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第38話 クリッククラックのお遊び



 空母での強行上陸から6時間ほどかけて、3割ほどの犠牲を無駄に出してロッソファミリーは東京にまでたどり着いた。

 その東京はすでにゴーストタウンと化している。インパクトの発信源であるそこから民衆は逃げ出したのだ。残って隠れ潜む政府の者達も手を出さずに見送った。ゆえに、学園の正門まで突き進んだ彼らと相対するのは。


「――あは。こんばんは」


 クラックが出迎えることになる。

 ティアマトは実は人見知りで、アリスなどは対人恐怖症だ。イエローシグナルが留守だと応対できるのがクラックしかいない。まあイエローシグナルはあまり味方をする気もないので、居てもよく放置するのだが。


「ええ、こんばんは。――魔法少女『クリック・クラック』」


 妖艶な魔法少女が車から降りて挨拶を返す。

 同じ魔法少女とはいえ、大人と子供。胸の大きさを戦闘力と呼ぶのなら、絶望的なほどの格差があるのだけれど。


「ふむん、知ってるんだ。それで、君は?」


 けらけらと笑うクラックに気負うところは何一つない。ただいきなり顔を出したお客さんを皮肉混じりに相手する。


「世界を支配する魔法少女『ティアマト』、だが奴を意のままにするのは貴様に他ならん。ゆえに倒し、私がティアマトを手に入れる! 『ナイトメア』も参戦するかと思ったが……ふん、様子見と言う訳か」


 そして彼女の方は強力な魔力を肌に感じて好戦的な笑みを浮かべている。まったく怯みなどしない、魔法少女との実戦経験は豊富だと自負がある。

 だが、彼女ですら目にしたことがないほどの魔力に内心恐怖が掻き立てられている。もっとも、マフィアの生き方として前に出る以外のやり方など知らないが。


「ええと、君のお名前は? それと、他の魔法少女三人も紹介してくれないのかい?」

「ならば名乗ろう! 私は魔法少女『ブラッディ・レイン』、ロッソ・ファミリーのボスを務める――”次”の世界の支配者になる者だ! 旧支配者よ!」


「そう。ではブラッディ・レイン、君に僕を倒すのは無理だよ。だから仲良くしない? 時間と労力の無駄だと思うよ」

「たわけたことを! やれ、『イクサメント』。まずは貴様の力を見せてやれ」


 車からゾンビのように這い出た魔法少女、身体が大きく傾いてまるでアーチを象っているようだが。

 ふらふらと不定に彷徨う視線はまったく定まらない。クラックのことを認識しているかすら定かではない。が――ビクリと震えて転んだ。そのまま、あふれ出すように悲鳴が迸った。


「あ――あ。あああアアアアアイイイイヒィィヤアアアア!」


 もぞもぞと、起き上がろうとしているのが背伸びでもしているのか。陸の魚みたいにビクビクと震えて跳ねまわりながらも魔法をかける。

 完全に正気を無くした動きだった。薬物で精神を破壊されているのだ。


「「「「ううう――おおおおおお!」」」」


 ドカン、バキンと車中の男たちが乗ってきた車を壊しながら姿を現す。その魔法は一目瞭然だろう、『ドーピング』の魔法である。

 兵隊たちを強化した。そして、彼らは魔法少女すら恐れぬ暴徒と化した。


「ああ、人間たちに魔法をかけたの? ううん、酷い事するね。そんなことしたってどうにもならないのに」


 クラックに向かって大挙するむくつけき男ども。こんなもの、少女でなくても泣きわめいてしまいそうな光景ではあるけども。

 存在自体が銃などとは比べ物にならないほど凶悪であるクラックは、むしろ哀れみの目で見ている。助ける気など微塵もなくても、実験台のマウスを憐れむことはするだろう。


「『ギロティーヌ』ッ!」

「……ん」


 男たちに隠れて車を降りていた魔法少女。大振りな鋏をもった彼女が、目隠しの向こうから鋏でもってクラックを断裁する。


「――ッ!」


 表情が険しくなった。宙を噛む鋏は、何かに止められたように進まない。両手で握りしめても、刃は僅かも進まない。


「人間相手だったら最強かもね。視線すら通らなくても認識さえあれば断てるんだから、逃れようがない」

「なん……で!」


「魔法の作用があるなら、それをどうにかすればよい話だろう? いや、実際これでも僕は大変なんだよ。その鋏を折らずに止めるのはさ――」

「……ッ!」


 その魔法少女は愕然とする。押しつぶされるような圧倒的な魔力を感じていた。だが、これほどまでに力の差を実感させられて恐怖に思考を塗り潰された。


「ギロティーヌ、戸惑うな! そんなものは手品に過ぎん。攻撃を織り交ぜ、隙を作るのだ!」

「は、はい……!」


 断裁の力が消える。そして、クラックに無数の男たちが飛び掛かる。彼らはドーピングの影響で目は血走り呼吸は荒れ、筋肉が張り出している。

 そんな彼らはクラックを掴み、引き裂いてしまおうと力を込めるのだが――微動だにしない。鉄でも掴んでいるような感覚は、クラックに触れられてなどいないからだ。破壊の力を結界のように張り巡らせて、1㎜の先を進ませない。


「ギロティーヌッ!」

「わ、分かってます……!」


 鋏の攻撃を繰り返す。タイミングとか油断とか何かの間違いでもいいから通ってくれないかと、首を足首を腕を足を断裁しようと魔法を使う。


「……ううん、ギロティーヌって言うのかな。その子は扉を開けてすらいないのだから、あまり無茶を言ってやるものではないと思うよ。ね、ブラッディ・レイン」

「舐めた口を! ならば、私の魔法を見せてやるまで!」


 クラックを掴む男たちの力が増す。いや、ぶちぶちと筋繊維がちぎれる音まで聞こえてくる。


「なるほど、ブラッディ・レイン。君の魔法は――」

「我が魔法は血を操る! そいつらなど頼りにするものか。それらは”武器”でしかないと知るがいい!」


 めきゃ、と音がして決壊する。最前列の6人ほどが破裂して肉と骨混じりの血がクラックを襲う。

 血を操る魔法、材料さえあれば攻防自在の使いやすい魔法だ。その重量で殴れば人など簡単に死んでしまう。スナイパーライフルだって簡単には貫通させやしない。


「おやおや、随分と酷い真似をする。ええと、君ヨーロッパのマフィアさんだろう? 日本まで軍隊を派遣できる余力があるところはそこにしかないし。いや、アメリカの組織は色々と複雑でそんなことしないからね。でもさ、マフィアはファミリーとか言って仲間を大事にするものじゃないかな。日本だって杯を酌み交わした仲とかそんな馴れ合いの言葉があるんだぜ」

「くだらないわね! そいつらは、”これ”でなければ使えないクズどもだったというまで。本当の仲間は本国に居る。頭の良い奴らがね」


 バキ、ゴキと更に破裂して血が増える。攻防一体、そして彼女の魔力ならば核攻撃ですら防げるに違いない。

 犠牲にされたファミリーの者達に悲しみはない。そんなもの(人間性)はドーピングの効果で感情ごとどこかに消えた。見捨てられたなど思うこともなくなるまで、すでに壊され尽くしていた。


「なるほど、王様気取りか。君は、心の底から自分が”そう()”だと信じているんだね」

「その通り。だからこそ、貴様を倒し支配者の座を簒奪する! それは、私が座るはずの場所だ!」


「己を王として規定することで扉を開けた。覚醒段階のファーストステージに昇った――が、それが君の限界を定めている。それでは僕と同じⅢどころか、セカンドに上がることすら叶わない」

「必要ならば昇ってやるわ。そのⅢとやらにでも!」


「いいや、無理だ。王とは、人の中の上位者なんだよ。人の中に居る限り、人を超えられない。絶対孤独の皇帝こそが、魔法少女の至る先なのだから」

「一人で立つことに何の意味があると言うのかしら!? 一人きりになりたいのなら、部屋の隅で膝を抱えていればいい! 我が栄光のため、消えるがいい――【スカーレッド・スピアー】!」


 少量の血による攻撃を目隠しに、ほとんどの血を空に上げていた。

 先端を限りなく鋭く、そして筋肉に骨も臓腑も混じったそれは重さとて申し分ない。それを極限まで圧縮した絶殺の一撃を振り下ろそうとする。


「そう、君には分からない。だからこそ、覚醒の段階を上げられないんだよ――君はあくまで”人”なのだから」

「みくびるなよ、クリック・クラック! この程度で終わりかなどとはほざかせん! 世界の支配者を相手にするのだ、無策では挑まん! やれ!」


 どん、とアイアンメイデンが置かれる。中からくぐもった呻き声がして、その拷問器具の中からわずかな血が流れ出る。

 ブラッディ・レインの操り人形が顔の部分を開放する。囚われた魔法少女の顔が晒された。


「魔法少女『ヘカテー』よ、その邪眼を開放しろ。思い出すがいい――己が両親を村人ごと骸に変えたその忌まわしき光景を! 〈月堕ちる夜、惨劇が幕を開け狂乱の血は胎動する〉ッ!」


 彼女は世紀末まで生き残ったマフィアの王。ならば、人を励ます言葉は知らずとも”壊す”方法ならいくらでも知っている。

 キーワードにより精神を崩壊させて暴走させるやり方に精通している。人を傷つけて、壊して。そればかりをやって来たのがブラッディ・レイン、いやカルタン・ロッソだ。


「キャアアアッ! いや、いやあ……パパが、ママが、ポチも……死んでいく。ピエールも、ガブも、クレールもエリーズも……!」


 子供の魔法少女がアイアンメイデンの中で磔になって血の涙を流している。それだけでも悲惨だが、中の彼女は己の身体にも気付かないほどにやつれ果てている。自らの罪の苦悩、暴走した魔法が村を滅ぼしたことを自分こそが一番責め立てる。

 そして、悪魔の暗示が彼女を壊す。魔法を際限なく溢れさせる。災厄を、再演させる。


「うああ……アアアアッ!」

「さあ、この魔法までは防ぎきれまい!」


 上から血の槍が超加速で降ってくる。さらに生き残っている男どもごと邪眼で抹殺しようとする。残った男たちはべきべきと石化し砕けて中身の血と臓物がこぼれて行く。それすらも血の針となってクラックを襲う。


「ええと……これで?」

「あっ!」


 ギロティーヌが攻撃を繰り返していた。やめれば折檻を受けると知っているために必死だった。

 その手ごたえが変わる。やったか、とそう思った瞬間に鋏が折れる。


「ごほっ!」


 その瞬間、大量の血を吐いて倒れる。

 服の中に隠したアーティファクトに亀裂が入る。それだけの魔力を籠めた魔法の道具を壊されるのは、そういうこと。身体が真っ二つに裂けたのと変わらない。


「は……! 一匹倒した程度で血の槍は止められん!」

「あれま。やっちゃったし、まあいいかな」


 反応すら許さず、血の槍がクラックを貫いた。それに、邪眼は今も襲い続けている。邪眼はもはや本人にも解除できない。


「ぐぐぐ……!」


 だが、険しい顔をしているのはブラッディ・レインの方だった。


「ふむ。そちらとは違って膝を付きもしないんだ。けっこうな魔力を籠めていたようだけどね」


 貫いたはずの血の槍はクラックの身体の表面で止まっている。いや、触れた場所から灰になっていた。壊れたのは槍の方だ。

 クラックが目を向けると同時に、崩壊は本体にまで伝播し槍は灰となって降り注いだ。


「アアアアア!」


 邪眼の魔法少女は未だ呻きながら、暴れながら魔法の発動が続いている。暴れるものだから、アイアンメイデン内部の棘が彼女の肉を削いで真っ赤な血があふれ出す。


「その子も、いい加減にかわいそうだよ」


 クラックがパチリと指を鳴らすとアイアンメイデンだけが灰となり、彼女は地に投げ出された。

 彼女は、解放されてもまだすすり泣いている。邪眼も解除されていない。


「クリック・クラック。まさか、これほどとは……!」

「その子は、まあトラウマを抉って好きに操っているだけだろうけど。さすがにドーピングの子は、ないんじゃないかな。強いクスリを使ったでしょう? 未覚醒では魔法少女も人と同じように廃人になるからね」


 未だ謎のアーチのポーズを続ける魔法少女を指差す。よく分からない方向を向いて、時折ビクリビクリと震えている。


「こうしなければ使えない程度の、力の弱い魔法少女よ。……貴様ほどの力があれば」

「魔法に弱い強いはないよ。ただ覚醒段階の違いがあるだけ。魔法に限界はない、ただ自分で上限を決めているだけ」


「私の限界が、貴様以下など認めるものか! 【ブラッディ・シャウト】!」

「いいや、人の中で生きる君では世界変革は成しえない。新たな時代には、人の生きる隙間など残らないのだから」


 血を薄膜状に圧縮、逃げ場のない壁を弾丸以上の速度で撃ち放つシロモノだが、クラックに当たった瞬間に灰化する。

 すべての攻撃が意味はない。圧倒的な実力差の前に、何も効果を奏さない。


「……まあ、その子はもうダメだね」


 クラックがため息を吐く。その瞬間に、ドーピングの魔法少女の容態が悪化する。廃人となって精神が砕け散っても、肉体の神経は残っている。そして薬物により狂わされた神経は、時折耐えがたいほどの苦痛をもたらす。


「あ。……アアア。アグウウウウワアアア! ク、クスリ、クスリ、クスリクスリクスリクスリクスリクスリ……」


 救いを求めて手を伸ばすが、薬物があっても精々が痛みを和らげる程度。その強烈な薬物の作用は、死の苦痛を和らげる快楽の前借りに過ぎない。すでに使い切って残ってなどいないのだ、残るのは苦しみのみ。


「さすがにこれは、僕にもどうしようもない。おやすみ、せめて何もない闇の中へ消えるがいい」


 瞬間移動したクラックが彼女のことを抱きしめる。その瞬間に苦痛もなく灰化した。


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