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第11話 もう一人の逸脱者


「――で、僕が話しかけてしまってよかったのかい?」


 やる気なさげに突っ伏している女の机に腰を預け、音遠が聞いた。しかし、その言葉は周りは届いていない。

 特殊な発声法で彼女以外には雑音にしか聞こえないようにしゃべっている……もちろん魔法ではないから近づいて耳を澄ませば聞こえるだろうけど、近づく不審人物を見逃すような二人ではない。なにせ、この二人は今でも現役の危険人物筆頭にあげられるのだから。


「いやいや、助かりましたよ。あの浮かれようを見るにティアマトからアタシに接触するとは思いませんでしたが、万が一にも三人娘みたいなことになったらと思うと背筋が凍る」


 突っ伏したまま、まったく動いたように見えない体制で、同様の発声法で返した。実のところ、そういう手腕では彼女の右に出るものは居ない。……これも、向こうに合わせただけで彼女ならば盗聴器の無効すらもやってのける。音遠では見つけるしかできないのに、だ。

 その犯罪においては右に出るものは居ない彼女の名前は茉莉ヶ丘(まつりがおか)林檎(りんご)。前科200犯にして、ことごとく証拠を残さなかったものの状況証拠で有罪とされてこの学院(研究施設)へと送られた経緯がある。


「どうも、三人”娘”になったのは俺のようだけどね」


 少し不服そうである。クラックと違って、女になったことには多少思うことはあるらしい。


「それはそれでいいのよ。アタシが望むのは中立――コウモリよ」

「……中立をコウモリを言うあたり、君の思想が良く出ているね。確かに君ほどコウモリと呼ぶにふさわしい女性は居ない」


「あまり褒めないでよ。ただ運が悪かっただけよ」

「へえ? あらゆる裏の組織を滅ぼして、自分だけは素知らぬ顔で逃げ延びる――証拠だけは残さなかったのが、まさか法の方が変わってしまうなんて誰も予想がつかなかっただろうよ」


 茉莉ヶ丘は優秀だった。テロを起こすだけ起こして拿捕された音遠とは違い――危険人物として目を付けられはするものの、逮捕するだけの証拠を残さなかった。

 だが、世の中の方が変わってしまって、危険人物なら証拠のあるなしは関係ないという世論が出来上がってしまった。


「おあいにく。変わったのは運用よ、そもそも昔なら自白だけで証拠にしてしまったんだから、他人の証言だけで有罪にできてもおかしくないでしょう? あと、運が悪いのはアタシの方よ。一昔前はサラリーマンなんて羨ましい人種が一つの会社に勤め続けるなんて、できたらしいわね。……なんて妬ましい、こっちはどれだけ渡り歩いたかも忘れたってのにさ」

「はは。なるほど――と言いたいが、俺には勤め人の感覚が分からなくてね」


「そりゃ当然よ、テロリストさん。あんた、一体どれだけの資産を爆破してしまったと思ってるの? お金なんてどうでもいいって奴の典型でしょうが、あなたは。裏取引をしたあたしと違って、そっちにはバックもないのに」

「さて、どうだろうね。ま、僕が舐められてるのはあるよ。健康診断なんて、実は普通に医者にかかった方が信用できるような役に立たない魔法だしね」


「そうね。あいつらは分かってない。この日本という一つの国から戦争する力を奪ったお前は、あのとき魔法なんて使っていなかったのにね」


「「――」」


 無音が満ちる。教室の、中学生らしい――それ以外の年齢も混ざっているが、女の子らしい笑い声が響く中、”ここ”だけは異質だった。誰にも気づかれず、ただただ異常としてそこにある。


「――ま、それなら良かったよ。俺は興味本位で動くけれど、あまり誰かの邪魔をするつもりはないんだ」


 テロで散々誰かの邪魔をした過去に何の感慨も持たずに言い放った。艦船、戦闘機……多くの人殺しの道具を壊して、ティアマトを背景に他国に攻め入ろうと強弁した人間どもを行動によって黙らせてしまった音遠。立ち居振舞いに危ないものなど見えないけれど、それでも特級の危険人物だ。


「アタシにとっては何も良くないけどね。でも、人間なんて悪意がなくてもこっちを破滅させてくれるんだもの。油断はしない、アタシはできることをやっているだけ。興味なんて追いかけてるほど暇じゃない」


 そして、この謙虚さが茉莉ヶ丘(まつりがおか)林檎(りんご)の本性。自分のできることをやる、それは誰でもやっていることと思うかもしれないが――それを実行し続けるのは不可能に近い苦行である。


「そんなに気負うものでもないと思うけどね」

「気楽では、生き残れないのよ」


 会話の内容どころか話していたという事実まで、最後まで誰にも悟られること無かった二人は、やはり誰にも気付かれずに離れていく。ただの気まぐれで偶然近くにいた、それだけの関係として処理される。この二人をそれぞれ監視する複数人から成る公安のチームですらも気付かない。


「はーい。みなさん、席についてくださいねー」


 そして、授業が始まる。ティアマトとクラックは、やっぱり寝ていたけれど。




「……はぁい。ティアマト? 少し、元気がなさそうね」


 そして、放課後になると茉莉ヶ丘は寝ているティアマトに話しかける。


「ん……そうかも。お昼、すこし食べすぎちゃった」

「あらあら。そっちのクリック・クラックの具合が悪そう? 全然食べ切れてなかったようね」


 くすくすと笑う。まったく嫌味がないが、それは香坂先生とは違って全てが計算付くである。そういう風に見えるよう振舞っている。素直などと、茉莉ヶ丘とは既に忘れ去った過去でしかない。


「まあ……ね」


 クラックは苦笑する。


「あらあら、食が細いのね? もしかして、それは……前と姿が変わったからかしら」


 ぽつりとつぶやいた。


「さてね」


 クラックに動揺するようなそぶりはない。


「そ。それで、ティアマト。楽しい?」

「うん!」


 満面の笑みで頷いた。


「それは良かった。安心したわ……私は行くわね」


 それは、心の底からの声だった。手を振って去っていった。友人と言うにはほとんど話すこともなかった。普通に言うなら、知人とでも言うべきだろう。


「……あ。クーちゃんは知らなかったね、あの子は茉莉ヶ丘(まつりがおか)林檎(りんご)。私の一番の友達だった子」


 嬉しそうに言う。が、ダークな雰囲気は隠しきれていない。一番というのは――実のところ、ただの比較でしかない。ありていに言ってしまえば……ただ一つならば、それはナンバーワンである。ただ話しかけられることがあるだけでも、それが唯一ならば――


「――面白そうな子だね」

 

 ちっとも面白くなさそうに言った。厄介としか言いようがない……クラックは利用されても構わないと言いはしても――他人の好きなように動かされるのは嫌いだ。

 そして、茉莉ヶ丘林檎と言う存在は、他人を利用することしか考えていない女だ。もっとも、それはクラックにとってはスタンダードな人間像で、彼女は誰よりも勤勉と言うだけだが。


「だいじょうぶだよ」


 ティアマトはクラックの手を取って、目を覗き込んで。


「ティーの一番のお友達はクーちゃんだから」


 ニコニコしている。天真爛漫、という言葉が良く似合う幼い笑顔だ。クラックは少し顔をか赤らめて、そっぽを向く。


「別に、そんなこと。……聞いてない」

「――ふふ。クーちゃん、照れちゃってかわいい」


「……むぅ」


 唇を尖らせて……けれど、振りほどこうとはしないのだった。



 そして、そのまま家へ。手は離すこともなく。


「……はぁ。少し、疲れたかな」


 家に着いた瞬間、クラックがぺたりと座り込んだ。ティアマトの家は外見こそ普通の一軒家だが、その中身は異界だ。座り込んだ床は人間の腕サイズの植物の根が張っていた。


「クーちゃん、床でねちゃダメだよ? ほら、ティアがいっしょにねてあげるから」

「――言い方」


「……? 言い方がどうかしたの」


 首をかしげる。ティアマトは幼い見た目と比べてすら、その精神性はなお幼い。成長するような他人との関係性を持てなかった女の子だから。


「いや、別にいいけどね。君相手にそういうことをするやつはいないと思うし」


 僕もできないしね、と呟く。理由は違うが。


「なに言ってるの? クーちゃん。ほら、歩いて」

「ああ、うん。まあ、いいか」


 べったりとくっついて歩き出す。ティアマトにとっては支えているのだろうが、歩きづらいことこの上なかった。けれど、伝わる体温がなんだか安心できた。


「はい、ついたよ」


 人間にとっては踏破不可能な道のりは、まるでも何も異世界のダンジョンそのものだ。だが、このダンジョンはティアマトの領域である。人間を容易に一飲みできる食虫植物どもはひとりでに避けていった。


「――うう、ねむ……」

「えへ。……だいぶ」


「……わ!」


 抱き着いたまま、一緒にベッドに飛び込む。ぼふんとベッドが弾んだ。


「さ、クーちゃん。おねむしよ?」


 ぎゅ、と頭を抱きしめた。彼女のない胸が無造作に当てられている。


「ティーちゃん、僕が男だっていたの忘れてる、でしょ……?」


 うつらうつらと船を漕ぎ始めている。


「んー。おぼえてるよ。でも、クーちゃんつかれてるでしょ? 授業のときだって、なにかやってたし」

「あは。きづかれちゃってた、かあ……」


 目の焦点が合っていない。


「さ、おやすみ。クーちゃん」

「……」


 ごそごそと動く。頭が働かなくなってきた。本能で安心できるものに縋りつく。しっくりくるポジションを探して身体をなすりつける。


「……ふふ、かわいい。あたまなでてあげるから、ねんねしよ?」

「……」

 

 目を閉じて、しっくりくるポジションを見つけたのか動くのをやめて、甘い体臭に包まれて――そのまま寝入ってしまった。


「ふふ」


 それを聖母のように優し気に見つめて、彼女もすぐに寝入ってしまった。





 学院最大の危険人物の登場でした。音遠琲人と茉莉ヶ丘林檎は魔法関係なしでヤバい人物。危険すぎて殺すことすらできないと言う時限爆弾。ヤクザでも、むしろヤクザだからこそ顔を見ただけで逃げ出すような奴らです。


 ティアマトと同じクラスにいるのは偶然ではなく、学院レベルでの生徒のクラス替えと退学(行方不明)――選別を繰り返した結果、核爆弾が集まってしまったという事情。核爆弾級の危険物でなければ、彼女にいるクラスに在籍し続けることはできない。世界を救った魔法少女、しかも精神性は子供そのままという爆弾と暮らせる人間は多くないのだ。




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