第54話 冒険者RPG 後編
翌朝の朝食時、クラックのその一言で阿鼻叫喚の悲鳴が起こった。
「ああ、今日もピクニック行くから」
ピクニックとは名ばかり、ユグドラシル攻略のリアルRPGだ。強力な魔法少女であろうとも一歩間違えばゲームオーバー。世界を滅ぼせるクラスの魔法少女なら鼻歌交じりで歩くのだけど。
「やあああああああ!」
「いやあ! クラックに殺される!」
「ふ、二人とも。……私が行くから! だから、私だけで……!」
怯えて泣きわめくマルガレーテとヘカテーをラミエルが抱きしめる。死ぬなら自分だけでいいと、悲壮な覚悟を決めている。
「なんでそんなに嫌がるのさ? 魔法の使い方は覚えただろう? それに、昨日の麒麟はあれは君たちが悪いよ。森を壊すってことは、森そのものを敵に回すってことだからね。ま、どちらにせよ今の君たちなら普通に勝てるさ」
「「わあああああっ!」」
「――昨日に倒した。なら、今日は居なくなってるのよね」
「……? ああ、うん。麒麟は居ないだろうね」
「麒麟――は?」
クラックと多少の付き合いができた。だから、クラックの話し方の特徴も分かるようになってきた。
僅かなニュアンスを聞き逃すと致命的になる。そして、その部分の説明をサボりがちなのだ、こいつは。
「今は別のになってるよ。あそこは生命の坩堝、何はなくとも進化し続けるし、空白地帯には新しい何かができているさ」
「麒麟ではない……別のボスが」
「ラミエル。ラミエル……無理だよ」
「そうだ。えっと、ティアマト――いや、ママ。ママ、クラックに言って。そんな危険な旅なんてやらせないでって」
錯乱したマルガレーテはティアマトをママと呼ぶ。いや、ママと呼びさえすれば大抵のお願いは叶えてくれるのだ。
「んー。クーちゃん」
「別に今の魔法でも間違わなければ4層まで行けると思うんだけどなあ。……なら、アリス。僕と一緒に”お遊び”しようか?」
「クーママと、遊ぶ?」
いきなり呼ばれたアリスはこっくりと首をかしげる。あの程度の敵にひるむはずがない。というか、ティアマトとクラックのこと以外に興味がない。
「世界規模の発動はできても、逆に人間にあわせた力の使い方は不慣れでしょう? そうだね、クティーラもお姉ちゃんを手伝ってやるといい」
「了解した。アリスに近づく敵を燃やせばよいのであろう」
「うんうん。3人にちょうどよいくらいの魔法を見せれば、また少し使い方もわかってくるだろうし」
「うんうん。クーちゃんは優しいね、頭撫でてあげる」
「わわわ。ティーちゃん、あまりそういうのは……」
恥ずかしがるけれど、抵抗もせずになすがままにされているクラックだった。
「それで、音遠はどうする? 今の音遠はおかしいから心配だよ。魔法とは関わってこなかったからその圧倒的な茫漠さを恐れても仕方ないかもしれないけど。研究者どももそうだけど、”魔法に際限なんてない”って知らないんだから」
「――そうだね。またとんでもないものを見せつけられては鬱になるかもしれない」
「ははは。音遠が鬱になる訳ないじゃないか。なったとしても、その必要があったってことだろ? 別に、世界を破壊できるからって偉い訳じゃないし」
「……」
むっつりと黙り込んだ音遠を、これはダメだと置いて行くことにする。
「さて、ティーちゃん。今日もおにぎりを握ろうか」
「うんっ」
「アリスもお手伝いする」
準備を終えて、今度は6人でピクニックを始める。ユグドラシルに挑む。
「さて、アリス。真似してごらん――【世界樹の杭】」
「うん。……こう?」
ウサギが遠目に見える草原までやってきて、クラックは十字架を生み出してアリスに同じことをしろと言う。
だが、アリスが出したのはまるで世界樹を切り倒そうかというような巨大な鎌。
「それっ」
そして、それを地上に向けて振り下ろす。それは振り下ろされる前に無数に枝分かれして数十匹のウサギを貫いて殺した。
さらに、貫いた刃は刺さった地中の中で変形し枝分かれ、地上へ飛び出して手足と頭にさらに毛皮まで削り取ってしまった。
「あー。うん。ちょっと違うよ。まあたくさん取ってくれて助かったけど。アリスに教えたかったのは名前を付けて弱くする方法だよ」
「よわく……? クーママ、なんでそうするの?」
「人間の知覚範囲で魔法を振るってやらなきゃ、人間どもに恐れられてしまうからね。それに、強い魔法では遊びにならない」
「あそび。アリス、クーママとあそぶ。……こう? ユグドラシル・パイウ」
愛らしい舌っ足らずだが、アリスは魔法の使い方を理解している。クラックと同じ姿の十字架を手に持った。
「うん、近くなったね。でも、それは無数の手を重ねて抉り取ってるだけでしょ? こっちに向けてみて。ほら――強すぎる」
アリスが言われたままに突き出した十字架に、クラックが自分の十字架を振るとクラックの方がへし折れる。
「……!?」
「ふふ、びっくりした? そうだね、僕の『破壊』とアリスの『悪夢』がせめぎ合って壊れるのは悪夢のはずだものね」
「クーママ、どうするの?」
「アリスが僕の真似をするからだよ。僕を再現したら、そりゃ世界でも壊してしまう。使い方だよ、それに名前も付けないとね」
「そっか。じゃあ――【グレイスケール・シャンク】」
次にアリスが生み出したのは灰色の鎌。不定形の今にも霧散しそうな頼りない武器。
「試してみようか」
また十字架を生み出して押し付けると、今度は押し合った。壊してしまうことはない。
「わあ! アリスもできた!」
「そうだね。じゃあ、少しチャンバラしてみようか」
そう言うと、クラックはアリスに襲い掛かった。
「わあ! っと、ひゃん!」
大きく上げた十字架で唐竹割、は唐竹割した方が折れた。もう一度生み出した十字架で今度は横に薙ぎ払うが、かろうじて鎌の柄による防御が間に合い、そしてやはり攻撃した方が折れる。
「ほら――集中!」
「あうう……うん! てい、とお!」
さらに2、3合をかわすうちに十字架が折れなくなってきた。力は弱くする方がむしろ疲れるのだが、弱くできることに意味がある。
「ふっふっふ。分かった?」
そして、後ろではティアマトがドヤ顔している。
「何言ってるの? あの二人じゃないんだから、弱くなっても意味ないじゃん」
「さっきはママって呼んでくれたのに」
「ティアマト、私たちじゃあんなに魔力を垂れ流すなんて無理だよ」
「……ぶう。クーちゃんがせっかく見せてあげたのに」
けれど、非難轟々でティアマトのほっぺが膨れてくる。
「ティアマト――あれはそういうことですか? 名前を付けて定義すればそのようになる。……弱くも、強くも。そういうことですね」
「うん? うん、ラミエルは分かったみたいだね。こうして、こうするといいの」
ラミエルの問いが分かってなさそうなティアマトは、箱のジェスチャーを作ってそこに中に入れる動作をする。
「なにそれ、意味わかんない」
「そもそも名前つけるのなんて普通にやるし」
「いえ、やってないですよ。最初に決める必要があったんです。小さな箱に、溢れさせる。大きな箱を、無理やり満たす。そうだ、このように――【秘天使の剣】」
手に生み出したのは、光の玉6個分を詰め込んだ剣……を二振り。昨日の飛躍で2個から4個にレベルアップした。そして今日は、修行風景を見ただけで12個分に増えた。狂った成長速度である。
「そっか。……そうやるんだ」
「え? マルガレーテ、私やり方わかんないよ」
「へー、ヘカテーにはできないんだー」
「うううー。マルガレーテのいじわるっ!」
ぷんぷんと怒ったヘカテーがマルガレーテのほっぺたを引っ張ろうと追いかけだす。
「ああ、もう二人とも。仲良くしてください……」
「まあ元気があっていいじゃないか。本気で喧嘩してる訳でもないし」
「クラック……!」
「アリスは僕を攻撃できないし、僕も娘に手を上げるのはどうもね。そんなわけでちょっと打ち合うだけで終わらせて来たんだけど」
「クーちゃん、二人があそんでるから待ってあげないと」
「そうだね。落ち着くまで待ってようか」
なんとも気が抜ける雰囲気の中、浅層から第1層に突入する。一度足を踏みいれれば太陽すら見失う樹海の中へ足を踏み入れる。
うっそうと茂った禍々しい葉すら貫通して、上空に明るい何かが見える。
「――炎の鳥……!」
「麒麟にならうなら朱雀か。伝説としてはランクダウンだけど、別に神話に関係がある訳じゃないし。……でも、鳥はあまり食べでがないんだよね」
「ナイトメアが、ウサギをたくさん狩ってたじゃないですか。昨日だって私たちが」
「ああ。昨日の分は君たちが叩き潰すものだから肉団子にもならなくてね。骨と毛が入り混じった汁物、食べてみる? 用意しようか?」
「……ごめんなさい。でも、そこまで余裕がなかったですよ。というか、ちゃんと食料として刈るなら自分でやればいいのでは? あなたなら指パッチンで完璧な肉にできるでしょう」
ラミエルも遠慮がなくなって来ている。これも慣れだろうか。それとも諦めか。たとえ世界を破壊できる相手でも、平伏して畏れ敬うなどできるかと。
「まあ昨日のは明らかな失策だったよ。RPGとかやらなかった? いや、ゲームだと選択肢が出ないか。TRPGなら焼死かブタ箱エンドだよ」
「てぃ? なんですか、それ」
「今の若い子はやらないのか。言って僕もやったことないけど。派手なコトするのは目立ちたい時だよ? 森燃やすって挑発だからね?」
「うぐっ。だ……だって、サルが木に隠れて襲ってきたら面倒でしたし」
「それで麒麟に奇襲を喰らって総崩れになったら意味ないでしょ?」
「……はい。おっしゃるとおりです」
言われてみれば何でやったのか不思議になるほどの愚行。とはいえ、仕方ないじゃないかとラミエルは唇を尖らせる。
魔法をうまく使えるようになって調子に乗っていた。それに、自分の魔法が苦手だったヘカテーが一歩を踏み出せたのだしその邪魔が出来なかった。
「一つトラウマを克服する度に新しいトラウマができたら世話ないと思うけど」
「それはあなたのせいでは?」
クラックは目を逸らした。
「人間には色々な武術とかがある。気配を感じるなんて漫画の話があるけど、基本的には音を聞いているよね」
「何の話をしてるんですか?」
誤魔化すための別の話だった。
「だが、僕たちは魔法少女だ。きみたちはまだまだ人間だけど、それなりに魔法を扱えるようになってきた。だから、五感に頼るのはやめた方がいい。魔法少女らしくない。……さあ、アリス。また、僕の真似をしてごらん」
空中に多数の十字架を生み出して、襲い来るサルを迎撃した。
「……ん」
アリスもまた、同じようにして第二波を迎撃して全滅させる。
「これって、まさか」
「うん。昨日のことだ、森を燃やされたのを覚えているのだろうね」
「もう直ってるじゃないですか!」
「君は一度殴られて、腫れが引けば相手を許すのかい? というよりも、これは恐怖だろうね。命を脅かされたとき、その生命はどこまでも凶暴になる。人間であろうと変わらない性質だ。命をかけて殺しに来るよ、殺されたくないからね」
「――」
「しかし、やはり朱雀は襲ってこないか。大人しいね。……もっとも、”敵”から逃げることも本能ではあるけれど」
「クーママ。もう来ないよ」
第四波、それで打ち止めだった。十字架や鎌によって樹に縫い付けられたあとは、ナイフを持つ小さな人形が大量に現れて食材として下処理をしていた。
「ん。手伝ってくれてありがとうね」
「えへへ。アリス、クーママの役に立つよ」
「あ、アーちゃんずるい! ティアだってクーちゃんの役に立つの!」
「ティーちゃんは居てくれるだけでとても役に立ってるよ」
「えへへっ、それほどでも。なんでも言ってね、クーちゃん」
「それで、後は」
「うん。そっちの二人がぐずったら背負ってあげて。次の層はもう少し歩きやすくなってるから……あ」
その瞬間、アリスの肩にのったクティーラが炎を吐いた。
「アリスよ、木っ端が来たら追い払え。身体を大事にせよ。お前はどうも自分の身体をどうでもよいと思いすぎる」
静かに樹から下がってきたクモが、アリスを狙っていた。ここはゲームなどではない、過酷な地だ。僅かでも油断すれば死が待っている。
「……? その、身体を大事にするってのをすれば、クティーラちゃんはアリスのことお姉ちゃんって呼んでくれる?」
こてん、と首を傾げた。アリスレベルの魔法少女にとっては毒で身体が腐るなど土で汚れたのとそこまで変わりがないのだ。どちらも身体を繕いなおせば綺麗になる。
「アリスよ、あの蜘蛛が母御前を噛んだとすればどうだ?」
「あそぶのじゃまする、よくない」
「ああ、母御前には悪癖があったな。ならば、母上殿では? 噛まれるのを見ているか?」
「ティーママは泣いちゃう。その前にクモを殺すよ」
「おぬし自身でもそうせよ」
「……なんで??」
「なるほどなるほど。……母御前よ」
「そこまで言って僕に投げるの? ううん、そういう縛り……いや、遊びかな。クティーラとの約束、守れる?」
何秒か、じっくり考える。というか、理解するのに時間がかかる。
「ん。だから、クティーラちゃん。お姉ちゃんって呼んで」
「不肖の姉よ、蜘蛛どもが来ているぞ」
「……クーママ」
「蜘蛛はさすがに食べようと思わないかな。肉は指一本分も取れないだろうし」
「ん。じゃあ、守ってーー【トイカンパニー】ちゃん達」
じわりと空間に染みができて、そこから玩具の兵隊が産み落とされる。それは、すさまじく”弱い”兵隊たち。大人と同じ速度でしか走れず、銃弾と同じ攻撃力しか持たない、けれど無限に湧き出る手のひら大の兵士だ。
「じゃあ、行こうか」
虫たちは玩具兵が、そしてサルが出て来れば鎌で狩る。ただの遊びであっても手間取ることなく進んでいく。時折枝が攻撃してくるが、そんなものに当たるはずもない。
次の層へと突入する。




