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第9話 朝食 



 目を覚ました。隣には”彼女”がいる。目を覚ませば視界に人が居ることがとても嬉しくて、クラックは安心する。

 ティアマトは恐れ――そして畏れられる存在。魔法に目覚め世界救済を成し遂げたことで、逆に人の命を自由に奪うことができるようになった彼女の周りには今まで誰もいなかった。


「おはよ、クーちゃん」


 昨日はクーちゃんといっしょに寝た。だって、ずっと一緒だから。クーちゃんはとっても寂しがりなのにそれを隠そうとしてる。

 だから、わがまま言って困らせちゃう。だって絶対、わがままを聞いてくれるもの。わがままを言って、許される初めての経験。

 これが人間相手だと言ったことが恐喝になる、などとティアマトは完全に理解しているわけではないが相手の反応を見れば察しも付く。


 幼女二人、仮に保護者がこの家にいるとしたら和やかな光景だ。しかし、メルヘンの世界のような魔法少女のゴスロリ二人に反して、家の中はもはや魔界のジャングルだ。

 どこの図鑑にも載っていない木の幹を寝床にしている、虫はいないがなぜか巨大な食虫植物じみたアギトがそこらからぶら下がっている。仮に人間がここに居たら命の危機以外を感じる余裕などないだろう。


「――おはよう」


 クラックが挨拶を返す。友達と一緒にお泊り、とっても嬉しい。これが毎日続くと思うと、寝るのも起きるのも楽しみになる。


 あいさつをすること自体がとても嬉しいと、態度であけすけなまでに示している。それは、彼女に巣食う虚無のため。ティアマトはネグレクトを受けていた、だから反応を返されるだけでもとても嬉しく思ってしまう。

 普段感情を言葉にするのも、好きな人には自分の感情を分かってほしいから。そこまでしないと分かってもらえないと思っている。


「……朝食にしようか」


 ちょっと疲れた様子。


「うん。クーちゃんは甘いのがいい? それとも、すっぱいの?」


 ざざ、と木が動いた。大粒の果物がなっている幹が目の前に来る。林檎に見えなくもないが、もっと”禍々しい”。黒い文様がうぞうぞと動いていて、食べ物と言うよりもはや植物モンスターである。ティアマトの魔法である『生命』は、果物だけじゃなくて木の実でも肉でも何でも作れる。


「いや、さすがに果物で済ますのを二連続じゃあね。健康なんて僕らには関係がないけど、それはそれで(わび)しい気がするし。僕が作るよ、キッチンはない?」

「いいよ。でも、ティアが作ってあげる。クーちゃんは寝てていいよ」


 ううん、クーちゃんはこう言ってるけど――ティーがやってあげたいって思う。……キッチンへ行く。ぺたぺた忙しく歩いて行くティアマトの後ろを、とことことクラックがついていく。


「卵がいくつか。ベーコンと……あと焼き鳥? 悪くなってないかな、これ――」


 横からのぞき込んだクラックの感想。気にせずに卵を取り出して。


「ふんふーん♪」


 がしゃんと卵を叩き割った。明らかに力を入れすぎだった。砕けた殻がボールに入っている。


「えへへ、ティア料理もできるからね」


 気にせずにそのまま混ぜ始める。見様見真似だけど、こんなものだった。うん、前にママに作ってもらった卵焼きも黒くてじゃりじゃりしてたし。


「……ティーちゃん? ちょっと待って」

「――ん?」


 手を止めた。ゆずるつもりは、ないけれど。


「昨日はお世話になったから、ティーちゃんに僕の料理を食べてほしいな。……だめ?」


 クーちゃんはティアの目をのぞき込んできた。とても可愛いと思う。だから、

 

「うん、いいよ。楽しみ♡」


 にっこりとボールを差し出した。


「がんばって作るよ」


 クラックは苦笑して。そんなものはできないけど、力こぶを作る動作をした。


(――さて、”ここ”は多分ティーちゃんの家庭を再現したものなんだろうね。まともに調理器具がない……ま、僕らの親なんて呑んだくれとか仕事以外に興味がない生活無能力者とかがスタンダードなところが正直。特に気にすることもない、し……この子も望まないだろうね)


 ひょいひょいと殻を取り除く。一人暮らしだったから、適当な料理くらいはできる。腕が短くなってやりづらいが、対応できない範囲でもない。


(醤油、ないね。というか、砂糖も塩もないんだけど。なぜかめんつゆがあるね、便利だしこれでいいか)


 さくさくと進めていく。


「フライパンでうまく返せるほど料理がうまいわけじゃないけど、ティーちゃんは半熟と完熟どっちがいい?」


 ふと、思いついて聞いてみた。


「――え?」


 ぽかんとした。聞かれている意味が分からなかった。”ドッチガイイ”なんて――どういう意味?


「だから、半熟と完熟。とろとろの方がいい? それとも硬めの方が好み?」

「……んー?」


「分からないなら、二つ作るから半分こしようか」

「うん!」


 とっても嬉しかった。そういうのを聞かれたことはなかったから。


「――はい、完熟。もう一個半熟作るから」

「うん」


「終わり。ううん、やっぱり不格好だね」

「そんなことないよ。うん、とっても……うれしい」


 ティアマトは感動して、涙さえ浮かべている。宝物のように大事に、その小さな手で皿を抱え上げる。


「……うん、普通」


 クラックは自分の料理を一口食べてそう評価した。碌な調理器具もない上に味付けもめんつゆだけだ。焦げ跡もいくつかついている。

 出来栄えとしてはお世辞にもよくできたとは言えない。そんなものでも。


「――おいしい、よ。すごく……」


 ティアマトは口にした瞬間に泣いてしまった。

 それは初めての体験だった。店屋物はもちろん違うし、今まで来た人間達もそんなことはしなかった。ティアマトにとっての母の味は焼き鳥だ。気まぐれのように持っていた”それ”をくれてやった、それが覚えている風景のすべてだった。

 子供心に串は危なくて苦手意識もできたけれど、それでも忘れられずに寂しさを紛らわせられる気がしていつでも冷蔵庫に入れている。誰もここまで持ってきてくれないから、自分で入れるしかないけれど。

 いや、手料理を振舞おうとした人間は居た。――世界で彼女以上に注目される存在もない、ただ一人のためのフルコースを出され、そのほとんどを残したことはある。完璧を標榜する人間がその手で人が取るべき栄養を網羅した食事()を喰わせたことはある。けれど、それは”違う”。


 だからこそ彼女にそんなことをしたのは本当にクラックが初めてだったのだ。好みを聞いてくれて、しかも二種類作るなんて手間も。大した手間でもないが、自分のことを考えてそうしてくれたなんてことはなかったから。


「おいしい、おいしいよ。――クーちゃん」


 泣きながら食べる。クラックはため息をついて。


「こっちも食べる?」

「いいの?」


「ティーちゃんがそんなに食べるから、食欲無くなっちゃった」

「……ありがと」


 二皿。全部ティアマトの胃に消えてしまった。


「じゃりじゃりしてない卵焼き、はじめて食べた」

「そ、喜んでくれてよかった。また作ってあげる」


「ほんと? うれしい」

「さて、学校か。逆にさぼってしまってもいいけれど」


 事件が起きた――だからこそ普通とは逆に全員集めておかなければならない学校の事情を承知の上で、けらけらとそんなことを言った。

 生徒は全員監視対象で、吹っ飛んだデータを何とかするためにもまずは全員集める必要がある。もしくは位置くらいは掴んでおかないと話が始まらないのだ。被害状況を確認する前に、被害を広げかねない要素を掴んでおくのは当然。吹っ飛ばしたその張本人は”生徒”――魔法少女『アンビエント』なのだし。


「だめだよ。学校なんだから、ちゃんといかないと」


 えっへん、と可愛らしく薄い胸を張っていう言うティアマトだが、実際は登校日数は半分ほどだ。……何かが起きて呼ばれた日を除いても。数で言えば、3割にも届いていないのが実情だが、特にそれを気にしたことはない。


「……はいはい。分かったよ、ティーちゃんの言うことならね」


 クラックはその辺の果物をちぎって食べながら外に向かう。本来はトラップじみた食虫植物だが、手を食い千切られる前に素早く引けば回避は容易い。

 逆の手は仲良く手をつないで、二人で登校する。




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