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第28話 不可触領域



 クラックは呼び出された研究室の中で書類を片手に面倒そうな顔をしている。


「――不可触領域の巨大化、ねえ」


 政府所属の研究員からの依頼だった。元々の”学院”所属の研究員たちは政府と魔法少女、どちら側の存在なのか曖昧になってしまっている。

 それでも双方から必要とされているのは変わらないため政府が給料を払ってはいるが――どうなるのか先行きは不透明だった。まあ、給料などティアマトの一言でどうにでもなってしまう程度の問題ではあるけども。


「フォース・インパクトを機に拡大を続けるかの領域は、非常に微妙な問題となっています。国民や諸外国には変化なしと伝える以外に選択肢はありませんが――」


 国の危機、などと伝える男の顔に危機感はない。この男の頭はいい。おそらくはクラックより大学を卒業してから年数がたっているが、テストでもやれば点数は彼の方が上のはずだ。

 けれど、色濃いクマが彼から現実感と言うものを奪ってしまっていた。ストレスと過労……明日も知れないのは日本という国だが、彼だって1年後の健康は十分知れない。


「しかし誤差で済ませられる程度の増大じゃない。ま、僕は衛星の能力など知らないからそっからバレるかは分からないけど。しかし、そっちで即日バレがなくてもどうせ関係各所のどこかから二、三日中に漏れるだろうさ」


 だが、そんなクラックは疲れ果てた彼を前にしてもケタケタ笑う。馬鹿にしている。クラックは「それじゃダメだ」とNOを突き付けたところで、何も意味はないと分かっていてそれでも馬鹿にする。

 相手の悪いところを注意する”正義”とやらが生み出すのは、愚痴の一つが精々で――そんなもので改善するほど人間が単純でなくとも。世界など所詮はそんなものさと斜にかまえて。


「――あなたの魔法なら不可触領域を覆う未知のドーム状物体を破壊して中に入れるはずです。調査機器はトラックで運びますので、あなたは道を作ってください」


 簡単に言った。けれど、それは……


「おいおい、滅茶苦茶なことを言ってくれるじゃないか。なあ、もしあの結界の中に可燃性物質が蔓延していたらどうする気かな。トラックなんぞ使って引火したらどうするのかな? それに酸素がなかったら僕以外死ぬよ?」

 

 真剣そうに見える顔を作って、指をさす。これはただの意地悪で、からかっているだけだ。なぜなら、クラックは”それ”なんて当の昔に知っているのだから。


「――その事実は確認されておりませんね。あなたは不可触領域の中に何があるか理解しているとでも?」

「お前たちは”何もわからない”で諦めてるんだろ? ドリルに爆弾、何でも試してどうにでもならなかったからの不可触地帯。ただ黒い球体がそこにあって中に入れない……ただそれだけだものなあ? 中身がどうか知らないなら、爆発だって十分に可能性はあるだろうさ」


「――その危険性は低いと見ています。それよりも不可触地帯の増大などが諸外国に知れたら日本は開戦宣告を受けますよ? その危険度はあまりにも大きい。何一つ分かっていないからこそ、それこそ『日本』などに任せるわけにはいかないと各国は占領を仕掛けてきます」


 そう、日本に迫る破滅の足跡。「国際社会において日本なんて木っ端な国は信用されない」は言いすぎだとしても……不可触地帯という問題はあまりにも大きい。

 その重大事項においては他人を信用できないというのも人情だろう。そして、問題が大きいからこそ不法侵入に武力制圧まであり得る。


「んで? それは誰の受け売りかな? 僕はまあ、何が起ころうが知ったことでもないけどさ。例えば……その秘密を開くことでフィフスが発生しようとね」

「……そんなことはありえない!」


 怒鳴った。そう、そんなこと(フィフス)はありえない。なぜなら、この状況で「また日本で」なんてことがあれば本当に終わりだ。国の垣根を越えて――世界が日本を滅ぼすだろう。

 存在するすべての火力を使って根こそぎにする。それは世界の滅びに対抗する”正義”ゆえに止まらない。それは最悪の想像だった……だからこその”ありえない”。そんな都合の悪いことを認められる”大人”は存在しない。


「はいはい。じゃ、行ってくるよ。お知らせ、楽しみにしといてね?」


 クラックはやはりけらけら笑っている。すべてを知りつつからかって、イジメていただけだった。

 だって、クラックは”不可触領域の中には何もない”ことを知っている。あらゆることを試して駄目だったから監視だけしている阿呆どもを横目に、勝手に中に入って昼寝までしていた。

 さらに意地の悪いことには彼が怒る理由も察しがついているのだ。そう、社会人なら誰にだってある。「上司の言うことだから、そこは逆らえない」ということが。どんな危険性があろうと、彼に作戦を変更するだけの権限はどこにもない。ただの伝書鳩と同じ……とは言いすぎだが、外れてはいない。


「――ッ! 調査隊の集積地点は書類に書いてあります。さっさと行きなさい」


 吐き捨てた。


「……」


 やれやれと首を振って。もう瞬間移動のことはバレているのか交通機関では不可能な日時が書いてある。無言で指を鳴らし、消えた。




 クラックの仕事は簡単だ。破壊不可能の不可触領域を覆うドーム状の結界の一部を破壊して調査機器を積んだトラックと共に中に入ること。そして、調査隊の護衛も含まれている。

 もっとも、護衛に関しては文句を言って”できるだけ”ということにさせたが。


「――はぁ」


 ため息は風に紛れて消えた。目の前には、多くの人が忙しそうに動いている。出発の時間だと言うのに、準備が全く終わっていない。これはまだまだかかるな――と他人事で見ていた。

 話しかけに言ったりはしない。クラックに自覚はないが、人間のころからの人間不信だ。実を言うと人と話すと言うこと自体に苦痛を感じているが、いつものことだから慣れてしまっただけ。必要がなければ誰かと話すこともなくて、それは今この時も同じだった。


「「――」」


 ざわざわと、飽きることなく声が響く。たまに怒声も混じっている。クラックとしてはストレスを感じることこの上なかった。さっさと帰りたい、というのが偽らざる本音……ではあるけども、義務として付き合っていた。

 適当に時間を潰していると声をかけられた。出発するらしい。……が。


(おかしいな。まだ準備は終わっていない。先発隊という体だが――どうも、動きがそれっぽくない。始めから計画されていたわけでもなさそうかな)


 違和感を覚えた。そういうところにだけは鋭い。人間不信だから、いつでもどこでも他人を疑っている。それを強さと勘違いしているのだから手に負えない。


「――早く行きましょう」


 急かされて、クラックはトラックの上に乗る。


「……ほら」


 指を鳴らす。それだけで人類の英知の一切を受け付けなかった壁が砕けて落ちる。中は暗闇、光さえ通さない漆黒。


 ――突入する。


 人間たちは恐怖に身をすくめ、クラックはひたすらのんきにしていた。そして、侵入したらすぐに停止する。研究者たちが降りてきて計測を始める。クラックが意地悪で言っていた引火性のガスや毒ガスもやはり、あるわけがない。


「明かりは……ある。有毒物質もない。対BC装備は不要か……?」

「データに異常を示している数値はない。”切り離された”、ただそれだけということか……?」


 研究者たちは次々とデータを取っていくが、とてつもなく重そうでゴツゴツした装備を脱ごうとはしない。不安なのだ、人類の手から離れたこの不可触地帯が。


「――魔法少女クリック・クラック」


 一人の研究員に名前を呼ばれた。


「うん? なにかな」


 本人はあいかわらず興味なさげにトラックの上で女の子座りをしている。


「ここに魔物は?」

「さあ? いないんじゃないかな。僕には何も見えないよ。……この瓦礫の山以外はね。ああ、ついでに教えておくとここには何もないよ。ただの瓦礫だ。見るべきものと言ったらそれこそ白骨死体くらいじゃないかな」


 白骨死体が見られるのはおかしなことではない。森の中に死体を放置すればものの1か月で喰いつくされて白骨が残るのみになるからだ。けれど、”虫の一匹もいない不可触地帯”でたかが3年でそうなっているのはおかしいと気付く者は居なかった。


「そうか」


 初めからクラックのことなど信用していないのか、彼は調査に戻る。

 ここが安全かどうかを病的なまでに調べ尽くす。――その作業が中々終わりそうにないのを見て、クラックはまたため息をついた。

 そして、唐突にそれを感じた。


「……ひ!」


 そう、紛れもない恐怖を感じて身をすくませたのだ。クラックは猫のようにクラウチングスタートみたいな警戒の姿勢を取っている。

 他の研究者たちは気付いてすらいない。


「――きゃあ!」


 頭を抱え、うずくまる。……次の瞬間には、全てが砕け散っていた。クラックだけはトラックから飛び降り、自身の周囲に全力で結界を張って難を逃れた。


「なに? なに、これ――」


 現象で言うならば魔法少女『サーズデイ』と同じ。全てが絶対零度まで凍り付いたと言うそれだけ。クラックにかけられた呪いも時間をかければそこまで行く。行くのだが……結果は同じでも過程は違った。


「あら? ごめんなさいね。怖がらせちゃったかしら」


 こくりと首をかしげるのは魔法少女。外見年齢は中学生ほどの、蒼を基調とした魔法少女のドレスを纏った女の子が穏やかな笑みを浮かべている。

 友好的なその雰囲気は――ただ、クラックのことを虫けらと同じく脅威と感じていないだけ。


「……うぅ」


 クラックは思わず後ずさってしまう。”これは、駄目だ”。条理を無視するトーチライトどころではない……始めから階梯が違う。


「ああ、あなたはそっちを選んだのね。運命と戦うのではなく、慣れ合って」


 全く焦った様子がない。人の命と言うものに関心を払っていない。クラックのように、全てを自業自得と突き放すわけでもなく、ただただ背景の書割くらいにしか思っていない。あらゆる全てがかけ離れて、『違う』。違う、という言葉しか出てこない。


「……」


 クラックはうつむいてしまう。運命の相手――敵。

 クラックが有する全てを滅ぼす『死』の魔法に対する、ティアマトが有する命を与える『生命』の魔法。そしてトーチライトの『放射』に対するサーズデイの『吸収』。そしてそしてそして……


「分かったようね。私が何をしているのか」


 クラックは頷く。この女にも”それ”はある。『戦っている』――それは。


「始めから……『ファースト・インパクト』からずっと――」


 そう、彼女に対応する相手と戦い続けている。始まりの時から、そして全てが終わりを迎える時まで戦い続けるのだろう。


「ああ、あれを貴方たちはそう呼んでいるのね。私たちとしてはちょっとしたジャブみたいなものだったんだけど」

「それでも、世界は滅びかかった」


 世界を壊した一撃はただの余波だった。威嚇と威嚇がぶつかり合って、漏れた威力が地上を蹂躙した。”世界が変わってしまった”、その最初の瞬間の真実はそんな味気のない代物で。

 世界が変わっても、当人たちは「そんなつもりはなかったの。周りに気を向けるだけの余裕もなくて、ごめんなさいね」と――それだけだった。


「そうね。でも、それが何? 私はこの世界を変革する。――アイツを斃して、ね。諦めてしまったあなたは、精々それまでの時間をその彼女と無為に過ごせば良い」


 そして、彼女は被害が出たところで気にも留めない。どうせ、全て滅ぼすのだ。


「そうさせてもらいたいね」


 クラックはずっと及び腰だ。勝てやしない。そして、どうせこの戦いが終わるのははるか未来だ。それこそ、100年では済まない。時間すら破壊しつつ全てが終焉を迎える時……それは、もしかしたら百億年など遥かに超える宇宙の終焉と同じかもしれない。


「……さて、かわいらしいお嬢さんとの雑談も終わりね。――奴が来る」

「――ッ!」


 すさまじいまでの気配を感じて、クラックは一目散に逃げ出した。空間を破壊する転移は使わない。そんなことをすれば、ほころんだ空間がどうなるかわからない。


「ふふ……来なさい『メフィスト』。あなたの未来を過去が粉砕してあげる」

「ほざけよ『ファウスト』。未来は過去に蹂躙されるのみ。たどり着く先は荒野――『魔女の未来』のみと知るがいい」


 ――超常と異端が激突する。対峙する『始まりの魔法少女』二名にとっては空間どころか時間軸すらもあまりに儚く弱弱しい、ただの物理概念でしかなく……唯一の敵を前にしては気を払うことすらもない程度の代物。

 それは奇跡と呼ぶに足るものだった。余りにも強力すぎる力は世界に向けば一瞬で滅びるに足るものだったが、あまりにも強すぎて”突き抜けた”。3次元どころか27次元を突き抜けて、威力がどこかへ行ってしまった。


「……にゃあああああああああ!?」


 それでも、クラックにとってはキャラが壊れるくらいの脅威だったが。そして、唐突に全てが消え去った。時間軸を吹き飛ばしながら戦い続ける魔法少女は、とうにこの時間軸から姿を消していた。




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