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第21話 虐殺の英雄



 二人は瘴気が消えていくのを見て地面にへたり込む。よってたかってナイトメアに集られたためにもはや黙っていれば死体と見分けがつかないほどにズタボロになっている。それでも、声は気楽なものだ。


「やれやれ、終わったようだ」

「結局、クスリ切れてなかった? 音遠」


「世の中、気合いと根性で意外と何とかなるものさ。……これは後で筋肉痛だね」

「それを筋肉痛で済ますとか、君って本当に落ちこぼれかい? どう考えても魔法少女特有の物理学を超越した回復能力だろうに」


「魔法はほとんど使えないさ。それに、治るスピードはともかく……昔はもっと無茶ができたんだけどね。ほら、死んでも男は二本の足で立つものだろ?」

「いや……知らんし。というか、君の故郷は魔界か何か?」


 そこに呆れたような声が挟まれる。


「私としては、お前もよくしゃべるものだと思うがな」


 彼女だけは立っている。いかに彼女とは言え、ナイトメアを相手にするのは容易くない。ボロボロで立つのもつらいだろうに毅然と立っている。


「……イエローシグナル。君だけボロボロじゃないよね」


 クリックが言う。だがまあ、比較の問題で彼女もはたから見れば死にかけである。


「別に必要があればためらわないわ。けれど、無駄に傷を負う必要はないわね。女の子だし。あと、白木院梨花って立派な名前があるわ。貴方とは違うから、名前で呼んでほしいわね」

「……そうそう、クラック。人間の名前を持たない君と違って、魔法少女名で呼ぶのは最大の親愛を込めるか――それとも敵かのどちらかだよ」

「へえ、そんな決まりがあったんだ。じゃあ、白木院――君は帰った方がいいんじゃないかな」


「おや、俺は?」

「付き合ってくれるだろ?」


「ま、仕方ないね。これは手柄をかっさらわれるみたいで気持ちが悪い。いや、勝利を台無しにされた気分かな」

「いいや、私も残るぞ。――会ったのならば、言ってやりたいことがある」


 三人そろって後ろを見やる。アリスとティアマトが天使のように舞い降りる。――だが、あの二人に戦闘を期待するなど無理だ。終幕、その後に現れるのは。


「――そこをどけ。『フォース・インパクト』を引き起こした元凶は始末する」


 虐殺の英雄。――その名を担う通り、全てが手遅れになった後にあらゆる事象を皆殺しにして、たった一人の荒野で正義を叫ぶ。


「来たか。魔法少女『トーチライト』」


 彼女が来る前にフォース・インパクトは止めなければならなかった。それは頭の弱いティアマトでさえ分かっていたことなのだから、トーチライトの危険さはよくわかるだろう。

 世界を救うために世界を壊す、全ては勝利のため――英雄は敗北しないのが運命なら、(地球)が壊れた程度で英雄譚は終わらない。


「来るとも。私は負けん、勝つのは私だ」


 前を毅然と見つめる。それは他の誰とも違う……人として正しくても、正しすぎて決定的に非人間的とまで言える有様にまで到達した鋼鉄の意思。それこそが、ティアマトともにセカンド・インパクトから世界を守った魔法少女の姿であるがゆえに。


「……ここは引きなさい。あなたみたいな英雄はこの世界には要らない。あなたは正しすぎる――ロールモデル(お手本)としたら、きっと人類は絶滅してしまう。あなたの正義に世界は耐えられない」


 そして、そんな彼女をイエローシグナルは認めない。共に正義を奉じる者同士――しかし決定的に噛み合わない。


「……否。だとしたら悪を認めろと? 怠惰など許されん、罪は贖わなければならない」


 同族嫌悪、もしくは方向性が同じだからこそわずかな違いが決定的な溝を生むのか。イエローシグナルは少なくとも、全力で走り続けなければ生きていけないような破綻者ではない。


「一秒、一瞬たりとも手を抜かず本気で生きる……あなた、本気でそんなことができると思っているの?」

「当然。……人の一生は短い、無駄にできる時間などない」


「それを本気で言っているから――」


 す、と目を細める。


「――ッ!」


 爆圧。走り抜けた衝撃の後に炎が駆け抜ける。それはサイコメトリーによる火災現象の再現だった。完全に前兆のない爆弾攻撃は回避も防御も不可能な必殺の顎である。


「お前も駄目だ。貴様に新たな世界を築く資格はない」


 イエローシグナルの宣告。


「その通り。こんな私では新たな世界を築くなど夢のまた夢。……だが、粗末な寄せ木細工のために世界を犠牲にすることもまた許さない」


 だが、トーチライトは自身を中心に燃え上がる爆炎を睨みつけている。この程度でくたばる救世主ではない。

 ゆらりと一歩を踏み出した。前兆ではなく視線を読み取り対応する。高速で光の刃を振るって爆炎を吹き飛ばす。衝撃そのものは防げないが、それは気合いで我慢した。


「……正義の味方、ね」

「ゆえに貴様も斬る。魔法を理解し始めたようだな……その分では世界を噛み砕く術も知ったか」


「ええ。お手本を見て分かりかけてきた」


 先と同じ爆撃。だが――


「通用しなかった攻撃を繰り返すとは、愚か!」


 それでは通用しない。


「残念だが、英雄様と違ってこっちは手を組めるんでね」


 クラックがパチリと指を鳴らす。


「……ちっ!」


 踏み出しかけた足。逆の足で無理やり地を蹴り、後方に飛んだ。空間破壊を応用した真空の刃……光の刃では相殺できない。


「それで、止められるとも!?」


 トーチライトは突貫する。その瞬間に音遠が蹴り飛ばした石は突っ込んで頭で受けた。ダメージ覚悟で前に出る。が、次の瞬間クラックがぶっ放した衝撃によって後方へと叩きつけられる。


「面倒な奴……!」


 イエロークラックは土地の記憶再現を武器にする以上、レパートリーは多くない。だが、それを使い尽くしてでもトーチライトは止めるのだと気炎を吐く。


「まったく、忌々しい」

  

 クラックは穴だらけで、立てるほど両足の筋肉が残っていない。けれど、寝てもいられないのだと気怠げに侮蔑の視線を乗せる。


「しかし、ここで諦めて逃げるわけにはいかないのさ」


 音遠はと言うと、体調は最悪で顔色は死人同然だった。なのに、彼女こそが一番生気に溢れてトーリライトのことを否定する。

 麻薬は切れドーピングの反動で歩けもしない……立っていること自体が人としておかしい。内出血でゾンビのようなありさまだ。もっとも、歩けもしないという違いはあるけども。


「私は負けん。勝つのは私だ!」


 トーチライトが吠える。最後には必ず勝つ英雄――つまりはスロースターターだった。

 ゆえに勝負は持久戦になる。時間をかけたからと言って、集中力切れを狙うような事態にはならない。己に限って、そんな幸運などはないと断じるのが魔法少女であるがため。

 世界を破壊するような事態にもまたならない。英雄の逆説――英雄が世界を両断するためには、世界を破壊できる敵が必要だ。それを言えば、この満身創痍の三人では日本を沈めることすら不足であり……ゆえにトーチライトは日本を沈めない。


「――おお!」


「……チ」

「……なんとも」

「お前などには負けない……!」


 攻防が2回、3回。……10回を数えるころには――

 トーチライトは対応し始めていた。致命傷を避けながら、相手の動きを伺う……基本ですらない誰でもやっていること。それでも、それをここまで忠実にできるのは彼女以外にはいない。もはや爆圧も喰らっていないのだ。


「いや、お前なら飽きもせずやるだろうと思ってたよ」


 もっとも、それは分かりきっていたことだった。ゆえにクラックはダメージの蓄積を狙う。ことトーチライト相手では気合いと根性でどうにでもしてしまうかもしれないが、しかしやってみて損はない。

 人間性を残しているトーチライトと違って、クラックは人間など捨てている。つまり、ダメージに対する耐性が違う。腕に穴が開くのはクラックにとっては穴が開いただけだが、トーチライトは痛いし体力の源である血を喪失してしまう。これは魔法少女としての性質の違いであるから、なんとかできるようなものではない。


「さっさと終われよ、もう」


 クラックの言葉に覇気はない。心底面倒くさいと思っている声。だが、三人にとっては窮地以外の何者でもなかった。即席のコンビネーションはすでに対応され、打つ手を考えようにもそれだけの余裕はない。

 しかし英雄相手に勝つことを考えても意味はない。だから、最初から時間稼ぎだけを狙っていた。


「――チ。これは……!」


 トーチライトがほぞを噛む。

 空間に亀裂、しかもその先には宇宙が見える。どんな障害でも乗り越えて勝つのなら、宇宙空間に捨ててしまえばいい。”最後に勝つ”英雄を相手にするなら、勝負なしで分けにすればいいだけの話だった。

 その罠に嵌めるためだけにダメージを積み重ねた。


「……掴んだぞ。魔法――ッ!」


 イエローシグナルが喝采を叫ぶ。全力攻撃を試すなど、幾多の監視を受ける魔法少女にはそうそう機会が訪れない。だから、この際に試し続けた。先に進むために。……もちろん、クラックの策に乗ったのもあるが。


「多層再現とでも呼ぼうかしら……ね!」


 トーチライトを襲うのは振動。地震の振動はそれ自体では人体にそれほどダメージを与えない。だが、空間そのものに多重に振動現象をかけ合わせて――内臓そのものを上下に引きちぎり、圧壊させる。


「――まだだ!」


 しかし、トーチライトはまだだと叫ぶ。諦めなどしない――まだヒトとして生きているから、崩れた内臓は吐き気すら生易しい圧倒的な気持ち悪さを訴え、断線した筋肉は灼熱の激痛で苛んでくる。それらすべてを飲み込み、前へと進む。


「だと思った。どうせお前が進むのは前だろう」


 ぽっかりと開く亀裂、二段構えの罠。後ろに宇宙空間につながるワープゲートを開いてそこに押し込もうとしたように見せかけて、しかし前に出た瞬間を狙ってすかさず二つ目を開いたのだ。


「いいや、負けん! 勝つのは私だ」


 斬った。ここに来ての限界突破。だが、それでこそトーチライト――あらゆる苦難を踏破して最後に勝つ英雄である。


「――」


 さらにトーチライトは刃を振るう。光の刃がイエローシグナルを切り裂いた。悪を滅ぼす滅びの光……それに貫かれれば二度と再生を許さない。


「いいえ、まだよ」


 貫かれた彼女が――ふ、とほほ笑む。


「そうね、勝ったのは貴方」


 敵の身体を抱きしめた。


「……な。離せ!」

「勝つのは貴方でいい。私は負けでいい――けれど、時間はもらう」


「貴、様……ッ!」

「……クラック! 私ごと飛ばしなさい!」

「うん。……これ言うと怒られるかもしれないけど、お疲れ様」


「は――生意気なのよ」


「だが、私は負けん。クリック・クラック。ティマアト、そしてフォースの元凶! 必ず戻ってきて、貴様らを斃す。勝つのは私だ!」


 トーチライトはイエローシグナルとともに空間の亀裂に飲まれ、宇宙空間へと飛ばされた。




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