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プロローグ(後)



「――ぜえっ! はあっ……!」


 そして、『サーズデイ』は逃げていた。こちらも歴史破壊の恩恵は受けられない。崩壊しそうな己のアーティファクトを氷結させて、死の瞬間を無限に先送りにしてかろうじて生きていた。


 彼女は別に戦いを楽しいとも思わない。ただ、温もりが欲しいだけ――ゆえに逃げることにためらいもない。あれも彼女にとっては戦いなどではなく、自分が認識できたクリック・クラックに”それ”を求めただけ。


 そして……それは、クリック・クラックも同じことだった。だから、”話せた”。会話になったのはそのためだ――ただ、サーズデイは温もりを得ることが全てで、クリック・クラックはそんなものは世界にないと切り捨てた。

 サーズデイは『渇望』が心を占めたから略奪のアーティファクトに選ばれ、クリック・クラックは『断絶』が心を占めたからこそ破壊のアーティファクトに人格を奪われた。二人は裏表とも言える。


「――見苦しいな。ガキの苦し紛れなど、見るに堪えん。稚拙、かつ尚早……なんだ、それは。人の知恵を馬鹿にするにもほどがある」


 そして、全てを苛烈な意思で焼き尽くす”正義”の魔法少女が現れる。その灼熱の意志が通った跡には何も残らない――なぜなら、正義とは怒りであれば。全てを殺し尽くすまで止まらない正義、悪は特別ではなく誰も持っているがゆえ虐殺以外の選択肢はありえない。


「……お前! お前、は――」


 そして、その”正義の味方”もサーズデイは認識する。あまりにも逆ベクトル、共感など欠片も湧かないほどに離れているがゆえ――こいつだけは生かしてはおけないと直感した。


「構えろ、ガキ。その程度くらいはして見せろよ、誇りというものの欠片だけでも持っているのであれば、な」


 彼女は両手に光の剣を作り出した。それは何ものをも許さない――諦めも怠惰も認めず、ただ前進するだけの光の意思。彼女こそ魔法少女『トーチライト』。……苦痛の灯り(トーチライト)。かつてティアマトと共に世界を救った魔法少女である。


「悪を殺す、ただそれだけ――傷つけるだけの破綻者が!」

「それでも、ただ求めるだけの木偶よりはマシだろうさ」


 光剣を向ける。それは破滅の光、放射能の輝きだ。身体の内側から焼き尽くして、悪化させて殺す正義の鉄槌、その烙印。抹殺の光が速さで貫き――


「お前みたいな、奴が――お前なんて、自分ですら嫌いなだけでしょう!?」


 サーズデイが殴った。トーチライトに油断など一切あり得ない、なぜならばそれは警戒を怠ると言う怠惰()だ、彼女はアリ一匹にすら油断することはない。

 だから、これは消失と出現が同時進行するいわば”魔法”の攻撃だった。トーチライトの腹をべきべきと氷結が進行していき――


「私は人類を愛している。もっとも、私自身は別に大した人物と言うわけでもない、力を持ったガキさ。確かに己がこの様を愛しているとも言えないがね。つまり、嫌いなのは不甲斐ない自分だよ。貴様の様な奴をのさばらせる私に反吐が出る」


 ダメになった部分は切り捨てる。 

 そして、光剣を向け――やはり同じことだ。光を放った先に居るはずのサーズデイは消え失せ、次の瞬間には攻撃されている。

 先のクリック・クラックとの戦いはじゃれ合いに似た全力のぶつけ合いだった。覚醒段階Ⅲという異常さを十全に発揮しても、そこには殺意に欠けていた。


 ……そして、今の”これ”はただ相手を殺そうとしているだけだった。殺し合いですらない、相手の存在を認めないエゴの押し付け合いだ。


「――ッまだだ! 馬鹿の一つ覚えで全てをまかり通そうと、どこまで世の中を馬鹿にすれば気が済むのだ!?」


 喝破した。胴体はほぼ繋がっているだけ、右腕は取れてどこかに行ってしまってもなお――まったくもって揺らぎはない。失血による身体の揺らぎ、欠損によるふらつきも、全てを鉄の意志で無視して戦う。ただ進む、それが光の意思ならば。


「うるさいよ、死ね」


 そしてサーズデイは前兆どころか、過程すら吹き飛ばして攻撃を叩き込む。

 彼女の攻撃には過程がない。攻撃を叩き込む瞬間以外のそれ以前が、世界のどこにも存在してなければ防げるはずがない――というのに、トーチライトはまだ生きている。


「――まだ。まだ、まだだ……ッ!」


 さらには光がサーズデイに当たり始めている。”かわせないなら被害を最小限にして反撃を通す”、言葉にすればそれだけだが、それを実現させてしまうのはもはや意味が分からない暴挙だ。ゲームでもあるまいし、骨を切らせて肉を断つ、断たれた骨は気合いで耐える、などと――夢物語どころかおとぎ話ですらない傷ましいナニカだ。


 武術? トーチライトはいくつもの”それ”を修めているのだろうが――そんな次元ではない。

 そもそも己の身体を”削られて”、なお戦おうなどと言う流派は存在しない。確かに彼女は自分が嫌いなのだろう、自分の身体をどれほど傷付けようがそれがどうしたと言わんばかりに目の前を睨みつけている。


「……なに? この、化け物は――」


 しかし、サーズデイはやめる訳にはいかない。殺すには攻撃を続けるしかないのだ、これ以外を思い付くほど頭がいいわけでもない。


「時を凍結させたな? 貴様は停まった時間の中を動いている――私を停めるのではなく、自身を停止させるのであれば覚醒段階Ⅲの耐性など意味がない。だがな、止まった時間の中では私を攻撃することもかなわん。つまり、その瞬間だけは反撃のチャンスと言うことだ」


 滅茶苦茶なことを言い出した。攻撃する瞬間は隙だらけ、など言われるがサーズデイのそれは攻撃する瞬間だけがある。かわしながら、ではなく耐えると攻撃するを同時にやっている。


「……化け物め」


 今度こそ、うんざりと言った声だった。


「そう呼ばれるのは慣れている。だが、解せんな――こんなものはただ学習と実践の反復、誰もがやっていることに過ぎないだろうが」


 もっとも、それは大間違いだが。人は彼女が思うほど清廉でもなければ勤勉でもない。

 それを時間を停めて殴りかかってくる相手に実践するなど、ヒトであれば考えつきもしない。しかも、”それ”は即死効果付きだ……トーチライトが生きているのは魔法少女としての耐久力と、そして浸食された部分を即座に切り落としているから。


「――でも! 化け物なんかとまともに付き合う必要なんてないもの! 人里に出た害獣と、まともに殴り合う人間なんていない――囲んで、無力化してから殺せばいいだけなのよ!」


 そして、今度は消えた。煙のごとく、完全に姿を消してしまった。しかし、刻一刻と周囲の気温だけが低下していく。


「……は、”かくれんぼ”か。やることなすこと、一々がガキ臭いな。貴様は」


 その略奪を付加された特異な冷気の中、トーチライトが一歩を踏み出した。


「――」


 そして、それに答える声はない。そもそもサーズデイは彼女を同じ種類の生き物など思っていない。互いに互いを駆除すべき宇宙人か何かだと思っているのだ。ナニカの間違いで同じ言語を操っているが、存在そのものが魂からして合わないから今更激昂も何もない。


「――馬鹿が」


 吐き捨てた。


「……っか。は――」


 破滅の光がサーズデイを貫いた。


「ご丁寧に冷気の薄い場所と濃い場所を作ったな? 罠のつもりだったのだろうが、そんなことをすれば自らの位置を教えているようなものだぞ。待ち伏せなど危険な真似をするわけがない、逆方向に居ても裏をかかれるかもしれないからな――つまり、真横だ。そして、地形を見たら左右のどちらが安全かは簡単にわかる」


 つまりは裏の裏の裏まで読んだ。そこまで読まれたらどうしようもない。基本、やって”裏”までだ。それ以上は複雑すぎて、裏の裏は読もうがそんなものは妄想に過ぎない。それを当ててしまうのだから、トーチライトも同じく化け物だ。


「っく。う――」


 冷気が溶けた。


「……なにを?」

「――」


 もはやサーズデイは彼女に完全に興味を失っていた。”考えたくもない”、それだけが全て。そして、違うことを考える。


「……クリック・クラック」


 なんというか、”初めて遊んでもらった”ような。親にすら興味を持ってもらったことのない彼女が、人に向き合ってもらった初めての経験。そう、彼女だけは曲りなりにも欲しがったものを与えようとしてくれた。

 

 温もりも感じなくて、ただ形をなぞっただけの真似事だけど――ちゃんと”抱きしめてくれた”。だから、忘れてほしくない。

 自分が死ぬのはどうでもいい、生に執着できるほどこの世に愛着を持ってはいない。だから、最後のありったけを。


「あげる、から。忘れないで――」


 それだけ言って、力尽きた。ノイズが走る。世界が魔法少女を拒絶する。そして、世界から完全に消え去ってしまった。

 覚醒した魔法少女の死体は残らない。



 ――そして、ずっと泣いていたティアマトと、クラックは特別な場所に収監されていた。あのあと、特殊部隊が現場を封鎖、『巫女』達が回収した。もちろん、魔法的な力でもなく黒塗りの車で。


「やれやれ、あまり泣かれては落ち着いて寝ることもできないよ」


 丁度、クラックが時間を巻き戻してから6時間後に眼を開けた。


「……ッ! 良かった……!」


 ティアマトが抱きしめる。縋りつくように――手加減を忘れてしまったその握力は地球上の物質では耐えることすらできないものだったが、それ以上にクラックの身体が”冷えていた”。


 互いに互いを即死させるような、むしろ攻撃と言っていいような抱擁をかわしながらも、二人はなんだか住み慣れた家の寝床に居るような安心感を感じていた。もっとも、この二人にはそんなものを感じた経験などないから自覚しないが。


「……暖かい」

「えへ。そう……じゃあ、たくさん抱きしめてあげるね」


 ふふ、と笑い合う。ここだけ切り取れば、仲の良い幼女が二人抱き合っているだけの平和な光景だが――”そこ”は生き物未満の影が蠢き、極寒のコキュートスが現出する地獄だった。


「……ねえ、僕といっしょに居てくれる? ずっと」


 不安そうに、クラックが切り出す。そんなことは初めてだった。”友達になろう”なんて、お願いするのは。


「うん、ずっと一緒だよ。ね、くーちゃん」


 一瞬、きょとんとして……それが自分のことを指すと分かってにっこりと笑って。


「……一緒だからね、ティーちゃん」


 そうして、二人は抱きしめ合う。心の中の虚無を癒すように。けれど、虚無は虚無でしかない――いくら”それ”に何かを容れようと、無限に吸い込み続けるのが虚無なのだ。




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