第22話 悪だくみ
例えるまでもなく災害現場としか言えない瓦礫と死体の海の中、クラックはカッと目を開く。ナイトメアが日本中を荒らしまわり、そしてトーチライトとの戦闘がこの場所を破壊し尽くした。
「――何分寝てた?」
荒廃した建物の中で死んでいると誤解されてしまうほどにボロ雑巾な少女が5名。幼い3名に限っては壊れた人形にしか見えず、血のりが生々しい。倒れた彼女たちを建物の中に運んできたのは音遠だ。
これは普通の災害ではなく、人災――ゆえにダメージが満遍なくということはありえず、無事な家屋もちらほらあれば完全に倒壊した上に引き裂かれている残骸も見える。
「26分34秒。お早いお目覚めだね」
その音遠も、顔色は死体同然だ。服はボロボロで、見る者がいればゾンビだと驚いて逃げることだろう。
そも、魔法で命を保っている3人と違って彼女だけは生身だ。そんな身体でクスリによるドーピングでの全力戦闘――それは命を投げ捨てての特攻に等しい。生きている方がおかしいのだ、この狂人は。
「ま、永眠していたい気分だがね。しかし、まあ……遅くなっては文句を言われるだろうから」
クラックは腹に空いた大穴をそのままに、動かない身体を無理やり動かす。
拳を握り、地面に叩きつける。ぽす、とも音がしないそれは弱弱しくアリすら殺せないような一撃……しかし、それは空間を破壊する。魔法――それこそがクラックの本質であり、死体以下の身体は器に過ぎないのだ。
「……ああ、なるほど。代わろうか?」
突飛な行動に納得する音遠。何をするのか察してしまった。適応力が半端ではない。
「別に」
クラックはちらりとも見ずに砕いた空間の中に手を入れる。――引っ張り上げる。
「――遅い」
引き上げられた彼女は一言告げるなり咳き込み出す。……その片腕を無くしたままに。魔法少女『トーチライト』の置き土産だった。
この三人の間では言うまでもないことだから話にも出さないが、”トーチライトが、引き上げられたイエローシグナルについてくる”ことはない。
宇宙空間へと放逐されたときのまま彼女の裾でも掴んでいれば便乗できたのは事実。けれどトーチライトは進み続ける立ち止まりなどしない英雄なのだ、追放されて即座に行動を開始した――勘で光のない暗闇を爆走する。救助に便乗するなどという発想はない。
「水を吐いてないあたり、深海ではないね。でも酸欠って……一体アレをどこに追放したのさ、クラック」
音遠はやれやれと言った顔だ。死にそうな顔なのにどこか余裕がある。
「――月の裏」
対して、クラックは本当に余裕もない。しゃべるのも辛いと言う声で答えた。
「……本当に、あなたは性格が悪いですね。まさか、月の裏とは――真っ暗で空気もないからどこだろうと思ったのですけど――音遠が言うように深海では駄目だったのですか?」
イエローシグナルはちらりとクラックに目を向ける。その実、この方は弱っている姿を見られたくないだろうから、目をそらしていた方が良いのかしら? けれど、目を背けてもそれはそれであからさまで気に入らないでしょうし――などと考えている。
「……」
座り込んだまま、首を振る。体力の限界と言うよりもよほど酷く、重病人がベッドから引きづり出されたようなありさまだった。
「ま、あの英雄様のことだ――深海に喧嘩を売られでもしたらたまらないってことだろうさ。もしかしなくても勝ちでもしたら、海が無くなるぜ?」
奇妙な表現だが、ありえないなどということがないのが魔法少女『トーチライト』の恐ろしさ。”最後に勝つ”主人公のごとき性質ゆえ、相手が強大なほどに際限なく強くなる。海を消滅させる、とは冗談でも何でもないのだから。
「まったく、どこまでも度し難い。しかし、あれで勝ったわけではないぞ? ただの先延ばしだから通用した一面もあったがな。どうにかする当てはあるのか」
「あるよ。時間があれば打てる手なんていくらでも。あらゆる苦難を踏破して、あらゆる強敵を打破する英雄様――そんなものに勝とうとするほど馬鹿馬鹿しいこともない。関わらなければいいのさ、あんなもの」
「……大分、お疲れの様ですね」
「当たり前、だろ」
「ま、世界を救ったんだから疲れの一つや二つもするだろうね」
確かに、死屍累々の有様だった。イエローシグナルも含め、余裕などどこを探しても見つからない。
「音遠こそ元気がいっぱいな様で。一体、どんな身体をしているのです? そっちの三人の肉体など単なる擬態に過ぎませんが、お前のそれは生身でしょう」
少し、皮肉も入っている。元気があるわけなどない、毛細血管が破裂して全身が蒼くなっている。
「はっは。鍛え方が違うのさ」
それでも音遠は笑って見せた。
「そりゃ、うらやましいことで。後は任せるよ、イエローシグナル」
「もちろん、僕も手伝うのさ」
「音遠はどうでもいいのですが、あなたには手伝ってもらいますよ。……クラック」
言い切った。月面に追放されたとき、彼女はどこかに向かって爆走などと言う無駄なことをやっていなかった。
その代わりに考えていた――これはゲームではないのだから一つのことが終わってハッピーエンドとはいかない。落としどころと言うものを見つける必要がある。
「君ならすでに方策を立てていると思ったよ。けれど、僕にはあまり期待はしないでほしいね――なにしろ死にかけだ」
「問題ありません。求めるのは名義貸しですよ。それ以上は畏れ多くて、とてもとても」
求めるられているのは名前だけ。名前を貸すだけで大げさな、という意見はあるかもしれないが魔法少女『クリック・クラック』の名前は安くない。
もっとも、金よりも死体を生み出す厄介な”価値”ではあるが。何しろクラックが生まれて数日も経っていないと言うのに、この名前で一つの国くらいの命は消えている。フォースはクラックの暗殺任務が失敗して災害と化したものであるのだから。
「君は相手がどうだので遠慮するような人間には見えないけどね。ま、僕の負担が軽くて済むなら歓迎だ」
「考慮は致しますよ? 救世主様――もしくは破壊神様とお呼びした方が? 何しろ、伝家の宝刀とは抜かないことに価値がある……まあ、貴方に動かれて死体が増えるのも目覚めが良くありません。それくらいならば私が動きましょう」
「くっく。きっと、君の懸念は大当たりなのだろうね。僕が優しいのはティーちゃんだけだから。さっさと本題に入らせてもらうけど、僕たちはあと1時間もすれば外見だけはとりつくろえる。――それでどうする?」
「良いタイミングです。では、そのあたりを刻限としましょう」
「では、いい加減に御開帳願えるかな? 君の考えを」
「――生徒会を発足します」
生徒会はどこの学校にもあるものだが――この学院にだけはなかった。いや、大学と考えれば無くて当たり前かもしれないが。
しかし、事情は異なる。生徒会役員と言うものがその実、内容が単に雑用だとしても……”指導者”としての冠を与えるわけにはいかなかった。魔法少女というものの扱いはデリケートだ。
個人として散り散りになっているのを、まとまって”群れ”とされたら政治家としてはたまらない。魔法少女を支配するためには、そんなことが実現されては困る。
「……へえ」
「なるほど。ま、妥当だ」
二人、頷く。もちろん生徒会だなんて看板はどうでもよくて、複数の魔法少女……それも飛び切りのビッグネームが集まることの意味は知っている。
歴史とかそう言うのを無視して例えるならば、スターリンとヒトラーとビル・ゲイツが組むようなものだ。周りからして見れば、嫌な予感しかしない。
「国が学園を武力封鎖する前に情報規制を敷く必要がある。国と言うものは動きが遅くならざるを得ない――その間にこちらも政府と話し合えるだけの土台を作っておく必要がある。特にそこの魔法少女『ナイトメア』はフォースの元凶……世界の安定のために生かしてはおけない」
クラックの殺意が突き刺さるのを無視する。
「けれど、私は一人の女の子を犠牲にしてまで世界を選ぶ気はない。そんなことをしなくても、私が何とかして見せるわ」
言い切った。これが魔法少女『イエローシグナル』。彼女はいつだって自分が正しいと思ったことをやるのみだ。いつか敵になるが、今は幼いアリスの味方。状況が変われば、年月が経てば、彼女は立場を変える。
「なるほど。後は頼んだ。僕はもう少し寝る」
ゆえに、本質的には誰の味方でもなく――性根の歪んだクラックも彼女を信用する。味方なんてものを信用するほどまっすぐな心根をしてないから、これくらいで丁度いい。状況の変化で裏切る位が”良い関係”だと思っている。
「ええ、おやすみなさいクラック。で、音遠――あなたは?」
「ははは。すまないね、実は腰が抜けてて」
逆に、音遠の方は他人がどうのと気にしない。自分らしく――ただそれだけのテロリスト。魔法を使えるだけの少女。魔法が少女のカタチをしている周りの人物とは種別が違う。
「ドーピングのし過ぎで腰でも溶けたのでは? まあ、外見を取り繕えるのは私だけみたいですし、一人でやりますか」
余談ではあるが、ドーピングで腰の骨が溶けるのは珍しい話ではない。人工関節を股に埋めて、というのはポピュラーだ。まあ、一回や二回の過剰投与で症状が出るならもっと直接的に命に係わるようなものとなるが。
腰を上げられもしない音遠を流し目でみやり、やれやれと手を上げた。イエローシグナルは誰に頼ることなく、一人で決めて一人でさっさと歩き出した。




