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プロローグ(中)



 魔法少女『サーズデイ』はむやみやたらに手を振り回す。それは子供の癇癪そのもので、その姿には威厳も何もかも感じられない。けれど。


「あはは。子供だねえ。なんとも、ほほえま――」


 彼女が投げた”何か”に当たったクラックは砕けてバラバラになった。上半身が砕けて原子にまで分解して、下半身は力を失って倒れ込んだ。


「ううー」


 泣いている。砕いてしまった彼女のことなど気にも留めていない。


「やれやれ。さすがに同格ではあるか」


 丁度、下半身からたどって頭がある位置から声が聞こえる。空間にヒビが走る。砕けて、元のままのクリック・クラックが姿を現す。


「むむー。ううー」


 ふくれっ面をしている。ものすごく気に喰わないと言う子供のような表情。


「だとしたら、どうする?」

「や!」


 ぶん、と手を振った。


「――か、は!」


 とてつもない衝撃が襲ってくる。冷気の塊をぶつけられた――ただそれだけのことだが、その一撃は”世界を滅ぼした”魔法少女の一撃。生易しいものであるはずがない。


「これは、なかなか――」


 原子まで砕く氷の一撃。一つのアクセサリー、『アーティファクト』だけが転がって――その空間が砕けてクリック・クラックが姿を現す。


「やあ!」


 また、手を振った。


「……」

 

 声すら出す暇もない。転がるアーティファクトがわずかに氷結して――


「――くは」


 現れた三度現れたクリック・クラックがざりざりと地面をこする。四つん這いになって、地面にしがみつくようにして1mほど地面を滑った。


「――ッ!?」


 腕を振って――何も起こらない。


「――地球を止めた」


 クラックは宣言する。


「止めるのは君の領分だろうが――回転するモノに手をひっかけて、その運動を止めることくらいは僕にもできるんだよ。こうなってしまえば、さっきの攻撃はできないだろう?」


 まるで意味不明な宣告……だが、確かにサーズデイがぶんぶんと手を振り回しても何も起こっていない。


「君の能力は停止だ。他人に力をぶつけるようなことはできない。だから、止まったのは僕の方だ。空間を止めれば、地球の自転運動が勝手に僕を氷結領域にぶつけてくれる――当たりだろ?」


「……ッ!」


 息を呑む。が、そりゃそうだろう――戦闘中にそこまでの推理を、というか、それはむしろ妄想にすら近い言いがかりだ。そんなものを当てるなど、論理的には不可能……まったく不明な攻撃の質を二度で見抜くなど、どんな頭の構造をしているのか。


「ま、よくやった方じゃないかな? なにせ、そんな戦闘には向かなさそうな力で僕に傷を負わせたんだからさ――」


 見れば、指先が氷結している。治っていない。アーティファクトの氷結が溶けていない、ゆえにクリック・クラックは十全ではない。


「では、そういうわけで幕引きと行こうか――ん?」

「いや。ヤ。ヤ。や……なの! 皆、好き勝手なことばかり言って――誰も、私のこと愛してもくれないのに!」


 やれやれ、何を当然なことを――などと呆れたような、まだそんな子供みたいなこと言っているのかと微笑ましいものを見るような左右対称な表情をして。


「では、ワールドエンドの本当の姿を見せてあげよう。暗闇に飲まれ、漆黒に消えるがいい――『幕引きの影(カーテン・コール)』」


 クリック・クラックの影が広がる。全てを飲み込んで、もろともに暗闇の底で噛み砕く。それもまた、世界の終わりのカタチの一つ。


「ううう……ッ!」


 そしてサーズデイは能力の放出で迎え撃つ。万物の氷結が”終点”にまで近づき、光すらも逃さない窮極の氷結現象が地上に出現する。

 重力崩壊――『ブラック・ホール』。物質の密度が増大し続けた果ての終点、人類では外側を観察することしかできない絶対の物理現象。それが通常とは”逆”のプロセスで現れる。


「ふふ――では、力比べと行こうじゃないか。『サーズデイ』」

「うるさい……ッ! お前なんか――『クリック・クラック』……ッ!」


 闇と闇――桎梏と漆黒、停滞と終焉が互いを喰らい合う。あらゆる全てが崩壊する世界の果て、”魔法少女の最終決戦”。それは、あらゆる未来の可能性が断絶した先にある、ありとあらゆる未来への可能性が断たれた無限の荒野……【魔女の未来】のようで。


「あは……ッ! さあ――こんなものかい、サーズデイ!? この程度ではワールドエンドを抑えることなどできないぞ!」


 食らい合って――互いにダメージが入っている。クリック・クラックの腕は凍結して砕けた。だが、サーズデイの方は影に腹の中をごっそり食われている。


「ふふ……っ! あはは……ッ!」


 そして、クリック・クラックは狂気の笑みを浮かべ続ける。自分の腕が砕けたのも含めて面白くてしょうがない――今の彼女からは”それ”しか感じられない。アーティファクト『ワールドエンド』が選んだ精神性は、共鳴する心の空洞であるのだから。


「うう――わあっ!」


 凍気が押し返した。そして、それを歓迎するかのように失った腕を上げて迎えて――


「だめっ!」


 かばうものが居た。ずっと戦いを横で見ていた魔法少女『ティアマト』。


「……は?」


 クラックはぽかんと首をかしげた。

 何が起きたか全く理解できない――そんな顔で、サーズデイが放った最後の一撃にもろともに飲み込まれた。下半身どころか胸のあたりまでを消失しながらも、ティアマトはクリック・クラックを離さない。


「――ッ!」


 そして、サーズデイもまたワールドエンドの闇に飲み込まれる。


「――なんで?」


 クリック・クラックが凍結した首をぎしぎしと傾ける。動いたせいで首から破片が零れ落ちる。抱きしめるような添い寝の形になっているが――もう起き上がることすらもできないのだ、二人とも。


「だいじょうぶ、だよ。しんぱい、しないで」


 笑いかけられた。疑問がうず高く積みあがっていく。

 ティアマトは最後の一撃をまともに受けて死にかけている。なのに、無理して笑いを浮かべて頭を撫でようとしている。それが頭をねじ切ろうとしているものでもないから、クラックは混乱してしまって――


 ――死にかけている、というのはクリック・クラックも同じだ。

 身体はどうにでもなるにしても、アーティファクトがほぼ凍結している……が、そんなものは無意味だ。ダメージすらも”壊して”復帰するのは造作もない。それでも、今はこの摩訶不思議な少女を見つめるだけだった。


「わたしが、ついてる、から――」


 頭をなでる――凍結した腕の内側を自ら壊しながら。


「……?」


 あまりにも訳が分からなくて――クリック・クラックはされるがままになっている。


「これも、治してあげるね」


 暖かいものが内側から溢れてくる。


「……これ?」

「ティアは魔法少女『ティアマト』。『セフィロト』は生命を生み出すアーティファクトだから」


 なぜか、胸がいっぱいになって泣きたくなる。

 実のところ、”これ”はむしろ毒だ。復活のためには排除して、ダメージの破壊をやり直すしかない。そう、こんなものはただ傷口にコンニャクでも詰め込んだようなものだ。本当の意味での回復でもなく、外見を取り繕っただけで、むしろ害になる。けれど――


「ティアマト……母?」


 連想ですらない――例えば『ハデス』が冥界を統治する神であるのと同様に、『ティアマトー』という女神は世界を生んだ母であると言うだけ、だが。


「そうだよ。わたしをママって呼んでいいよ」


 にっこり笑って、そんなことを言った。


「――」


 やはり、胡乱気に彼女を見て――もはや何かをする気にもなれなかった。


「……ぐす」


 出し抜けに彼女が終わった世界を見てため息をつく。興味がどんどん移り変わっていくのは、まるで子供そのままだ。


「――『ティアマト』は世界が終わって悲しい?」

「うん……ティアの……子供たちが……」


 子供が子供とかいうのも変な話だが……クリック・クラックはすでに理解していた。

 サーズデイが世界を終わらせる前に自分だった男はすでに死んでいた――そう、それは初めて(ファースト)ではなく――


「生命を分け与えた子供たち……か」


 始め(ファースト)が終わって、(セカンド)そして今回の三番目(サード)……セカンド・インパクトはすでに起こっていて、滅んだ人類を彼女が能力を使って生き返らせたのは既に歴史だ。


 とはいえ、今終わったサード・インパクト。これはもう太陽は活動停止して光ってすらいないわ、地球の自転運動は停止しているわで魔法少女『ティアマト』にはどうしようもない。生命を与えて無理に生き返らせたところで、凍結により砕けて再び死ぬだけだ。


「……ぐす」


 また、涙ぐんで。


「いいよ。何とかしてあげる」

「――え?」


 抱きしめられる腕の中から頭をなで返す。感じたことのない奇妙な気持ち。なぜか笑みがあふれてくる。胸にあふれる温かさをそれとは気づかないけれど。

 

「『ワールド・エンド』はあらゆるものを破壊する――人類史断絶の”歴史”すら」


 そんなことをすれば力を使い切ってしまう。できることはできるが、それは本来の使い方ではないのだ。これはただ”なかったこと”にして、それだけの能力。削り取るように使うのは本来の趣旨から少し外れている。


「だいじょうぶ、なの?」


 心配して見上げてくる。そんな、純粋に心配されたことなんてなくて。もしかしたら人生の中ではあったのかもしれないけれど、そんなものには気づかなくて。


 口の端が上がる。世界が書き変わる。


「……わあ!」


 ティアマトは感じる。世界が戻ってきた――自身が振りまいた”生命”の気配が世界に満ちている。歴史破壊の力により時間が巻き戻り、サーズデイが人類を滅ぼした前の時間へと。


「少し、疲れた……かな……」

「うん、ゆっくりお休み」


 いつの間にか二人は外見を完ぺきに取り繕っていた。『セフィロト』の生命を与える力で復活した。歴史が破壊されようが覚醒段階Ⅲは世界になど左右されない。よって、ダメージが回復することはない。そして、それはサーズデイも同じ……歴史の巻き戻りによる恩恵には無縁。


 そして、アニメでもお目にかかれないふわふわの服を着た二人は通行人にぎょっとされて二度見されながらも、ただそこにたたずんでいた。


 これは誰も知らないこと。覚醒段階Ⅲは世界に影響されない――だが、この時間軸のクリック・クラックは魔法少女になっていない男だ。ここにあるのは残骸とはいえ、それでも”同じもの”が同一時間軸に二つ存在する。

 世界は矛盾を許さない、けれどクリックをどうにかすることもできない――ゆえに彼の方を始末した。この時点で歴史が変わった。クリック・クラックになるはずの男は誰にも知られずひっそりと心臓麻痺でこの世を去った。




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