氷雨商団(ヨナサンダン)誕生
本日、一話の投稿になります。
今後の事をそろそろ決めないとな。ソン・ヨナとパク・シルを部屋に呼んで今後の事を相談する。
「問題はキム一族から取り上げ……預かった資産をどう増やして行くかだ」
ソン・ヨナは土産を配り終わって自分の分の餅と薬菓をぱくついている。パク・シルはいつも通りの無表情だ。
「……やっぱり、高利貸しを続けた方が良いとおもいます、一番儲かりますし」
餅を食い終わったソン・ヨナが話しの口火を切ってくれた。
「余は一人だけ儲けたいとは思っていない」
「それは、臨海君様とお身内が儲ければと言う意味ですか」
「そうではない。余はこの度、皆の力も借りて多額の金子を手にした。余はこれを元にして漢陽に住む民、皆が豊かになれば良いと考えている」
「……臨海君様は漢陽の民、全てが豊かになる事を望んでおられるのですか」
パク・シルが驚いた様に聞いてきた。
「そうだ余の手は小さい。この小さな手で出来る事など知れている。それでも、皆の力でここまで来た。余は漢陽を手始めに民全てが豊かになればと思っている」
パク・シルが頷いている。俺の目的は単純だ。
富国……国を富ますこと、すなわちGNPの底上げだ。
まず手始めに手に入れた資金を使って漢陽に「金」を流す。漢陽は王都と言うこともあって一大消費地だ。そこへ「金」を流し込んでやれば経済は活性化する。
但し「金」の流し方が問題だ。
「一人一人に配って歩くわけにも行かないですものねえ」
ソン・ヨナ、それと同じ事を前世の日本の政府が何回かやったが手間と費用が掛かっただけで大した効果はなかったらしいぞ。
「余は「低利貸し」を始めたいと考えている」
「高利貸しではなく、低利貸しですか……」
パク・シルが呟く様に復唱する。その横でソン・ヨナが首を傾げている。
「……低利と仰いますが、どれ位で融通するおつもりですか」
ソン・ヨナの疑問はもっともだ、俺は私案を開陳する。
「十日で5分、場合によってはもっと安くても良い」
ソン・ヨナが指を器用に使って計算している。
「十両借りたとしても十日で五十銭ですか……庶民でも払える金額ですね」
庶民の家計を考えるときに俺はソン・ヨナを参考にしている。
女官のソン・ヨナで従九品、米換算で十石、大体年収五十両だ。三食昼寝オヤツ付きのソン・ヨナは別としても他の女官も同じ様な物だ。
女官の収入が労働量に比べてあまり恵まれた物ではない事を考えると庶民で六十両、月に一人五両程度の収入があったと俺は考えている。
この時代は恵まれた両班や一部の中人を除いては家族全員が働いたと考えても月収で十両はなかっただろう。日割りにして三十銭から四十銭程度。
そう考えると十日で二割の利子はとても無理だろうと思う。それでも高利貸しが減らないのは緊急の出費に備えての蓄えをする余裕がない事に繋がる。
それゆえの「低利貸し」だ。加えて俺は日々払いを想定している。
庶民の収入は日払いが基本だ。それを苦しい生活の中で十日も貯めるのは厳しい。
十一金融の旨味もここにあるのだがそれはさておき、十両貸したなら毎日十銭ずつ集金に行く。利子5銭に「元金」が5銭だ。
収入の三十%程度を毎日削られたら厳しいとは思うがこれで「元金」が減って行く。
故に完済が可能になるのだ。当然に元金が減ってくれば利子も減る。
この返済計画を調整する事で庶民に金を貸す事ができる。
同時に考えているのが商団への事業資金の貸付だ。農民に対しては国庫からの貸付があるが商団へはない。商団の行首は自己資金を貯めるか金持ちの両班に出資してもらっている。その場合に金を貸した両班に儲けの大半が行ってしまうため現状は朝鮮の商業の発達を妨げている。中世から近世へ向かう今、経済政策の失敗は近代化の失敗そのものだ。
俺が生きている16世紀は朝鮮にとっていやアジアにとって絶対的な危機の時代だ。
植民地の旨味に駆られた欧州列強が押し寄せてくる。
すでに南米やマラッカなどはやられているはずだ。
これからの時代、朝鮮だけで生き残って行く事は極めて難しいと思う。
朝鮮の北に位置する三大列強……明、後金そしてロシア。
南に隣接する倭国……日本、そして東南アジア諸国、ムガール帝国。
この国々が隣接国との争いにかまけている間に欧州に食われてしまう。白人と有色人種を分ける欧州の白人至上主義は現代でもなくなってはいない。
俺に言わせれば、キリスト教を捻じ曲げて錦の御旗にしている。
思考が変な方向へ走って生きそうなので商団の話に戻す。
俺は低利貸しの方法を簡単にソン・ヨナとパク・シルに説明する。
「利益が全く出ない訳じゃないのは理解できました。臨海君様、肝心の集金人はどうされるのですか?」
ソン・ヨナが質問してくる。いい質問だよ、ソン・ヨナ。
「余は闘銭房のゴロツキを使おうと思っている、遊ばせるのは勿体無い」
「ゴロツキですか…対応が乱暴になったりしませんか?」
ソン・ヨナの危惧は俺も考えた。闘銭房のゴロツキが毎日訪ねて来たら近所の評判もあるだろう。
「……妓房の妓生ではいかがでしょうか。闘銭房のゴロツキ連中より見栄えはいいと思います。妓生なら読み書きができますし」
パク・シルのアイデア自体は良いと思う。
確かに見栄えはいいが妓生が集金に来たりしたら夫婦喧嘩にならないか。
「パク従事官のお考え私も良いと思います。妓生も色々ありまして……」
ソン・ヨナが妓生の裏事情的なモノを説明してくれる。
妓生にはランクがあり一牌、二牌、三牌と呼ぶそうだ。
一牌妓生は妓生学校を出て宮廷へ入った者、二牌は年齢的に一牌では務まらない者などで両班の妾や結婚するものもいる。ほとんどの者は妓房へ出るか私娼のような事をしている。三牌となると妓生と言うより立ちんぼうの娼婦のような者らしい。
ソン・ヨナはこんな知識をどこで仕入れて来ているのだろうか……
まあ、それは良いとしてソン・ヨナが目をつけたのは一牌妓生が年齢的に務まらなくなり、かと言ってプライドから妓房へは出ても床入りはしない者や珍しく庶民と結婚して仕事を探している者を雇い入れたらと言う事だ。妓生は一通りの教養があり加えて接待業のプロなので人の扱いが上手い。集金人だけではなく事務仕事にも適している。
しかしなぜそんな人材が余っているかと言うと朝鮮の身分制度に起因する。
妓生は七賎と呼ばれる賎民として扱われるからだ。
俺はソン・ヨナの案を採用する事にした。幸いこれから行う事業は新規ではなく継続事業だ。おまけにアングラな業界なので対面も気にする必要はない。
何より俺自身が人を能力以外で差別する事が嫌いだ。
何の因果かそんな俺が階級社会の頂点にいる事が時々気持ち悪くなる。
後は肝心な事を二つ決めてスタートだ。商団の名前と行首が未定だ。
「え?行首は臨海君様がなさるのではないのですか」
ソン・ヨナがまたぶっ飛んだ事を言ってくれる。
確かに王族で事業をしているものもいるが、その者は元から王世子レースに参加していない者か、同世代から国王が選ばれ宗室として官職につきながら事業に手を出しているかだ。王世子レースを走っている俺が出来る訳がない。
「……ソン・ヨナ、余はお前の夢を忘れてはいないぞ。お前は忘れたのか」
「……臨海君様……」
「ソン・ヨナ、全てをお前に背負わすつもりはない。ただし、代表はお前だ。女大行首、ソン・ヨナの誕生だ」
「……ありがとうございます、臨海君様……」
その後は言葉が続かなかったようだ。パク・シルも頷いている。原則、女官や官僚の兼職は禁止されている。だが俸禄だけで生活できる訳もなくその辺は緩やかになっている。
まあ、俸禄が低いのが賄賂の横行する原因でもあるのだろうけどな。
「……ソン大行首、最初の仕事だ。商団の名前を決めてくれ」
ソン・ヨナは俯いたまま小声で呟いた。
「……氷雨商団……夢が叶ったら、自分の商団を持ったらつけようと思っていた名前です……」
「決まったな、氷雨商団の誕生だ」
俺は照れて俯いているソン・ヨナと苦笑いのパク・シルに宣言した。
これで「形」はできた、次は中身を整えて行く番だ。
ここまでお読み頂き感謝致します。
頂いた評価、ブックマークが励みになっております。
今後ともよろしくお願い致します。




