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第6話 魔法少女という存在



 アンビエントは訳も分からず立っている。そもそもあの一撃で力を出し尽くしてしまったのもあるが――突然話している相手の頭が吹き飛んだ。それ自体はスカッとする出来事ではあるものの、今のところは呆然とするだけだった。

 狙撃した銃弾の音が遅れて聞こえてきても、それがなにを意味するかはアンビエントにはわからない。


「「……」」


 そして、一分を数えたころ――装甲車が乗りつけてきた。


「……お前たちは」


 問答無用とばかりに銃を構えた男たちが下りてきて、発砲する。一言も話さない、正規兵かはともかく、しっかりとした訓練を受けたに違いない。


「……っち!」


 逃げようとして、足が崩れ落ちる。限界を超えた代償、アレは覚醒したわけではなかった。自らの起源を自覚して少し魔法の使い方が分かっただけだ。だからこそ、この状況は最悪だった。……魔力0、すっからかん。

 アンビエントはもう戦えない。


「八方ふさがりかよ。気に喰わねえ……ッ!」


 できるのは歯噛みすることくらいだ。


「――君たちはさあ、思わないわけかな?」


 イラつきを含んだ声が空気を揺らす。いつの間にか立ち上がった首なし死体から声がする。

 間違いなく死んでいたはずだった。魔法少女でも頭を吹き飛ばされてなお動くなど、この場にいる誰一人として予想だにしない不気味にしてグロテスク。

 余りの光景に訓練を受けた男たちでさえ動きを止めた。


「こんないたいけな少女をぶっ殺そうとなんて、さあ――お前たちは良心というものをどっかにやってきたのか?」


 とことこと首なし死体が歩く。よく見ると赤黒い肉の中心、声帯がある場所がひくひくと収縮している。まるで、しゃべっているように。この凄惨極まる悪夢を前に、いくら訓練を積んでいようが人間でしかない兵隊たちは……


「「――ひ、うわあ……ッ!」」


 銃声が連続する。

 悪夢を前に、発狂したように隊員たちが引き金を引きながら絶叫する。それは先までの統率された動きからは想像もできない悲鳴だった。

 必死に銃口をそちらに向けて銃火を浴びせかけても、その銃弾は途中で止まって地に落ちる。まるで抵抗にすらなっちゃいない。


「いや、無理だから。勝ったと思った瞬間を狙うのはいいけどさ――気付かれたのなら失敗だよ。さっさと逃走に移るべきだったね」

「……」


 そんなことを言われても撤退は命令されていない。有効な攻撃手段も見つからないまま――この惨殺死体に相対している。

 気が狂いそうな恐怖の中、降された命令にしがみつく。皮肉なことに精神を保つ唯一の手段である”それ(命令)”が、彼らに逃走を許さない。


「ま、手遅れなんだけどさ」


 顔があれば見下していただろう底冷えする声だった。


「……」


 睨み合う。……今のクラックに目があるとしたら、だが。


「ま、寝てな。どうせお前たちなんて、もう消耗済みのリストに加わってるだろうけどね」


 パチリ、と指を鳴らすと男たちが崩れ落ちる。

 彼らは決して弱くない――特殊部隊としての訓練を受けた一流の兵士だ。表に出る人間ではなくとも、受けた訓練は本物……なのに、クラックの前には手も足も出ない。クラックと”まともに戦う”とはこういうことだった。

 勝負の土台に上がってしまえば、勝負にならない――


「さてさて、彼らはどうするのだろうね。もう決定的な事態は履行済だ。後は片付けるだけ。事態をどう収拾するか、ね」


 顔をつるりと撫で上げると元通りになっていた。


「で、魔法少女『アンビエント』。君はどうする?」

「――え?」


 いつの間にかダメージは無に帰されていた。クラックの血に濡れたゴスロリも嘘のように奇麗になって、発散するような不機嫌さえ消えている。


「うん、話は単純なほうがいいよね。ね、アンビエント――君は僕の友達になってくれる?」


 笑っている。先とは違う種類の笑いだが……それが何を意味するかは目の前のアンビエントはもちろん、クラックも分かっていない。


「……」


 彼女はじっと、クラックの顔を見て。


「――いやよ。誰がお前なんかと」


 フった。


「あ、そ」


 嘆息して、顔を伏せて。顔を上げたころにはいつもの全てを馬鹿にするようなニヤニヤ笑いが戻っている。


「なら、君とはここでお別れだね。忠告だけど、逃げた方がいいよ」

「どこに逃げると言うのよ」


 クラックは答えず、肩をすくめて去っていく。




 そして、男たちが来る前。


「……」


 とあるビルの屋上で対物ライフルを抱えた少女が静かに涙を落していた。――感情は擦り切れた。ただ命令に従うだけで、逆らう気概などどこにも残っていない。移動しろなんて命令も受けてないから、ただ待機する。待機して、動かせない手足をそのまま投げ出して泣き続ける。


 彼女に課せられたのは暗殺任務だった。

 魔法少女『インサイト』は限定的に未来を読む。その能力はわずか1秒先にも届かないけれど、銃弾一発を当てるには十分だ。現実にはありえない、ビル街の間を縫う狙撃。逆に言えば、彼女にはそれしかできない。ナイフ一本で殺せる”か弱き”魔法少女。

 裏切った時の処理の容易さもあり、よく便利使いされていた。


 任務で何人も殺すうちに心は風化した。ただ未来を見続けて、見続けて――人が死ぬ瞬間を見たら引き金を引く。そしてその死を実現させる。その繰り返しのうちに、心は風化して、大事に思っていたものも忘れてしまった。


 ――心が、死んで。けれど、いくら心が死んでも身体は人間だ。少女の身体は対物ライフルの反動に耐えられない。腕が砕けて、肋骨が折れた。それが一発の銃弾を放つための代償だった。望まぬ人殺しをする代価。破壊された箇所が痛くて、痛くて、痛くて……泣いてしまう。


「――何が悲しいの?」


 こくりと首をかしげて幼女が聞く。それは1600m先で死体になっているはずの幼女の姿だった。クリック・クラック、彼女が同時に二つ存在している。時間軸すら破壊して、自分が二人いると言う状況すら作ってしまうほどの魔法。


 それがここにいるという不条理に比べれば、最上階でもないビルの一室にいるだけのインサイトを見つけ出した理不尽などなんでもない。狙撃は高い場所で行うという絶対的な基本を無視するという、隠れるにしては完全な回答をしているのに。


「……?」


 その少女は首をかしげる。殺したはずなのに、なぜ――と心にさざ波が走るが、それは像を結ぶまでに至らない。もう世界に興味が持てない。撃てと言われた、撃った――後のことを考えるような心の余裕はない。


「生きることは苦しいよね。辛いよねえ。世界は冷たくて、くれるのは負担だけときた。それを試練と呼ぶ人もいるけれど、そんなのはまやかしに過ぎない。きっと、そいつの周りには優しい人間がたくさんいたんだろうね。しかし運が悪いと、もう挽回も不可能だ。君の不幸は取り返すのが不可能なところまで来ている」

「……」


 インサイトは頷いた。長々とした科白を理解する気力もなくて、理解したのは自分が不幸で取り返しがつかないと言われたことだけ。ここまで来たら取り返すのは不可能だ、傷ついた心は再生などしない。確かにそうだ、と思っただけで声に乗せる気力もない。幸せになりたい、なんて思う心も擦り切れた。


「だから、死にたいのなら殺してあげる。あらゆるものを破壊するこの僕の魔法で塵も残さず世界から消してあげる。……どう?」

「……」


 じっとその顔を見つめる。クラックは真剣にこちらを見ている。何か……答えを探すかのように。


「さあ、教えてくれ。この世界は生きる価値があるものか」

「……」


 1秒、2秒――1分経とうとも、魔法少女『インサイト』はただ見つめ返すだけだった。


「なるほど、それが答えか」


 やはり、クラックは真顔だ。それこそが重要なのだが言うように。


「それはお礼。好きにすると良い」

「……」


 ちらりと視線を横に向けると血塗れの盗聴器と爆弾が転がっていた。逆らえば爆破すると言われて身体に埋め込まれていたものが、なんてことないみたいに――気落ちするほどあっさりとただの床の上に放置されていた。

 外科手術で取り出そうとすれば爆発するとも聞いたが、どうやらそんなことは目の前の幼女には関係がないらしい。


「じゃあね。君とは、また会いたいな」


 来た時と同じように唐突に消えてしまった。その現象について推測する気などない。ただ消えてしまったと思うだけ。彼女も、そしてしがらみも。今なら、何でもできる。


「うご……ける……?」


 今なら理解できた。いつもこの大きな狙撃銃を使わされていたのは身体を破壊するためだ。回収するまでに逃げられないように――そして、その後も治療中ならばどうにでもするのはたやすいから。


「……じゆう?」


 いつもの癖で未来視を発動させ、見えたのは立っている自分だった。当然だ、0.5秒先の自分を見ても風景が変わるはずがない。だから、能力には頼れない。周りには誰もいない。通信機は無惨な残骸を晒している。

 今、この瞬間は――自分だけだ。


「――」


 銃を見る。指が砕けて離せないだけだった”それ”を、指が治った今でも持っている。どうやら自分は離さなかったらしい。それを想って……


「――ッ!」


 空に目を奪われた。


「……きれい」


 自らの意志で見た空は美しかった。魔法少女になる前はいくらでもやっていたことだったのに――


 そして、ここに到達した回収班が見たのはもぬけの殻になったがらんどうの部屋だった。




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