闘銭房乗っ取り 【その 6】
本日四話目となります
俺たちの朝は両親の元へ挨拶に行くことから始まる。親父……宣祖の隣には仁嬪がへばり付いているので早々に退散する。そして王后様。この方は俺達兄弟を自分の子供の様に可愛がってくださる。
「王后様、光海君が「中庸」を憶えたそうです」
「そうですか。光海君、よく頑張りましたね」
「……ありがとうございます、王后様」
「光海君は弓の筋も良いと教練の者が申しておりました」
「そうですか、光海君、今後も努力するのですよ」
「……はい」
「……ところで臨海君、あなたの話は光海君の自慢ばかりですね」
「はい私の自慢の弟ですから」
俺はこれだけは胸を張って言える。光海君は自慢の弟だ。
「あなたの話はないのですか?」
王后様が優しく訪ねてくださる。
「いえ……私の噂でしたら宮殿中に溢れているかと思いますが」
王后様が珍しく声をあげてお笑いになった。
「確かに色々聴いていますよ、しかし義母はあなたから直接聞きたいのです。無茶はしていないのですね」
俺は一瞬、背中に冷や汗が流れたのを感じた。
「はい、無茶は……気をつけます」
「分かりました、何かあったらこの義母に相談なさい。よろしいですね」
「「はい」」
俺達はそこで席を辞した。と、光海君が話しかけてきた。
「兄上、昨日の餅のお話をするのを忘れていました」
「また、今度で良い。それより急がないとキム・ゲシに嫌味を言われるぞ」
「そうでした、兄上急ぎましょう!」
俺達兄弟の住む内殿は少々特殊な事になっている。刺客騒ぎで尚宮が居なくなってから何故か補充がない。仕方なしに見習い女官から昇格したばかりのソン・ヨナとキム・ゲシが仕切っている。何かと言えば直ぐにサボるソン・ヨナと違いキム・ゲシは真面目だ。
時間管理も徹底している。
前世だったらダークスーツに縁メガネをかけて、スマホとタブレットを操り光海君のスケジュールを管理していただろう。
幸い今世では縁メガネもダークスーツもスマホもタブレットもないので少々のゆとりは有る。しかし兄弟揃ってそのゆとりを直ぐに喰い潰してしまう。
何とか、キム・ゲシの逆鱗に触れず朝食を終えて、光海君は朝の学問に俺は自室にソン・ヨナとパク・シルを呼んで今後の対応を相談する。
ソン・ヨナから世間の高利貸しの相場を聞き出す。
「大体、十日で一割から二割ですね。場末に行くともっと取られますよ」
そんなに金利を取って元金を返せるのだろうか。何とか無理を重ねて元金まで返済する者もいるが高利貸しに借りたが最後、行く末は身売りらしい。
この国には奴婢と呼ばれる奴隷が存在している。要は身売りをして両班の私奴婢となるか女性なら性産業行きだ。
朝鮮王国の経済政策の失敗は経済の循環を考えなかった事だと俺は思っている。
一部の権力者に資本が集中した挙げ句に民生費で国家が傾く、簡単な話だ。これから俺のする事など「蟻の一穴」以下でしかない。しかし小さな穴も開けて見ないと分からない。
俺は小さな穴を開ける事にした。
俺はその日例の闘銭房へ行って支配人から高利貸しの状況を聞き出した。
聞き出した内容は何人に貸して、何回利子を回収し、元金まで回収できたのが何人、身売りした者が何人、そして踏み倒して夜逃げした者が何人いたかをここ数年分の証文と帳簿を元に聞き出したのだ。
内殿に帰るとソン・ヨナに記録を整理させた。俺は記録を分析して行く。
借りた人間を100人として元金まで返したのは二人。大体、半年から1年単位で貸すので利子だけで十分に元は取れている。返せなかった者は身売りをさせるのでそこで付き合いは終わり。夜逃げした者は25組にもなっている。それを追いかけるのには当然に経費が掛かる。10組は捕まえたが15組は逃げ切られたらしい。当然だが年々借りる人間は減ってきている。普通は増えるはずだが他にも高利貸しは沢山いる。競争は厳しいようだ。
件の支配人の元には20人程のゴロツキがいる。前世の暴力団で言えば組員。
当然にこいつらにも生活をさせないといけない。中には家族を抱えている奴もいる。
闘銭房はすでに調べた通りだが客はあまり変わりないと言う事だ。
闘銭房でスって金を借りる奴は論外だが支配人も馬鹿ではない。
そんな連中にはあまり貸さないと言っていた。金を借りる人間は庶民が多い。
それも臨時の出費が殆どでいわゆる生活資金は少ない。何にせよ俺にとっては一回目の利子の受取日が勝負になる。支配人が俺に従順なのも借金が帳消しになると思い込んでいるからだろう。下手に逆らって警戒されるより隙を突く積りのようだ。
馬鹿が、知らぬが仏とはよく言ったものだ。
ソン・ヨナの報告は想像通り餅屋の話が大半だったが肝心な所は押さえていた。
捕盗庁の大将が来ていた事だ。俺とパク・シルが帰った後で報告に来たゴロツキが屋敷に入った後、捕盗大将はしばらくして帰った。いよいよ面白くなって来た。
捕盗大将まで噛んでるなら丁度いい。
件のキム何某は仁嬪の従兄弟のくせに無官職と言う。先代と違い親父……宣祖の王権はかなり回復している。科挙に受からないといかに家門が強くても官職には付けない。
いい年をして科挙に受からないと言う事はモノを知らない奴だ。
そんな奴だから家門の資金作りに闘銭房なんてやってるのだろう。
モノを知ってる奴なら自身の姿形は見せない様にして営む商売だ。無知程怖いモノはない。どんな奴か早くあって見たいものだ。
大した事件も出来事も起こらず期限の日になった。
俺はソン・ヨナに餅代を持たせてキム何某の屋敷を見張って置くように指示した。
捕盗大将以外に誰が出入りするか確認して置きたい。
今日は着慣れた両班の馬鹿息子風では無く庶民が着るチョゴリ(上衣)とパジ(ズボン)を履いた。着心地は俺の好みだ。これで生活しては駄目かとソン・ヨナやパク・シルと話しをしていると、通り掛ったキム・ゲシに睨まれる。
俺は思わず「冗談冗談」と言って話を誤魔化した。間違っても光海君には着せないから安心しろ。俺の心の声が聞こえたのかキム・ゲシはそのまま通り過ぎて言った。




