稲作への挑戦 【その3】
本日、一話の投稿となります。
漢陽から半刻の村……それは間違い無かった。
但し、徒歩では無く「馬に乗って」ではあるが。
「いめ……ソン・ジン様、乗り心地は如何ですか」
「……大事無い」
俺は鍛えているし、知識もある。しかし、外見は間違いなく10歳児だ。
この国で10歳児が乗る事が可能な馬などいない。
結果、俺はパク・シルに乗せて貰って街道を進んでいる。
自転車の二人乗りの様に後ろならまだマシだが、そんな訳には行かない。
俺はパク・シルの前に抱きかかえられる様にして、乗っている。
クソ!かっこ悪い。
「いめぐ……ソン・ジン様、もう少し背が伸びればお一人で乗れますよ」
「……」
並走している馬から、ソン・ヨナが声を掛けてくる。
コイツ、女官のくせに乗馬が出来る。
乗馬は男、それも武官や一部の職業の人間の技術だと思っていたが、そうでも無いらしい。
但し、誰でも乗れるというわけでも無い。「馬」自身が高価という事もあるし、維持費もかかる。
必然的に乗馬は一部の人間の技術となる。
そんな乗馬技術をソン・ヨナが何処で身に付けたかと言うと、俺の護衛達に教えを受けた様だ。
氷雨商団を立ち上げた頃から移動手段として乗馬を身に付けたらしい。
ソン・ヨナが馬に乗って何処かへ行く事は無いと考えてはいた様だが念の為として身に付けていた。
結果、今日のこの状態に至っている。
パク・シルとソン・ヨナ、後数騎が付いている。
表向きは氷雨商団の大行首と従僕(俺の事)、護衛数人だ。
俺は身分を隠して、着慣れた生形のチマとパジを身に付けている。
成長に合わせて作り変えた「両班のバカ息子風」衣装だと農作業に手が出せない。
故に庶民風の格好で行く事にした。
「しかし、上手く畓が手に入ったな」
「生活を持ち崩した両班様が手離された様です」
「そうか……」
普通であれば、漢陽に近い一等地の畓を手放そうとすれば、
親戚や一族が先に手に入れそうなモノだが。一族で無くても土地が隣接する両班が手を出すはずだ。
「その村は誰が管理している」
「……リュ・ソンニョン(柳成龍)様のご一族とお聞きしております」
「なるほど、そう言う事か」
俺は売りに出ていた意味が理解出来た。
リュ・ソンニョン、東人派の重鎮だ。そして王宮の重役でもある。
しかし、リュ・ソンニョンの清廉潔白は有名だ。
あれだけの失態を重ねた東人が壊滅せず、政治的にも生き残れているのはリュ・ソンニョンのお陰だ。
まあ、そう言う意味では仁嬪とも距離がある。
リュ家が管理している村なら土地を転売して金儲けに走る事は無いし、資産形成に励んでいるとも思えない。
結果として売りに出されたのだろう。
「まあ、リュ・ソンニョンに会う事など無いだろうがな」
「……確かに。お忙しいリュ・ソンニョン様がお越しになる事は無いでしょう」
まず、リュ・ソンニョン自身が村を見に来る事などあり得ない。
来たとしても末端の親族か家令位のものだ。
「……見えて参りました、あの村です」
ソン・ヨナが指差す先に農村とその周りに広がる農地が見えてきた。
建築様式は違うが、不思議に農村の風景は前世の日本のそれと良く似ている。
水源らしき川が流れていて、農地が集まっている。
問題点もパッと見ただけでいくつか見つかった。
まず、ため池が無い。次に当然なのだが、耕地が歪な形をしている。
耕地に稲株が残っている所を見ると耕起作業もしていない様だ。
稲株も疎らだし、茎の数も少ない。まあ、この時代ではこれが標準だろうけど。
「……酷い状態だな」
「えっ??そうなんですか」
ソン・ヨナの台詞はもっともだ。ソン・ヨナは町家育ちで農村を知らない。
「私にも、何が悪いのかは理解出来ませんが……」
パク・シルは田舎育ちだが両班だ。農業を知るはずは無い。
この理屈で行くと「王族」の俺が知っている事はおかしいのだが。
「まあ、余も知識として知っているだけだ」
但し、500年先の未来の知識だけどね。
「いめ……ソン・ジン様、手に入れた畓は二家族の小作人が作っておりました。その者達が申すには引き続き小作をさせて欲しいとの事です」
「余もそのつもりだ。但し、米の作り方は余のやり方に従って貰う。それが条件だな」
「村に着いたら小作人達を訪ねて話しをして見たいと思います」
「分かっている。まずは小作人達に会おう」
まだ、農閑期という事もあり村内に農民がいる様だ。
俺たちの馬が乗り入れて行くと怪訝な顔をして見ている。
但し、身なりからして両班かそれに類する身分とは分かるのか近付こうとはしない。
馬を進めて行くと数人の男達がやって来た。村の顔役……村長達だろう。
「どちら様でしょうか」
中程に立つ壮年の男性が尋ねて来た。口を開いたのはソン・ヨナだ
「氷雨商団のソン・ヨナと申します。過日、手に入れた畓を見に参りました。」
「氷雨商団の……私は村長を努めます、イルムンと申します。畓へご案内すれば宜しいのですか」
女人のソン・ヨナに対して遜った物言いをする村長だ……護衛を警戒しているのか?
「いえ……小作人に会いたいのですが、家を教えて頂けますか。」
「小作人にですか??」
「ええ、今後の事をお話ししたいのです。」
「税でしたら村で集めてお納めいたしますが……」
村長、困惑している様だな。まあ、分からんでも無い。
普通は畓の量によって決まった米を収めればいい。
地主が一々、小作人に会いに来る事など普通は無い。
「いえ、こちらのソン・ジン様が農業をなさりたいとの事でして……」
「ソン・ジン……様??」
ソン・ヨナも言葉に詰まってやがる。ここは俺が説明するべきかな。
確かに今日の見た目は従僕だ、様付けで呼ばれる様な格好じゃ無い。
「ソン・ジンと言う。農業をしたいと思ってやって来た。まずは小作人達と話しがしたいのだが」
あれ??村長達が更に困った顔をし始めた。
「……ソン・ジン様と仰るのですか。お見受けするにまだ子供様だと思いますが……」
「問題があるか??」
「……いえ、あの……」
何か奥歯にモノの挟まった様な言い方だな。
俺がおかしな格好をしていたからでも無さそうだ。
「……別に咎めようとは思っていない。言いたい事があるなら言ってくれ」
「……税が御座いますので……」
そう言う事か。地主を通じて収める税は収量の何割では無く、始めから幾らと決められている。
それを素人が手を出して、失敗でもされたら村の連帯責任になる。
村に負担が掛かることを恐れているという事だな。まあ、分からなくも無い。
村長なら当然に考える事だ。
「税については負担を増やそうとは思わない。万が一の場合には私が責任をとる」
「……そう仰っていただけるのでしたら。ありがとうございます」
「いや、私の説明が悪かった、許せ」
「滅相もございません、早速にご案内致します」
俺たちは馬を降りて村長に着いて行った。俺とソン・ヨナ、パク・シルの三人だ。
後の護衛達には馬を見ていて貰うことにした。ゾロゾロと連れ立って歩いて行く広さがある道でも無い。
案内された先は村外れに立っている、到底「家」とは呼べない代物だった。
そんな竪穴式住居の様な「家」がいくつもある所が小作人達の住む区域の様だ。
その中の一つに村長が声を掛けた。
「チョヌはいるか!」
俺達の前で見せた態度とは正反対の村長がそこにいた。
俺はこの国の身分差の厳しさを嫌でも再認識させられる事となった。
程なく、中からボロを纏った痩せ細った男が出てきた。
小作人、チョヌだった。
ここまでお読みいただき感謝致します。
日毎に増えるご感想、ご評価そしてブックマークが
励みになっております。本当にありがとうございます。
今後ともよろしくお願い致します。




