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プロローグ(前)

◆表紙

挿絵(By みてみん)

◆裏面

挿絵(By みてみん)




 世界が滅んでしまった。それはしごくあっけない『終焉』、世界の終わり。誰も気づくことなく、世界は冷たい氷に閉ざされた。そして、その中で覚醒する。――記憶を保ったまま、別のナニカ……『魔法少女』へと。


「――なるほど。これは」


 納得した。全てが腑に落ちた心地がする。アーティファクト『ワールドエンド』、それは目覚めたばかりで使い方も分からないなんてことはあり得ない。”主体”が違うのだ。それは意識総体そのものが異なる”魔法少女”……人間では、ない。


 彼だった元人間はすでに覚醒レベルⅢにまで至っていた。”それ”は人間性の放棄。世界のあらゆる生命とも”存在領域”が異なるが、しかし同時に同じ次元に存在してしまうために、どちらかを滅ぼすしかないただ一人で終末に佇む『最終皇帝(ラスト・エンペラー)』。


 それは万物の上に君臨する終焉の先に存在する絶対皇帝であると同時に、あらゆる歴史に終止符を打つ虐殺者。


「ゆえに、俺。……否、僕こそが魔法少女『クリック・クラック』ね。この体に合う名前も考えなきゃいけないかも、ね――」


 丈の合わないジャージ姿、まるで子供が父の部屋着でも借りたようだが事実は似ている。とっくに成人を迎えて社会人になったはずだった”彼”は小さな”彼女”になってしまった。そして、それに戸惑いを覚えることもない。すでにクラックの中にあるのは残滓でしかない。


 方向性そのものであるアーティファクトに力を振るう理由はない、ゆえに今は彼女である””彼だった”人間の意識総体を使っているだけだ。それが主体が違うということ。あくまで、主導はアーティファクトの側にある。


 男が女になったと言う精神性の不安定さはない。なぜなら、そんなレベルではない。

 憑りついたアーティファクトが、世界さえ敵に回す覚悟ができるように精神性を改変した――否、その辺のことをクリアできる精神性を作成した上で元の人格をインストールした。アーティファクトそのものに人格はない。


「だが、こんな野暮な格好ではね。これでは、なんとも似合わない」


 パチリ、と指を鳴らすと服が掻き消える。

 全裸になった次の瞬間に現れるのは、魔法少女そのものと言ったような服。いや、それにしても装飾が多すぎるか。ひらひらが重なって、邪魔でしかないようなありさまになっている。

 それでもあつらえたかのように似合っている、”何かに憑りつかれた”としか言いようのないほどに雰囲気が変わった彼女には似合っている。


「しかし、ねえ。理解してしまえば、世界は何とも脆いもの。これでは、小突いただけで壊してしまうよ。世界の見方が変わると言うのはこういうことか」


 主となるのは魔法――意志はただの使い方を決めるためのおまけに過ぎない。だからこそ、”彼”は死んだと言えるだろう。

 男だった彼は世界のどこにもいない。今は少女となり果てた。


「もっとも、本当に死んでいたみたいだけどねえ」


 足を踏み出す。それだけで床も、壁も、あらゆるすべてが崩れ出す。

 『世界』と言うのは完ぺきなバランスの上に成り立っている。たとえば地球は軌道がちょこっとずれるだけで火星のごとく死の星になってしまうと言うシミュレーション結果がある。そんなふうに、何かが少しおかしくなってしまうだけで、世界は簡単に終わってしまう。


「そう、このように」


 崩れてもなお、何事もなかったように彼だった彼女は空中を歩く。ワールドエンドは全てを破壊する力だが、言い方を変えればあらゆるものに干渉が可能と言うことでもある。空中すらも破壊しながらその上を優雅に歩く。


「さて、これは停止かな? 全てが凍っている」


 そして、建物が崩れたのは”凍って”いるからだ。戦前、北極の方で船の”底”がよく割れていたのは有名な話。鉄が冷やされて脆くなったのだ。”これ”も同じ――ほとんど絶対零度まで凍らされて、触れただけで崩壊してしまう。


 さらに彼女が躊躇もなく能力を使うせいで際限なく破壊が広がる。空中の空間そのものが破壊されてソニックブームが生まれているのだ。本来ならガラスが割れる程度の代物が、脆くなった街は耐えられない。


「――ふふ。まるで砂の街だ」


 瞬く間にそこを死の街へと変えてしまった彼女はけらけらと笑った。すでに生存者がいないとはいえ、生のカタチをそのままに遺す街を砂に変えても、その顔には罪悪感の欠片すらもない。

 精神性が変わり果ててしまっている、”彼”はここまで超然としていなかった。こんな――ニマニマと、自分には無関係ですよ、などという顔はしなかった。


「ああ、そこに居るんだ」


 空中に指を走らせる。それだけで空に亀裂が走る。空中が割れる。ぽっかりと深淵が無造作に晒されている。さっきまでのちょっとした余技とは違う、こちらが本物の魔法の発動。世界を破壊してワープする。




 そして、”そこ”。世界の中心――世界が終わった場所では、二人の少女と呼ぶには幼すぎる彼女たちの噛み合わない会話が続いていた。


「……ぐすっ。……なんで、こんなことするの? みんな、止まっちゃった……よ」


 そう言ってすすり泣いているのはなんとも”ごてごて”した魔法少女服を着た幼女。儚げな顔を見るに重さで動けなくなってしまうのではないかと心配になるほどに、その服装は豪奢であり、そして中の少女は幼く華奢だ。


「うう――。さむい、よ。えう……えぐ……」


 対する少女もまた泣いている。だが、こちらは寒いと言うのが納得できるほど露出の激しい水着みたいな魔法少女服を着ている。もっとも、寒いと言うのは服装のことではないだろうが。


「凍っちゃった、よ。みんな――」


 答えない彼女に業を煮やしたのか、自分の何段ものフリルを重ねた服をぺちぺち叩く。服がふわふわ過ぎてまったくもって痛くもなさそうどころか、音も出ないが……反応は劇的だ。


 地面がごぼりと湧き上がった。


「えう――」


 だが、彼女は全くもって気になどしない。何が悲しいのか、ただ泣き続けて……相対する彼女に視線すら向けない。


「……行って」


 湧き出した竜が、虎が、その他ありとあらゆるモンスターが無数に現れ、増殖して襲い掛かる。それはまるで津波のように目の前の敵を飲み込んで噛み砕く。


「うう――」


 けれど、途中で凍り付く。未だに泣き続ける彼女はやはり何もしていない。いや、魔法は使っている。アーティファクト『ダークホール』の力――


「凍結ではないね」


 いつのまにか電柱に腰を下ろしていた第3の少女がつぶやくように言った。そこで初めて無反応だった彼女が反応を見せる。クリック・クラック、破壊の化身がここに来た。


「……あなた」


 立ち上がった。


「僕は魔法少女『クリック・クラック』だよ。初めまして、かな。略奪の魔法少女」


 端的にそいつの力を言い表してしまった。なんでそう思ったのか人間には理解不能な域の話で、つまりそれは”頭の良さ”に端を発しない。人外の直感、埒外に位置する感知能力が見せる全能に近い感性。


「――『サーズデイ』」


 もっとも、”敵”は自分の能力が言い当てられたことには何も思うところはない。ただ、現れた彼女が気になって、だから自分の名前を言った。普通の思考回路ではないが、そんなものは当然だ。魔法少女なんてどこかしら”普通ではない”のがむしろ普通。


「そう。では、魔法少女『サーズデイ』。君が僕を認識できるのは、もちろん僕のワールドエンドの作用によるものだ。けれど、そんなものに意味はない」


 断言した。主語どころか、それに至る過程をすべて省いた完全に意味不明な話である。


「意味が……ない……?」


 しかし、通じている。相対する彼女にだけは。もちろん、先ほどまで戦っていた魔法少女は横でぽかんと口を開けて首をかしげている。


「そう。僕はこの世のあらゆるものとも本質的に関係がない――それだけなんだよ。だから、君の求めるものを与えることはできやしない」

「……」


「君の感じてるそれ(寒さ)は誰もが感じているものなんだよ。もっとも、この僕は……君が欲しがるものを得られる人間などいないと思ってるがね。イソップの童話だよ、手に入らないものは価値がないのさ。僕が手に入れられない以上、そんなものが世界のどこかにあるとは思えないね。そのような憧れなど、無意味にして無価値」

「さむい……の!」


 彼女が手を向けた。凍結が進行して万象が砕かれる。しかし――


「それも無意味。君のそれは”愛されたい”という願望だろう? アーティファクトは心の空洞に共鳴するからな。暖かさが欲しいんだ、ゆえに温度を奪う。……が、残念だったな。いくら温度を奪おうと、そんなものは代わりになりやしない。君が奪っているものは温かさではなく、ただの原子が生み出す振動エネルギーだ。その魔力は全てを飲み込むだけ――君を温めてくれるかもしれない人間すらも、な……」


 嗤う。

 もちろん、クリック・クラックはそんな人間がいたかもしれないなんて、ありえないと思っている。言ったとおりだ、人間は誰もが愛されたいと思っているのだろが、真実の愛など存在しない。無償の愛などない、あるのは世間とかいうものの圧力か、誰かを愛する自分が好きというエゴがあるのみだ。


「私は――私は、ただ……ッ! 誰かに必要とされたかっただけなのに……ッ!」


 血を吐くように叫んだ。けれど――


「残念だが、それが”そいつ”でなければいけない理由など世の中にはないよ。世界にただ一つ――それは否定しないが、上位互換と下位互換はいくらでもいるのさ。大体、必要とされたかっただけ? 世間はいつでも使い捨てできるかわいそうで便利な道具を求めているよ。可哀そうな君を見て癒されたいと思う人間ならいくらだって居たさ。君が滅ぼす前はね」

「ううう……ッ!」


 突進する。ごく普通の少女が走ってくるだけだ。もっとも、その何の力もなさそうな彼女はつい先ほど世界を滅ぼしてしまったばかりだが。


「まあ――言ったところでわかるわけがないか」


 そして、彼女をすり抜けてしまった。


「……ッ!?」


 驚いて、振り返って。


「こう、されたかったんでしょう?」


 抱きしめた。


「――」


 けれど、彼女は嬉しそうにするでもなく、嫌そうにするでもなく――ただひたすらに胡乱な表情を浮かべている。


「……どうして?」

「どうしても何も、これがワールドエンドの作用。君が世界の熱を吸い尽くす現象であるように、僕は世界のあらゆるものを破壊する現象なのさ。――その僕から熱が伝わるわけがない」


「破壊? なら、どうして触れているの? ――どうして、何も感じないの?」

「人は触れ合うだけで傷つけ合っているものなのさ。ゆえに、触れ合うことだけができる。けれど、それでは熱は伝わらない。僕にできるのは破壊することだけなんだから」


「じゃあ。……じゃあ――」

「言ったろ? 君の願いは叶わない。僕では叶えることができないんだよ」


 無慈悲に断言した。


「ううー。うー。そんなことって……!」


 駄々っ子のごとく、手足を振り回し始めた。




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