第49話 遊びの終わり
3人の魔法少女が連携も何もなく、ただ同じ敵にむかって攻撃をし続けてクラックを瓦礫の中へと叩き込んだ。
そして、トドメに一際大きい魔力を籠めて最後の一撃を叩き込んだ。
「「「やったか!?」」」
快哉を叫ぶ三人。だが、怯えていただけの子が叫ぶ。
「危ない、笛の子!」
「……は? いやそれって私のこと?」
しかし、唐突に呼ばれて困惑する。そもそも互いの名前も知らず、それゆえに変な呼び方で呼ばれているのだから。
「間に合え……! 光よっ!」
「お前、私に攻撃を――ッ!?」
その子が光の玉を生み出し、自分に向けて撃ち出してきた。仲間に攻撃を仕掛けるのかという驚きと、やるならやってやると息を巻く。
だが、背後から不穏な音が聞こえてきた。
「残念だけど、その足じゃ逃げられないね!」
ぼこりと地面の下から出てきたクラックが黒の十字架を振り上げた。
「彼女に守護を――」
「こんな時間稼ぎじゃ止められないよ!」
笛の魔法少女を守るように結界が展開される。すかさず十字架が突き立てられ、がりがりと音が響く。光が黒に侵食され、あと数秒ももたなそうな状況。
「地下を掘り進めるなんて、モグラかよっ!?」
コマが飛ばされる。コマだけなら大した脅威にはならないが。
「お前を倒すのは私のくまちゃんなんだから!」
「ぐっ」
それに注意を引かれると他の魔法への対処がおろそかになる。結界を割るのを諦め、後方にジャンプしてくまのパンチを避ける。
「ぴろぴろー」
それに、ピロピロ笛の攻撃は早くて厄介だ。ただ殴りつけるだけの魔法は、攻撃力はそれほどでもないけれど。喰らうと行動に支障が出る。足止めされたところにコマを喰らうのが最悪。
「……ふむん。人間としては魔法のコントロールができているのが四人。やたらめったら攻撃するだけで、まあそれなりに厄介か」
「偉そうな口を」
「いい加減潰れてよっ! くまちゃん!」
「あは。君はそろそろ疲れてきたんじゃない? そこまでくまちゃんの身体を刻まれたらね」
パンチを撃ち出してきたその腕を斬り落とす。
「くまちゃんは無敵だもん! いくら切られたって――」
「重火器や断裁機で切断した時の話だろう? カタチを崩すのと、魔法を魔法で喰い合うのとは訳が違う」
テディベアの動きが明らかに鈍り、一瞬停止した。
「ち――邪魔だ!」
「だめ! 守護を!」
巨大なコマを飛ばしたが、それは結界により阻まれた。一瞬でバラバラになったが、結果的に相殺した。
「な……なぜ敵の味方をする!?」
「クラックは、くまちゃんを壁にする!」
クラックは返答するかのようにニヤリと笑って見せた。
「この……! ぬいぐるみごと粉砕してやる!」
「ダメって言ってるでしょ!」
この期に及んで連携のなさが露呈する。魔法少女同士で組まれて政府に反抗されても困るが、だからといって現地でなんとかしろでどうにかなる訳がない。
「そして――さっきは邪魔されたけれど、君を封じるのであればこれで十分」
ぴろぴろ笛を簡単に避けて、彼女の四方に十字架を撃ち込む。足が自由に動かない以上、近づけば笛の先にしか攻撃が来ない彼女は脆い。
「これは――。破壊の、剣?」
「そう。君とコマの彼女は消耗は少ないだろう? それは魔法の本体を壊されてないから。君であれば笛で、彼女のコマは本体ではなく紐の方だね」
「……? なにを。そんなこと、研究者の人は言ってなかった」
「ははは。あいつらに何かが理解できるものか。切羽詰まって、なんか悪そうなことをやってなんとかなれと神頼みしているだけの奴らに」
一瞬の隙から総崩れになった彼女たち。だが、クラックは好機に付け込むわけでもなくいつもの諧謔を垂れ流す。
「私は。力を得た。この足は、嵐を生み出す魔法少女のもので――移植されてから、私の笛は岩でも砕くパワーを……」
「ああ、それは関係ないよ。関係ないわけでもないけど、きっかけがあってコツを掴んだだけ。むしろ――」
「違う。……違う違う違う! 私は! 力を得たんだ! 古い足を捨てて、嵐の魔法を手に入れて――この魔法が」
「最初からできたよ? 足を勝手に移植されて、そしたら動かなくなって。世界を壊しても構わない気分になったから無意識の手加減が外れたんだよ。君は、遠くのものを押し出すことはできたでしょ。逆に、嵐の力なんて何一つ使えないじゃないか」
「なんで……知って。私は。……私の、魔法は。それじゃ、なんのために足を失って。……動かなくなって」
絶句して涙がこぼれた。目の前が真っ暗だ。クラックの言っていることが真実としたら、それなら自分の足は切られ損で。この移植された足は動きやしないのに。
「光よっ! かの邪悪なる神に――」
「あは、邪悪とはひどいなあ。君たちのことを心配してるんだよ? あんなやつらに従うほど虚しいことはない。役に立ったら使ってやらんこともないっていう傲慢に従って、どうなるのさ?」
「裁きをっ!」
「雷、神鳴りということかな? けど、狙いをまったく隠せていないようじゃね」
光の球から雷のような軌道で光が撃ち出されるが、クラックは十字架を盾にして防ぐ。彼女たちはこの十字架にまったく対応できていない。手数で押す以外に方法がなかったのが、今やテディベアは這いずるのがやっとでピロピロ笛は十字架に囲まれて手すら出せない。
「そんな奴ら、始めから当てにしてねえんだよッ!」
「君らは送り込まれただけじゃない? なんでそんなに必死になってるのかな」
コマの魔法少女がいくらコマを投げても虚しく十字架に防がれて消滅させられるだけ。だが、そこから更に踏み込む。
「――行くぜおらあ!」
「殴り合い? 魔法少女がそんなこと」
パンチを繰り出すが、クラックは避ける。
「おおおおお!」
「あは、無理だよ。接近戦でも僕には勝てない。炎の魔法少女が熱を見るように、破壊の魔法少女は力を見る。当たらないよ」
さらに蹴りまで繰り出して、嵐のように攻撃するがすべてを避ける。
どこにいくつ目がついているのかという光景だが、実際には視界ではなく感覚で捉えている。フェイントは無駄で、狙いはバレている。
「ッのおおお!」
「あはは、元気だね。でも、これには注意しないと」
「分かってんだよ、テメエの動きなんざ」
「格闘技なんて僕は知らないけど、魔法少女がするものでもないよ」
どれだけパンチに蹴りまで繰り出しても当たらない。だが、クラックが振る十字架に合わせて身体をひねってかわしてもいる。
身体能力は言うまでもないがクラックが上、そんな状況で好きに武器を振るわせたら終わる。インファイトに持ち込んでどうにか戦いの形に持ち込んでいる。
「――ッ!」
見ているしかない光の魔法少女が歯噛みする。ここまで高速に動き回られて、しかも組みつくかのようなインファイトでは狙いが付けられない。
そこでコマの魔法少女が勝負に出る。
「くはっ。そんな簡単に行くかよォ!」
「――ッ!」
クラックはフェイントにかからない。むしろ反応できない。わずかに首を傾げて避けた拳、が手を開く。その瞬間にクラックは狙いを察して跳ぶがもう遅い。
フェイントの拳がそのまま髪を掴んだ。渾身の力で握りしめ、逆の拳を叩き込もうと満身の力を籠める。
「掴まえ――」
「油断しちゃダメだよ」
クラックは敵の服の端っこを掴んでぶん投げる。背丈は大人と子供ほど違うのに、ボールのように投げられたのは大人の方だった。
「チィィ」
「くはっ」
だが、コマの魔法少女も魔力で身体を強化している。空中で身をひねって着地した。
「ぐぅっ……!」
だが、痛みに顔をしかめた。投げられた瞬間に思い切り後頭部を蹴りつけた、だが傷んだのは膝の方だった。
「――追撃はさせない。光よっ!」
「あはは。健気だね、他の子を守りたいんだ」
クラックは放たれた光を呆気なく十字架でかき消した。
「でもね、僕は君たちを傷つけたいわけではないんだよ」
「……うるせえ。ならおとなしくぶっ飛ばされろよ」
「さすがに無理な相談だ。僕にも守るものはある。けれど、君たちのそれは本当に守らなければならないものかい?」
クラックは四人を見下ろす。これは、もはや決着がついたと言っていい状況だろう。その気になればいつでも殺してしまえる。それこそ、どう逃げるかを考える段階だ。
「傲慢な大人たちに従ったところで、彼らは恩にも思わないさ。仲間などと思っていないのだから。ああ、勘違いされてるかもしれないが僕達は別に人を殺したいなんて思ってない。むしろその逆さ。守るために動いている」
「……嘘つけよ」
「クリック・クラックはティアマトを操って世界を支配してるって聞いた」
「まさか。すべてはティアマトを守るためだよ、君たちがされたことを彼女にされるのは我慢ならないからねえ」
「「「……ッ!」」」
強烈な皮肉に、彼女たちは息を飲む。
「さて。さすがに殺されてはあげられないが。このまま帰っても、君たちはもっとされてしまう不幸な結果になるだけだろう。だから、君たちを仲間に入れてあげてもいいんだよ」
「なにを、言ってる……?」
「すべての魔法少女を守る気なんて僕にないのは、君たちだって見抜いてる。だけど、仲間なら別さ。別に強力な魔法を操れなくても、同じ魔法少女じゃないか。――人間は人間の世界で、魔法少女は魔法少女同士で生きればいい。別の生き物が同じところで生きているから争うことになるんだよ。僕は、争いなんて望んでない」
そういって、クラックは手を差し出した。まるで魔王の勧誘のようだが、しかしその口ぶりは専守防衛だ。
「――馬鹿な」
「そんなこと」
「大人の人たちはそんなこと言ってなかった」
「……けど、守らなきゃいけない人も」
「ああ、大切な人間が居るのかい。なら連れて来ればいい。人質を取る悪いやつらなんて、僕がこらしめてあげるよ」
それで、彼女たちは完全に黙った。
実のところ、彼女たちはまだ正義の味方のつもりでいた。クリック・クラックは世界を支配する悪いやつだと聞かされていたし、肌で感じる強烈な魔力はそいつを世界を破壊できる魔王だと教えてくれていた。
だからこそ、退けはしない。言葉などでは変わらない、自分のこれまでを裏切れない。それがただの”敵の情けを拒む”だけの感情であろうとも。
「ふざけるなっ!」
激情を吐いたのは、ピロピロ笛の子だった。
「私は……私たちは、お前を倒すために集められたんだろう。貴様を倒さなければ、なんのために――こんな様になってまで! ピロ……ビーーー」
十字架の向こう側から笛を吹く。どれだけ魔法を発動させても十字架は破れない。どころか吹きすぎて妙な音になっている。
「そうだ。貴様とて精一杯なはず。あれほどの激戦を繰り広げたんだ、あと一歩で!」
「ええ。……簡単に口車に乗せられると思わないで」
「え――」
笛を囲む十字架が砕かれた。また、彼女が息を一杯に吸い込む。
「くまちゃん。一緒に戦うよ……ビーストモード!」
常に小脇に抱きかかえられていた魔法少女がテディベアの首のリボンを外す。そして代わりそこにしがみつくと、手足がずぶずぶと沈み込んでいく。上半身だけが浮き出る恰好になる。
そして、テディベアが四肢を沈める。前は無理だった体勢だ。
「う……あああああ!」
そして、コマの魔法少女は自身すら超えるほどの巨大コマを生成する。
「倒れろ……! ピ……ビィィィィ!」
「威力が桁違いだね」
十字架を盾にするが砕かれる。が、クラックはジャンプして避けている。そこに、テディベアが襲い掛かる。
「やああああああっ!」
「こっちも、厄介……!」
クラックは再度十字架を生成する。それも動作もなく10個ばかり宙に浮かんで防壁と化す。が、テディベアの爪に一度に砕かれてしまう。
その爪は禍々しく変形していた。先ほどまでとは一線を画す力だ。
「うらあああああ!」
「行けええええ!」
テディベアが巨大コマを掴んでクラックに叩きつけた。それは強烈な爆弾と化しクラックとテディベアの腕を吹き飛ばした。
「か……は――」
吹き飛ばされたクラック。
「や……った?」
「――やった!」
喜ぶ魔法少女達。一度叩き伏せられ、しかし立ち上がって新たな力に覚醒して敵を倒す王道とも呼べる展開。
柄にもなく興奮し、思わず笑顔を浮かべてしまう。
「うん。魔法が強くなったね。良かった良かった」
だが、声を聞いて固まった。クラックの声がした。しかも、遠くの方から。
「な、なんで……?」
「ほら、僕ってとっても怖がられているから。なぜか加入してもほとんど断られちゃうんだよね。だから、遊んであげることにしたの」
そのゴスロリには埃すらついていない。柔和な顔をして、さきほどまで敵対していたことなど忘れたように。
いや、実際に敵などではなかった。遊んであげようと、それなりの力で戦いごっこに付き合ってあげた。
「あそ……んで?」
「気持ちよかったでしょ? 研究者どもは何もわかってない。適当に身体をいじっては強くなったり弱くなったり、無駄に後遺症を残してね。でも、本質は簡単――魔法に際限などない。限界があるのは心の方。だから、もう少しで越えられる壁があれば突破できてしまう。実際に、突破できた」
「ふざけるな! 遊び気分かよ!」
「あんなに、攻撃を叩き込んだのに」
「いや、君たちの魔法じゃ僕を削り切るのに1億回でも足りないけど」
「……嘘だっ! そんなに、強い魔法少女が居る訳がないッ!」
テディベアが恐ろしく引き締まった足で駆ける。もはやぬいぐるみというよりも彫り物に近い。ぶっとい足がクラックを蹴とばして――
「え?」
テディベアが転んだ。足が、クラックの形に削り取られている。
「さすがに君たちで壊せるレベルで魔法を出力するのは難しいんだよね。まあそれくらいなら、ちょっと動けなくなるだけだよ。飴ちゃん食べる?」
「ふざけるなよッ!」
巨大コマを投げつけられるが、クラックに触れた瞬間に全体が崩れ去る。
「疲れたでしょ? 僕のところに来れば、なんだって用意してあげる。チョコレートも、ケーキも。クッキーもパンケーキもカステラもパフェだって。そこまで人間どもに義理立てする価値があるのかな」
「私を……馬鹿にするなァ!」
また巨大コマを生み出す彼女。だが、クラックがパチリと指を鳴らすと姿が消失する。
「なっ。――!」
光の魔法少女が名前を呼ぼうとするが、名前さえ知らないことを思い出して歯噛みした。代わりに、せめてもの抵抗を。
「光よ!」
「もう遊びの時間は終わりだよ」
目線さえ向けることもなく、光の玉は消失した。
「ぴ……ふー。ッ!」
「魔法の道具すら壊したオーバーロード。ただ、最初から壊れていたらもう魔法も使えないよね」
「ぐ。この……!」
まともに文句さえも言えないほどに追い詰められた。強くなった、と思ってもそれすら手のひらの上。
相手がその気になれば、魔法を使う事さえ叶わない。
だが、無駄と分かりつつも理解を拒む。自分の魔法がまったく通用しないなどとは認められない。まだ自分は生きている、戦えるのだから。
「クリック・クラックぅ!」
「ちょっと頭を冷やそうか」
またクラックが指を鳴らすと姿が掻き消える。コマ、そして笛の魔法少女を消したクラックはまだにこやかな笑みを浮かべている。
「クリック・クラック、みんなに何をした!? 殺した……の?」
「君は大人たちに言われて僕や僕の大切な子を殺しに来たんじゃないの」
「あ……ああ――」
膝を付いてしまう。彼女だけは最初から乗り気じゃなかった。みんなが危ないと思ったから参戦したが、誰かを倒すなど嫌だった。
「う。ううう……!」
テディベアの子が泣き出した。戦意の喪失と合わせてぬいぐるみから抜け出てぺたんと座り込む。
「大丈夫かい? ああ、回復の魔法で入れ替えた血液の拒否反応を抑えていたのがちょっとバランスが崩れたね」
「――ッ!」
彼女が地面に転がってじたばたと暴れ始める。さっきまでは身体が熱くなっていた。強くなった証だと思ったのが、さらに熱くなるとすぐに苦しくなった。
「はい、チョコレート」
「むぐっ」
クラックは彼女の口にお菓子を詰め込んだ。
「甘いでしょう? その甘さだけに集中して」
「はあ。はあ――あっ」
「助けてほしい? うちに来る?」
「苦しいの、ヤダ……」
「いいよ、助けてあげる。大丈夫、魔法が君を助けてくれる。余計なものは僕がよけておいてあげるから」
「――」
蒼くなっていた顔が元に戻る。そして眠り始めた。
「さて、次は君か」
「わ、私は……私は悪に屈するなど――」
「あ、そういうのがいい? いなくなった彼女たちね、あっちに居るんだけど」
「あっち? あっちって……ユグドラシル? そんな」
正体不明の巨大樹、最新技術でも見通せないそこに送り込んだということは死刑執行と変わらない。少なくとも、政府側の魔法少女にとっては。
「いや、浅い層だから相当の間抜けじゃないと死なないけど――さて、どうだろう。君はあの二人が間抜けではないと断言できるかな」
「そ……それは」
知るわけがなかった。というか、ここに来るまでの言動を見るとそこらへんの生水をそのまま口にして死にそうだ。だいたい、帰ってこられたところでさらに廃墟群を抜ける必要がある。
「助けてあげようか?」
「な、なぜあなたがそんなことを?」
「仲間になってくれる子のお願いなら聞いてあげるよ」
「――ッ!」
絶句する。なぜ、そこまでという気持ち。信用できるのかと不安になるが、じゃあどうするべきかなんて分からない。
「で、どうする?」
「分かった。仲間になるから、あの二人を開放してあげて!」
「人間のところに戻しても……いや、まあ自分で決めるだろうね」
クラックがパチリと指を鳴らす。
「はい、そっちの街のところに飛ばしたよ。じゃあ、その子を背負って付いてきてね……」
クラックが機嫌良さげに歩いて行く。名前すら聞いてないことも忘れて。




