第14話 アメリカ大統領、登場
土曜日。さすがの”学院”にも土曜日に授業はない。その授業が様々な学年が入り乱れる歪つなものであったがために全てが自習という有様でも……文部省の学習要綱から外れる行為を強引に行ってしまうような人物が居なかった。
慣習からは逃れられない。どこまで行っても――過去からの積み重ねを無視することはヒトには不可能だ。だからこそ、過去を否定して新世界を生み出す覚醒した魔法少女は孤独になる。
「……ティーちゃんはアリス起こしておいてくれる?」
さすがにアリスはクラックが男だったと言うことを知ると一緒に寝るのをためらったから、別のベッドもどきで寝ている。もっとも、もっと根本的に――他人というものが怖いのかもしれないけど。
「うん、いいよ。まかせておいて」
力こぶを作る動作をして、早速取り掛かる。
「……」
電話がかかってきた。が、クラックは切った。即座にかけなおされた。ミュートにした。
三人での朝ご飯。メニューは卵焼きと白飯とサラダ。クラックは一人暮らしだったからこの程度のことはできる。もっとも、一人の時はこんなに手間などかけて食事を用意しなかったが。
とても歪な家族関係――二人の幼いママと幼く臆病な子供。はたから見れば子供がする家族ごっこだが、出しているのは泥団子でもなければそばに大人の姿もない。”まとも”でないからこそ、逆に多く身体接触を求める子供たちだ。第三者が見たら赤面するほどにイチャイチャしている。
連絡が来てからたっぷり一時間後、ティアマトが後片付けは自分がやると言ったから、任せて電話を触る。それを言っていなかったら、彼女はさらに待たされていたことだろう。
「……やあ、おはよう。ご機嫌な朝だね?」
沈黙と怒気が返ってきた。1分ほどかけて。
「ええ、おはようございます。魔法少女『クリック・クラック』……あなたに会いたいと思っている人が居ます」
電話をかけてきた彼女の頭の中ではクラックは百回は死んでいた。もっとも、それを現実にできるだけの権力を彼女は持たない。
「そりゃ、この僕に会いたいと思っている人なら山ほどいるだろうさ。本心かはともかく、救世主には会っておいて損はない――その救い主様に遊び心で殺されることがなければ、だけど」
けらけら笑う。これも何らかの冗談のつもりだが……電話の向こうではもはや殺気を出すレベルで怒っていた。別に何かの訓練も受けていないのに大きさだけで言えば達人のレベルである。クラックが笑みを深めるだけで無意味だが。
「相手を殺すと宣言していると解釈しても?」
「まさか。僕はこれでもけっこう平和主義者だぜ? 丁重に扱われるなら別に誰かの下についてもかまわないさ――でも、”そう”した魔法少女の末路を君は知らなくても、僕は知っているんだな。これが」
「政府の指示に従えば安全は保障しますが?」
「保証されてアレなら僕はごめんだね。想像がつかないと思ってる? 国のホームページで公開されている現在の電力使用量――そして、グーグルマップで簡単に調べられる生きている発電所の総発電量。それらを比べてしまえば、ねえ?」
僕の使い方もやり方次第で同じことができるし、とこっそり呟いた。クラックが言ったのはつまり発電量が足りないと言うこと。どう考えても生き残っている発電所の数が少なすぎる。
「……? なにを言っているのです? 発電量があなたにとって何の関りがあると?」
だが、この秘書には何も通用しなかった。ガキが意味の分からないことを言っていると切り捨てて、世界の真理には気づかない。発電量と電力の使用量を比較すると言う発想すらもない。
――『ファースト・インパクト』により甚大な被害を負った人類社会は、もはや魔法少女の力がなければ存続できない。もちろん、ティアマトが魔法の使用をやめるだけで9割が死に絶えることは除いても、だ。
原発は混乱の中で多くが失われた。火力発電に頼ろうとも、そもそも輸送経路自体がおしゃかになっている上、何処の国も輸出するだけの余剰など持っていない。電力がなくて文明が逆戻りしている国は……先進国を除くほとんど全てと言っていい。
そして、足りない電力は――魔法少女が供給していることは容易に想像がつく。そして、国に力を貸すことで悠々自適に暮らしているのなら……学院の魔法少女たちにそれを知らせない理由がない。従えば幸せになれると言わないはずもない。
だから、それは彼女たちが”言えない”ような状況に置かれている以外に可能性はない。
そして、それは――この秘書にとっては”知らないこと”である。知れば憤慨するかもしれない。失うもののある彼女には無理かもしれないが、それを理由に反政府活動を行う場合だって考えられる。
けれど――クラックは説明などせず、ため息ついて肩をすくめるだけだった。
「――で、会っていただけるのですか?」
そして、こちらはこちらで自分の仕事を進めるだけだ。世界にはいくらでも悲惨な生活を送っている人間が居て、そんなものにかまけていては自分がそこに落ちてしまう。
「ああ、うん。会ってあげるよ……電話回線で名前を言いたくないくらいの大物なんだろう?」
「ええ、その通りですが――その見透かしたような発言は人を不快にするだけですよ。魔法少女『クリック・クラック』、人の社会を生きるのであれば、感情の機微と言うものを知るべきですね」
「そんなものは知らないが、僕は人間ではなく魔法少女なのでね――君ほど適当には生きてられないんだ」
「……ッ! 迎えを寄越します」
ガシャン、と打ち切られた。馬鹿にされたというのは口調からして理解できる。せっかくの忠告を、底の浅い考えと馬鹿にされた。
「さて、図らずも予定ができてしまったわけだけど――」
「ティアも行くよ」
当然のように言うティアマト。けれど、アリスの方は。
「……」
怖がって何も言えない。彼女にとっては見知らぬ場所が恐怖だ。だから、どこかに行くということほど怖いものはなく――
「あーちゃんはここに居ていいよ。なにしても、ティアは怒ったりしないからね」
縮こまるアリスを優しく頭をなでてあげて。
「留守番、よろしくね」
クラックも声をかけた。二人揃って出ていく。ヘリの轟音が近づいてきた。
そして、ヘリを経由して空港へ。一般人のための施設を一切使用することもなく、ジェット機で空の旅へとしゃれこんだ。
もっとも、機内はしゃれとは程遠い有様であったが。
ともに乗るのは武装した軍人、ではあるのだが――顔を蒼くしているのは彼らの方だった。なにせ、ここは空だ。
持っている銃器を使ったら飛行機が落ちる。しかも、それで目の前で無邪気に遊ぶ二人が死ぬとは限らない。というよりも、怪我するかさえ分の悪い賭けである。ここで死ぬのはそれこそ犬死としか思えない。
犬死を嫌がるのは人間として最低限度のプライドだから、二人と戦うのは悪夢に他ならない。
「「「…………」」」
そういうわけで、軍人たちは顔を蒼くしながらも姿勢をよくして宙を睨みつけている。
そうして二人は無事に目的地へと到着する。もっとも、身の無事を喜ぶのは彼女たちを運んできた軍人たちの方かもしれないが。
「……ここ?」
怪訝そうな声。それもそうだ――日本のものとはおもむきが異なるとはいえ、ティアマトでも食べたことのあるものだ。
「ハンバーガー。あまりすきじゃない……」
ティアマトがしょんぼりとした声で呟く。高級店とかそっちを期待していたのはむしろクラックの方。ただしティアマトは純粋にジャンクフードを嫌がっている。食べたことがあると言っても、それは冷たくなるまで放置されたハンバーガーとポテトでしかないのだから。
「アメリカ人らしいと言えば、そうかもしれないけどね――」
クラックにはここがどの州かも分からないが、さすがにアメリカと言うことくらいは分かる。ティアマトは、英語が聞こえるから外国だと言うこと程度しか認識していない。
「ふぅん、アメリカなんだ」
よくわからないという態度。
「――おや、合衆国が誇るハンバーガーの味はお嫌いかね?」
偉そうな――否、本当に偉い人物の登場だ。
「呼び出したのは貴方、か。そう言えば、ニュースか何かで名前を耳にした覚えがあるね」
「はっはっは。私のことを知ってくれているとは光栄だね。日本の魔法少女達」
「……?」
「――達ではなかったようだね」
「ティーちゃんは子供だしね」
「む! クーちゃん、ティアのこと子供扱いしちゃダメなんだからね。ティアはママなんだから」
むん、と胸を張る。
この会話に通訳は居ない。この大統領が日本語を話せるわけもない。この二人にとっては言語の壁など魔法でどうにかできる程度のものでしかなかった。
「――ふふ。素敵なお嬢さん方、今日はハンバーガーのことを見直してもらうとしよう」
そして、この大統領は常に自信満々だ。ハンバーガーに見直すも何もないだろうとクラックは思うのだが、それを口に出さない分別はあった。
店の中に入って席に着くとハンバーガーが運ばれてくる。さすがに通常営業はしていない。今、この時だけはこの場所はこの会談のためだけにある。
二人は大人しく従って出されたハンバーガーを口にする。日本では何かにつけて反抗しなければ気が済まないとまで思われているような二人だったが、それは子供を自分と同等として扱うことのできない人種ばかりだったからだ。
この大統領は二人のことを交渉相手として認めているゆえ、会話が成立する。
「……で、日本の処遇に不満はないかね? お嬢さん」
クラックに聞く。ティアマトには以前聞いたこと。
「さて……ね。ま、そんなもんだろうと答えておくよ」
「では、合衆国に来たまえ。君の能力は日本では活かされない。尖った杭を打つ、というコトワザが日本にはあったね? 強力な魔法少女はアメリカ式の運用でなければ、神棚に置いた飾り物でしかない。……ここでなら君の能力を十二分に発揮してもらえる。君はは威力もそうだが制御能力も一流だろう?」
「そこまで性急に言われても、ねえ」
クラックは苦笑いだ。けれど、ニヤニヤ笑いをしていない時点で”考えるに足る”と思っているのは明白。好機と見た大統領はほくそ笑む。
「良い反応だ。私は急がない。ゆっくり考えてくれたまえ」
笑みを浮かべた。好戦的で野心的な――日本の政治家とは全く異なる笑み。発展、進歩……そう言ったものが大好きな国民性が現れていた。
「……これは、さ。純粋な疑問なんだけど」
クラックが空を仰ぐ。本来、彼女は他人に答えを求めることはしないが、聞く耳持たないと言うほどでもない。むしろ、聞いた上で自分の意見を曲げないという厄介な性質を持っている。
「君たちは、どうしたいわけ?」
曖昧なことを聞いた。これには流石の大統領も首をかしげざるを得ない。だからクラックも言葉を重ねる。
「いや、未来の展望と言うやつだよ。世界はこうなるべき、とかさ――法律といっても所詮は社会的不都合の埋め合わせに過ぎないし、GDPは人々の豊かさを表してもそれはただの数字で人の心から乖離している。そう、誰もが今の世界が完璧などと思っていない。ならば、あるはずだ――千差万別の、それぞれの理想の世界と言うものが」
そして、扇動家のようなことを言った。
「ま、僕にはそんなものがないから救世主なんてものをやったわけだけどね。魔法と言うのは本来、世界を噛み砕き新しく作り直す力だ。けれど、僕らには作る世界などありえない。そんな想像力が僕らにはない」
言葉を切る。
「日本の政治家は駄目だ。確かに彼らはご立派だとも。最前線で責任を取って、民衆を導いているとも言えるね。けれど、あれは世論に従っているだけだ。彼ら自身に目指す世界などない。では、君はどうかな? アメリカ合衆国、大統領……マイケル・ウィルソン。あなたに目指すものがあるかな」
「――上を目指すこと」
言い切った。
「……?」
クラックはちらりと天井を見る。
「無論、二階などという意味ではないとも。そうだね、君は学生らしいし、こんなたとえが分かりやすいかな。今日90点を取ったのなら、明日は100点を取ること。そして、100点を取り続けること。いい大学に進学して、良い会社に就職し、ゆくゆくは起業し社会的な地位を得る。――誰もがやっていることに過ぎんよ」
それは特別なことではなかった。自分の将来を考えるならば、この考えには必ずたどり着くと言っても過言ではない。多少一般化しすぎているきらいはあるが、こういった俗な感情は誰もが持っているものだ。
「……ふぅ……ん……? まあ、言っていることは分かったよ。9割がた教科書的な理解だがね。まあ、地位というのは分からなくもない……かな」
うつむいて、考え込んでしまう。
「では、君の方はどうかな? 魔法少女『ティアマト』。君もこの世界を維持することしかできないから、セカンド・インパクトを止めたというのかな? この世界でやりたいことがない?」
「言ってること、むずかしくてよくわからない。クーちゃんも、あなたも、みんなもむずかしいこと考えるの好きなんだね。ティアはただ、居場所ができたらいいなって思っただけ」
「――なるほど、な」
席を立つ。
「今日はいいことが聞けた。部下に送らせよう」
それで、会談は終わりだった。実のところ、食事はファーストフードでもこの会談を実現するために億単位の金がかかっている。それでも、大統領はそれだけの価値があったとほくそえんでいた。