第30話 ホラーハウス(上)
クラックもティアマトも居なくなった家に何台もの装甲車が到着する。
三人が住む家は学園の範囲内ではあるが、外縁部だ。ティアマトのわがままで建てられただけの家だから当然だが、それでもセキュリティが弱いというのも事実であった。
――無論、すぐに知れることになるだろうが……その行為は強行突破に他ならなかったため、対策は後手に回る。そして、その強行突破に対して生徒会長イエローシグナルは助けを寄越す気など毛頭なかった。政府の保有する戦力でティアマトとクラックをどうにかできるわけがないと見切っている。
それでも軍を派遣し強行突破を図る理由は――それこそ、人命を軽視しているからに他ならない。この軍人どもは捨て駒だ。
何かが少しでも分かればいい、わずかでも”疲れさせる”ことができたなら彼らの命の対価としては十二分だと”上”は判断したという話だった。
「――アルファ部隊、現着」
強力な魔法少女を前に、人類の持つ武力など問題にならない。それを分かっているかのように、その指揮官らしき男の声は緊張感を隠しきれていなかった。
全身を漆黒のマシンスーツで固めて住宅地どころか普通の戦闘地帯ですら不釣り合いな大口径機関銃をかまえた軍人が……マスクの裏で汗を抑えられない。
『了解した。作戦通りにアルファ部隊は前進、ティアマトの影響により変質した”家”――セフィロトの支配領域を調査せよ』
CP、コマンドポストからの声。ここまでの準備を固めているというのは、精鋭部隊に他ならない。高価な装備と、充実したバックアップ……そこまで金をかける価値が認められている彼らは確かに有能な人間なのだろう。
もっとも、”替えの利かない”とまでは認められていないからここに送られたのだが。
「アルファ2から5まで、俺に続け。6と7は銃を構えろ。……分かっているな? 何かあれば俺たちごと撃てよ」
すらすらと言葉が出てくる。やっていることは子供の家に不法侵入するという情けないことだが、そんな哀愁は男たちのどこにもない。あるのは死地に向かう緊張感のみ。
彼らは味方ごと撃つことすらためらわない。そんなものは実際にはフィクションの中の出来事であって、現実ではありえない。顔が見えない爆撃ならともかく、目の前の顔を知っている人間を撃つと言うのは精神が壊れるほどのストレスに他ならない。
にもかかわらず、彼らはその覚悟を決めていた。それほど危険だということを意識していたからだが、その認識でもまだ甘い。
「――」
すぐに配置につく。扉の解放方向に三名、逆側に二名。そして、それらを射程内に収めた後方の2名。そして、後方に控える何も言われなかった幽鬼のごとき男、こちらは装備が少しばかり”薄い”。攻撃能力よりも身軽さを優先した結果だ。
「3、2、1……」
緊張感が走る。常人ならそれだけで息が詰まり、窒息するほどの恐怖。”この先にどんな地獄が広がっているかわからない”という絶望を前に、強靭な精神力を持つ男たちは立ち向かう。
「――GO!」
取っ手をむしり、扉を蹴り破った。ごく一般的な扉が、マシンスーツによって着ぶくれた彼らにとっては迫っ苦しい窓にすら見える。侵入し、家の中……闇へと銃口を向ける。
「……ッ! 撃つな!」
引き金に指をかけたまま、胸の内に湧き上がる恐怖を抑え込む。
目の前には、とても現代日本だとは信じられない樹海が広がっていた。しかも、床は地面でなくただのフローリングなのがまた意味の分からない違和感となって正気を侵す。
「これは……生きているのか?」
「見渡す限りの木、見覚えがないな。完全に変異しているぞ」
「突入前のブリーフィングで確認した見取り図の面影がない……」
男たちは油断なく辺りを見渡す。潜んでいる肉食獣が居るとして、襲い掛かれば即座に発見されてハチの巣になることだろう。
「――全員、口を閉じろ」
リーダーがポケットから携帯食料を取り出した。もちろん、食べるためなどではない。取り出し、半分に割り……投げた。
「「……」」
全員が固唾をのむ。その様子を見ていたのは投げたリーダーともう一人だけだ。他は油断なく周囲を警戒している。誰かが見ているならそちらを見る必要はないとはいえ、この異常な空間において自分の仕事に集中するなど中々にできることではない。相当な錬度が要求される。
……カツン。コン。
遠くの木に当たり、跳ね返る音がした。おおよそ5m程度は離れた個所となる。それは――
「幻覚ではないな」
つまり、”家”そのものがどうにかなっている。先ほど当たった木は元々家の敷地内のはずの場所の”外”にあった。
つまり、壁を取り払って外見だけ取り繕ったなどという小手先ではない。
「……虫がたかっている様子もない」
それは異常だ。まあ、それを言うならフローリングの上に樹々が生えているのも相当に異常な光景だが……とにもかくにも虫は見当たらない。
「……アルファ3。木の皮を採取しろ」
次は円陣を組む。3と呼ばれた男を中心に、全方位を警戒する。そして、その男はナイフを取り出し、慎重にそれを木に当てる。
振動刃――科学の粋を結集した”超高速の振動により切れ味を上げた”ナイフは易々とその魔樹を削る。
「……ッ! 上だ、撃て!」
虚を突かれた。襲い掛かるならどこかに潜んでいるものと決めつけていた。だが、張り詰めていた精神は音を聞き分けてそれを見破った。攻撃してきたのは皮をはがされようとした”木”、枝が鞭のようにしなり襲い来る。
「「――ッ!」」
怒鳴り声が連続して、たったの3秒が過ぎるころにはその木は死んでいた。彼らの持つ機関銃はそれこそ戦闘機を相手にするために作られた兵器だ、そんなものの攻撃を受けては穴だらけとなって崩れ落ちるしかなかった。
「……こいつは、敵か!」
何をいまさら、ともなるだろうが――元々ティアマトの考え方を分かるような人間が国会にはいない。この不法侵入に対し、見逃すか反撃を加えるかすら未知数……であれば兵士たちもこの先の予想など付くはずがない。
「魔法少女『ティアマト』が我々を攻撃していると言うことか……?」
「ですが、彼女が我々を敵と定めたのなら、その瞬間に命が無くなっているはず。ただのトラップでは?」
わずかに装備が違う男が冷静な発言をする。立ち位置的に監視の役割を負っているのは見れば分かるが、どうやらサブのブレインの役割も果たすらしい。
他の男たちは油断なく周囲を見張っている。考えるのと動くのは両立しない、理想的な役割分担を実行していた。
「なるほど。では、発動条件は単純に距離か?」
そして、リーダーの男はどこまでも現実的だ。軍人の素質……けれど、それだけでは魔法少女には敵わない。ゆえに。
「いいえ。それよりも”危害を加える”とファクターが重要かと」
だから、このサブが要る。魔法少女を相手にするにはどこまでもシビアに現実的に、そして空想の羽を広げる発想力と言う相反した要素が必要になってくる。
「危害を加える? 植物に脳などないだろう。しかも、アルファ3のナイフが当たる前から反応があった」
「それが、ティアマトという常識外の魔法少女なのでしょう。そもそもアレの前に植物とか動物とか言う括り自体が無意味では?」
「……理解できんが、もっともらしい言葉なのだろうな。いいだろう、その線で……ッ!?」
視界が……”黄色い”。いつの間にそうなったのか全く分からなかった。話に集中しすぎて気付いていなかった? あまりにも突然すぎてその考えが頭をよぎるが、それなら部下から注意が飛んでこなくてはおかしい。
「……ッリーダー!」
誰かが叫んだ。
「全員、対BC装備を確認!」
怒鳴り返した。対BC装備は毒ガス・ウイルスに対抗する防護、実態を無視して言えば酸素マスクのようなもの。
それはこの家の扉を破る前から起動している。その状況を確認する。
「……き、機能停止――ッ!?」
マスクの中のディスプレイ、その中に赤く光る警告が見えた。対BC装備の沈黙、それはもう最新過ぎて彼らには中身がどうなっているのか分からないが……ともかく、危険ということだけは分かる。
「何事だ!?」
「おそらく、仲間の死に反応して”花粉”を飛ばしたと言うところか」
「花粉だと……この毒ガスが!?」
「ティアマトの能力で進化した。そういうことだと思うがね」
「糞が……! こちとら最初から隠密行動は投げ捨ててんだ。……全員、火力を前方に集中! 突破するぞ!」
銃撃音が連続、そして無遠慮に軍靴がフローリングを踏み鳴らす音が響く。




