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第2話 国会 side:クラック



「――こっちだな」


 ティアマトの手を引いてずんずん歩く。部屋で呼ばれるまで待機していなさいと言われたことなど当然の様に無視した。扉の向こうから喧騒が聞こえて来る。

 そう、旧世紀――『ファースト・インパクト』の起こる前の世界、日本の国会は出席者でさえ眠ってしまうほどに静かで退屈だったが……この『今』では事情が違う。


 この滅亡の時代において求められるのは”強きリーダー”。声を張り上げ、他人との衝突も恐れず時代を導く者だ。ゆえに現代の国会では寝ている暇などない、とりあえず怒鳴れば得点になる――とは酷い言い草でも、事実として間違ってはいないのだから。


 そして、クラックは守衛の前を通る。今の時代は日本であろうとも守衛は完全武装だ。アサルトライフルを持って、防刃ベストを羽織っている。


「……は? ちょ――」


 クラックはやはりどこかのお嬢様か何かにしか見えないので、軽い調子で手を掴んで止めようとする。


「――あれ?」


 彼は柔道に空手も修めていて、近接格闘技術も当然ながら使える。そんな彼が前を行く少女に手を伸ばして、掴んだつもりが、空ぶった。


「おい……」


 一歩進んで掴む。先のはちょっとしたミスだと気にしなかった。子供の歩幅などたかが知れている。追いつけないはずがなかった。なのに。


「な……え……おい、ちょっと――」


 ”掴めない”。別に掴めないはずもなかった、相手はただの子供だ。やたらめったらフリフリの変な格好をしているだけの――なのに。


「ま……待て……」


 気付いた。”動いていない”。動いていないのは自分なのだ。確かに歩いたつもりだったのに、一歩も進んでいなかった。どういうことだと頭が一杯になって、そして可愛らしい彼女の姿が急に不気味に見えてきて。


「……あ」


 その彼女は最後まで彼のことなど一瞥することもなく扉の向こうへ消えていった。




「……ッ!」


 全てのものが息を止めた。それこそ銃を持った人間が押し入ってきても演説を止めない覚悟を持った”強い”議員達が、それを恐れるかのように一斉に言葉をなくして”それ”へと視線を投げかけた。


「お招きいただきありがとう、と言うべきかな」


 こつ……こつ……と小さく一歩づつ踏みしめる。時が止まったような緊張感の中、クラックはマイクの前までたどり着く。


「さて、用事を聞こう。大日本帝国、総理大臣君?」


 こくりと首を傾げ、いたずらげに口に乗せた。ぞっとするほど妖艶な笑み、小さな体に見合わないほどの邪気。理屈もなく”敵”とみなすのに一瞬の躊躇も必要ないほどの、”人外”――『魔法少女』。


 ファースト・インパクトは地上に存在するあらゆる国家の屋台骨を叩き折った。けれど、国家というものはそれで消え去ったりはしない。

 人間は生き残る限り集団をつくるものだ。その習性の結果、国家という箱がゾンビのごとく骨が折れたまま生き続けて、歪つに育った。戦前の国の号を、国のカタチを変えずに強そうなイメージだけを利用した。ゆえにこそ、『大日本帝国』……天皇様は帝王などではないのに。


「――君はどこに向かってものを話している」


 苦り切った声。だが、真っ先に立ち直ったのは流石と言える。さすがは総理大臣、国のリーダー。国で最も肝が据わっている。


「ああ、悪いね。実を言うと僕は学校では歴史が大の苦手だったんだ。ただまあ、思い出したよ。織田、信長――サン」


 織田信長……偽名かと思われるかもしれないが、この総理大臣はきちんと手続きを踏んで正式に名前を変えたから本名だ。

 そも、国会議員にファースト以前と同じ名前をしている者はいない。その多くは脱落したが、一握りは名前を変えて今もここで国を支えている。


「……ふん。魔法少女風情が、調子に乗りすぎだと思わんか」


 ゆっくりと、威厳たっぷりに威圧した。全ては計算づくであり、プロの演技指導もこの男は受けている。偉大も尊さも全ては演出――ならば、この最悪の時代においては奇跡(演出)こそが必要だ。


「知らんよ。誰のことを話しているのか分からないけど、世界の一つも救った少女には調子の一つや二つくらい乗せてあげてもいいと思うぜ」


 けらけら笑う。その”相手を怯えさせる”眼光は人間を相手にするものだ……僕を、魔法少女を相手にするものではない。それこそ面白い奴くらいにしか思ってないんだよ。一国を背負う相手など、世界と向き合う覚醒者にとってはそんな程度でしかない。


「まあ、良い。予定を繰り上げるだけの話――むしろこちらを先に進め得た方が話は早いか。では、魔法少女『クリック・クラック』……諮問(しもん)の時間だ」


 諮問――主に法令上の事柄について、意見を尋ね求めること。日常では使わない大仰な言葉、それは威圧感となって襲い掛かる言葉の暴力。


「諮問、ね。奏上の間違いではないかな?」


 奏上――申し上げる、の更に上の敬語。クラックの笑みの意味は挑発だ。こういう”偉そうな”態度を他人に取られて許せるものならば政治家などやっていない。


「諮問を始める。第一、名前を答えろ」


 彼はクラックの言葉に付き合わない。ただ言葉を重ね、睨みつける。


「クリック・クラック」

「名前を答えろ、戸籍上のだ」


「さて、なんだっけねえ」

「……名前を答えろと言っている。聞けんのか?」


 火花がバチバチと散る。いくらでも続けてやろう――などと思ったがクラックは面倒になってあっさり視線を切ってしまう。そういうのは向こうの得意技だと思うとやる気が失せてくる。


「もう、信長君? あんまりクーちゃんを睨みつけたら、”めっ”だよ?」


 その気配を敏感に感じ取ったティアマトが参加してきた。

 睨みあいの横でずっとクラックと手遊びをしていた彼女がいきなり口を出してきたのは、口が出せたからだ。誰だって、弱みを見つけたらそりゃあ突く、大きな顔ができそうだから”そうした”だけのことで大した考えなど何にもない。


「……分かりました。では、二問目を聞きましょう」


 口調が柔らかくなっている。――だが、そうせざるを得ないのだ、ティアマトに口を出されては。彼女は世界中の生命、その9割を握っている。そして、セカンドの滅びから逃れた幸運な一割にこの織田信長は入っていなかったために。


「――はいよ」


 命惜しさに変節する、それは人間として以前に生物として当然であるかもしれないが……僕としては面白くない。そんな人間らしい”人間”を相手にしても、あまり楽しいとは思えない。


「能力は何ですか」


 口調まで。と、クラックは苦笑いする。


「アーティファクト『ワールドエンド』、その能力は破壊。あらゆるものを破壊するのが僕の能力」


 興味ないからあっさりとばらした。そんなもの、何の意味もないけどね。破壊というものは範囲が広すぎる。唯一の対策は発動前に殺す――それは、相手の能力を知らなくても同じだ。


「……それは、何を?」


 そのあまりの茫漠さに気付いたのか、どうなのか。表情には何も現れていない――そこは大した役者だ。演じるのがうまいだけの役者などお呼びではないんだけど。


「あらゆるものを、だよ。例外はない。まあ、僕はこの世界に破壊するだけの価値を見出してはいないのだがね」


 けたけたと笑ってみせる。ティーちゃんと手遊びしてる方が楽しい。


「第三問、君は大日本帝国に恭順するかね?」


 これは、もはや懇願に近かった。


「……」


 ニタリと笑って――ティアマトを見る。


「?」


 首を傾げた。まったくもって話を聞いちゃいなかった。


「ティーちゃんはどうするの? この人たちに従うのかな」


 ニコニコと、ティアマトの顔を眺めている。ひょっとしなくても、今が一番楽しそうだ。


「ティアは皆のママだから、皆のお願いは聞いてあげるよ」


 そんな、稚気の至りを――彼女は実行するだけの力を持っている。


「そう――じゃあ、僕はママのお願いなら聞いてあげようかな」

「えへへ、ありがとね」


 ティアマトは話の内容よりママと呼ばれたことの方が嬉しいようだ。まるで仔犬のようにしっぽを振っている姿を幻視する。


「……ッ!」


 織田信長はぎりり、と歯を食いしばる。異端の魔法少女の扱いにくさは知ってはいたし、この回答については”やはり”という気持ちしかない。それでも……憤怒は抑えきれない。


「ッ貴様は! 歴史すら破壊するだけの能力を持っていて、なお……責務も背負わず、誇りも持たず――適当に、ただ……流されるままに生きると言うのか!?」


 怒鳴った。


「その正義面が気に喰わない。なぜなら、正義の本質はNOを突き付けることでしかないから。政治の本質は旧時代と何も変わっていないよ。”お前が悪い”と言えば、何か自分が良くなったような気がする――本来、他人がどうだろうと関係ないはずなのにね」


 一瞬、奈落のような無表情を浮かべる。何もないからこそ、それは本質に近い。嘲笑も諧謔(かいぎゃく)も存在しない、魔法少女『クリック・クラック』の真実。


「この世はなべて無関係。自分は自分でしかなく、何かをするのは自分以外の何物でもないのにね」


 そして、無表情が嘘だったかのように小憎たらしいニヤニヤ笑いに戻る。


「他人なんて関わっても、引きづり落とされるだけさ。他人に”任す”のは良くても、”頼る”のは時間の無駄だ。諦めたいのならば他人の助言に耳を傾ける以上の金言はないけれど、達成したい目標があるのなら――”やる”のは自分以外にはありえないんだぜ」


 ちっちっち、と指を振った。


「――なるほど、君の考えはよくわかった。あとは事務的な作業に移ろう。秘書が案内する、診断の続きと手続きを行いたまえ」

「はいはい。従っておくよ、それくらいならね」


 手をつないで、人間らしく歩いて扉から出ていく。ふざけた態度としか言いようがないが――それを止めさせられる人間は存在しないのだった。




 諸々を終えて、クラックはティアマトとは別の部屋に通された。


「――夕食です」


 それだけ告げて、先とは別の――おそらくは受付係か何かの女が後ろについた。出されたそれはただの天ぷら定食だ。少しばかり、というか幼女のクラックにはあまりにも重すぎるが――そこらへんはただ国会議事堂の中にある定食屋の食事を出しただけで、なんの意図も入っていない。


「……ねえ、議員ってさ――もっといいもの食べてると思ったけど」


 憮然として言った。ただ重いだけでどこにでもありそうな、高級さの欠片もない定食。しかも冷めている。まずそうでもないものの、あまり食べたくなるようなものでもないなあ……などとげんなりしてしまう。


「まあ、あまり利用者は多くありませんけど。でも皆さん普通に食べていますよ? まあ、少し離れたところから持ってきたので冷めているかもしれませんが」

「あ、そ」


 一口食べた。そして、立ち上がる。


「ちょっと、どちらへ」

「これ、食べ物じゃないね。僕はティーちゃんのところに帰らせてもらうよ。いい加減、人間どもの遊びに付き合うのも飽きた」


 やれやれ、と首を振って出て行った。


「……?」


 取り残された彼女は不審げにその食事を眺める。果たして、食べ物じゃないと言われるほどのものか、と。そりゃあものすごく美味しいなんて口が裂けても言えないが、まずいと言われることもないと思う。自分が作ったわけではないが、何回かここの食事は食べている。


「なにか、変なものでも混ざってたんでしょうかね」


 ちょっとした疑問、のはずだった。子供舌には合わなかったのかな、なんて思って。

 クラックを追いかけるよう言われてはいないからやることもない。当たり前に出て行ったものだから、引き留める気すらわかなくて、もうどこに行ったのかもわからなくなってしまった。


「……はぁ」


 途方に暮れた彼女は、クラックの座った椅子に乗って、それを味見した。そう、クラックが”食べ物じゃない”と言ったそれを口にしてしまった。


「――ッうぐ!」


 強烈なエグミ、鉄臭さ――ああ、なるほど。”これ”は食べ物ではない。なぜなら、それは……


「げほ。ごほっ。あ――」


 もう遅い。成人男性でも0.01gでも体内に入れれば死に至る猛毒――それはすぐに吐き出したとしても、唾液に溶けだした分だけで致命に至る。

 それだけの毒を食事か毒かも分からないほどに大量に入れたのだから、味など分かるわけがない。味と言うならば、これほどマズイものもないだろう……なにせ、食べ物ですらない。


「げほほっ。が――」


 大量の血を吐き出した。10分後、彼女は死体になって発見されることとなる。




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