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刺客 【その 1】

 尚宮サングン達が走り回ってくれたおかげと、国王自らの「褒賞」として与えられた俺の護衛官パク・シルが翌朝出頭して来た。挨拶を兼ねて外へでた俺をパク・シルは笑顔では無く怪訝な顔で迎えてくれた。


「……パク・シル、何か不服そうだな」

「いえ、そう言う訳ではありません」


いや、顔にはっきりと書いてあるし「不服です」と。


「これから、長い付き合いになる。言いたいことがあったら今のうちに言っておけ。遠慮はいらん」

「……お恐れながら、臨海君イメグン様にお尋ねいたします。私は『罰』を受けると伺っておりました。それが、なぜここにいるのでしょうか」


そんな事は決まっている。自分の足で歩いて来たからだ、と答えたらきっとパク・シルはこのまま帰ってしまうだろう。間違いなくこの男は冗談が通じる相手だとは思えない。


「パク・シルよ、お前の言う通りお前は今、ここにいる。それが『罰』だ」

「……私には、意味が分かりません」


まあ、普通はそうだわな。『罰』と言えば体罰と相場は決まっている。体罰でなくても降格とか罰金とか……自身への『不利益』が罰だ。しかし、パク・シルは当然に体罰を受けている訳でもなくここにいる。おまけに宮殿に入るためには別将プジャンでは無理なので従事官チャンジグンに昇格している。当然に服装も従事官チャンジグンの服装に変わっている。


所属も逮捕庁ポドチョン(警察)から義禁府ウィグムブ(近衛隊)へ変わった。知らない者からすれば『罰』どころか大出世だ。


「余はお前に『罰』を与えると言った。その言葉に偽りはない。お前はこれから余の護衛として余の盾となり時には剣となって命を掛ける事になる。それが余からお前に与える『罰』だ、パク・シルよ」

「……臨海君イメグン様の『罰』をお受けいたします」


なかなか、頭の方もクレバーのようだ。


「パク・シルよ、お前は武術をどのようにして誰から学んだのだ。余に教えてはくれまいか」

「……臨海君イメグン様、少々長い話ですがよろしいでしょうか」

「構わん、ただ外で立ってする話でもなかろう。中へ入れ」


俺は、パク・シルを伴って部屋に戻った。ソン・ヨナが入れてくれた茶を飲みながらパク・シルの経歴を聞く事になった。パク・シルは全羅州チョラドの海に近い所で武官の家に生まれた。父親は1555年の「乙卯倭変ウルミョンウエポン」(大規模な倭寇)で命を落としたそうだ。


そのため、家勢は傾きパク・シルは半ば科挙を諦めていた。

そんなパク家に食客として逗留していた武士ムシ倭変ウェポンでは父親の亡骸を持ち帰り、さらにパク家の家計を助けてくれたらしい。


彼はパク・シルが成長すると剣術や槍術、馬術、体術などを指南してくれた。

元々、運動能力の高かったパク・シルは早々にそれらを身につけさらに兵法書などの教養もその武士ムシから指導を受けた。彼はパク・シルが十分な力を身に付けたと悟と静かにパク家を去った。パク・シルは消息を訪ねたが分からずじまいだったとの事だ。


 パク・シルは科挙 武科を優秀な成績で合格を果たす。しかし、家門が弱いために別将プジャンとして訓練と仕事に明け暮れていたとの事だった。俺はパク・シルに剣と槍の「型」をいくつか見せてもらった。そして抱いていた疑問に確信を得た。


「パク・シル、お前の剣術、槍術を返せる者は殆ど……いや、まず一人もいなかったのではないか」


パク・シルの顔色が変わった。


「なぜ、それを……」


 パク・シルの剣術、槍術は朝鮮伝来……正確に言うと中原から伝わったモノと一線を画するモノだからだ。現世の朝鮮王国の剣術、槍術は実戦から遠く離れている。

その分だけ洗練されたモノが欠けている。はっきり言うと、個人戦や小さな諍いには十分でも真の殺し合いには向かないのだ。しかし、パク・シルのそれは違う。


真の殺し合いの為に研ぎ澄まされた「技」だ。俺の前世では剣は新陰流、槍は宝蔵院流と呼ばれる技。特に槍術は朝鮮では使われる事の無い「十文字」の技を多分に含んでいる。宝蔵院流は十文字槍を洗練させた流派だ。

パク・シルと護衛候補君の模擬戦の時にパク・シルが見せた「引き」がそれに当たる。

十文字槍は突きや薙だけでなく「引き」にその真価があるとも言われる。パク・シルはその技を身につけている。正直、最高の護衛だ。


俺はパク・シルを教えた武士の正体に察しが付く。だがパク・シルに語るのは先の事だ。

彼、その武士もその為に姿を消したのだろう。

 俺の知識や想像が間違ってなければ、その武士は倭国……日本の間者。

それも「草」と呼ばれる敵地に根付いて働く者だ。そして使う技から後に「裏柳生」とよばれた者だろう。倭国……日本は戦乱の世にあって、すでに先を見越して手を打っている。侮れない、絶対にだ。

ただ、その武士が気になる。わざわざ自分の正体をバラすかも知れない危険を犯してまで父親の亡骸を回収した事。


パク・シルに修行をつけた事。

何か間者にしては脇が甘い気もする。

まあ、詳しくはそのうちわかるだろう。

今はパク・シルと言う強力な護衛を得た事を素直に喜ぶ事にした。

 俺はパク・シルを伴って予定していた軍資監クンジャガムへ出向いた。先日の「なんちゃって科挙」の褒賞として倭刀を何本か手に入れるためだ。


 当世の朝鮮は中原……中華至上主義に毒されていたので武器も明製の物が良いとされている。剣を使用してはいるが、度重なる倭寇との争いで倭刀……日本刀の価値には気付きつつあった。しかし、倭刀の製造技術を学ぶ程にはプライドを下げる事ができずに輸入や戦利品が中心だった。

 前の日に先触れを出したので軍資監は在庫の倭刀を用意してくれていた。


 長官がべったりと張り付いていたが気にせずに在庫を物色する。正直、期待ハズレも良い所だった。戦利品は刃こぼれしたりして痛んでいる。輸入品に至っては飾り刀ばかりでまともな物はなかった。


将軍チャングン、倭刀はこれだけか」


俺は少々、頭に来て口調がきつくなっていたようだ。長官が怯えている。


臨海君イメグン様、どうか私を罰して下さい。倭刀はこれだけでございます」


よし、さすが武官だ、潔い。早速、首を跳ねてやろうかと思ったがやめた。この国独特の言い回し「ごめんなさい、許してね」を迂遠に言っている事に気が付いたからだ。


「他の武器も見せてくれ」


俺の言葉に長官は脱兎のごとくに駆け出し武器庫の鍵と番人を連れて来た。刀剣類は種類毎に整理されている。ただ何本かが隠す様に隅に置かれていた。俺は何か感じるものが有って長官に聞いてみる事にした。


将軍チャングン、これは何だ」

「臨海君様、これは近々処分する予定の物でございます」


長官の顔色が少しおかしい。何かそわそわして番人を睨みつけている。何かあるな……俺はその刀剣を確認してみる事にした。


将軍チャングン、見せてもらうぞ」


俺はそう言うと有無を言わせずに倉庫の隅に向かった。置かれているのは全て倭刀だった。鞘は痛みつばが飛んだのもある。

俺は見てくれを気にせず、長官に台を用意させ一本一本を抜いて行った。刀の良し悪しはナカゴまで確認しないと分からない。

刀のばらし方なら記憶にあるしそんな難しい事もない。


 つばを外して巻き紐を解く。簪を使って目釘を抜き、柄を外してナカゴの確認をする。

日本刀の事を少し齧った者なら知っている「銘」を数本見つけた。

「同田貫」の太刀、「左文字」の短刀と脇差だった。

長官と番人が震えていた。

 5歳の子供が次々と倭刀を解体していく様が怖しいのか、自分達のやろうとした事の意味が分かっていたのか……

こいつらは倭国の商人辺りと組んで金になる倭刀を横流ししようとしていたようだ。

頭に血が登って来た。


将軍チャングン、せっかくだから試し切りをしたいのだが構わんか」

「……臨海君イメグン様の仰せのままに」

「その言葉、確かに聞いたぞ」


俺は手早く左文字の脇差を組み立てた。


「さあ、将軍チャングン、首を出せ。余が自ら試し切りをしてやる」


 長官と番人は地面にひれ伏して震えていた。すでに何を言っているのかも分からない。

周りにいた軍資監クンジャガムの役人も俺のお付きの尚宮達も俺のあまりの剣幕に押されたようだ。

俺は脇差の鯉口を切るとそのまま振り下ろした。手入れをしていなくてもさすがは名刀、切れ味は抜群だ。


「「「……ひい!」」」


 周りの役人や付き人は一斉に悲鳴をあげた。

しかし地面に落ちたのは長官の首ではなく「髷」だった。

パク・シルだけは俺の手元と動きから何をするか分かっていたのか、止めようともしなかった。いや……手元が狂う事もあるから。止めてよね。


「これ以上の責は改めてあるだろう。余を愚弄した事はこれで納めてやる」


長官、聞いてないよね……震えながらうずくまり股間の辺りからは湯気が立っているし。

俺は先の三本を持って帰る事と十文字槍の短槍を造るように軍資監クンジャガムの役人に指示をした。内殿ネジョンに帰ってすぐに研ぎ師を呼び手に入れた三本を手入れするように命じた。


 数日後、美しく手入れされた三本が届いた。俺は「同田貫」の太刀をパク・シルに与えた。黙って同田貫を手に取り眺めるパク・シルに早速に試す様に即した。

太刀を鞘から抜いて型を試すパク・シルの顔色が徐々に変わって行く。


「パク・シルよ、その倭刀が『手に馴染む』のであろう」

「……」


パク・シルの無言が答えを物語っている。剣と日本刀は武器としては全く違うモノだ。

パク・シルは初めて自分の技が「何」であるか知る事になったのだろう。


「……臨海君イメグン様、感謝いたします」


パク・シルが頭を下げた。


「パク・シルよ、励んでくれ。そして、俺と光海君カンヘグンを頼む」

「命に変えてお守りいたします」


 俺に最強の護衛が誕生した瞬間だった。俺達兄弟は常に命を狙われていると言って間違いない。母親が早逝した為に後ろ盾が弱くなり子供ながらに自分の命を守らなくてはいけない。特に先日の「なんちゃって科挙」騒ぎからこっち注目が集まっている。

教育パパの親父……宣祖も何かと俺を話題にするようになったらしい。当然に仁嬪インビンは気分が悪いはずだ。だからこそ危険度が跳ね上がる。


 俺はソン・ヨナに命じて俺と光海君カンヘグンの食事を取りにいく時間を毎日少しずつずらすように指示をし、水刺間スラッカンからランダムな時間に食事を取って来るようにさせた。少なくともこれで俺たちの食事に何か入れる事は不可能だ。


水刺間スラッカンの役人から文句が来たが「お前が毒味をするか?」と問うと押し黙った。

水刺間スラッカンでは本来、王族の食事は個々の配膳まで全て行われる。要は「誰」の膳か分かると言う事だ。毒を入れるなら水刺間の人間なら簡単な事だ。


だから俺はそのパターンを壊すことにした。ランダムな時間に取りに行く事で配膳から全てソン・ヨナが監視する。個々の器に盛り付けられた料理を取り替える事もできる。

ゆえに下手に先に毒でも盛ろうなら場合によっては違う料理をソン・ヨナが持って行ってしまう事も起こり得る。最悪、毒料理が仁嬪インビンの元へ行く事も起こる。


毒殺対策はこれでしばらくは大丈夫だろう。

 これで稼いだ時間を使って頭の中にある主な毒薬の試薬を探す事ができる。

すでに銀を酸化させない毒物も使われていたはずだ。毒殺は宮廷ではテンプレのごとく行われて来た。用心するに越した事はない。楽しみの少ない日々だ、食事位安心して食べたい。俺はこれで少しは安全を確保したつもりでいた。しかし、仁嬪インビンの焦りは俺の想像を遥かに超えていた様だ。

乙卯倭変ウルミョンウエポン:1555年に発生した大規模な倭寇。釜山鎮プサンチン(釜山の警備の拠点)までが陥落する程の規模であった。


ここまでお読み頂けた事、感謝致します。

本日は、後一話を投稿します。


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