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第10話 音遠



 ――そして学校に行った二人は授業を受ける。


「ああ、よかった……! 皆さん、ちゃんと居ますね。先生、感動です!」


 教室に入るなり泣き出した香坂教師。見た目のまま子供がはしゃいでいるようにしか見えないが、喜びようはガチだった。大人が外聞もなくマジ泣きしている。


 ――よっぽどキツく言われてたんだろうな、と生徒たちの内心が一致する。ここまで一目瞭然であれば演技を疑う理由もない。

 昨日の夜、停電した。ただ部屋が停電するなら普通だが……その状況で部屋に引きこもるほど危機管理意識の薄い魔法少女は居ない。少なくとも、魔法少女『ティアマト』の居るこの教室ではそんな”とろい”少女が生き残れるはずもない。ゆえ、騒ぎが起きたことは認識している。

 ただ魔法少女達の管理を任されているだけの教師でも、”上”で何らかの大問題が起きているのは明白だ

と分かる緊急事態だ。学院の殆どの機能がストップしてしまったことを知らされなくても、推測はできる。今日に限ってPCの勤怠ではなく紙で勤怠を書かされたくらいなのだから。


「ふわあ、本当にみんな揃ってるなんて何日ぶりでしょう。もう一か月もこの光景を見ていなかった気がします……! ありがとう! 皆さん、ありがとう!」


 教師の彼女を見ていると、まるで卒業式か何かのような光景だ。

 クスクス笑いが聞こえるが、悪意を抱いているような視線はない。可愛い子供を見ているような微笑ましい空気、これはこれで彼女が人気であると言うことに他ならない。

 その人望でこの混沌を通り越した地獄のような有様のクラスで生き残り続けているのは伊達ではない。


「ああ、全員出席は3週間と2日ぶりだから大体一か月と言っても問題ないね」

「なるほど! ありがとうございます、音遠さん。あの、あなた.……いつも欠席してますけど」


「はは。まあ、さすがに今日はね? ただまあ、席は埋まっていても一応出席は取るべきじゃないかと俺はちょっと思ってたりするのだけど」

「はい! では、出席取りますよ。名前を呼ばれたら返事してくださいねー。……あの、本当に返事してくださいねー?」


 ものすごいハイテンションだった。いつも生徒以上に喜怒哀楽が激しい先生ではあるのだが、この光景を見てしまうと「すさまじきものは宮仕え」という言葉を思い出さざるを得ない。上に好き勝手言われる立場というのも辛いものだ。

 そして、授業は当然のように自習である。クラックは昨日と同じように教えてもらうふりをしながらティアマトに勉強させて時間は過ぎていった。


 ――昼休み。


 この学校では出前のような、学食のようなシステムが採用されている。下手に魔法少女を一所に集めて劇薬のような反応を起こされてはたまらない。

 しかし、学校給食のような”毒を入れやすい”方法を取るのも問題がある。政府側からならともかく、魔法少女に隙を突かれる形での”それ”はとても困る。

 だから結局、こうして朝のうちに注文を取って運ばれてくる出前形式になっている。これならば、仮に毒が入れられたとしても責を問われるのは体制ではなく個人の問題に帰するから。


「いいかい?」


 机をくっつけたクラックとティアマトに一人の少女が話しかけてきた。


「……うん? 君は――」

「俺は音遠(ねおん)琲人(はいと)と言う者さ。仲良くしてくれると嬉しい」


「……」


 クラックはちら、とティアマトを見る。


「うん、よろしくね。音遠君? 音遠ちゃん?」

「はは。すぐにばれたね。まあ隠すつもりはなかったんだけど――うん。呼び名は好きにしてくれといいたいけれど、ちゃん付けはやめてもらっていいかな。背中がぞわぞわするんだ」


「ん、音遠君」


 ティアマトはこくりとうなづいた。男女の性差について何も知らない子供のような反応である。


「ああ、そう言うと――君は」


 クラックは「ああ、そういうこと」と、わずかに同情の目を向けた。


「そ。俺は元男だよ。いや、この学校には体育がなくて助かったよ。代わりに体力測定みたいなのがあるけど、それは教室で着替えなんてしないからね」


 いや、元男の身分で女子の着替えを覗くなんて切腹ものだよ、と笑って見せる。――空笑いだった。


「ふぅん。元男ねえ、そういうのは少ないって聞いたけど」


 クラックは少し様子を探る。ティアマト以外に話すつもりもないし見抜かれるとも思わない。自分が元男だなどと。……もっとも、そんなものを気にしている人間はいない。そもそも、クラックは元人間かが議論されている段階。魔法少女『クリック・クラック』の過去は誰であろうと探れない。


「確認できているのでは俺だけだと聞いたよ。ま、こっちまで正確な情報が来るなんてあまりないけどね。そうそう、この学院だけでも他に二人ほどいることだし」


 こともなげに言って見せた。つまり、これは魔法少女には知らされない機密事項と言うやつだ。

 ちなみに、音遠はクラックのことを元男なんて疑ってすらいない。もっとも、元人間ということは確信しかけているけれど。


「……それは多いと思う?」


 クラックは視線の向きからバレていないことを確信する。まあ、別にバレていてもどうでもいいのは本音だけど。


「総人数からして少ない方だと思うよ。なんせ、世の中の男女比はざっくり言ってしまえば半々だ」

「ま、そりゃそうかもね」


 やれやれ、と首を振って見せる。


「話していて食べる時間なくなるのも困るし、ちょっと俺の机を持ってくる――」

「もってきてあげたよ?」


 ティアマトがちょこんと首を傾げた。いつのまにか机がくっつけられていた。……音もなく。

 もっとも、これは音遠が注意のしすぎだった。警戒、と言い換えてもいい、注意を一つに向ければ他がおろそかになる。普通の女の子のように注意散漫であれば、机の脚に触手が生えて音もなく自分で歩いてくる姿を目撃できただろうに。


「……へ? ああ、ありがと。いつの間にか机が増えてたと思ってたんだ」


 椅子に座る。


「いや、実を言うと気が付きすらしなかったんだけど。やっぱり、君たちの持ってるアーティファクトとは俺のとはレベルが違うね」


 やれやれ、と嘆息して言った。その言葉には嫉妬が全くなく、むしろ面倒なものを背負わされたものだ、みたいな同情のような視線があった。それは同情とは呼べないほど相手のことを突き放していて……悪意にさえ近かった。


「……まあ、そうだね。君の持ってる”それ”が凶悪なシロモノだと認識されていたら、ここにはいなかっただろうね」


 実感のあるクラックの言葉。魔法少女になってから二日と立っていないにもかかわらず、毒殺に銃殺と――人間だったら死んでいた。強力な能力を得るとはそう言うことだ。人の理から外れれば、人の法に守ってもらうことはできない。


「俺のアーティファクトは『メロディ』。ただ声を聞くだけで人の体調を判断できるだけの、大したことない魔法だよ」

「ううん、そんなことないよ。人をきづかってあげられる、やさしいまほうだと思うな」


 ティアマトがそう言った。音遠も笑みを返す。一方、クラックはその裏を推測して微笑をこぼす。


(……健康診断しか、その程度”しか”必要としなかったと言うだけの話だろうに。この音遠琲人に強力な魔法など必要ない。『アーティファクトには世界を滅ぼせる力がある』。僕もティアマトも覚醒しただけで、別に”当たり”と言うわけではない。……そもそもにして)


 自然に話している音遠を見る。冷静に冷たく相手を吟味していた。それ自体がすでにして不自然。世界を破壊できる魔法少女相手に、なかろうが変わらない程度の魔法で相対する――それは、すさまじいことだ。


(僕らは実験対象。もしくは討伐対象だ……どう誤魔化そうと政府の扱いはそんなもの。そんな風に警戒されているのに、元男が二人いるなどと言う機密事項をあっさりと抜き出しておいて。そこまでの能力があるなら、魔法なんて必要もない)


 けたけたと笑う。


「君は中々面白そうな人だね」

「ありがとう、クリック・クラック」


「クラックでいいよ。君はね」

「そうか、クラック。よろしく」


「よろしく」


 握手を交わした。


「――はやく食べなきゃ、さめちゃうよ?」


 ティアマトが言った。


「そだね」


 それぞれに箸を持つ。ティアマトの前には焼き鳥とごはん、クラックの前にはラーメンとチャーハン、音遠の前には大量の肉があった。


「……ところで、ティアマト。君、それで足りるの?」


 焼き鳥二本と、ごはんがちょこんとのったお茶碗――そう言う音遠の前には成人男性でも食べきれないような肉、肉、肉の対照的な風景だった。


「おどろいたのはティアだよ。みんな、なんでそんなに食べれるの?」

「いや、これくらい食べないと身体が持たないしさ」


「……ふぅん」


 よくわからない、という顔だった。一方、クラックの方は。


「……」

「クーちゃん、どうしたの?」


 どうにも箸が進んでいない。


「いや……なんていうか……」


 女の子になった弊害だった。成人男性だった時の感覚で頼んだせいで、まったく食べ切れる気がしないのだった。しかもこの量を前に胸焼けしてきて、なおさら食べられない。


「……てつだって、あげたいけど」


 ティアマトはむむむ、と茶碗を見る。彼女の拳一つほどの少量しかないが、それでもこれを食べて他のも食べるのは無理だった。朝、食べ過ぎた。


「嫌でないなら、俺が貰おうか?」

「……いい?」


 言いながらチャーハンの皿をそっちに追いやった。ラーメンを二口程食べて、油でお腹が膨れてしまった。ここの食事はおいしいと言えず、しかしまずくもない微妙なものだった。


「はっは。これくらいなら軽い軽い。けど、女の子って本当に食べないよねえ」


 パクパクと肉を口に入れていく。そして、チャーハンもどんどん音遠の口の中に消えていく。


「……ティーちゃん、こっち、少し食べてくれる?」

「うん!」


 頼られてうれしいのか、笑顔を浮かべる。もっとも、お腹が苦しいのかすぐに暗くなってしまったが。


 昼休みの後の授業は二人で仲良くお昼寝をした。もっとも、この二人がするものだから動く気をなくしての狸寝入りに過ぎなかったが。他の人間を信用することなんて、とうの昔に忘れてしまったから。




「――いや、愚かだよねえ」


 クラックは研究室の奥で嗤う。


「皆が授業に出席しているから安心だなんて、どうして思えるんだろう」


 けらけらと――からからと嗤う。見た可能性があると言うだけで抹殺リストにのる機密文書を、無許可で適当にめくりながら。


「こうして、今――僕が見てはいけないものを見てしまってるのにね」


 魔法少女にはもちろん、国民にも決して見せられない書類――それは魔法少女を対象にした人体実験の書類だった。

 ここにはモルモットのように拷問した時の反応を観察した時のデータはないが、健康検査と言って集められた血液のデータ。CTからストーカーじみた行動パターンの観察結果すらある。ここはそういう”健康データ”のような情報を集積した施設だった。

 そしてもちろん、各国が何人殺しても欲しがるほどの魔法のデータも眠っている。


「……ふむ。なるほど、そういうことね」


 パラパラと読み進める。クラックは別にとんでもなく頭が良かったりもしない。パラパラ見て分かることは、それこそ全体の概要くらいだ。

 天才ならばそれだけでも完全に把握できてしまったかもしれないが。


「別に詳細を知る必要はない。ただ傾向さえ知ればいい――僕が知りたいのは彼らの目的……魔法少女『ティアマト』に対する姿勢。僕についてはただ抹殺したいだけだろう? よくわからないなら殺してしまうのが手っ取り早いからな」


 自分についての情報を調べに来たわけではない。あの暗殺で姿勢はわかる。それに研究データとしても現れてから二、三日しか経っていないクラックのことなど、まずデータを増やす段階で碌にまとめられてもいない。そんなものを見るなど時間の無駄だ。


「けれど、ティーちゃんに対しては違うよ。君らはずっとあれに相対してきた。彼女をどうするか、どうしたいか――それは決めているんだろう?」


 そして、それはデータを見れば分かる。今の時代、必要のないことなど研究できない。ゆえにデータがあるのは、必要なもののみだ。


「隔離、洗脳……あとは効果範囲かな。こういう報告書と言うものは成功したように書くのが決まりで、当初の目的を果たしたかは読み取れないことも多い――ただ、成功してるはずもないしね」


 そこは勘というより確信だ。覚醒した魔法少女を好きにするというのは生易しいことではない。そも、覚醒まで逝けばそれは『洗脳が終了した』段階というほかない。アーティファクトが精神を再構成し終わった段階、終点から更に弄るなど不可能だ。それこそ組み直しでもしなければ。


「つまり、あいつらはティーちゃんを道具にしてしまいたいわけだ。まあ、考えてみれば当たり前。自分の命を他人に握られている状況ほど気味の悪いものはないというのが人間なのだろうね」


 魔法少女『ティアマト』は世界を救ったが――終わった今となっては、人類の命をその手に握る”人類の敵”というわけだ。役目を終えた英雄は不要、今の世に口は出すことは許さない……と。


 生き残ってしまった勇者は魔王になる、なんて使い古されたストーリー。そして、それは――


「許せるはずもないよねえ。ティーちゃんは僕が守る――なんて、キャラでもないけれど、少なくとも世界を守るよりやりがいがありそうだ」


 抜き出した書類は乱雑に放り出してある。目次だけ読むみたいなやり方をしてるから、もう足の踏み場もないほど散らかってしまっている。


「でも、人類を皆殺しにしてしまえばあの子は悲しむしねえ。……大変なものだよ、ホント」


 パチリ、と指を鳴らすと痕跡全てが消え去った。クラックが来る前と寸分変わらず――そう、10秒後にこの部屋に入って来る研究者の”彼”だって侵入者がいたとは考え付きもしないだろう。


 一つ、ため息だけ残して……クラックは消え去った。



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