第62話 ユグドラシルでの戦い
ブルーフォックスにより送り出された5人の魔法少女は獲物を求めてユグドラシルの中へと入った。
第1層の草原は外からも見える人間の世界。第2層から、5人はユグドラシルの恐ろしさを体験することとなる。恐ろしい黒々とした木々が彼女たちを出迎えるのだ。
「いきなり風景が変わった。ここが第2層、林の世界か。獲物はサルという話だったか」
「ええ、そう聞いてる。でも、こんなに不気味な木は初めて見るわ」
「ねえ、パルムバルーン。この木、怖いよ。本当に入るの?」
「食べられちゃわない?」
「黙れ。イライラさせるな、私たちは進むしかないんだ」
チョップスティックはやはり進んでいく。肩を怒らせ、サルがいつ襲来してもいいように気を張りながら。
他の4人は、それを遠巻きに見ている。平原のウサギは弱いながらも角という殺意をみなぎらせた武器を有していた。だから、この黒い木も人間に害意を持ってるように感じてしまう。
「待ってよ、もう少し観察しないと。いきなりこんなものが目の前に現れたのよ、絶対変だわ。あの草原とは何かが違うのよ」
「黙れ、臆病者め――チッ!」
風切り音に気付いて横へ跳んだ。だが、ぬるりとした感覚が頬を濡らす。
チョップスティックとて油断してはいなかった。その警戒を超えて血を流させるほどのスピード、しかも話に聞いていたサルではない。
「チョップスティック、血が!」
「黙れ、ラッピー。貴様なら間抜けに首から上を失っていたかもな。――だが!」
黒々とした木々はその枝や蔓で獲物を切り刻んで喰らう吸血樹だ。気付かず首を裂かれれば致命傷、ちょっと防いだところで連続する攻撃が血まみれのミイラに変えてしまう。森林に入るにあたり、ここではチョップスティックの方が獲物になった。
「この程度で私を殺せるものか!」
だが、ここで負けるほど情けなくはない。二本の棒を左右でぐるぐると回す。攻撃してくる枝や蔦を巻き込んでちぎる凶悪な回転技だ。
「……ふん、攻撃がやんだぞ。丸裸になったらしいな」
一つ大きく回すと、巻き取った枝の塊がごろんと転がった。
「わあ、チョップスティックちゃんは強いね」
「だから私一人でいいと言っている。貴様らは私の後をついてくるがいい」
「あ、ちょっと待って。はい、できた」
「……何?」
ラッピーが、小さなラップを彼女の顔の傷に貼る。
「せっかくかわいい顔なんだから、もったいないよ。すぐに治るわけじゃないけど、そのままにするより良いから」
「余計なことを。感謝はしない」
「あ、うん……」
「ラッピーちゃん、ありがとね」
「なぜ貴様が礼を言うのだ、パルムバルーン」
「だってチョップスティックちゃんのお顔に傷が残ったら私も悲しいもの」
チ、と舌打ちをしたところで今度は別の子が不満を言う。
「ねえ、本当にこっちじゃないとダメ? 草原でウサギ狩りを続ければ良くない? アタシは良くても、こいつは無理だぞ」
「う……うん。ごめんね、トロくて」
未だ魔法を一度も使ってないコットンリーフがうつむいた。巨大な綿棒を持っていて、それが魔法の武器なのだろうけど。
「気が散る。もう行くぞ」
チョップスティックは取り合わずに前に進んでいく。吸血樹の攻撃を難なくさばきながら、前へ前へと。
そして、仕方なく皆がとぼとぼとついていくと更なる襲撃が来る。
〈キュイイイ!〉
サルの襲撃だ。その鋭い爪の前では生半な魔法少女の服などただの布と変わらない。鋼鉄よりも柔らかいそれでは足りない。
「――は。不意打ちならなんとかなると思ったか!」
だが、リーダーには何も問題がない。爪の一撃をかわし、棒を振って頭を叩き潰す。純粋なステータスの暴力だ、武術など弱い人間の苦し紛れにしか過ぎない。スピードとパワーがあれば不要。
〈キュイ〉〈キュキュキュ〉〈キキキキ〉
だが、サルの強味はその数にある。暗い木々の間に赤く光る目がいくつも浮かんでは消える。
「ははっ。なるほど、ここはそういう場所か。木々の斬撃と、その合間を縫ってサルどもが攻撃を仕掛けてくる。まさか、ここに住むサルが木にやられるはずもないしな……」
チョップスティックは戦い方を変える。木々の攻撃をかわし、そしてサルを撲殺する。ここでもステータスが存分に発揮される。巨大な二本の棒を暴風のようにぶん回して、殺戮圏内に入ったものすべてを潰れたトマトに変えていく。
だが、それは後続の仲間のために木々の斬撃を巻き取って奪うのをやめるということ。仲間の方は、木々の斬撃に身を晒されることになる。
しかもそれをリーダーの方は言うこともないのだから。
「パルムバルーン、後を任せたっ! 私が前に出る!」
横から攻めてきたサルを殴り返して爆殺する。彼女も木々の斬撃はきちんと避けられている。近接専用の魔法だけあってステータスもそれなりに高い。
「レッドクラップ!? ……仕方ないわね。ラッピー、コットンリーフ。あの子の横を抜けてきた攻撃を対処して」
「分かった、私のラップは無敵の防御力だよ!」
「あ、うん」
その後ろでラップを広げる。それに隠れるようにしてコットンリーフは巨大な綿棒を構える。
「レッドクラップ、あなたも危なくなったらラッピーの後ろに。私はこちらを……!」
そして、パルムバルーンが逆側を担当する。ぷくりとガムを風船のように膨らませてサルを閉じ込めれば外には出れない。
それも外に押し出せば吸血樹達にバラバラにされてしまうけれど、それも斬撃が減って助かるというものだ。
「この分なら、どれだけ来ようと凌ぎきれる!」
「レッドクラップ、ちゃんと自分の身の安全も考えて。私たちは大丈夫だから無理しないで」
今のところサルは彼女が倒し、斬撃はラップが防いでいる。パルムバルーンも片側しか敵が来ないなら負けるほど弱くはない。
膠着状態にはあるものの、敵の数を減らせている。
けれど、一人だけちゃんとした役割がなく、それゆえにびくびくと周囲を伺っていたコットンリーフが気付く。
「……っひ! ま、前に!」
「前? 前はチョップスティックが。――ラッピー!」
前の方からサルが来ていた。やはりチームワークの欠如、チョップスティックが前に出すぎていた。それゆえに陣営の前方が空いて流れてきたのだ。
そいつはラッピーに狙いを定める。
「わ、わ、わ……えと、どうし――」
戦闘用とは思えない魔法に準じて彼女の身体能力もまた低い。ラップをいくつも投げるが、ただの野生動物ではない相手のサルは簡単にかいくぐってくる。
ぎらりと光る爪に掴まれれば致命傷は免れない。
「ラッピーちゃん!?」
そして、パルムバルーンも余裕がない。側方を一人で担当しているのだ、それに連射も効きづらい魔法では。
それで助けられるほど、強くない。
「っわあああああ!」
だが、そこでコットンリーフが勇気を出した。その巨大綿棒でサルをぶん殴ると、その綿で絡め取ってしまった。
サルはキィキィと喚くけれど、脱出できない。あの爪ならば綿など容易に裂けるはずだけど、魔法の白綿なら話が別だ。
「うわわ」
その綿棒をぽいと放り出し、新しい綿棒を作る。
「ねえ、コットンリーフちゃん。それ私も使える?」
「えと……無理だと思う。私以外が持つとただの綿棒だから、柔らかくて棒にもならないし」
「そう。がんば――」
褒めようと、そうしたときに前方から怒鳴り声が響いてくる。一人で進み過ぎたチョップスティックだ。
しかも、サルは無力な後方に狙いを絞り始めたからかなり先まで進んでいる。
「何をしている貴様ら! なぜ進まん!? 私たちにはこんなところで遊んでいる暇などないのだぞ!」
その無様な様子に激怒している。自分は一人でできるのに、四人も居てその体たらくは何だと肩を切らせて怒っている。
どうやらサポートに回るつもりは毛頭なさそうだ。
「無理よ。こんな急造品のチームでまともな装備もないのに、氷原になんて入れない! 戻るべきよ。今ならサルを何匹だって確保できる。今なら――」
「くだらん世迷言をほざくな! サルを持って帰って何の意味があるか! 私たちが持っていくのはマンモスだ! 足手まといがいるなら、貴様だけで来れば良かろうが!」
「そんな――」
この期に及んでのこの態度に悲しくなると同時に、わずかな怒りも湧いてくる。本当に犠牲にしてしまってもいいと言うのかと。
死んでしまえと言うのか、この子達のことを。
「パルムバルーン、無理だ! サルどもが後方に狙いを絞り始めた! 強引にでも前に行かないと、ラッピーとコットンリーフが持たない!」
そして、状況はさらに悪くなっていく。サルどももチョップスティックは遠巻きに牽制するにとどめて、後ろの四人を狙い始めた。
こうなれば徹底抗戦か、前に進むかの二択になってしまう。
「迎えなんて来ないのよ! ここで苦戦するようじゃ、氷原では戦えない! ウサギからサル、強くなってる! マンモスなんて、そんなの倒せるわけないじゃない!」
「――だが、撤退するにしても……チョップスティックが」
パルムバルーンは最初から反対していて、消極的な二人も控えめに賛成していた。判断を棚上げしていたレッドクラップも胡乱気な目線からは賛成派に転じたことがうかがえる。
だが、リーダーは。
「馬鹿なことを言うな、パルムバルーン! 私たちが何のためにここに来たのだと思ってる!? マンモスを狩らねば意味がない!」
「研究者だか、その上の人たちが適当に言ってるだけでしょう! あなたの無謀で皆を殺すつもり!? レッドクラップだってサルを倒せてる! 倒せてると言うならコットンリーフも一匹倒した!」
「ちっ。何が言いたい? 足手まといどもめ……」
「あなたは一人で戦ってるだけで誰も守ってない。呑気に上から眺めてるだけで、別に魔法で言えば私たちと変わらない。あのブルーフォックスに比べれば、レベルが低すぎる……!」
リーダーだけは先に行くことを強行に主張している。そして、ただ一人優位に戦闘を進めているが、それはサポートを放棄した結果でしかないと看破した。
とはいえ、それで間違いを認めることができたならばこんな風な態度は取らない。
「なんだと! そもそもなぜ私が足手まといの世話をしなければならん。マンモスの輸送にお前の魔法が必要だと言うのなら、貴様だけを連れて行くまで」
「やらせると思う? 私はあなたを動けなくしても運べるけどね。けれどあなたは違う、手足の一本も折ればもう私は動けない。それで、どう私を連れてくの? あなたの魔法じゃ洗脳なんて無理よね」
「「――ッ!」」
パルムバルーンがサル達を相手にしながら、二人は一触即発の雰囲気で睨み合う。これでは、すでに内部分裂だ。
ユグドラシルは、引き裂かれたパーティで攻略できるほど甘くない。
いきなりレッドクラップが悲鳴をあげた。
「ぐあ。――ああああああ! 痛い! 痺れ……!」
腕を押さえて苦しみ始めたのだ。最悪な空気が、最悪の結果を生んだ。弱った彼女にサルがすかさず襲い掛かる。
「チィ――。だあああああ!」
だらんと垂れ下がった腕をそのままに、裏拳でそのサルを殴り飛ばす。すでに余裕は失われて決死の表情だ。
弱ったと見たもう一匹が襲い掛かるが、それも歯を食いしばって撃退する。
「どうしたの!? こっちへ。でも――ラッピー」
「む、無理! 私、あいつの代わりなんて!」
さらに襲い掛かってくるサルを前に、レッドクラップは膝を着いて動けない。腕の痛みが限界を迎えて、無茶もできなくなった。
「くそっ! 何を馬鹿なことをやっている! 私が防いでやるから、さっさとそいつを診ろ! 借りはこれでチャラだ!」
さらに襲い掛かってきた二匹を二本の割り箸で投げ潰し、間発入れず生み出した割り箸をパキンと割ってまた二刀流に。サルたちを牽制する。
「レッドクラップ、大丈夫!? 一体、なにが」
「クモだ、多分。噛まれた……きっと、毒だ」
よろよろとラッピーの元にまでやってきたレッドクラップの顔色は悪い。汗がとめどなく流れ、身体が震えて立てなくなっている。
「毒? そんな、毒をどうにかする装備なんてあるわけない。早く帰って医者に見せないと」
「この森を突破して?」
素朴な疑問、だが致命的だった。彼女たちはこの吸血樹の森をそれなりに進んでしまった。空間がループしたこの場所では分からないが、第3層へ行ってしまう方が早い可能性だってある。もっとも、ワープは外でないといけないのだから結局そちらは寄り道になるが。
「っぐ、ううう……!」
だが、レッドクラップの腕はみるみるうちに紫色になってしまった。毒の効きが早すぎる、ウサギやサルを見ればわかるが現実的なそれじゃない。『生命』の魔法少女ティアマトが作った魔法の生命体なのだ。
「でも、私のガムじゃ毒なんてどうしようも……」
「毒を吸いだせばいいんだよね? それなら、水分だけ吸うラップのことを聞いたことがある。……うむむむむ。むむむ」
ラッピーも唸り始めたが、まったくうまく行く様子はない。
「あの、私の綿で毒を吸いだせないかな?」
おそるおそるコットンリーフが言った。
「できるの?」
「えっとえっと。思い付きだけど。でも……やってみたい。やらないと」
「ぐぅっ! ああああっ!」
またレッドクラップが呻く。突破云々の前に、10分もかからずに死んでしまいそうだ。それほど状況は悪い。
「お願いね。助けてあげて」
「……うんっ!」
守られるだけでは駄目なのだと、勇気をもって一歩を踏み出す。これまでの人生で無かったほど集中して、傷口を探して綿棒を付ける。
白い綿が綿がじわじわと血の赤色に染まり――
「吸って。吸って……! 私が、レッドクラップちゃんを助けてあげるんだ!」
紫色の毒をも吸い上げていく。魔法が進化した瞬間だ。
「――ふう」
ため息を吐いた。これ以上ないほど集中したせいで疲れてしまった、眠気が首を揺らす。だがこんなところでお荷物になってはならないと目をこする。
「っぐ。ああ、毒の影響は消えたようだ。まだ本調子ではないけれど戦える。……行ける」
レッドクラップが起き上がって腕をぶんぶん振る。こちらも空元気、だが足手まといを連れていける状況ではない。
「ならば進むぞ」
さっさとチョップスティックが歩き出す。二人の様子を確認することすらしない。
「あなた――」
「あ、危ないっ!」
パルムバルーンをコットンリーフが綿棒で叩く。ぽすんとはたかれた程度で、ダメージはない。
「えと――」
「あの、クモ。服、這ってた」
綿棒に閉じ込められていたのはぞわりとするほど大きなクモだった。吸血樹、そしてサルの他にもクモの毒が襲ってくる。ここはそういうフィールドなのだと理解した。
「こんなのに噛まれたら痛いはずだね。しかも毒持ちか」
うえ、と実際に噛まれたレッドクラップが舌を出した。
「行くぞっ!」
四人は付いて行くしかなかった。レッドクラップが先頭を歩く限りサルたちは手出しして来ず、木々の斬撃も簡単に処理されてしまう。
クモだって、種が割れてしまえばちょっとした注意で防げる。あれは仲間割れの要素が大きい事故だ。
そんなわけで、相当な体力を失いつつある一行は、氷原の第3層に足を踏み入れるのだった。




