」


 と、チャレンジしたがやはり釣り針はプールの底に沈んでしまった。


「あう。……クーママの分」

「あは、僕の分まで取ってくれよとしたの? ありがとう。だけど、僕まで水風船を持ってしまっては手を繋げなくなってしまうよ」


「あっ」

「あう」


 二人とも、世界の終わりのような表情をしてーークラックとしては苦笑いする。


「ほら、二人とも渡さないと」


「そうだ。ティーママ、はい。あげる」

「ありがと。あーちゃんにも、あげるね?」


 笑い合った。そして、今度はクラックを中心に手をつなぐ。水風船をぽんぽんと音を立てながら叩いてーー屋台を見回っていくうちに日が暮れてきた。


「さて、三人を回収してホテルに行こうか」

「ホテルって? 帰るんじゃないの?」


「旅行はお泊りするものだよ」

「お泊り? 私たちの家はあそこだよ。別のところで寝る必要なんてないよ」


「ううん。せっかくだから、一日くらい泊まって行きたかったんだけど」

「……」


 ティアマトがえもいわれぬ表情をする。アリスはつないだ手を放すこともできずに、うろうろとうろたえていた。


「そっか。じゃあ、帰ろうか」

「うん。帰ろ」

「――」


 アリスがほっとした様子を見せる。結局、アリスは二人の娘であれればどうでもいい。結局、りんご飴も水風船もそのための道具で本当に興味をもっている訳でもない。


「さて。……音遠、君はついてきた目的は果たせた?」

「何の事かい? 僕は無理やり連れてこられただけだけどねえ」


「そ」

「……そうさ」



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