第60話 秘密結社【ブラックロータス】
妹を守るため、前に組んだこともある二名の魔法少女と戦う羽目になったラミエル。クラックの指導のおかげで楽勝ではあるが、やけくそになった敵の相手に困っていた。簡単に殺せるからと言って、傷つけたくはない。
だから、やりこめてひたすら圧をかけていた。泣いても許さず、去れと脅しつけた。そこに、乱入者がやってきた。
「いじめは許さないわ。この秘密結社【ブラックロータス】のボス、『シンデレラ』がね!」
この珍妙な乱入者のことなど知らない。東京にいるし、その服装からも魔法少女なのだろうけどラミエルは聞いていない。
クラックは知っているのかもしれないけど、その辺は教えてくれない。教える意味もないということかもしれないけど。
「え? ええと……」
ラミエルが戸惑っているうちに、彼女は一人でヒートアップしていく。
「あのね、あなたがどこから現れたのか知らないけどその子たちは苦労してる子なの! 魔法少女なのに手足が不自由で、それでもがんばって生きているのよ。この東京ではね、生きているだけでも本当に大変なのよ!」
「まあ、それはそうでしょうけど……」
「新入りだから碌な縄張りもなく、あの足でがんばってゴミあさりとかもしてるのよ。あの小さな身体で、必死に生きてるの! もうゴミ箱を漁っても役に立つものもないし、お店とかは根城にしてる子たちが居たりとかで、もう食べるものにも事欠く有様で――」
「ああ、そう……? そうね」
「ごほん! 悪は常に余裕をもって優雅たるもの。私たちは困ってないけどね! けど、そんなあの子たちを虐げるというなら、私が相手になるわ! ここはゴミ溜めかもしれないけど、余所者なんかに好き勝手させない。仲間を守るのは、悪の流儀なのよ!」
「え? ええ、そう。あの、あなたは誰?」
「なっ……! この私を知らないの? この偉大なる魔法少女を」
無駄にでかい胸を張るが、後ろの2人は「いや、秘密結社もただの自称で実態は浮浪者だけど」「逃げ出した先で勝手に名乗ってるだけだけどね」と冷たかった。
ラミエルとしても、彼女には大した魔力は感じない。敵としても手こずるとは思えなかった。3人を相手取っても、先の2人をそう変わらない。
「あの。私は、ただあっちの二人を守るために戦ってるだけで。そこの二人を傷つけたいわけじゃないの」
「じゃあどうしてそんな力をひけらかす必要があるのよ! ハイクを読みなさいって感じだったじゃないの!」
「え……俳句? 別にそんなの作ってもらわなくても……」
「辞世の句ってことよ!」
「じせい? あの、何を言いたいの?」
「ああもう、なんで何も分からないのよ! あなた、もしかして外国人?」
「私は日本人よ!」
何か、訳の分からないことになってきた。とはいえ、ラミエルとしてやることは変わらない。二人を守るために、他の魔法少女への警戒を解くわけにはいかない。
「ははは、まあ今どき辞世の句なんて分かるわけないって。忍者でもあるまいし」
「……クラック」
いつのまにか、クラックが瓦礫の上に腰かけていた。いつもの空間転移で、人を驚かせることに生きがいを見出しているクラックの悪い癖だ。
「ところで、彼女たちはもう逃げたようだよ。僕の姿を見てないのは幸運かな? けど、苦労してるようだからチョコレートくらいあげるのに」
けらけらと、上から目線で笑っている。
「――クラック。そう、その魔法少女はあなたの仲間? あっちの子は……」
「あっははははは! ああ、そうさ。ラミエルは僕の仲間だよ。けれど、君たちはあの男のことを知らないようだねえ」
高らかに笑ったクラックは、今まで蚊帳の外だった男のことを悪意たっぷりに指差す。まるで舞台の一幕のようだったが、実際そう変わらない。
なぜなら、この舞台を見守る魔法少女が多いからだ。東京に潜むのなら、この大騒ぎを見逃す選択肢はない。皆、人間もクラックのことも恐れている。
「……? どういうこと。その男が、何か関係あるの?」
「そりゃあ、あるさ。幼女を利用して東京に入ってきた、その目的がなくてはおかしいさ。まあ、その子がラミエルの知人であることまでは予測しようもなかっただろうけど」
「い、いや。俺はこの子が姉を探してるって言うんで」
男は首を振る。自分に何も怪しいことはないのだと。この状況で注目されるなど最悪以外に言いようがないのだ。
「姉を探す見知らぬ幼女のために東京入りする? そんな馬鹿な話はないだろう。その子に恋して、なんでもしてあげたくなったってんならともかく」
「なんですって。――木乃実?」
「ち、違うよ。お姉ちゃん、この人はお姉ちゃんを探すのを手伝ってくれるって……」
「この子の言う通りだ。俺はただ、そのために」
クラックがニヤリと笑う。
「そんなことがありうるはずない。まあ、ここの魔法少女たちは世間知らずで騙されやすい純真な子ばかりだからね。知らなかったのだろうが、しかし知られていれば君をめぐる戦争に巻き込まれて幼女は死んでいただろう」
「……俺にそんな価値はないよ。馬鹿なことを言わないでくれ」
「いやいや、価値があるかは関係ない。恨みがあるかだよ、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いと言うだろう。それが息子なら、無惨に殺そうとしてもおかしくない」
「クラック! 親は親で、子は子よ! その人が誰の息子だからって、それを罪にするのは悪の美学に反するわ!」
「はっはっは、君の拘りは面白いねシンデレラ。だが、君がそう思ったところで他の子がどう扱うかは別の話だ。研究所を作ったのは、あの織田信長なのだからね。彼の係累をどうするかは――」
「織田信長の……!」
その衝撃の事実の前に、ラミエルでさえ目の色を変える。未だに抱っこされたままの妹を力づくで取り返した。
「ま、待って。お姉ちゃん、その人は違うよ。鷹海和人って言うの。だから――」
「え、鷹海? それなら」
「シンデレラ、説明してやりな」
「はあ? それじゃ人違いじゃ――」
彼女も知らないということにため息を吐き、クラックはしぶしぶ自分で説明する。
「織田信長は選挙のために改名してる。もともとの苗字が違っても不思議じゃない」
疑いの視線が、もう一度突き刺さった。彼は大きく身振りして叫んだ。
「違う! いや、確かに俺の父は織田信長と改名した男だ。だが、俺はあいつの指示で動いてる訳じゃない。俺はただ、あの男のせいで廃墟になった東京のことを知りたかっただけなんだ」
しかし、疑惑の目が晴れないことに気付いて肩を落とす。
「騙すつもりはなかった。俺のことは好きにしてくれ。……あの男は俺を人質にしたところで気にかけることはないだろうがな」
両手を上げて降参を示した。
「ふう……ん――まあ若気の至りってところかね。戦場カメラマンでも気取っているのか」
「俺の記事を呼んだことが……?」
「いや、適当に言っただけだよ。しかし、戦場にねえ。あの父への反発ってところか。危ない事を好きこのんでやるものだ。だが――」
クラックが腕を上げる。指パッチン、する寸前の姿勢で止めている。
「待ちなさい、クラック!」
「へえ、立ちはだかる気かな。だが君ごときでは相手にならないと理解しているはずだよ、シンデレラ」
「あなたには感謝してるわ。研究所から逃げ出せたのもあなたのおかげだし、時折お菓子をくれるのもとっても助かってる」
「うん。……それで?」
「それでも、強者や恩人に膝を屈せよなんて悪の流儀はないわ」
「――くふ」
クラックがにいと笑う。シンデレラはビクリと身体を振るわせて警戒するが、退きはしない。正面からクラックの目を見つめる。
「瞬間移動にさえ対応できないだろうに。実力差が分からない無知でも蛮勇でもない。そして破れかぶれでもない。命を賭して悪の流儀とやらに従うか――面白い」
「な――なによ⁉ やるってんなら相手になるわよ」
シャドーボクシングをするが、まったく威嚇にすらならない。3人そろっても、ラミエルすら相手にならないレベルだ。
「まあ、いいさ。ラミエルもその子を連れて帰ればそれでいいだろう? 別に息子を交渉材料にする必要もない。――帰るよ」
「え? ……ちょっと!」
クラックはきびすを返して歩き出す。
「まだ何か話があるかな? ああ、チョコレートが欲しいのかな? はい、好きなだけ持って行っていいよ」
「わあい。って違う!」
クラックが振り向いて腕の中一杯にチョコレートを出した。シンデレラは一つ食べて、仲間分の二つを確保すると気を取り直して指を突きつける。
「何のつもりよ! 私たちにこの男をどうしろっていうのよ!」
「別にどうも。彼を守るというなら好きにするといい。ただ、聞き耳を立てている子も多い……きっと、彼は無事に東京を出れないよ」
「それは脅し?」
「そうかもね。僕はそれに関わるつもりはないんだ。大変な戦いになるだろうね。まあ、耐えきれなくなったら頼ってくれてもいいけど」
「そんなことはありえないわ! こいつの護衛は秘密結社【ブラックロータス】がやるわ!」
「護衛を請け負うということ? 誰が頼むのさ」
「……あるでしょ、お金!」
言葉に詰まったシンデレラが、かつあげのごとく男に金を要求する。とはいえ、権力者の息子であろうとも家を出た彼に金があるはずもなく。
「あ、ああ……えっと持ってるのは1万2000円と、あと……」
「1万円で請け負ってあげる! ブラックロータスの初仕事よ!」
「あはは。良かったねえ」
「うっさい! あなたに祝ってもらう義理なんてないわよお!」
「じゃあね。ラミエルも気を付けて帰ってきなよ」
クラックはけらけらと笑い、手を振る。瞬間移動で消えてしまった。
「えっと……じゃあ、行こうか」
ラミエルは妹をだっこしたまま帰ろうと歩き出す。妹は困惑した表情だが、おとなしくしている。
「あ。あの……」
シンデレラは微妙な顔で声をかける。ここで帰られても困るのだが――
「えと、私はこれで。さようなら」
しかしラミエルだって何かを求められても困る。説明だったら、むしろ自分がしてほしいくらいなのだ。
「あ、はい。さようなら」
どっちにしても困った顔で見るだけしかできない状況だ。互いに微妙な顔になりつつも手を振って別れるのだった。




