闘銭房乗っ取り 【その 7】
本日五話目、本日投稿の最後です
俺はパク・シルと二人で街へ出た。今日は荒事にはならんだろうし、なった処でパク・シルがいる。
街へ出た途端に通り過ぎる人々の目がどこか冷たい。
私服でもパク・シルは目の鋭さから官憲に見える。と言うことは、俺は掻っ払いでもやって捕まった悪ガキにでも見えるのか?今度ソン・ヨナに聞いて見よう。
「確かに見えますねえ」なんて言いやがったら今度から餅代は減額だ。減額を言い渡した時のソン・ヨナの顔を想像しながら歩いて行くと見慣れた建物が見えて来た。
今日の俺達は客ではない。闘銭房の表ではなく裏口から入る。見張りのゴロツキが「中でお待ちです」と言って扉を開けてくれた。サービス業の何たるかがわかっている様だ。支配人いい部下を持っているな。
中に入ると接客用の部屋だろうか?小綺麗な部屋に卓が置かれ趣味の悪い衣装を来た豚……もとい両班が座っている。隣には見た事のある官服を来たこれまた見た事のあるおっさんが座っている。おっさんは俺の顔を見て怪訝な顔をして、パク・シルと目が有った途端に顔色が変わった。狭い業界だから顔位は知っていたか。
元捕盗庁の別将だったパク・シルはその腕前と無愛想で知られていたらしい。
そいつが突然大出世を遂げて宮殿内でもある意味で有名な王子の護衛になった。
知っていて当然か。捕盗大将にまでなる奴なら馬鹿ではない。
そのパク・シルが護衛に付いている「子供」が誰かすぐに気づいた様だ。
再び俺の顔を見て来たので声を出さず口の動きだけで「黙っていろ」と言った。
豚は俺の口の動きに気づかなかった様だ。と言うか朝っぱらから酒を飲んでやがる。
小汚い顔が薄っすらと赤い。これで妓生でも居れば出直すところだ。
支配人は二人の後ろに立ってニヤニヤと笑っている。
その笑い顔がいつまで続くかな……すでに一人は冷や汗をかき始めているぞ。
そんな連中を観察していると豚が喋り出した。今世の豚は話せるらしい。
「イ・ジンと言う子供は貴様か。両班の子供と聞いていたが下賤の者か」
おい豚、いくら子供でも人の名前を呼び捨てにするな。
「ちゃん」とか「くん」位つけろよ。お前に言われたら気持ち悪がな。
「行首、私は一度でも自分の事を「両班」と言ったかな?」
「……いえ、そう言えばお聞きしていませんでしたね」
そのニヤニヤ笑いやめろよ、厳しい髭面に似合わないぞ。
俺は間違い無く「両班」ではない。
この喋る豚は何を勘違いしているのか知らないが「両班」とは正しくは官職を持つ者の総称だ。無官のお前は正確には両班ではないぞ。
まあ、豚が官職についたなどと言う話も聞いたことがないがな。
ついでに言えば「両班」は仕える者で『仕えられる』者は両班とは言わない。
「キム・トンス(金東順)殿、その位で……」
捕盗大将が豚を宥める。豚の名前は「キム・トンス」と言うのか。
名は体を表すと言うがその通りだな。思わず前世の沖縄の名物料理を思い出した。
コラーゲンたっぷりで蹄の付いたアレだよアレ。
「お二人がどう言う訳で居られるのかは知りませんが、用事があるのは行首ですが」
俺はとりあえず『言葉遣い』を普段と変えておく。捕盗大将、暑いのか?
さっきから汗を何回も拭いてるな。
「お前の用事とは何だ、言ってみろ」
豚、俺は言ったよな、用事があるのは支配人だと。
まあいいか。
「……行首、今日は十日目だ。利子をもらい受けに来た」
支配人はニヤニヤと笑いながら返事をしない。代わりにまた豚が口を開いた。
「子供のくせに何を言っている、第一証文はあるのか?ああ?」
捕盗大将が何とか気づかせようと「んん、んん」と合図を送っているが豚も支配人も全く気づかない。
「ございますとも、キム・トンソク『様』」
「儂の名はキム・トンスだ。両班の名を間違えるなど「不敬罪」だぞ。まあ、下賤の者には高貴な者の名は理解できぬだろうがな」
思わず口が滑っちまった。しかし不敬罪ね……面白い奴だ、俺を笑い殺したいのか?
俺は懐から例の証文を取り出して豚の前に広げてやった。
「ふん、こんな証文「本物」かどうか怪しいものだ。第一子供のお前に字が読めるのか?ああ?」
豚はそう言いながら、証文を眺める。
「イ・ジンか。下賤の者のくせに姓を持っているのか。せっかくだ、言えるものなら、父親の名を言って見ろ。」
物を知らないと言うのは本当に怖いな。言っていいのだな、親父…宣祖の『名』を。
しかし「不敬罪」ねえ…
豚のくせに不敬は知ってるんだな。しかし不敬罪の真の怖さは知らんだろう。
俺はここで今日の計画を大幅に変更する事にした。
この馬鹿なら間違い無く引っかかる。都合の良い事に証人も用意してくれている。
捕盗大将逃げるなよ。お前は「証人」だからな。俺は捕盗大将を軽く睨みつける。
捕盗大将は目を合わしたく無いのかさっきから顔を伏せてやがる。
「キム・トンス様、私の父の名はイ・コン<李昖>と申します」
「イ・コン?ふん、下賤の者らしい名だな」
さすが豚だな。言質は取ったぞ。捕盗大将、お前が「証人」だ。
代わりに首は繋げといてやる。
支配人が何か怪訝な顔をしている。お前は知っているのか?俺の親父……宣祖の名を。
前世の時代劇ならここで印籠をだす所だ。しかし子供の俺はまだ身分証……号牌をもらっていない。
「キム・トンス様、折角ですから私の祖先の話を聞いていただけますか」
「お前の様な下賤の者でも祖先が判っているのか。面白い、話してみろ」
「ありがとうございます、キム・トンス様。私より15代前の祖先は咸鏡南道(北部国境地域)の出身でございました」
「成る程、下賤の田舎者だったと言う訳だな」
馬鹿が、また言いやがった。
口は災いの元とはよく言ったものだな。
支配人、お前も暑いのか?汗が滴り始めているぞ。
「祖先は武人でございまして弓の使い手であったそうです。高麗末期の紅布の乱では私兵を率いて賊を破り一番に都…開都に入ったと聞いております。」
豚の顔色が変わってきた。さすがにこの話は誰でも知っているか。
どうした豚?お前は寒いのか?えらく震えているぞ。
「……そ、祖先の名は何と言う……いや、仰るのですか」
「はい、キム・トンス『様』、イ・ソンゲ(李成桂)と申します」
豚の顔色が赤から青に変わった。信号機の代わりに道に立ってるか?
「そうそう申し遅れました。私、両班ではございませんが柵封を受けておりまして臨海君と呼ばれております」
王族は両班ではない。両班はあくまで「臣下」の呼び名だ。
俺が名乗りをあげた途端にガタガタ!と椅子が倒れた。豚と支配人が地面に這いつくばる様にして震えている。その横で捕盗大将も地面に額を擦りつけている。
豚が何か言っているが言葉になっていない。悪いが俺は豚語を知らないんだ。
すまないな。
「……捕盗大将、面をあげて問いに答えよ」
まだ震えが止まらないのか怯えた目で捕盗大将が俺をみる。
おいおいこの前の「なんちゃって科挙」で俺の鬼神疑惑は解けたんじゃなかったか?
お前のその目は鬼神でも見る様な目だぞ。
「径国大典(当時の国法全書)には不敬罪は何と書いてある」
「……不敬を……働いたものは……」
「はっきりと答えよ、捕盗大将」
「臨海君様、どうか私を罰して下さい!」
またそれかよ、本当に罰していいのか?捕盗大将。
「余がお前を罰する理由はない。お前はこの場に『居た』だけだ」
捕盗大将は再び額を擦り付けている。そんだけ言いたくないのかよ。
もしかして忘れた?
そんなんじゃ困るよ、捕盗大将。じゃあ『俺が』言ってやるよ。
「捕盗大将は口が開けなくなった様だな、では余が代わりに言ってやろう。「不敬を働いた者はこれを罰する」だ。不敬とは尊き者を貶める事とされている。過去、両班に不敬を働いた者は杖刑、王族に不敬を働いた者は斬首、また一族は奴婢とする。王に不敬を働いた者は三族に渡って斬刑とする。違ったか?捕盗大将」
捕盗大将は、額を擦り付けたまま首を降ると言う技を見せてくれる。
「キム・トンスとやら、よかったな。三族揃って旅立てるぞ。そう言えば、仁嬪様もキム氏と仰ったな。お前と関係があるのか?」
豚はもぞもぞと何か言ったが判らない、相変わらず豚語は理解不能だ。
もう少し芝居を続けるか。
「パク従事官どうだ、お前は知らぬか」
パク・シル、お前も芝居に付き合え。
「……仁嬪様はキム・トンス殿の従兄弟とお聞きしております」
「ほお、では三族に含まれてしまうな。これはお気の毒に」
パク・シルがちらっと睨んでいる。いや〜面白くてついな。
豚が急に俺の足に縋り付いてきた。
やめろ!
豚に縋り付かれる趣味はない。
「い、い、臨海君様!どうかお許しを、どうか、どうかお許し下さい!お許し下さるのなら、どんな事でもいたします!どうか、どうか!」
汚えよ、脂ぎった額を擦りつけるな。
せっかくお気に入りのパジなのに。
後でソン・ヨナに熱湯で消毒しろと言って置かないとな。
「そうは言ってもな、キム・トンスよ。余も庶子とは言えこの国の王子、捕盗大将の前で国法を曲げる訳には行かぬのだ」
俺はそう言って、チラッと捕盗大将を見る。
捕盗大将は額を擦りつけたまま今度は耳を塞いで首を横に降ると言う新しい技を見せてくれた。お前、捕盗大将しているより大道芸人やった方が稼げるよ。
俺は続けてパク・シルの方を見る。表情を変えずにため息をつくのはやめろ。
打ち合わせで決めた台詞だよ、ここは。
ハイ、よろしく。
「……イメグンサマ、ポドテジャンサマモコウオッシャッテオラレマス、ココハオンビンニ」
パク・シルの限りなく棒読みに近いセリフが流れる。俺は考えるふりをしながらこの場で「こう言う事」に一番勘の鋭いであろう支配人の方をチラッとみる。支配人は俺と目が合うと一瞬考えて、意味が分かったのか俺の足に縋り付いて汚い額を擦り付けているキム・トンスに何事かを耳打ちする。キム・トンスは涙と脂汗と鼻汁に塗れた顔で俺を見上げる。
「……臨海君様、私の、いえ我が家門三族の財産全てを差し上げます、ですから何卒、何卒命だけは……」
俺は一歩下がってパジからキム・トンスを引き離す。
「キム・トンス、余を愚弄するつもりか?金で法を曲げろと言うのか」
豚はまた額を擦り付けて今度は人間の言葉で喋った。
「そう言うつもりはございません!ただただ臨海君様のご慈悲にすがりたいのです」
「キム・トンスよ、例え一銭の金でも受け取る訳には行かん」
「臨海君様!何卒、ご慈悲を!」
俺はここで膝を折り曲げてキム・トンスと捕盗大将の耳元に口を近づける。
「……キム・トンス、余は金を受け取る事は出来ん。しかし、お前とお前の家門三族が国家の為に財産を全て投げ打つと言うのなら『預かる』位はしてやる、それで良いか」
豚には難しかったか?一瞬の間があって豚が三度、額を擦り付けた。
「感謝いたします、臨海君様、ありがとうございます!」
「それでは、キム・トンスよ。この場には捕盗大将もいる事だ、「証」となる物を書いておけ。行首よ、書く物を用意してくれ」
程なく部下のゴロツキが証文作成セットを持ってきた。今日は何気に墨も紙も高級品が用意されている。紙なんて偽造防止の透かし入りじゃねえか。
支配人の野郎、この間はケチりやがったな。
「これは両班の方々にご融通する時に使う物でございます」
成る程、言い訳はちゃんと用意している訳か。
いまだに震えが止まらない豚に代わって支配人が俺の言う通りの文面を書いて行く。
キム・トンスは国家の為に三族の財産を全てなげうつ事を約束する。
財産の管理は臨海君様に「全て」委ねると言う内容だ。
財産目録の提出期限は今日の夕刻まで、目録と財産の受け渡しは捕盗大将が代行するとした。財産も引き続き引き渡すと書いてある。
相変わらず支配人は綺麗な字を書きやがる。俺の代書に雇うかな。
そしてもう一枚自白書として王と太祖に対し『これ之こう言う』不敬を働いた事を認めると言う文書を作成してキム・トンスに署名、拇印を押させた。
その横には証人として捕盗大将にも署名をさせる。
これは保険だ。裏切ったりした暁にはどうなるかと言う「脅し」だ。
せっかくなので支配人の証文にもキム・トンスが支払いを保証すると付け加えさせた。
「キム・トンスよ、お前の国家に対する余り有る忠誠は余が見せてもらった。その褒美と言っては何だが、家屋敷は目録から外しておけ」
この世の終わりの様な顔をしていたキム・トンスにほんの少し色が戻った。
別に情けを掛けた訳じゃない。
家屋敷をもらっても扱いに困るからな、高級な造りでも豚小屋はいらない。
「余はここで帰るとする。捕盗大将、後を頼んだぞ」
「御意」
捕盗大将とんだとばっちりだったな。付き合う相手は考えような。
当然だが俺は支配人から利子として二千三百両を回収して闘銭房を後にした。
帰って捕盗庁から荷物が届くのを待つとするか。
この十日の間にソン・ヨナにキム・トンスと一族家門の財産を調べさせて一族毎に目録を作成させてある。キム・トンスは結構農地を持っているし闘銭房も後三件持っている。
当然に闘銭房では高利貸しも併設しているのでその証文だけでも一財産だ。
一族の財産目録を見ると闘銭房や妓房ばかりで後は仁嬪を後ろ盾にした誰でもできそうな高級品の輸出だけだ。いやなんと言うか……
その夜は捕盗庁の役人から下働きまでが引っ切り無しに俺の内殿に出入りしていた。
さすがだ。金箱だけでも500以上ある。目録と一緒に財産も運び込んでいるらしい。
日にちが過ぎて俺の気が変わったら困ると言うことか。さあ、どんだけ入っているか楽しみだな。明日から、ソン・ヨナと財産と目録の突き合わせでもして過ごすか。
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