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第1話 目覚め side:クラック


 ……クラックは目を覚ました。


「お目覚めですか?」


 声をかけてきたのは30台程度の女性。ぱりっとしたスーツを着て、いかにもできる女性と言った風貌。言っては何だが――モテなさそうなタイプだ。目元のキツさがむしろ圧を増大させていて、ありていに言えば怖い。

 しかも今は延々と待たされて、少し機嫌が悪そうで、もはやそれは凶相にすら見える。コイツ、典型的なキャリアを鼻にかけた女だな、とクラックは鼻で笑った。


「ああ、そのようだ。――ねえ、いつまで頭を撫でてるの」


 半分無理やり出した疲れたような声を出した。が、まあ気取っては居ても喜色が隠しきれていないだろう。無理やり憮然とした表情をしようとしたが、誰が見ても透けて見えるほどに笑っていた。

 一目見てわかる、頭をなでられて満更でもないひねくれやの可愛らしい幼女、しかしその彼女こそが世界の歴史を破壊し、三回目の滅びを巻き戻して世界を救った張本人……魔法少女『クリック・クラック』だとは、まあ面白い話になるのかね。


「……クーちゃん。痛くない? いたいのいたいのとんでけ、する?」


 そう言いつつも、置いた手を頭から離さず撫で続ける。ベッドの上で膝枕をする格好、姿勢がサーズデイとの戦いが終わった後から変わっていない。

 後始末をする機密部隊が、動かない彼女をそのままこの部屋まで連れてきた。同じようにたくさんのフリルをあしらった服を着たこの幼女は、魔法少女にして【セカンド・インパクト】にて殺戮されたあらゆる”いきもの”に生命を与えた『ティアマト』なのだから。


「で、君はあれだ――秘書か何か?」


 クラックは彼女の機嫌など気にしない。社会人であったときは人並みに気を使っていたが、魔法少女となった今は生来の人嫌いが前面に出ていた。

 そしてティアマトの方はそもそも存在からして認識していない、かまってくれない奴なんて知らない――ある意味で子供らしい対応だった。


「ええ、話が早いようで助かります。ええ、はい……」


 その有能なOLそのままを現したような彼女は青筋を浮かべて応対する。

 こんな小さな子供に舐めた態度を取られれば面白くないだろうねえ。キャリアウーマンだけあってプライドも高い――射殺すような目線を向けられても、馬鹿にしたような笑みはやめないけどね。


「僕は魔法少女『クリック・クラック』……やっぱり話は聞いてないんだね」


 そして、やれやれと首を振って煽るように手までゆるゆると揺らして見せる。……しかし彼女は激昂する寸前で思いとどまる。

 厳命されているのだ、”上”に。「あれらを刺激すればお前を処分する」と。今や旧時代の頃の余裕はどこにもない。労働力にならない病人や老人などに生きる場所はない――そして、無能にも。

 もっとも、その冷たい現実の最も顕著な例がこれだろう。もっとお気楽に生きている人もいるし、魔法恐怖症にかかって何もできなくなった人間だって生きている。


「まあ、その方はどうにも話が通じないようで――」


 オブラートに包もうとしているようだが、どうにも包み切れていない。さすがに苦々しい顔は全然隠せていない。

 世界を救った魔法少女とはいえ、目の前の彼女(ティアマト)はただのフリルの塊だ。しかも、態度は全然可愛くない。


(まあ、どうやらこの僕を子供だと侮っているようだが、ねえ……。しかし、ティアマトには存在を気付かれてもいないくせに、話が通じないとは面白言い方もあったものだ。これも高いプライドの守り方かね)


 クラックは馬鹿にしたような笑みを更に深める。


「ま、いいさ。別にお前に何が分かるわけでもない」


 敬語などは使わない。男だった時は成人していたクラック、けれど彼女は更にその年上だろうと当たりを付けていて、なおそんなものは使わない。


(重要なのは”立ち位置”。別に僕がどこかの会社の一員だけというだけならば、敬語くらい使ってあげてもよかったけどねえ――けれど、今の僕は世界を破壊できてしまう『魔法少女』。そんな奴が下手に出てしまえば、付けこまれていいように使われるだけだものねえ)


 最強――だから勝てると言うのは、実は間違いでしかない。

 負けないのが最強の条件であるならば、そんな奴には誰も挑まないから勝ち負け自体が”ない”……勝負なし。最強になった時点で別の戦いが始まるのだ、その多くの場合は交渉になるだろう。

 最大規模の暴力を手に入れたとたん、次は口での勝負になってしまう。そして、クラックは最強に類する能力を手に入れたが、己が口喧嘩に強いとは寸とも思っていない。


 その舞台で勝負する気などない、だから敬語はなしだ。そんなものを使えば自分から交渉と言う戦争に足を踏み入れるようなものだから。


「で、いつ準備は終わる?」

「は?」


 そして、言葉を戦場とする彼女は怪訝な顔だ。クラックは話の内容を何段も飛ばしているから分かるわけもない。

 その会話を理解するためには全能じみた直観――それこそ能力の一端から全貌すらも嗅ぎ分けてしまうような、そんな化け物じみた嗅覚が前提条件だ。そして彼女にそんなものはない。ゆえ、そんな彼女に端的に伝えてやる。


「どうせ、君の”上”が待っているんだろう? 色々とデータは取ったにしても、面談くらいは必要かと思うがね。それも、なるべく早くだ。とはいえ、自分でやらなきゃ気が済まないってのが偉い奴の思考だしねえ。だから聞いているんだよ。『建前ばかりを立派にするしか能のないお偉方の準備は、もう終わったのか』ってさ――」


 言われた方は面食らったような顔をして……しばらく後に顔が赤くなる。理解したのだ、クラックが「お前程度では話にならないから上を出せ」と言っていることを。

 しかも、それは事実なわけだからむしろ更に頭に来る。一歩踏み出して、手を振り上げて。


「……ふふ」


 だが、激昂した彼女に対してクラックは相変わらず馬鹿にした笑みを浮かべたままだ。その顔は「やはり期待外れだったな。貴様もこの程度か」とあからさまなまでに態度で語っていた。


「ッチ」


 舌打ち、一つ。怒って、けれどすぐに諦める。こいつも魔法少女だからどうしようもない。というか、手を出せば逆に殺されるのがオチだ。それこそ、ティアマトが核兵器など歯牙にもかけないような殺りく兵器なのは知っている。


 ある程度の闇に関わるものとして魔法少女がまともな精神構造をしていないことも承知の上。クラックはその最上級、ゆえにまともな”人間”であるはずがない。このフリルの塊に見えるティアマトもいつ手を出してくるかわからない。


「――その前に名前を教えてくれないかしら?」

 

 これだけは、と聞く。本人としてはさらっと聞いたつもりなのかもしれないが、言わなきゃ殴るとその目が言っている。それが重大なことだと明らかにばれてしまった。


「言ったろ? クリック・クラックだ。他に名前はない」


 ――そういうことではない。聞いたのは魔法少女の名前ではなく、人間としての名前。この人間らしくない彼女もまた、魔法少女になる前は人間だったはずだから。ゆえにクラックは何を聞かれたか、理解した上ではぐらかした。

 家族がいるならば、人質にするなり、説得するなりどうとでもなるのだから。数撃ちゃ当たる、それは真実だから親族なり当たれば、誰かは”使える”。


「……あまり大人を馬鹿にするものじゃないわよ」


 彼女本人が思うよりも低い、ぞっとした声が出た。


「いや、そういうのいいから。さっさと役目を果たしてくれない?」


 全く気にせずに、むしろ更に馬鹿にする。

 彼女は激昂すらもどうでもよくなるほどの憤怒が、もう逆にどうでもいいとすら思ったが、しかし彼女はすんでのところで無理やり自分を押さえつけた。譲れないものがある、このご時世で、女手一つで自分の娘を”まとも”に育てたいと思ったら下手など打てない――どんなに嫌なことがあろうとも。


「魔法少女『クリック・クラック』、そして魔法少女『ティアマト』。あなたたちには国会への出頭要請が出ています」


 そして、意趣返し。抑えられたのは娘のためだけでなく、反撃できると思ったからでもあったのかもしれない。爆弾発言――だが。


「ああ、そゆこと」


 クラックはむしろ期待以下だとばかりに落胆してるし。


「……クーちゃん、おなかへった?」


 ティアマトはまったく関係のないことを言っていた。




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