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第64話 ユグドラシル撤退戦


 第3層は極寒の世界。こんな場所で狩りなどできるわけないと、肩を怒らせて歩いて行ったチョップスティックを見捨てた四人は座り込んでいた。


「――大丈夫? レッドクラップ」


 というのも、彼女の具合が悪化した。そもそも毒抜きなんてものは疑似科学だ。注入された毒は血流にのって全身に回る、後から少しくらい血を抜いても意味がないのは当然だ。さらに、血を抜いたことで消耗した体力にこの極寒が牙をむいた。

 ゆえに、ここで休息をとる他ない。パルムバルーンのガムでかまくらのように吹雪を防ぎ、気休めでも四つのホッカイロを集めて暖を取る。スペースが取れなくておしくらまんじゅうになっているが、暖を取る手段と思えばむしろ都合がいい。


「ふぅ。情けないが大丈夫とはとても言えない有様だ。視界がぐるんぐるん回って吐きそう。しかもめっちゃ寒いし」

「なら、私が温めてあげる」


「変なことはしないでよ。……なんて、冗談を言ってる場合でもないか」

「冗談を言える元気があるなら大丈夫よ。ここで少し休みましょう。もし敵が襲ってきても第2層に戻ればいいもの」


「そうだな。遠巻きにしていたサルも、時間が開けば解散してるかもしれないしね」

「ええ」


 コットンリーフとラッピーは感心するばかりで全然そういったことは考えられなかったけど。とにもかくにもそういうわけで、しばしの休息をとる。




「――寝てた。パルムバルーンは?」

「私は起きてたから大丈夫。コットンリーフとラッピーは?」


「あ、わたしはだいじょうぶ」

「私も平気。ガムの中なら温かいし、寝るほどでもないよ」


 目を閉じて休息していた二人が目を開ける。そもそも四人が抱き合ってようやく入る程度のスペースしかないのだ。ちゃんとした休息にはならない。


「時間は? 迎えに行くのは6時間後と言っていた」

「ええ。その前に外まで脱出しなければね。それに、荷物もあるし」


「余裕はどれくらいあるのかな?」

「……ええと、休憩したのはたった10分ほど。それで今までの経過時間は2時間ってところね。まだ4時間ある。ただ、楽勝と言えるかは」


「なら、荷物を置いて行くわけにはいかないかな? こちらは満身創痍だろう。特にボクがね、申し訳ないことに」

「そんなこと言わないで。前に出て戦ってくれてたからだし、感謝してるわ。ただ、荷物は置いて行く訳にはいかない。なにも持ち帰れないと、ペナルティを受けてしまうかも」


「チ。確かに何もなしで済ませてくれるほど、お優しくはないか。……分かった。行こう」

「それは正直ありがたいわね。私のガムも、そろそろ限界かと思ってたの」


「それなら言ってくれれば」

「魔力をさらに籠めるか、下から新しいのを貼るかで対応するつもりだったわ。けど、行くなら無駄な魔力を消耗しなくて済む」


「「――」」


 確認が終わり、顔を見合わせて頷いた。ここに来ることに、何の覚悟ももってなかった。研究者たちに言われて、行かされただけ。

 けれど、ここまで生死をともにして、この四人で生き残りたいと思うようになった。絶対に生き残るんだと硬く決意した。


「二人も、いい?」

「うん。パルムバルーンに従うよ」

「う、うん……パルムバルーンの言うことを聞けばいいんだよね?」


「ええ。行きましょう」


 ガムを破り、極寒の地獄に出る。そして、まずパルムバルーンが2歩で森林の世界に戻る。


「来て」


 手だけをワープさせて呼びこんだ。急いで三人が飛び込む、極寒地獄は立っているだけで大変に辛い。

 が、呑気に感想を述べあう暇もない。


「敵は、もう居ないみたいだね」

「けれど戦闘の痕もほとんど隠れてる」


「隠れて?」

「あそこに、抉った痕が残ってる」


「ああ。あれ、チョ――」

「そうだね、痕が残ってる」


 ラッピーが彼女の名前を出そうとすると、レッドクラップがセリフを被せた。彼女のことは恨むほどではない。だが、あの極寒から戻ってくるとも思えないから今は忘れてしまいたかった。


「右、頼むね」

「了解、左はボクがやる」


 襲い掛かるサルを倒す。10分で解散はしたが、森の警戒心は高いままだ。次々と襲い掛かってくるそいつらに対応しなければならない。


「今さら、お前たちなんかに!」


 パルムバルーンはぷくりと膨らませたガムを弾けさせ、その衝撃波でサルを吹き飛ばす。すると、吸血樹がそいつをバラバラにする。


「残念ながら、それなりには回復してるんでね。負けないよ!」


 そして、もう一方では殴って爆殺。戦えるなら、負けるはずがない。


「ラッピー、木の攻撃は防げる?」

「大丈夫! 私のラップは無敵の防御力だよ!」


「あ、あの。私は……」

「コットンリーフはクモに注意して。誰かに取りつかれたらその綿棒で包みとっちゃって。役割分担よ、いい?」

「それと、コットンリーフを中心において、離れないこと。攻撃してもすぐに戻ってくるんだ。いいね、パルムバルーン」


「うん、わかった」

「了解。その方が良さそうね」


 今更この森林で負けはしない。別にチョップスティックが居なくても問題ない程度の難易度だ。けれど、それは万全ならの話。


「行こう」

「ああ」「うん」「……はい」


 レッドクラップは毒を受けたことでかなり体力を消耗した。そして幼いコットンリーフも、かなり疲労している。ラッピーだって疲労を隠している。

 一番頼りになるパルムバルーンとて、何時間も集中し続けるような訓練は受けてない。バイトでそれなりの体力を養っても、しょせんは平和な世界の出来事だ。穏やかな笑みの裏では、相応に疲弊していた。


「みんな、焦らないでね。一人も欠けずに帰り着くんだ……!」


 パルムバルーンが一番気を張っている。だが、気力で何とかしているのは他の3人も同じなのだった。

 この異常な世界に、仲間を残していくなど耐えられない。目の前の子が大切だからこそ、無理をしてでも生き残らせてあげたいと思う。だから、無理を押してでも戦うのだ。……泣き言など言ってられない。


「パルムバルーン、腕に!」


 ぺしりと叩きつけ、クモをからめとる。彼女が最初に攻撃を受けたのは偶然ではない。最も疲れていると見抜かれている。


「ありがとう。大丈夫、噛まれなかった」

「気を付けてくれよ、クモも出たとなると――」


 気を取られた、その瞬間にサルが強襲してくる。狙いはレッドクラップ。


「チィ! だが、お前なんかに負けるか」


 直前で気付き、なんとかパンチを叩き込んで弾き飛ばす。けれど油断した、続く吸血樹の攻撃に深く腕を切られて出血する。

 返す返す言うが、体力の限界だ。四人ともとっくに限界を迎えていた。こんな冒険など縁遠い女の子が魔法少女になったところで、体力も精神力もついてくるはずがないのだ。


「くそっ! 不気味な木め、こっちでも食ってなさい!」


 パルムバルーンが浮かべて保存していた10数体の獲物のうち三匹を投げて囮にする。吸血樹はそちらに夢中になって攻撃が来ない。


「レッドクラップ!」

「ぐっ、出血が酷い。ラッピー、頼む」


「う、うん。でも、私のラップは出血を止めるだけなんだよ」

「それで十分だ。まだ右腕がある、戦えるさ」


「でも、そっちの腕は毒に侵されて――」

「毒はコットンリーフが吸いだしてくれた。あれは……寒さに身体がびっくりしただけさ。利き腕じゃないけど、殴り飛ばすだけなら問題ない」


「でもでも……」

「ラッピー、心配してくれるのは嬉しい。だが、今は役割を変える余裕がない。だよな、パルムバルーン」


「……そうね。この森林地帯もかなり進んでいるはず。休むなら草原にした方が良いでしょうね」

「そういうことだ。こんな不気味なところは早いところ抜けてしまおう」


 そう言う訳で、強行軍だ。休んだところで体調が良くなるはずもないから、進む以外に選択肢はない。待っても助けは来ないのだ。




 そして、囮としてこれまで狩ってきた獲物まで消費しつつも進んだ四人は草原まで帰還する。


「パルムバルーン、狩った獲物は?」

「残ってるのはサルが一匹。これだけは確保しておかなきゃいけなかった。あと、ウサギもここで襲ってくると思うからもう一度捕まえよう」


「いい判断だ。さっそく一匹来たようだが」

「わ、私がやるっ!」


 コットンリーフが飛び出した。満身創痍で皆が玉の汗を流す中、自分だけ負担が軽いと負い目があった。

 だから気に病んでここでは自分がと張り切った。人を簡単に殺せる角を振りかざしてジャンプするウサギ、そいつを上から綿棒で上から叩いて絡め取る。危なげない討伐劇だった。


「よくや……」


 皆が安堵したその瞬間に上から来た。緊張が解けた瞬間、一番危ないところを狙い定めてきた。

 こういう言葉がある。身構えているときには、死神は来ないものだ。ならばこそ、今が一番危なかった。


「ひ。きゃあああ!」


 鋭い悲鳴とともに上がっていく。行きでは姿を見せなかった巨鳥が襲来し、パルムバルーンを掴んで舞い上がってしまったのだ。


「――」


 そのすさまじい加速度に頭をやられて意識が消失する。


「パル……!」


 助けに行きたくても無理だ。飛んでいる敵をどうにかするような魔法など、誰も持っていない。それに、敵の動きが早すぎた。

 舞い上がり、そして急降下する。その勢いでもって彼女を地面に叩きつけると、ひとたまりもなく潰れたトマトと化した。その赤を、巨鳥はついばむ。


「うそ……!」

「いやあああああ!」


 叫ぶ後ろで、サルを保管していたガムがパチンと割れて地に転がった。


「貴様ァァァァァァ!」


 レッドクラップがキレて走る。弾丸のように走り、巨鳥に飛び立つ隙も与えずにその頭を粉砕する。


「お前。お前がッ! よくも、彼女を殺してくれたな!」


 確実に殺しているのに、死体を何度も執拗に爆破する。完全に冷静さを失って怒りに飲み込まれていた。


「レッドクラップ、左!」

「お前が! よくも! ……えっ?」


 どす、と背中から肺を貫通して胸から飛び出してきた角を見る。取るに足らないと思っていたウサギに、致命傷を与えられてしまった。

 もう助からないと実感した。なにも痛くない。実は毒を喰らった時から左腕を苛んでいた痛みも消えている。それで、なぜか寒い。


「げほっ。がはっ!」


 大量の血を吐いた。


「レッドクラップぅ!」


 走り寄ろうとするコットンリーフを見て、まだやることがあると気合を入れる。そうだ、ここであの子たちを死なせてしまったらパルムバルーンになんて言えばいいのか分からない。


「来るなっ!」


 渾身の力で叫ぶ。片肺が破れて、無理やり息をすると消えたはずの傷みがぶり返してきたが関係ない。

 そんなものに負けるなどありえないと気合を入れる。


「行け! もう出口は近い! 二人なら行けるはずだ!」

「でもっ!」


「行くんだ! 私たちの死を、無駄にする気か!」

「ひっ。でも……」

「行くよ、コットンリーフ。私たちが生き残らなきゃ、あの二人はそれこそ無駄死にだよ」


 そして、二人で出口を目指して駆けていく。行った道を帰るだけ、見覚えのある瓦礫が近づいてくる。


「そうだ。それでいい……」


 レッドクラップの回りにウサギが集まってくる。そして、遠目には巨鳥も見えた。さぞかしおいしい餌に見えているのだろうと自嘲する。


「だが、あの子たちのためならこの身体なんて惜しくない。だよな、パルムバルーン」


 目を閉じた。もう指先一本動かせない。

 レッドクラップは何本もの角に貫かれて絶命した。




「こっち。こっちだ」

「うん。ここに、楔を立てれば――」


 二人は草原を脱出して元の地点まで戻ってきた。懐から楔を取り出して地面に突き立てようと掲げたところで。


「3時間27分。お早い到着ですね」


 ブルーフォックスの声が聞こえてきた。


「え? もう来てたの。な、なら早く帰らせ――」


 パン、と乾いた音がしてラッピーが倒れた。


「ラッピー? ラッピー、何してるの。起きて」


 コットンリーフが身体を抱き上げて揺らすけど、ラッピーは何も答えない。ただ、頭に開いた穴からとめどなく血と脳漿が溢れ出る。


「せっかく、助かったんだよ。なのに、なんで寝て……?」

「その子はもう起きませんよ」


「ブルーフォックス! なんで、そんな酷いこと言うの?」

「……」


 黙る彼女の仮面からは何も感情が伝わってこない。そして、後ろからまた別の狐の面を被った女が出てくる。


「ふふふ。変なことを言うものですねえ。私が撃ち殺したそいつが起き上がってくるはずないでしょうに」

「クリムゾン、あなたの悪趣味な遊びは見てられない。鑑定はあなたの役目だと聞いている、仕事を進めて」


「鑑定……ねえ。でも、これは誰が見ても一目瞭然じゃないかしら。あなただって聞いているのでしょう?」

「共謀の可能性があるなら殺せ、でしょう。一目瞭然なら、あなたは公然とサボっていることになるわね」


「でも、一人くらいなら見逃しても良くないかしらね? ただ狩りを命じられても何も取ってこれない情けない子犬なんて、誰も要らないかもしれないけど」

「判断は私の仕事じゃない」


 どう見ても友好的な二人ではないが、しかしコットンリーフはそれどころではない。


「ラッピー、ラッピー……起きて」


 どう見ても死んでいるのに、それを理解できずに起こそうと頑張っている。肩をゆすって頭をぐわんぐわん揺すって、いつまでも流れ続ける血を拭いて魔法少女の衣装が真っ赤になっても、現実を直視できずに呼びかけている。


「まあ、この有様では使えないでしょうけど。けれど話を聞いてもらえないのは少しムカつくわね」


 銃口の狙いを、彼女の足に合わせる。嗜虐的な悦楽の予感に、仮面の裏でぞろりと唇を舐めあげた。


「くだらない。【狐火】」


 轟と燃える火が、ラッピーの亡骸ともどもコットンリーフを灰にしてしまった。


「ちょっとぉ。始末も私の仕事じゃなかった?」

「手間取りそうなので、手伝ってあげました。帰りましょう」


 ワープゲートを開く。文句を言いながらもクリムゾンは先に入る。ブルーフォックスは後ろを振り返ると、少し仮面をずらす。

 悲しそうな目で灰になった彼女たちに僅かな黙祷を捧げる。


「――」


 すぐに仮面を戻すとワープゲートを潜って行った。




 この5人を派遣した”上”はとんでもない無能だと思われるかもしれませんが、実際には仕事のできる高評価の人間です。今回も、魔法少女にチームを作らせる危険性を証明して始末までしているので満点でした。

 自分の都合でしか考えられないのが(この世界の)政治家の欠点で、彼らにとって群れは力なので魔法少女にそれを作ることを許しません。カテゴリ(政党)を作り、勢力規模(議席)で争う。それをしていないクラックやティアマトが上から目線で発現することなど許さないし、それが作られるのは政府転覆に直結する”最悪のシナリオ”です。政府関係者達はその未来を防ぐために日夜戦っているのでした。

 ちなみに正解は他の4人を殺して一人だけ戻ってくることでした。マンモスはどうでもいいです。別に殺したくないなら楔を奪うだけでもいいと、ブルーフォックスが教えていました。


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