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第17話 護送任務(下)



 クラックの尽力は誰も気付かず、作業も順調に進んでいるように見えたが――時間は遅れている。最初の作業時間の見積もりが間違っていた。


「――おやおや、遅れたようだね。これもどこかの子供がちょろちょろ歩き回ってるせいかな?」


 勝手に動き回って、最初に話した彼……哀れな人身御供の元に戻ってきた。彼は失敗させるためとの任務とも知らずに八面六臂の活躍を見せている。それは、皮肉にも”失敗するため”の作戦を成功させかねないほどに作業の後れを取り戻していた。


「お、嬢ちゃんか。いや、嬢ちゃんが来たことは関係ねえよ。――ま、仕方ねえわな。急がば回れってな。ここで急いでもいいこたねえよ。甘い見積もりもいつものことだしな」

「……へえ」


「なんだよ、嬢ちゃん。そんな生暖かい目で俺を見るなよ。ってか、名前聞いてなかったな。いつまでも嬢ちゃんってのはあれだし」

「クラック」


「ん? 亀裂(クラック)がどう――」

「……平安監査! 作業が遅れています! 輸送を急いでいただけますか!?」


 とても機嫌が悪そうなやつが来た。制服が違う、トラックの運転手だ。なぜだかとても急いでいる。


「いや、まあ。そりゃそうだが、変に急いで怪我してもつまらんだろ? まあ、雑にならない範囲で急がせるからさ。もうちょっと待機しててもらえるか」

「時間は厳守でお願いします。私は作業があるので失礼します」


 言うだけ言って、せかせかと立ち去って行った。


「おやおや、余裕がないねえ」

「……変に大人ぽいこと言うね、お嬢ちゃん」


「ふふ。ミステリアスな女は魅力的と言うだろう?」

「あと10年くらい経ったら、な」


「……ぷ。ふふ――10年。10年か、く……くく」

「いや、何がツボに入ったんだよ」


「いやいや。それにしても、ねえ?」


(動きが露骨だな。あいにくと作業員の素性を手に入れてるわけじゃないが、あいつ一人だけ場から浮いている。変に急いで、そして”手慣れていない”。工作員なら、現場の仕事くらいは熟しておけよ)


 クラックは暗い笑みを張り付ける。去っていった彼が失敗させる役目を負い、作業員の中に紛れる工作員の一人であることはもう分かりきっていた。


「……最近の女の子ってのは分からねえな」


 そんな彼の勘違いをよそに、作業は進んでいく。後は現物を確認してから運び込むだけ――そこまでやってあったから、後はトラックを運転するだけだ。総勢5台が世界各国の中で特異的に”平和”な日本の道を走る。


「――平安監査! 休憩するべきです!」


 いきなり無線が飛んできた。一応政府の人間がいるから、ということで雑談には使っていないが常にオープンにしてある。


「ん? いや、まだ大丈夫だろ。トイレ休憩行きたい奴、いるか」


 答えは無し。


「……休憩! するべきです! 予定ではこの時間に休憩を取ることになっています」

「つっても遅れてるし。……いや、行きたいならそう言えよ」


「私は予定時間になったから言っているだけです」

「……はいはい。変わった奴だなあ」


(いやいや。そいつは変わった奴じゃなくて露骨な奴だよ。というか、ここまで阿呆でいいのかねえ? 人を疑うことを知らないお人好しなら、何も思わないものかねえ。僕なんて――このトンマごと始末する気かと勘ぐる始末なのに)


 クリックはけたけたと笑う。

 それを横目に全てのトラックはサービスエリアに入る。転送系の魔法少女の実在はともかく、使用する気はないようで今日はずっとトラックの上だ。トラックで10時間かけて運ぶ移動距離。始業時間よりも前に終わるが、まともに考えて”今日”は学校には通えない。……すでに深夜なのである。


(そういえば、今日はティーちゃんと一緒じゃないのか。アホみたいに寝コケるつもりもないけど、魔法少女になってからは初めてか――眠らないのも、あの子と一緒ではない夜も)


 ブルーになった気持ちを即座に切り替える。クラックとしては、仕事はここからが本番だ。


「――で、どういうつもりかな」


 その男がこそこそと逃げ出そうとしていた。煌々とした灯りの灯るサービスエリアの店の裏側にある茂みの中に入り……目が合った。


「……っひ!」


 お化けでも見たような顔――というか、そのものの演出だった。


「ひどいねえ。どこへ行くつもりだい? 職務放棄じゃないか。なあ、運転手さん。あの真面目ぶった態度はどこへ行ったのかなあ」


 けらけらと笑っている。


「き、貴様は――」

「おやあ? おやおや、僕は何だい? 誰なのかな? なあ、僕を知っているんだろう? 言ってみなよ、僕が”何か”さあ」


「……お前はなぜか着いてきた子供」

「おいおい、言い訳を考える時間が長すぎるぜ? 子供じゃあないんだから、眠いからって手を抜かないでほしいものだよ」


「――だが」


 なおも言い訳を言い募ろうとする。


「だが? だが……ねえ。時計を見てみな。あれだけ焦ってたんだから、時間はきっちりと管理しなくちゃだよなあ?」

「時間……だと? まさか!」


 時計を取り出して愕然とする。


「もう時間はすぎたのに……か?」


 起爆スイッチは作動しない。時限爆弾……電波を使うのは危険すぎた。クラックが電波を感知できるのは実験室で見せてやったから。


「――ぐ。ぐぐぐ……なんのことだか分からんな。私は、ただ外の風に当たりたくなっただけで……」

「いい加減にしないと、殺すよ?」


「……冗談ではすまんぞ」


 苦い顔で言う。恐怖を隠しきれていない。


「っぷ。くく――あっはっは!」


 そんな彼を見て……クラックはこらえきれないとばかりに笑いだした。嘲っている。


「何がおかしい!?」

「いや。いやいや……笑い話では済まないって――笑い話以外の何なんだよ。こんな子供が、”殺す”ってさあ。ねえ、こんな子供が大人に対して何をするって? すねでも蹴るの? 君はこんなガキに殺されちゃうのかな? 面白い冗談だ」


「……ぐ」


 彼は呻いた。しかし、これはしょうがない話でもあった。いくら政府直属の工作員であろうとも、魔法少女『ティアマト』の名は重すぎる。その彼女と共にあるクリック・クラックも強力な魔法少女だ。それを、ただの子供と無視はできない。

 ――その態度こそが一般人ではないと示すものだとして、生理的な反応は止められない。演者としてはどうしても足りなかった。生殺与奪の権を握られては、演技を続けられなかった。


「――で、どうする? 爆弾は起爆しない。任務を成功させるなら……さて、君はどうしなきゃならないのだろうねえ」

「ぐぐぐ……!」


「さて。さてさてさて?」

「――ッうわあ!」


 突き飛ばして、逃げ出した。


「あーあ。聞かされてないんだ」


 天を仰いだまま呟いた。そして、銃声。


「――なんだ? お前」


 迷彩服に身を包んだ男。先の工作員を殺した人間。平等を叫ぶテロリストの一派。権力者に襲撃を繰り返している組織で、しかしその実――武器の提供元にいいように使われているだけの哀れな人形たちだった。


「人数は26、小規模だね。まあ、美術品が焼失した言い訳に使うにぎやかしで良かったから、その程度の人数でいいのか」

「な――貴様!」


 無能ではなかった。26と言う実行部隊の人数を言い当てられて、目の前の人物がただ寝転がっているだけの子供だとしても”警戒する”ことができた。


「ま、意味もないけど」


 パチリと指を鳴らした。


「――」


 崩れ落ちた。気絶している。……四方に散らばった他の襲撃者とともに。


「これで終わりかな。こいつらはあくまで後始末――後詰なんて概念、向こうの頭の中にはないだろうし」


 立ち上がって、パンパンと服をはたく。始めから土も草もついていなかったが、ただの気分だ。


「――」


 振り下ろされる剣を腕で防いだ。


「……何者だ? 今の感触、防刀チョッキでもないな」


 そこに居たのは一人の剣士。薄汚れた食い詰め者だった。


「あれ? 全員気絶させたと思ったんだけどな」


 もう一度、パチンと指を鳴らした。


「……ぐ」


 頭が揺れて、しかしすぐに眼の光が戻る。


「おやおや。君は精神強度が高いらしいね? 剣道でもやってたかな。面白いね、休憩時間だし――少し遊ぼうかな。自己紹介しよう。僕は魔法少女『クリック・クラック』」


 先の攻撃は肉体ではなく、剥き出しの精神にその破壊能力で直接衝撃を与えていた。精神に対する攻撃――しかし、それを知らずとも精神を鍛えることはできる。例えば滝行とか座禅とか、彼は人間のくせに精神を鍛え上げていたから耐えることができた。


「――あん? 魔法少女?」

「そう。僕に触れ(クリック)られたら壊れ(クラック)るぜ?」


 横の木にその五指で触れた。即座に灰になって崩れ落ちた。現実世界に喧嘩を売るような摩訶不思議――『魔法』。


「……な!? あ――」


 その魔法は理解不能、物理法則など鼻で笑う。自らが裏の人間であると勘違いしているだけの彼は、目の前に現れた化け物の能力に理解が追い付かない。


「さあ。ヨーイドン! ってね」


 木を消した五指が伸ばされる。この剣士は学校の成績こそ悪かったが、その分直感的な人間だった。その手に本能からの恐怖を感じて――


「……ッシイ!」


 刀を抜いて、振り下ろした。小さな大会で優勝したことくらいあるけれど、彼は名の通った人間ではまったくなかった。だから、スポーツマンとかそういうものに意味がなくなった今の世界で困窮し盗賊もどきまで堕ちた。

 そんな下らない転落劇。最初からバイトで食いつないでいるのと変わらないような適当な人間であったけれど。……けれど、真剣で藁束――人の胴体と同じ強度を切れるだけの技はあった。


「――へえ」


 その一撃はしたたかにクラックの腕を打ち付け、軌道をずらした。


「……な! ぐう――なんだ、その腕は!? 真剣を叩きつけたんだぞ? おかしいだろ、服がどうの以前に人の腕が折れないわけがあるか!?」


 防刀チョッキのよくある勘違いをこの男は持っていない。防弾にしろ防刃にしろ衝撃までは防げない。普通、当たったら痛くて気絶するのだ。

 それをクラックは涼しい顔をしている。物理法則に反している。


「人の腕は切れても、魔法少女の腕は切れなかったということさ……けど」


 ぐい、と袖をめくる。


「傷をつけることはできたじゃないか」


 かすかに赤くなっている。魔法が溢れた今の世界では”歴史”が力を持っている。重火器が通用しない魔物でも、昔から存在する器物であればダメージを与えられる。……まあ、魔物が出た土地は封鎖する以外にない以上は気休めにもならなかったのだが。


「――化け物か」

「ゆえに、人の武に興味が出てきた。見せてもらおうか」


 切られた手をぐーぱーする。明らかに挑発していた。


「……ひイ!」


 追い詰められた時に人の本性は現れると言うが、それで言えば彼の本性は窮鼠だった。刀を手に、目の前の恐ろしい怪物に切りかかる。


「特攻ではな! 何処で盗んできたか知らんが、多少の神秘はあれどその程度の刀では手に触れれば木っ端だぞ!?」


 クラックは迎え撃つ。その指で触れるだけであらゆるものは塵と化す。それこそがワールドブレイクの最も基本的なカタチであり、学院の少女たちが使う魔法のレベルだった。


「シャアア!」


 ねじ曲がった。そうとしか思えない剣裁き。実際に曲がったわけではない、が――彼はこれでも10年を超える歳月を剣道と共に過ごした。特別な才はなくとも、かけた時間があればこのくらいは。


「……っく!」


 曲がった軌道はそのまま首を狙う。化け物を殺す、そうしなければ日常に帰れないと本能が叫んでいたから容赦はしない。


「……悪霊退散!」


 そう叫んだのは日本人の血のなせる業か。


「――残念!」


 後ろに飛びのいた。


「その脚力、少女どころか人間ですらないな!?」


 即座に”それ”が人間離れしていることを見抜く。肉と血に縛られた物理法則では、あのジャンプはできない。


「さすがにこれ以上はステータスは下げられなくてね。下限というものがあるんだ」

「だが、甘いぞ!?」


 隙を逃さず突きへと移行。足がつく前に切っ先が入れば関係ないと。この男、しっかりと武道をたしなんでいるばかりか思いきりがいい。人の身体をしたものを殺すのは、こればかりは先天的な才能が必要で、その無意味な才が彼にはあった。


「いや、まだだ!」


 空を蹴った。


「っち」


 かわされた。ゲームでよくある二段ジャンプだが、現実の法則には反している。


「っと。仕切り直し、だね」

「――」


 離れて。クラックはうすら笑いを浮かべて――しかし対面の彼は恐怖で目を見開いている。


「なるほど。鍵は体の動かし方、神経を手足の末端まで通すのが武術か。……こうか?」

「……ッ!」


 彼はがたがたと震えだす、紛れもない恐怖によって。

 ”学ばれた”それはとても嫌な予感がする。彼の剣術の術理そのものが盗まれたわけではないにしろ、全ての武道に通じる基本。我を消し去り武と一体化する、言葉では教えられぬ基本にして奥義。

 それを、化け物が知った。長年の修行で得たそれを、多少の立ち合いの経験だけで。


「――ひゅ」


 呼吸。それはとても重要だ――未だ粗だらけと言えど、”意識されて”しまった。元が素人丸出しだった分、何段も鋭くなる。


「っぐ! ぬう――」


 恐怖で見開いた目を更に無理やり開く。先の攻防だけでクラックの攻撃は数段鋭くなった。先は”後の先”を取り、どう殺すかを悩んだが――これはもう攻撃のことを考える暇はない。


「そらそらそら! どうした? この程度か、侍!」

「……俺は侍なんかじゃねえ!」


 言い返しはするが、首を狙う隙がない。ただの手刀が、なんとも恐ろしい脅威か。


「はは……では、ここで死ぬがいいさ!」


 クラックの体術は更に鋭さを増す。戦いの中で成長している、というよりは実践の中でチューニングしているだけ。

 それは戦えば戦うほど勝ち目が無くなっていく絶望。……否、そもそもが化け物が遊んでいるだけ、勝機など最初からなかったのだ。


「――っわあ!」


 彼はそれに耐えきれなかった。思い切り刀を振り下ろす、最大の大技を繰り出した。自分でも破れかぶれだと分かっているその一撃は――


「は? なめてんのか、お前」


 あっさりと受け止められて刀が塵になった。


「……え?」


 そして、それ(滅び)は腕まで浸食して――


 悲鳴が響いた。


「――いや、お前の叫びはどこにも届かない。僕がそうした」


 指を鳴らす。浸食が止まった。


「おい、そっちのお前。お前が撃ち殺した運転手の代わりが必要だ。ついてこい」


 気絶した彼は幽鬼のように起き出してクラックに付き従う。


「――じゃあな、侍もどき。銘こそ知らんが、魔法少女に傷をつけたあの刀は業物だった。手向けが貴様の腕一本では釣り合わんほどにな」


 古い年代物は力を持つ。魔法と同質にして異なる力――誰にでも使える異能。世界の法則が変わった結果。


「……さて。さっさと終わらせるか」


 とは言っても、勝手に終わらせることはできない。結局、夜中の二時までかかった。




 運転手のことは問題にはなりませんでした。基本的に政府は細かいところまで介入しないので、人員がどうのは知らん顔をしています。運送会社の人も、おそらく運転手は次の日から無断欠席、洗脳された人は知らぬ存ぜず関わらずになるでしょう。



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