第27話 お茶会
「――少し、お茶しに行かない?」
空間からじわりと歪むように現れたクラックが唐突に言い放った。
「ええ、いいでしょう」
言われた方の生徒会長……イエローシグナルは辟易した様子もなく席を立った。着ているのがフリフリの魔法少女服で、しかも年齢は中学生程度に見えるものだから周りの大人たちから浮いている。
しかもやっていることはpc作業、サラリーマンのようなもので内容もそう外れていない事務作業だ。作業を押し付けられる深いクマを浮かべた大人たちは恨みがましい目で見てくるが、二人に気にした様子はない。
仕事内容は生徒会らしく、学校の管理をしている。人数の把握、死人の確認、設備が使用できるか……そういったものを管理する手間は膨大なものにいたる。しかも災害直後とくればもういくら仕事しても終わらない。
「――」
そして、その仕事のほとんどをやらされている大人たちは文句も言えないのだ。
第一の理由は恐怖――ほんのつい先日、同僚が大量に死んだ。その光景は忘れていない。そして、それは生徒会長がその気になればいくらでも再発する、ティアマトでもクラックでもアリスでも頼めばやってもらえるとくれば。
彼らの身になってみればもうマフィアにでも強制労働させられている気分だった。
「……で、先日の会談はどうなった?」
「ああ、あれは終わりましたよ。交渉があったという事実が作ることが目的だったので、中身もどうでもいいような当たり障りもないものにしておきました。死人が出なかったのは、むしろあなたの手腕でしょう? クラック」
「君の交渉技術のたまものでもあるんじゃないかな?」
「私はただ虎の威を借りただけ。ただ……まあ、そうですね。人間と言うのはどうにも責任感というものに振り回されがちだ。こちらには犠牲を増やす気も減らす気もないと伝えてやったら、あちらさんはすぐに臆病風に吹かれたよ。人間の生き死にを自分で決めるのがよほど嫌だったらしい」
「ま、そうだねえ。殺意もなく、悪意もなく……踏み入れたらただ死ぬだけ。何の意味もない損失――しかも、このご時世ではある程度の教育を受けた人間は千金に値する。膨大な経済損失を考えなしに実行した愚か者と歴史家になじられるだけの度胸が奴らにはなかったのだな。ま、死ぬのも生きるのも僕ら魔法少女の側としてはどっちでも構いやしなかったがね」
クラックは諧謔に口の端をゆがめた。
「他人事ですね? 結界を張った張本人が」
「他人事だね? すべては君の指示通りなのに」
お互い向き合って……笑いだした。
「行こうか、イエローシグナル」
「行きましょう、クリック・クラック」
そして――次の瞬間、やはり揃ってため息を付いた。
「ま、知ってたけどね。だからあの子たちを呼ばずに無駄話してたし」
「巻き込まれる私はたまったものではありませんね。今からでも帰っていいですか?」
「やだよ、寂しいじゃないか」
「……チ」
「あれ? 舌打ち? 傷つくなあ」
そして、足音が一つ。
「茶番は終わりか? ならば死ね。世界の敵――貴様らが吸う空気など、地上のどこにもありはしない」
魔法少女『トーチライト』。クラックによって月の裏へと飛ばされた彼女が、たぎる放射光を発散させつつ殺意を携えてやってきた。
「ええと……まだ終わってないから待ってもらえない? そうさね……あとざっと3年くらい」
「――ふざけるな。戦え……生きたくば」
剣を抜く。
「冗談が通じない奴」
そんなことを言っているが、こと戦いに限ってはクラックに決して勝ち目はない。今の状態では何回やってもクラックが勝つ――けれど、それに何の意味もない。
”最後に勝つ”のがトーチライトであるのだから、九死に一生と覚醒を何度でも繰り返して勝つまで強くなる。いくらでも強くなる。ゲームで言えば敗北条件のないバグキャラだ。だから、勝ち目はないのだ……絶対に。
「剣を抜け。生きあがいて見せろ、人間ならば!」
「いや。僕、魔法少女……」
指を弾く。それだけでトーチライトの持っていた放射光の剣が爆散する。光が壊れて火が生まれる――完全に物理法則に反している。しかし、その爆炎を完全に回避するトーチライトもまた道理に反している。
「さあ、近づいたぞ!」
そして、回避しながらもトーチライトは前に出た。前へ、前へ――前以外は見えない光の破綻者。
「――くふ」
そして、それを止めたのは一冊の本。いや、本とすら呼べない片手に収まる小冊子。黒い冊子だ。そこに書かれているのは……
「パスポート、だと?」
ただのパスポートではない、”アメリカの”パスポートだった。日本国首相、織田信長に借りたスマホはアメリカ合衆国の大統領に電話をかけるためだった。電話番号は裏社会に通じたイエローシグナルから聞き出した。
――電話一本で快く国籍どころか地位まで貰えた。
もちろん、それは善意など欠片もない裏取引だ。そもそもが政府発行の偽造パスポート、そして偽造戸籍などなかったことにするのは容易いことである。そして、そんなことでクリック・クラックが敵対しないと言う保証を得られるのなら安いもの。もちろん、保証は保証であって絶対でないことは互いに分かっている上での取引だ。
「――そういうわけさ。御同輩、同じ自由を愛するアメリカ人として仲良くやろうじゃないか」
ケタケタと笑う。勝利の笑みだ。
「貴様……ッ!」
こうなってしまってはもう手は出せない。トーチライトは悪を皆殺すと誓ってはいるが、それは”彼女が気に喰わないものをすべて殺す”という意味ではない。善悪を自分で判断して顧みることがなければ、悪など好悪の範疇でしかないのだ。他に善悪の基準が要る。
だから、彼女は自らを縛めるために公共が判断する悪と言うものに従っている。そして、彼女は米国所属……であれば、本国の意志は無視できない。
というか定期連絡も欠かしていないから、「彼女に手を出すな」という本国の思惑が透けて見えるのだった。いざとなればそんな軛は引きちぎってしまうのだが、自分は決して感情で動かないと言う誇りのために自縄自縛となって動けない。
……クリック・クラックなどという”ガキ”を始末するのに公共の意思を無視するほどの必然性は、彼女には感じられなかった。
「では、僕は行かせてもらおうかな。君も、僕とお茶会など趣味ではなかろう?」
いじわるな笑みを浮かべてそのセリフを言うころには、トーチライトはさっさと姿を消していた。
「せっかちな奴。今度こそ本当にお茶会に行こう、イエローシグナル。ティーちゃんとアリスを迎えに行ってから、ね」
「……生きた心地がしなかったぞ」
唇を尖らせている。普段は大人でもあごで使うのだが……今回ばかりは緊張したらしい。ただの女の子のように地べたに座り込んでしまった。
「おや、なら――少し休憩でもしようか」
クラックは近くの石に腰かけた。
そして、4人で集まって街へ行く。その辺の喫茶店に入って、適当にだべる。はたから見れば、白木院というお姉さんを慕う年少の子たちにしか見えなかった。
ただ、少々と言うには過剰に服装がひらひらしていたところが非日常感を演出していたが。




