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第7話 ただいま



 クラックは学院のどこか裏寂れた階段の裏に来ていた。この誰からも忘れ去られた場所ならば監視カメラはない。

 そういう死角のような場所は偏執狂的に監視網が張り巡らされたこの学院にも何ヵ所かあり、クラックは初日だと言うのにそれを把握していた。逃げ場所を探す習性は生来のものだが、魔法少女になってからは精度の桁が違う。


「――っぜえ。はあ……ッ!」


 膝をつく。今までの強気な態度が嘘のようにクラックは消耗していた。

 いや、そんなものは強がっていただけだ。それが誰もいないことでさらけ出されている。もう片方の膝もつき、手もついて、まさに息も絶え絶えと言った有様だった。誤魔化すだけの体力すらなかった。


「ぐぐ――力を使いすぎた。少し使うだけで……これか」


 満身創痍、そして頭を吹き飛ばされたダメージはほとんど関係がない。能力を使ってしまった――ただそれだけでここまで疲弊している。

 覚醒した魔法少女にMPなどという概念はない。”どこまでも”、”限度などない”、それが本質。……なのに、ここまで消耗しているのは全く抜けないダメージによるもの。ティアマトにより埋め込まれた魔法の作用が続いている。


「……ぐ」


 立ち上がろうとして、しかし腕が震えるだけだった。実際のところ、クラックは現在進行形で死にかけである。

 無限の力を持つ『世界を滅ぼす』ほどの魔法少女が立ち上がれないほどに弱まっているのは、それが原因。頭が吹き飛ばされたことなどいまさらと言えるくらいに――弱っている。


 それはサーズデイの置き土産でもある。彼女は最後にありったけをクラックに向けた。

 実際に手を下したトーチライトなど完全無視する形だが、クラックにとってはとばっちりと言うほかない。ただ覚えてほしくて”捧げた”のが、反転して攻撃として作用してしまっている……好意を知らない彼女は”敵意を向ける”ことでしか世界に対する術を知らなかったから。

 それは今もなお、冷気としてクラックの身体――アーティファクトを蝕んでいる。


 ――そして、さらにティアマトの施した生命までもが毒として作用している。覚醒段階のⅢともなれば、一つの宇宙と同義だ。

 ゆえに他者を受け入れる余地はない、回復魔法だろうが支援魔法だろうが別の宇宙(法則)に働きかける以上はそれは毒にしかならない。無限増殖する”生命”、身体を癒すはずの”生命”が内側から破壊する。


 以上、二つの要素にクラックは蝕まれている。そして、クラックにはそれをどうにかする気もないのだ。ティアマトのそれ(生命)を拒む気はない。なぜなら、純粋な善意を向けてくれたと感じられたのは初めてだったから。それは毒にしかなっていないけど、結果など関係がない。まあ、善意が攻撃になっているサーズデイについては本意を知らない以上、敵意しか持ってないのだけどそっちだけ破壊するような器用な真似ができないのだから仕方ない。


「……クーちゃん」


 そこにティアマトが現れる。ちょこ、と階段横の壁から頭を出す。実のところ、ここは特別なIDを持たないと入ってこれないのだが、二人とも当然のように鍵も警報も無視してここに居る。


「――だいじょうぶ?」


 ひざまづくクラックの頭をぎゅっと抱きしめた。実は校舎裏での決闘から最期までクラックのことを見ていた、手を出さなかったのは単にクラックが口に指をあてて「しぃー」と言ったからだ。だから、黙って見ていた。


「あは、問題はないよ。ちょっと遊び疲れただけ。でも――もう少しだけ、こうしてほしいな」


 力を抜いて身体を預ける。弱っている姿など決して見せない、などと誓っているわけではない。人間であったときは、他人にその姿を見られることもあった。だが、その度に首筋にナイフを当てられているような不快感を味わっていた。それが、今だけは”ない”。


「うん、いいよ。ティアに、たくさん甘えていいからね。クーちゃん」

「ありがと、ティーちゃん。少し、寝てもいい?」


 柔らかさを感じる。甘い匂い。幼いティアマトの胸はぺったんこでも、子供らしい柔らかさがある。ふわふわと包み込まれる柔らかさに安らぎを感じて。


「いいよ」


 クラックは抱きしめられたまま、目を閉じる。頭をなでられて、どこか安心するような心地になるのを感じながら、まどろみに落ちていく。




「――」


 そして、ちょうど2時間。クラックが目を覚ます。


「おはよ、クーちゃん」


 身じろぎもしていないが、わずかな変化にティアマトは気付く。今まで飽きずにずっと頭をなでていた。そして、目覚めた後でも撫でるのは変わらない。

 とても機嫌がよさそうにクラックを甘えさせている。


「……おはよう」


 やめてくれとも言えずに身を任せる。動かせるまで回復はしたが身体はだるい。それすら無視しようと思えばできるものに過ぎないが――そんな気はなくなってしまった。ずっと、いつまでもこうしていたいと思う。


「ん―」


 ティアマトはそのままの体制で宙を見つめる。


「どうしたの?」


 だいぶ間延びした声で、普通より何拍も遅れて会話する。


「クーちゃんがおきたなら、おうちに帰った方がいいかなって」

「家、ね。そういえば、僕の家は――」


 この体では帰る家など無いな、と苦笑する。そもそも片付けられて今は新しい住人のために掃除でもされているだろう。もしくは、まだ死体として見つかってはいないかもしれない――心臓麻痺で機能を停止した男の体は。


「……? クーちゃんはティアと住むんだよ?」


 ティアマトはまったく意味が分からないという顔だ。彼女の中では完全に決まっていたらしい。何を言い出しているの、と言う顔だが――クラックに言わせればそれはこちらのセリフだと言いたいところだった。


「……いや、あのね」


 さすがに――と、言った顔だ。


「クーちゃんはいっしょに住むの!」


 子供の我がままだった。やだやだやだ、と駄々をこねる。


「……ああ、いや。何と言ったものやら……」


 そんな彼女にクラックは困ってしまう。どうしたらよいのかわからない、けれど――彼女が悲しそうにしていると胸が痛む。


「いっしょに住んでくれないとヤ! ぷんぷん」


 ぎゅう、と力いっぱい抱きしめられて抜け出せない。いや、子供の力だ、抜け出すのは簡単でも振りほどく気にはなれない。


「……ねえ、ティーちゃん。聞いてくれる?」

「いっしょに住んでくれないと、きいてあげないもん」


 ぷい、とそっぽを向いてしまった。たっぷり10秒は経った後。


「ティーちゃん、僕はね……男なんだ」

「そうなんだ。……あ!」


 一瞬だけ、何言ってるんだろう? と言う顔をして、そして理解したのか……慌てだした。


「じゃあ、クー君って呼んだ方が良かった?」


 恐る恐る、と言った様子で聞いてきた。気にするところがずれている。

 小学生でも、今時の子は知識くらいはある。いささか異常とも言えるほどの幼さ――が、魔法少女ならば不思議ではない。どいつこいつも、どこか捻じれて歪んでいる人間未満である。


「いや……あのね……」


 頭を抱える。この場合、説明するのも難しい。説明すること自体がすでにしてアウトだ。クラックには、下半身の”もの(息子)”などもう無くなっているとはいえ、それでも。


「あ! そうだよね。クー君って呼んだ方がいいよね。クー君、男の子だもんね」


 目を伏せた。悪いことをしたと思っているのだろうが、それは完全に的外れだった。


「違うから。あと、男の子でもないから。この体は女の子だよ。別に呼び方はクーちゃんでいいよ。でも、僕は君くらいの女のことにはおじさんと言われるくらいの年齢だったんだよ?」

「……うん。で?」


「で?」

「で。」


 沈黙が満ちた。


「うん? けっきょく、クーちゃんは何を気にしてるの? クーちゃんでいいんだよね?」

「ああ、うん。それでいいよ。ティーちゃんは男と一緒でいいの? こんな姿をしてる元男なんて気持ち悪いだろ」

 

 諦めてため息をついた。お手上げだった。こんな純真な子供にそういうことを教えるなんてできそうもないから。まあ、逆に自分に対してはもう申し訳なさすら浮かんでくるが。


「クーちゃんは女の子、なんだよね? そういうことでいいんだよね?」

「――ああ。そういうことね。まあ、ティーちゃんが気にしないなら、いいのかな……どうせ僕らに挨拶に行くような親なんて、ねえ。うん、気にしてもしょうがないしね。ティーちゃんがそれを望むなら、僕は一緒にいるよ」


「……クーちゃん。けっきょく、なんだったの?」


 頭にハテナを浮かべて聞く。ティアマトにとっては男女の話などよくわからなくて、好きな人と一緒に居たいと言う子供じみた我儘しかない。そんな難しい話は分からない。


「うん、ティーちゃんと一緒に住むって話かな」

「そうだったね♪。えへへ、ずっと一人だったから楽しみ。わくわく♪」


 はしゃいだ様子。自分の要望が通ったと分かって満足げだ。


「――」


 一緒に暮らしている人間はいないのかと聞こうとして、やめた。そんなことに耐えられる人間はいない。監視役が必要だとして、メイドを潜り込ませて――そいつは心と体が何日持ったことやら。そして、何人の心を壊されたことで政府は不可能と判断できたことやら。


「さ、いこ。あんないしてあげる」


 手をつなぐ。繋いでばかりだな、とクラックは自嘲する。なぜか安心してしまうから、やめられない。


「うん」


 そして、着いたのは一軒家。どこにでもある、という形容詞が似合いそうだが――そう言ってどこにでもあったためしもない。二階建て、幼女一人が暮らすには広すぎるが、世界を救ったほどの人間が住む屋敷と見るなら侘しいにもほどがある窮屈な小屋。


「――面白そうだね」


 クラックはほほ笑む。が、”これ”を前にしてほほ笑むことのできる人間もそうはいない。見た目はただの一軒家だ。だが、ホラーハウスのごとき”気配”が無数に蠢いている。魔法少女『ティアマト』の住処が普通であるはずがない。

 ――この家の”中身”は変質している。


「えへ。とってもひさしぶりに言うね。ただいま」


 とても嬉しそうに、そんなことを言う。同居人が居なければ言わない言葉だ、「ただいま」など。まあ、言うべきクラックは隣にいるが。


「……おじゃまするよ」

「もう、クーちゃん? ただいまでしょ」


 少しばかり、怒った。


「うん、ただいま」


 少し笑んで、言った。あの階段からずっと、手をつないだままで。


 そして、やはりというかティアマトが一緒に寝ると言い出して、クラックはむくれる彼女に勝てなくて、結局流されてしまうことになる。


 夕食は、なぜか家の中に生えている果物を食べた。この家の内側は、もはや魔界とすら言える人外の領域。薄皮一枚を隔てた外側が普通と言える外見を保っていても、その内側は人間が認識できる世界ではなかった。




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