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第32話 オペレーション『ノッキング・オン』


 アリスは、無惨に引き裂かれた死体だった残骸を見た。

 わずかな罪悪感が胸を苛む。けれど、心はすでに痛くて痛くて死にそうになって、けれど自殺などしてしまえば大切な人が悲しむから死ねなくて。心はぐちゃぐちゃになってどうしようもなくなって、ただ殺してしまった男の血とわずかに残った肉片を片付ける。


「やっと、隙ができた」


 その肉片から這い出す影がある。影纏うように現れた少女……床に手をかけて起き上がった彼女は抱き合うようにもう一人を抱えていた。

 これこそが真の作戦。兵隊どもはただの餌で、食らいついた敵を仕留めることが狙いだった。


「……え?」


 アリスは反応できない。元々、生きたいだなどと思っていないから勘が働いていない。さらに、戦闘経験すらもほとんどない。

 現時点で最強に値する魔法少女のはずなのに、まったくその力を活かせていない。ただひたすらに強大な”だけ”の魔法では蠢く悪意に対抗することなどできやしない。


「我がアーティファクト『ワイズクラック』は空間の歪みを操作する。私たちはずっとそいつの影の中に潜んで機会を伺っていたのよ」

「そして、今がその瞬間だ。攻撃から防御への意識の切り替えが遅い――素人だな。そのノロさでは何もできん」


 二人の少女はひそやかに笑い合う。アリスと違って自信に満ち溢れたその姿。魔法少女服の傾向としてはティアマトに近いが、こちらはアイドルのようにきらびやかだ。

 均整の取れた派手さ、ひたすらに”ごてごて”したクラックの服とも違う。彼女が取り出すのは深紅の槍。聖人の血に染まったその槍は。


「これこそ『ロンギヌス』。かつて聖人を処刑した神殺しの槍……聖遺物の力は魔法に比べれば微少なれど、”これ”は違う。一人の意志は矮小なれど、忘れてはならない”山は砂粒でできている”ということを」

「なにせ、これは世界三大宗教の一つ……かのキリストが遺されし聖遺物なのだから。蒐集される想念の桁が違う。本来あり得ないことだが、こいつにはバラバラになった欠片の一つ一つに神殺しの力が宿った。それが完全と姿を取り戻せば、もはやその存在領域は魔法にすら迫る」


「世界で唯一の絶対兵器――仏教にもイスラム教にもここまで”分かりやすい”絶殺能力などない」

「そして、その分かりやすさこそが力を与える。人間、けっこう単純なものなのよね」


 二人でその槍を掲げる。力持つ由縁、カラクリ。それは世界で唯一無二の強力な聖遺物だ。なぜなら、神話とはファンタジーだから。

 北欧神話の神オーディンの持つグングニルなど世界のどこに存在した? そんなものは空想の存在で、どこにもない。けれど、ロンギヌスだけは別……実際に聖人を刺し殺した槍は歴史で実在だ。


「理解したか? それでは、死ね」


 殺到するナイトメアたちは足止めされている。空間のゆがみを利用して距離を操れば――どんな攻撃も意味をなくす。

 空を超えて月にまで届くような魔法を、幼いアリスはまだ使えない。いや、月を砕くのならできるだろう。しかし、相手の魔法に対応することができなかった。


 彼女たちは一つの言葉を残す。


「「エイメン」」


 どう聞いても日本語の発音だった。出身は日本なのだから仕方ない――魔法少女になったため政府に回収されて外国政府に売られた者の、もしかしたら一番良いカタチの末路だった。

 戦闘訓練は受けたが、そもそも洗脳に関しては言語の壁でそれほど効いていないし拷問のような人体実験も受けていないのだから。


「……なに、それ」


 そして、幼いアリスは説明の3割も理解できていない。それでも、”それ”が恐ろしいものだと言うことは分かる。同時に、受け入れたくなる甘美な誘惑を感じる。

 跡形もなく消え去ってしまいたい、と心の底でずっと思っている。生きていたくなんてない、とずっと思っている。


「我がアーティファクト『グングニル』は必中の魔法! 距離も空間も関係なく心臓を射貫くぞ!」


 少女がその槍を投げた。


「――」


 それは視覚情報ではまっすぐ飛んでいるように見えて、しかしその道筋は空間がねじれている。空間のゆがみを解除した瞬間に八つ裂きにされるのだから、彼女たちに他に選択肢はない。だが障害など魔法『グングニル』には関係ない。狙えば最後、異空間に隠れようと必中する。


「――あ、れ……?」


 アリスのつつましやかな胸にその槍が突き刺さった。


「ティアちゃん、クーちゃん……ごめんね」


 ぽつりと呟いて、目を閉じて。次の瞬間、空間に穴が開いた。漆黒が覗く。空間そのものの破壊、これは。


「やってくれたな」

「あなたたち、よくもあーちゃんを……ッ!」


 現れたのはティアマトとクラック。彼女の命が消えかけたのを感知して、即座に転移してきた。普段は見せない憤怒の表情、それを見せるにはクラックには他人に興味がないしティアマトの方は物事をよくわかっていない。


「――は。来たな、最強の『救世主』。任務は終わったが……」

「我々の力、魔法少女の最終存在にどこまで通じるか試させてもらいましょう」


 二人は武器を構えて、前を向く。獣のような笑みをむき出しにして、救世主へと挑む。


「名乗ろう! 私は魔法少女『ダブリシティ』、そしてアーティファクト『グングニル』!」

「私は魔法少女『ワイズクラック』、アーティファクト『スペース』。いざ、尋常に――勝負!」


 まずは牽制――取り出した日本刀を投げつける。これも曰く付きのもの、ただし曰くがついているだけでは弱いから魔法で強化した。ただの魔法少女ならば必殺、だがしかし相手が相手だ。


「……あは。確かに御利益のある本物、でもね僕はいま気が立っている。遊びに付き合う気などないんだ」


 クラックは切り捨てるように腕を払った。視界全てに罅が何重にも重なって、砕けて漆黒が溢れる。時空のゆがみも刀だけでなく何もかも破壊した。

 圧倒的な格の違い。勝負? 子供と大人の力の差があるのに、そんなものが成立するものか。あるとすれば、大人の方が手加減していた場合だけ。


「……っぐ!」


 呻いたワイズクラックは即座に空間転移を行う。歪みを突破された以上、そこに留まっていても的になるだけだ。けれど。

 今更ながらに、魔法の桁が違うことを自覚する。


「――っまだだ、来るぞ!」


 すでに空間は制圧されていた。ティアマトの魔法『セフィロト』によって魔物が撒かれていた。このティアマトの”家”内部から脱出しない限り、退避できる場所などない。

 ゆえにワイズクラックは気迫とともに叫ぶ。


「食い千切れ!」


 空間のゆがみ――先ほどのような空間操作は行う端からクラックに潰されるが、歪みを魔物の上に開いて引きちぎるのは可能だ。何十体も一度に殺して、一秒にそれを三回も。

 けれど、魔物の数が減る様子は微塵もない。あとからあとから後続がやってきて視界の全てを埋め尽くす。まるで津波をバケツで海に返そうとするような徒労。


「残りは私が!」


 そして、歪みから逃れて近づく敵をダブリシティが倒す。必中の魔法を持つためにクナイの無限生成能力も持ちあわせる。どう考えても忍者でしかないのはご愛敬。強力な武器はグングニルと刀で打ち止めだった。

 無数の植物モンスター、そして潜みながら即死攻撃を仕掛けてくる蟲共――どう見ても絶望的と言えるこの状況でよくやっている。


「――さすが。欧州の秘密兵器……『イスカリオテのユダ』と名を授けられた特殊部隊の誉れは伊達ではないか」


 クラックがパチリと指を鳴らす。破壊の波動、彼女たちを釘付けにするモンスターごと破壊するつもりだ。空間転移の魔法ごと消し飛ばす破壊は逃れられない。


「――ッその時を待っていた!」


 大技であるゆえに隙が生まれる。このままでは押しつぶされるだけだと分かっていた。だから、相手が焦れて大技を仕掛けてきたときに反抗を仕掛ける。

 防御を捨てての全力攻撃。死ぬ前に殺すことに全てをかける。ワイズクラックが空間をゆがませ攻撃のための道を開き、ダブリシティは道を駆け抜けロンギヌスを拾う。


「くらえええええ!」


 アリスの死体からそれを抜き取り、呆然としているクラックを貫いた。


「やった……! 倒し――」


 その後の言葉は続かなかった。クラックの破壊が全てを叩き潰した。死んだはずのクラックの攻撃が止まらなかった。それは。


「……殺せたと思ったかな? ま、個人の思想は自由だ。冥土の土産にそれくらいの勘違いは持って逝かせてやろう」


 空間がにじむようにしてクラックが現れる。”最初から偽物だった”というだけの話。あれはティアマトが作った人形だ。


「ああ、それと」


 クラックが槍に触れると、灰になって崩れ落ちた。そしてアリスの傷に手をかざすとその傷跡が消える。

 引き抜かなかったのは、仮にもそれは神殺しだったから。今の弱まり切ったクラックが触れば即死しかねなかったから、彼女に抜いてもらった。彼女たちは覚醒には至っていない、神殺しの対象たる神の領域にまで至っていないから逆に扱えた。


「応急処置だが、じきに目を覚ますだろう。――くひ。これが本当にロンギヌスであったのならアリスも、もちろん僕らだって殺せただろうねえ。いや、本当に惜しかったんだよ」


 ロンギヌスはそれだけの力を持っていた。完全だったらアリスだって塵どころか魂の一かけらすら残さず消滅していた。それは自殺願望を差し引いても変わらない絶対の真実。


「……けれど、それは完全だったらの話」


 クラックがケタケタと嗤う。飽きることなく、しかしその執拗な笑いの裏には安堵が隠れていた。助かった、それが隠している想い。


「世界が本当に一つになれていたなら、僕らを殺せた。世界を敵に回して、それが十全に力を発揮していたら、僕らなど物の数ではない。救世主とは言えど、人類そのものに勝てはしない」


「けれど、世界は団結なんて出来なかった。かつてロンギヌスは砕け、ことごとく欧州から散逸した――それを集めるのには文字通りに世界の力が必要だった。アメリカはもちろん、おそらくアフリカにも欠片は渡っていたはず。それをすべて集めたのだからね」


「だが、完全ではなかったね? そのガワだけ本物で、最も重要な核がなかった。真の聖遺物と言ってもいいそれを、ガメた奴が居たと言うことだよ。完全でなければ、その力は真に発揮されることなどないからな」


「いや、まあ――本当に危なかったんだよ。本気でアリスが殺されてしまったのかと思った。……いや、本当本当。マジで焦ったんだ。動悸が止まらないよ。あと無駄口も……死んだ君らにが聞けるわけもないってのにさあ」


 ふう、とため息をついて天を仰いだ。


「ティアはちゃんときいてたよ? えらいえらい」


 まったく内容を理解していない様子のティアマトが子供にするように頭をなでる。


「……褒められるようなことじゃない。アリスが助かったのはあくまで運が良かったってだけなんだから」

「それでも、心配してくれたでしょ? ティアはうれしいよ。あーちゃんも感謝してるよ」


「――むぅ」


 そっぽを向いた。けれど、撫でられる手を払いのけようとはしない。


「だが、本番はこれからだな」


 厳しい目を宙に向ける。だが、その頭はティアマトに撫でられるがままに任せている。指を鳴らして魔法を使うとアリスの胸が上下し始めた。再三だが、不完全なロンギヌスでは殺し切れずに蘇生が可能だった。


「うん? 本番って、なあに?」

「アリスを封じる第一作戦は成功――もっとも、暗殺作戦としては失敗だがね。しかし戦闘能力を奪われた以上は一定の成功はしていると言っていい。次の作戦があるはずだ。奴らにとってはアリスを倒し、この僕を弑し、君を掌中に納めることが目的なのだから」


「……へえ。うん、ティアにはむずかしいこと分からないけど、だれか来るんだね? 生きるためにたたかう、それはとてもすてきなことだよ。だから、よくきたねって言ってあげるの」

「くす。そうだね、盛大に歓迎しようか」


 パチリ、と指を鳴らす。風景が様変わりする。それだけのこの空間を滅茶苦茶に入れ替えてしまった。簡単に言えばダンジョンの作り変え、軍人8名×4チームの献身が完全に無駄になった。


「うん。よろこんでくれるかな?」


 ティアマトはあくまで無邪気に笑う。人の命を奪うことに何の痛痒も覚えていない子供特有の無邪気さ。”こんな”でも、セカンド・インパクトから人類を救った救世主にして、相応しいだけの力を持つ絶対者なのだから、世界は救えない。


 ニコニコと……あるいはニヤニヤと笑って、幼女二人が仲良く敵を待つ。誘い込み、全滅させるために。



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