第8話 光に蠢く人間ども
完璧な防諜を完備して、そしてついでに空調も入っているその偉そうな会議室に何人もの姿がある。華がない、どころか油が乗ったのを通り過ぎて酸化していそうな男どもが机を囲んでいる。
こういう会合は相場では夜と決まっているが、今は朝だった。それも10時と言う微妙に遅い時間帯。
「――さて、魔法少女『クリック・クラック』の話だ」
口火を切った男の名は伊達政宗、もちろん改名済みであるから本名である。歴史では織田家とは関係ないが、この彼は総理大臣・織田信長の一派である。名前にリスペクトなどなかった。
歴史再現のような遊びをするような余裕など今の世界に存在せず、政治家は”とりあえず強そう”というイメージを利用しているだけなのだ。
「どうやらアレには世界平和に従属する意志はないらしい。ゆえ、抹殺しなければならん。正式な決定、などはできるはずもないが――奴は我々に喧嘩を売ってきた。世界を敵に回したのだ。奴を野放しにするなど認められるはずもない。あのガキが世界を砕く前にその息の根を止めなければ全てが終わる」
断言した。人類には後がない、などと不安を煽る……この世では上司とはこのようなものだ。もちろん、上澄みの一部の話ではあるが。”上はいつでも先のビジョンを示し、やるべきことを明確にしなくてはならない”から、突っ走るだけ突っ走ってあとは部下に丸投げだ。
もっとも、じゃあ責任は取ってくれるのかと言えばそんなことはなく――責任を下に押し付けるのはファースト・インパクトが起こる前からの当然の事実であるのだが。
「『契約書』の魔法はどうなったのですか?」
一人が聞いた。全員がおじさん顔でティアマトあたりが見たら余り差異が見つけられそうもないのだが、しかし彼らは特定の分野のエキスパートだ。能力で言うならば一人一人が別方向に優秀。今発言したコイツは情報操作の専門家である。
「――無効化された。学院内での戦闘行為が確認されています。しかし、簡単な検査にて弄った痕を見つけました。効果が発揮する前に対処されたので、不発に終わったと見るのが正直なところかと」
「クリック・クラック――奴は何をやった?」
「簡単に虫眼鏡で精査しただけで証拠が見つかりましたよ。インクが途切れていました。そう、契約書は奴が文字を書く前から機能を果たさなくなるまで破壊されていた、ということです。成約さえすれば、効果があるかと」
「初回から見抜かれてるようでは騙すのも難しいだろうがな。確かあれは魔法で、しかも契約者の意思に反する署名は無効だったはずだろう?」
「……ッ!」
横から茶々が入ったが、実際その通りなので言われた彼は睨め付けることしかできない。最初から友好的な雰囲気など欠片もないが、掴みかかりそうな険悪な空気が満ちる。
「まあいい。そういう鼻の効き方も予想はできた。私は政治家だからな、一つではない答えどころか――そもそも出ない答えを強引にでも通すのが政治家だ。最後に成功させれば良い。……襲撃作戦の首尾は?」
「……申し訳ありません。暗殺は失敗、魔法少女『インサイト』は消滅、実行部隊は生きていますが――まだ使い物になるかどうかは怪しいですね。PTSDの症状を呈しています。また、魔法少女『アンビエント』が我々とは別の手のものに捕獲されたことが確認できています」
「インサイトの狙撃を防がれたか? あの予知狙撃を覆すとは――」
あくまで気にするのは作戦だ。魔法少女『インサイト』の戦略上の価値を議論することはあれど、彼女自身の安否が議題に上がることはない。もっとも、この場合はまぬけと言ってしまっていい。だからインサイトの生存に気づかない。
そして、アンビエントもまた何処に囚われたかも知ったことではないし、彼女が陰惨な人体実験を受けていようと何かを思うこともない。それに比べれば部隊員たちは言及されただけでも報われた方だろう。所詮、使い捨ての駒ということに違いはなくとも。
「いえ、覆されてはおりません。隊員の話では頭を吹き飛ばされながら話をしていた、と」
「……いや、待て。貴様、何を言っている?」
彼にとっては全く意味の分からない話だった。
ここに居る誰もがアニメやゲームになど、話に聞いたことがある程度のもので詳しくない。だからイメージなど湧くはずがない。頭を吹き飛ばされながらも動く存在など、それこそゲームの中にしかいないのだから。
「重ね重ね申し訳ありません。彼らの話は錯乱して信憑性は薄いのですが――魔法少女クリック・クラックは高度な治癒能力と不死性を有していると推測できます。つまり、脳に損傷を与えるのだけでは足りない可能性が……」
言いづらそうにする。そう、報告する彼とて実際のところは分かっていない。その部隊員と話した彼の部下はゲームもやっていたので分かるのだが――そもそもクラックが現れてから昨日今日の話である。
しかも、その部下が徹夜で仕上げて、入れ替わりで報告を受け取って読んだだけと言うのだから連絡は不完全。更に言及するならば、治癒能力と不死性を考え付いたのも部下である。それを丸暗記しているだけだから、話している方もハテナを浮かべる羽目になる。
「治癒能力? 不死性? なにを言っているんだね、君は――魔法少女の能力は原則として一つだろう」
ボスがそんなことを言ってしまった。
「はい。その通りです。しかし、監視カメラが生きていない以上、手掛かりは錯乱した部隊員から話を聞くしかなく……」
なにか、やりこめられたみたいな雰囲気になった。実のところ、”魔法は一つ”という事実などあてにはならない。
ティアマトの生命の能力でもって戦闘用生命体の創出から治癒までこなすように、一つの能力が幾多の結果をもたらすのは珍しいことではない。だが、彼がそう言ってしまったことで会議が沈黙した。
「……では、毒殺された秘書についてはどうだ?」
だから、本人が別の議題を出した。
「は。彼女の名前は槙場すすきの――社会党の一派の様ですね。もっとも、弱小の派閥が押し付けられただけでこの人選に深い意味はなかったようです。この社会党は白です、それができないほどの弱小派閥だから選ばれたので当然ですが。なにかしらクリック・クラックの癇に触り、毒殺されたと考えるのが自然でしょう」
「……ふむ。毒殺――治癒、毒、手を触れずに相手を気絶させる力。それではあまりにも能力が多すぎるな」
「はい、しかしそのあたりは気にしてもしょうがないでしょう。アメリカの魔法少女『トーチライト』に関しても、追い込まれれば追い込まれるほどに強くなる――そのメカニズムについては不明です。あのレベルの魔法を議論することは無意味であるかと」
「そうかね。しかし、それでは頭を撃ち抜いても死なないとか言う能力までどうにかなるものなのかね。対策は?」
やはり茶々が入る。しかも、今度は主人ではない別の男だ。もっとも、その疑念はもっともなものである。
問題は――出るのは疑念であって、解決法など何一つ出てこないと言うことだが。これは旧時代からありふれた問題であった、自分には関係ないとばかりに”正しい”文句ばかり並び立てるのが上に立つ人間である。だが文句で終わるのが世の常。
「では、あなたが解析していただけるのですか? できるとも思いませんがね、金勘定が仕事のあなたでは」
「それは私の仕事ではないな。疑問を提示しただけだよ。素人の質問にも答えられないようでは、貴様の執務能力にも疑問を覚えざるを得ないがね」
ギスギスしている。これが常だった。いつもこうだ、見栄と面子――そればかりを気にして睨み合う。人間が集まればどこにでも生まれるいつもの光景。
「金を数えていればいい貴方と違って、こちらは不確定要素が多すぎるのでね。調べればわかることが全てではないのだよ。むしろ、その方が多いとさえ言っていい。……分かるかね? 魔法というものは千差万別に過ぎて定義すらできない。株や為替とは違うのだよ」
「ふん、言い訳にしか聞こえんがね。この世に存在しているのだ、説明できないはずはない」
「――貴様ら、言い争いならよそでやれ。そんな下らないことを聞いている時間などない」
この場の主人が止めた。
「失礼しました」
「申し訳ありません」
二人とも引いた。
「……奴をしとめるチャンスならまだいくらでもある。襲撃を重ね、解析しろ。悠長にやっている暇はない。迅速に、しかし確実に追い詰めろ」
立ち上がる。わざわざ朝に開いたのはしっかりと睡眠をとって顔色をよくするためだ。疲労を見せることなく精力的に働き続ける、それが”今”の政治家にとっては不可欠だ。働き続ける、それに意味がある。一般人が見ていなくとも、所作は普段の行動に現れるのだから。
……まるで2昔は前の、”居残り続けることに意味がある”時代の労働のように。新時代に当たって、窮地に陥った人類は新しいステップに登らざるを得なかったなどとメディアは言うが――部分的には時代が逆戻りしている。
「奴に接触しようとする勢力は?」
思い出したように聞いた。
「彼女に接触しようとした組織については全て事前に処理しております」
当然のように言った。その言葉の意味は、察知する範囲において”使者はすべて殺した”ということだった。『世界を滅ぼす』能力を持った魔法少女を取り巻く”環境”――それを良く保つには相応の犠牲は仕方ないことだった。
その意味が自分にとっての都合が”良い”でしかないことを、この会議に参加した誰もが自覚してはいなくても。
「ならば良い。奴がいつ世界を滅ぼすかは分からない。我々はその前に倒さねばならない。そして、リミットを引き延ばす対策ならいくらでも打つべきだ」
吐き捨てて、次の仕事に向かう。
――しかし、笑えることがあるとすれば、それは誰一人”クラックは秘書を殺していない”という可能性を考えていないことだろう。そして事実、毒殺はクラックの仕業ではない。
彼らとは別の勢力がクラックを毒殺しようとして、哀れな彼女は流れ弾に当たってしまっことこそ事実。しかも、クラックはそれを食べ物ではないとまで言ってあげたのに。
誰もがクラックの悪意を疑っていない。それこそが力を持つ弊害、本人の意思など無視して完全無欠の聖人君子が求められる。
これは実際に”世界を滅ぼせる”人間が居たらどう思うのかと言う話だ。核爆弾のボタンを握る子供が居たら怖いのは当然のことで、”皆”のことを考えるならその生意気なガキの眉間を撃ち抜くのが最善であることは間違いない。力持つ人間など殺してしまうべきだ、いつ間違ってボタンを押すかわからない。
――そして、真なる問題は”それ”が核爆弾程度では済まないと言うこと。
『ティアマト』を殺せば、彼女の能力が消え人類の9割が死に絶える。それは世界の滅亡と同義。1割いるならアダムとイブよりイージーゲームか? そんなはずはない、”1割残る”からといって彼女を殺す責任を背負える人間はいない。
『トーチライト』についてはアメリカの管轄だから無視できる。人間、自分には関係ないことにはとてもドライになれるものだ。
だが、クラックは? 核爆弾を持つ子供の三人目――しかも、クラックは前の二人と違って身元が不明であるのだ。ティアマトには、娘を政府に売って豪遊している母親がいる。トーチライトは、実の娘に殺されてしまった彼女の両親がいる。
二人の身元を調べれば背景は分かった。それが勘違いだとしても、背景を知ればその人のことを分かった気になれる。”それ”がクラックにはない。一切不明……不気味な虚無であり底なしの奈落。
だからこそ、クラックは命を狙われる。話が戻って、”核爆弾を持った子供”で背景がない幽霊のごとき人物だから。怪異が最も力を発揮するのは謎のベールに守られているとき、そんな怖いものを隣に置けるほど人の心と言うのは広くない。
クラックが戦うのは人々の疑心暗鬼。クラック自身に人を信じる気持ちがないのだから、信用してもらおうと思う方が間違っている。それは自身も自覚する”全てを敵視する”性質のために。破壊――それを扱う精神性は敵意を持たずにはいられない。
ゆえに破滅は加速する。人類はあらゆる全てを質にいれ、親兄弟すら血と屍の山に投げ込んで――すべては魔法少女『クリック・クラック』を斃すため。そして魔法少女『ティアマト』の人類支配からの脱却のため。
誰も彼もが天国を目指して地獄へまっしぐらに向かっていく。――これはそんな物語。