第15話 研究者との会談
「――で、君は僕を日曜の朝から呼び出して何のつもりなわけだい?」
白い研究室に呼び出されたクラックは機嫌が悪そうにしていた。声もいつもより冷たい。もっとも、基本的にクラックは不特定の誰かに友好的な態度を取ることはしないが。
「学院に入学する者は受ける決まりになっているカウンセリングを、あなたは受けていなかったので」
対する研究者はカルテに目を落としている。クラックのことを見てもいないのだから、観察力以前の問題で不機嫌そうにしていることなど気付かない。
まさに実験対象への態度だ。そこには感情などなく、冷静な観察眼だけがある。
「へえ、一応はあの大規模な機能障害から立ち直ったと言うわけだ。少し、あからさますぎると思うけど? もう監視網は復活した、みたいな思わせぶりで――これだと逆に重要なところだけ特急で間に合わせたのがバレちまうぜ」
「この診断はそういうものとは関係がありません」
ピシャリと言い付けた。
「……」
クラックは何かを言う気をなくしたのか黙る。ティアマトが見れば疲れていることは明白だが、医者であるはずの彼は気付かない。
その後はいくつかの質問にクラックが答える形になった。
もちろんというか適当にすら答えない。適当な映画のキャラの性格通りに応えておいた。使ったそいつは詐欺師の男だった。
こういった性格テストというものは適当に答えてしまうとけっこう内心を見透かされてしまうものだから。
「――ふむ。なるほど、ありがとうございました」
「お礼を言われることじゃないよ。適当に答えたし」
「真剣に答えてくださいと言ったはずですが。まあいいです、私の仕事は診断だけですし。E棟の地下2階に行ってください」
「……は? 次の試験?」
とても嫌そうな顔をした。
「そっちにはその係の人が居るので、従ってください。私には私の仕事があるので」
「……」
これ見よがしにため息をついた。が、相手は何も反応しなかった。
「出口はそっちですよ」
「……ち」
舌打ちをして出て行った。クラックはわがまま放題にやっているように見えて、その実はわがままとは関係なく駆け引きとして動いている。だから、”これ”も従う。さすがに能力を調べさせてやらないと向こうは不安がるだろうという打算でしかない。
「あーあ。ティーちゃんとお昼寝したいなあ」
歩いていく。能力も使う気にならないほど疲弊していた。とはいえ、魔法少女――興さえ乗ってしまえば体調など関係ないのだが……今はひたすらやる気がなかった。
「能力はあらゆるものを破壊すると言っていますが、変更はありませんね」
こちらの研究員は先の彼以上にやつれていた。もはや仕事以外は見えないと言ったような、ブラック社員でも末期のようだ。もっとも、原因ははっきりしている――4日前の電子機器の全滅からの復旧作業を必死こいてやっていたに決まっている。
「あるわけないでしょう? 魔法少女は不変だよ」
「では、そこにある箱を破壊してください」
「破壊、ねえ」
こんこん、と叩くと溶接された箱が砕けた。
「……君らは誤解しているんだろうけどさ。破壊と言ってもその形態は一つじゃない。言っても聞いてもらえなさそうなんで言わなかったけど、壊し方にしたって溶かすも粉まで分解するのも自由自在だからさ……」
疲れているのか普段は言わないことまで言う。
「では、次のターゲットです」
だが、研究者の男は聞いてもいない。不眠不休が悪い方向に作用しているのは確実とはいえ……これこそが魔法が何一つ分かっていないことの根本的な原因なのかもしれなかった。”他人の話を聞く”などと、当たり前のようでいてそれができる奴というのは実はそんなにいない。
自分ならできると言う人間が居たとして、それは親しい相手とならできるのを傲慢にも対象を人間全体に広げているだけなのであろう。クラックの話は実は自分の不利に働くようなことを結構な割合で漏らしてしまうのだが、話を聞いていないからつかめない。
”普通の人”はそんな冷血ではないと言われるかもしれないけれど、魔法少女に対するのは普通の人ではなくて研究者と政治家だけだった。
「……はぁ。めんどうだね」
様々なものを壊すことを要求された。面倒すぎて箱の中のものだけ壊すことを要求されてもできないと言った。使い方次第でできたのだが……まあできないと言うのも嘘ではない。
隣の部屋に隠れた嘘を判定する魔法少女も感知できなかったのは、魔法云々ではなく言い方の問題だった。
そして、それがさらにクラックの魔法の解釈をこんがらがらせ、訳の分からないものとしてしまう。
「はい。今日のデータ取りは終了です。今日は急ぎだったので日曜ですが、本来定期診断は授業時間内に行われます。では」
追い返された。いや、追い返されてはいないのだが――パソコンに向かってクラックのことは頭にないようだったから、帰った。
パチリ、と指を鳴らす。
「……はー」
家まで瞬間移動で帰った。ちなみにそれは、先ほどできないと言って嘘判定の魔法を潜り抜けた行為だった。
「おかえり、クーちゃん」
察知したティアマトが走ってきて、手を取って中に入れる。
「うん。ただいま」
ほっとした顔になる。住んだ時間は短くても、ここはクラックの家だった。そして、もう一人。
「あの、おかえり……クラック」
アリス。彼女はさっさと飛び出たティアマトと違い、玄関口でうろうろしている。
「アリスも。ただいま」
手を取って奥に入っていく。クラックを中心に、三人で手をつないで。
「うん、ここでこうしているのが、一番……落ち着く……かな」
家族も、存在も、心さえもねじれて異常で異端な魔法少女になり果ててしまった彼女たちたが……
お姉ちゃんぶりたい長女。
冷静な次女。
小動物のような末妹。
今この瞬間だけ切り取ってみれば、そんな仲の良い三姉妹にさえ見えた。