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第18話 任務失敗



 護送任務を成功させたクラックには黒塗りのバンが用意されていたが……無視してワープした。一瞬で家に帰り付いて、扉を開けると。


「――え?」


 朝帰りしたクラックを待っていた光景は、ティアマトとアリスが肩を寄せて眠っていたというものだった。どうやらクラックを待つうちに寝落ちしてしまってそのまま夜が空けてしまったらしい。

 ふう、とため息をついて。


「ほら、二人とも起きて。もう朝だよ? 朝ご飯作ってあげるから」


 起こしにかかる。


「――むぅ……」


 目を開けかけて、身体をふらふらさせて。ぼやけた視界の中でクラックを見つけたのか手を広げて抱き着いてくる。


「え? ティ、ティーちゃん?」


 クラックは戸惑う。こういう行動はよくあることだが、まったく慣れてなくて赤面してしまう。


「……んー?」


 横にいた存在が離れたのを感じ取ったのか、アリスも人の温もりを求めて抱き着いてくる。


「……ひゃん! も、もう……アリスまで」


 こういうのは照れてしまう。騙しているわけではない、この二人には自分が元男なのだと伝えてある。だが、二人はかまわず抱きついてくる。ただでさえ幼い上に、精神年齢は更に幼いから、小学生でもわかる男女のあれこれが分かっていない。


「……もう」


 抱き着かれたまま2時間ほど過ごして。


「あれ?」


 遅刻まで時間がないのに気付いたのはティアマトだった。



 そして、見事に遅刻してその日の授業は無事に終わった。

 クラックの欠席について特にフォローされていると言うことはなかったが、遅刻をどうのと言及するような命知らずは香坂先生くらいのものだった。


「――さて、任務のことです」


 呼び出された研究室の一画に昨日の男が居た。報告書らしきものを持ってクラックを睥睨している。そう、とても偉そうにクラックを睨みつけているのだ。


「成功させたはずだがね?」


 負けじと睨み返す。


「美術品は偽物でした。任務は失敗ですよ」

「――なに?」


 言っている意味が分からなかった。向こうの不手際がなぜ自分のせいにされているのか、という意味だが……向こうに立つ彼は勝利の笑みを浮かべた。


「ですから、偽物ですよ。二度言わなければ分からないのですか、あなたは?」


 ――はっきりと笑みが浮かんでいた。意趣返しができたのが嬉しいのだろう。

 こうして、”失敗だ”と突き付けるのは何よりの快楽だ……クラックとしては理解できない感覚だが大人と言うのはむしろ死んでも他人を褒めたくないばかりと言うのは知っている。


「……ち」


 舌打ちした。偽物かどうか、というのは始めに考えていたことだ。だが――それをこういう形に使ってくるとは思っていなかった。自分の責任の範囲ではないと捨て置いてしまった。


「襲撃は受けていない。休憩も10分が三回だった。偽物と入れ替える隙などなかった。トラックが運んだものは確かに君たちが頼んだものだ。それを偽物だなどと言われても、僕には関係がないね。それとも貴様らは僕を鑑定人か何かと勘違いしていたのか? 言ってくれよ、手書きのものを出してやったよ――”かんてーしょ”とでも書いてね」

「ですから、偽物だったんですよ。偽物を運ぶ意味などないでしょう……馬鹿ですか、あなた」


「――そんなものは君たちが騙されていたと言うことだろうが。始めから偽物だったなら、僕には関係ない。……鑑定書だって付いていた」

「だから? 鑑定書も偽物だっただけのことでしょう」


 尊大な態度で彼は言う。


「そんな程度で僕を嵌めたつもりか? 人間ども」

「あなたが勝手に騙されただけの話です。大体、宝石とガラスの見分けも付かないのですか? 被害総額は10億に達するそうです。わざわざ貴方に頼んだのに……」


 これ見よがしにため息をついて見せる。


「……ッ!」


 クラックはぎり、と奥歯を噛み締める。


(……一本取られた、と言うわけか。やはり戦闘では僕が勝つのは当たり前でも、政治――それ以前の言葉の駆け引きでは一流に劣るか)


 相手をねめつける。


(だが――負けるが勝ちと言う言葉があるように、使ってはならない勝ち方と言うものがある。予想出来ていたわけではないが、それでもこれは”そこまで愚かだったとは思わなかった”という奴だ)


 負けたという気はない。だが、向こうが勝った気でいるのが酷く不愉快だ。クラックは、初めて人のことを睨みつけている。……トーチライトのことならあれは人外だ。


「誰が調べた?」

「……何のことです?」


 恐怖を覚えたのか座ったまま後じさろうとして床を靴の裏ですべらせる。クラックの視線が射貫く。


「美術品を鑑定した奴。輸送の前と後だ」

「いや、それ私の仕事じゃありませんし。担当の人に言ってください」


「では、誰の仕事だ?」

「さあ……文部省当たりの管轄では?」


「ち――たらいまわしでうやむやにする気か」


 ふん、と鼻を鳴らした。予想はできたが、不快であることは変わらない。気に喰わない。お役所得意のたらいまわしでこちらの反論を封殺して好き勝手言えると思っているところが特に。


「いや。調べてみればいいでしょうに」


 馬鹿にする口調では言ったから。


「なるほど。では、調べてみようか。とりあえず目の前の男の爪の3つや4つ剥がすことから始めてみようかね」


 底冷えするような声。本気の目だった。


「……お前、政府に逆らう気か?」


 ビクリとのけぞらせて、怯えた声で言った。


「ち。お前程度を相手にしてもどうしようもないな。……いや、それは誰でも同じか」


 クラックは憎々しげに言い捨てた。まるで効果があるのならやっていたとでも言いたげな口ぶりで。


「――で、用事はなんだ? どうせ、お前たちは失敗させて借りを作ったうえで本命を頼もうとしていたんだろう? そして、それが内容なのだろうが」


 もはやクラックはその異常性を隠そうともしていない。世界を破壊する魔法少女、人間ではありえないその力は空間そのものを侵食する。


「……あ、ああ」


 彼はもう椅子からずり落ちていた。


「……は。そういうことか。国土奪還――あの子に頼まなかったのは正解だね。どうせあの子は魔物だらけにするだろうし」


 けらけらと笑う。いつのまにか彼の手から書類が消えていて、クラックがそれを読んでいた。


「ま、僕に頼むとどういうことになるのか見せてやるのもいいね」


 べし、と書類を机に叩きつける。その書類には情報が書いてあった。魔物、『バイティング・スパイダー』。北海道を人の住めない土地へ変え、ロシアとの通行路を断ったその魔物は、空間の裏に潜み、人間を苗床にする。

 もはやどれだけの犠牲者を出したのか分からないが、海峡から先に進出しないため封鎖処置をされて今は放置されている。いや、魔物はどれも縄張りを持っている。人間にできることは遠巻きにしてその災厄は頭上に降りかからないように願うことしかないのだ。


「……これでも、日本はまだマシなんだろうね」


 テイアマトが動かないにしても、日本は世界最大の魔法少女産出国だ。さらに軍事施設を維持するだけの余裕がある。余裕がない場所は本当に悲惨だ。魔物が湧かないことを願うほかない。

 ……まだ魔物が支配する土地は3桁に届かない程度で済んでいて、その最大面積の箇所が北海道とはいえ、人の手ではどうしようもない恐怖が近くにあることは間違いなく不幸だろう。人間にはとても生きにくい世の中になってしまった。……まあ、魔法少女なら生きやすいと言うこともないけれど。


「……終わらせてやろう」


 出て行った。




 その日、北海道は地図から消えた。




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