揀擇(カンテク)【その2】
本日、一話の投稿となります
密陽孫氏族譜
その冊子を渡された時、俺は呆けた顔をしていたに違いない。
行首……ソン・ヨナの父親はほのかにドヤ顔だ。
まあ、腹は立たないけどね。
「……行首、どう言う事か説明して貰えるか」
俺はそれだけを言うのが精一杯だった。
「承知致しました。まあしかし、難しい理由では御座いません」
ソン・ヨナの父親……ソン・ユンヨン(孫允龍)の話しはソン・ヨナの祖父の代に遡る。
「私の父は田舎の家勢の弱い家に生まれました。そして度重なる飢饉や早くに両親を亡くした事もあり村を捨て漢陽へ出て来たのです」
ソン・ヨナの祖父は少々変わった人物だったのだろう。
両班なら家勢が少々傾いても、その地で生活する。
両班としての特権はそれくらいに強いモノがある、それを捨てるのでは無いが自立を目指すと言うのはかなり変わっている。
「父は時代が変わると考えていた様です。商人の道を選んだのもその為かも知れません」
初めは行商人として細々と商いをしていたが、機会を得て店を持った様だ。
ただ、両班としての矜持は持っていたのか妻は両班の娘を娶っている。
しかし、両班である事をひけらかす事なく生きた人物であった様だ。
その小さな店は族譜と共に息子であるソン・ユンヨンに受け継がれる。
ソン・ユンヨンの代になると両班としての矜持は薄くなって行く。
ただ、妻……ソン・ヨナの母親も両班の娘だ。
ソン・ユンヨンは商売の為に時として両班である事を利用する事もあった様だ。
この時代は両班以外には不利な様に出来ているので致し方無いのかもしれない。
ただ、ソン・ヨナが以前に語った様に一時期、経済的にかなり苦しかった様でソン・ヨナを女官にしている。
この国の経済活動はまだまだ脆弱で一部に偏っている。その煽りを受けたのだろう。
「我が家門は両班の家門です。ヨナには揀擇に臨む資格が御座います」
「……では、揀擇に臨んでくれるのだな」
「否と申して許される訳でも御座いませんでしょう」
「……否定はせぬ」
「そうであれば、望まれて立つ方が良いのです。商売でも機先を制する者が利を得ます」
「……感謝する」
今のソン・ユンヨンとソン・ヨナの経済力なら揀擇に先立つ禁婚令の前に手を打つ事は可能だろう。
それを揀擇に挑むと言ってくれるのだから感謝しかない。
早々に次の手を打つ事になる。
しかし……ソン・ヨナが両班の娘であった事は驚きだ。
確かに女官には両班出身の女人もかなりの数はいる。
ただ、両班出身の女官は仕える尚宮からして、何らかの繋がりがあり全てにおいて優遇される。
ソン・ヨナは女官時代にその様に優遇されていたとも見えなかった。
ただ、要領が良く頭も良かったのでチャンスは早くに掴めたのかも知れない。
まあ、今はそんな事どうでも良い。
俺にとって、理解者であるソン・ヨナが側に居てくれるだけで良い。
無理矢理では無いが裏技に近いやり方でソン・ヨナを両班の養女にして揀擇に望まなくても良い。
両親も両班ならば、後々会いに来る事も容易い。
次は揀擇を乗り切る為の仕込みを始めなくては行けない。
こんな事があって、俺の手元に密陽孫氏族譜がある。
本来は借り出す事など出来ない物だが、俺ならば構わないと言って貸してくれた。
俺はこの族譜を根拠として次の布石……交渉に臨む。
交渉相手は揀擇を実質取り仕切る、内命婦の長……王后様だ。
懿仁王后朴氏、親父……宣祖の正妻。
前世では壬辰倭乱の際の避難に伴う心労で死期を早めたと言われる方だ。
そして、当然に内命婦を取り仕切っており、揀擇でも力をもつ。
この度の揀擇で出来レースを演じるなら絶対に味方に付けなければならない方だ。
普段は俺たち兄弟……俺と光海君には甘い方だが、政治が絡むとそうは行かない。
王后様にも立場があるし、今後の事もある。
大妃様となられた暁には(今世はそこまで長生きして頂きたい)王后との関係も重要だ。
揀擇に関係の深い両班の娘が出てくれば応援せぬ訳にも行かないだろう。
故に事前に当人から協力を取り付けて置かなくては行けない。
ある意味でこの交渉は一番大変な交渉になるかも知れない。
俺はそんな事を考えながら、王后様の元へ向かう事にした。
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