闘銭房乗っ取り 【その 5】
本日三話目です
支配人が席につくと俺はパク・シルが差し出した袋を卓に置き、中から銀両を取り出して中程に置く。
「場代はこれでどうだ。時間が勿体ないのでな、三番勝負でいいだろう」
支配人の顔が僅かに歪む。俺に先手を取られた事が悔しいのだろう。
奴の計画は捕盗庁の役人が駆けつける時間を稼ぐために少額で勝負し時間を掛けた勝負にしたかったのだな。しかし、ここで俺の提案を断れば顔が潰れる。大きな勝負を逃げた奴と思われれば威厳がなくなってしまう。子分達の手前引くに引けないだろう。
「……金箱を持って来い」
支配人が低い声で子分に命じる。
一瞬うろたえる子分を支配人が睨み付けると子分が二人走って奥に入って行く。
程なく金箱を二人で運んで来た。
支配人は懐から鍵を取り出して金箱を開けると十両単位で縛った銭を5本取り出した。
「……さあ、始めようか、行首」
支配人が竹の筒に札を入れ軽く回し、札を俺の方に向けて来る。始めが肝心だ。
俺が一枚引くと次に支配人が引く……を繰り返し互いに5枚ずつを引いき、3枚を捨てる。
支配人の目が俺の手元と俺の後ろの板壁を行ったり来たりしている。
パク・シルには合図するまで普段と同じ右後ろに立つ様に指示してある。
俺はわざと板壁の向こうに居る奴に俺の手を覗かせてやった。
板壁の隙間から何か合図を送った様だ、途端に支配人の口元が微妙に歪んだ。
それはそうだろう。支配人の手は「四」と「五」で「九」だ。
俺は自分の手を「四」と「三」で「七」にした。互いに勝負に出る数字だ。
俺は袋から銀両を一つ取り出して真ん中に置く。行首も金箱から縛った銭を取り出して真ん中に積み上げた。
駆け引きだ。三回まで場代を積む事ができる。そこまでに降りれば負けは場代だけで済む。三回まで場代を積むと言う事は勝負すると言う意味だ。負ければ勝った者が張った額と同じ額を支払う事になる。今は俺が勝負の宣誓権を持っている。
「……勝負だ」
俺はそう言うと懐から換を取り出して卓に置いた。支配人の顔色が喜色に変わる。それはそうだろう、自分が勝った勝負に俺が千両も出したからだ。
俺は自分の手札を広げた。支配人は喜色を抑え自分の手札を広げる。
「……負けたか…」
俺は悔しそうにそう言うと事前に決めた合図をパク・シルに送る。パク・シルは立ち位置を然りげ無くズラし「覗き」の目を塞ぐ。一勝負で千百五十両を手に入れた連中は金に気を取られて気づかなかった様だ。
「次も行首が親だな」
俺はそう言うと次の勝負を即し袋から銀両を取り出して置く。支配人も俺から取った銀両を並べて来た。竹筒に札を入れて回し俺に引くように札を向けて来る。
馬鹿め…完全に俺のシナリオ通りになって来た。
俺は最初に十を引き支配人は三を引いた。
俺の次の札は七。
奴は十を引いた。
俺はもう一枚七を引く。
奴の三枚目の札は四だった。
俺の次札は八。
奴の四枚目は又十だった。
奴の手札は十が二枚と三と四。
次に三を引ければ奴の勝ちだ。
俺は三を引いて置く。
これで俺の手札は、十、七、七、八、三。
勝負目は七と八で十五、「五」と言う事だ。
奴は三が引ければ十のゾロ目、勝ちが確定だ。
奴の悪運も中々の者だ。ものの見事に三を引きやがった。
しかしこれからが見ものだ。プレーヤーは場に捨てられた三枚の札から相手の手を予測する。そして「降りる」権利を行使できる。当然に俺は降りた。
支配人の顔が一瞬、鬼の様になった。
ここから続けて二回俺は勝負を降りた。
支配人はそれなりに良い手だったのにな。御愁傷様。
第2ラウンド四回目になった。
俺の袋の中の銀両は後3個になっている。
さてシナリオを進めるか。
俺は十、十、十、九、九の札を引く。
支配人も相変わらず引きが強く七、七、五、六、九の札を引いて居る。
奴の手は七のゾロ目。
当然に勝負してくる。
俺は上限いっぱいの三回まで銀両を並べる。
奴も当然について来た。
懐から二枚目の換を取り出して卓に置いた。
「……勝負だ、行首」
奴は場に捨てられた札から俺の手が然程大きいものではないと予測して居る。
俺が場に捨てたのは十が三枚、奴は五、六、九の三枚だ。
支配人が先に札を広げる。
七のゾロ目、上から数えて四番目の手だ。
奴の口元がほころんでいる……悪いな支配人。
俺は表情を変えずに札を卓に軽く投げ出した。
支配人の顔が驚愕に包まれた。
俺の手は九のゾロ目、上から二番目の手だ。
俺の手元には場代だけで銀両が三つと最初に出した換が帰ってきた。
〆て合計千百五十両の勝ちだ。
俺は換を二枚とも懐に丁寧にしまった。
そろそろ仕上げにかかるとするか。
最後は俺が親になった。
筒を回して支配人に引くように即す。
支配人の顔に脂汗が滲んでいる。
散々迷った挙げ句に一枚の札を引いた。
支配人は相変わらず引きが強い。
一枚目は九を引いている。
俺は十を引いた。
支配人の二枚目は五。
俺は次も十を引いた。
支配人の三枚目は八、俺は三枚目も十を引く。
支配人の四枚目は七、さすがに引きが強い。
奴の引きは強い……僅かでも隙を見せるとやられそうだ。
ここは慎重に行くところだと本能が告げている。
俺の本能は危険を確かに察知していた。
奴は最後に九を引いたのだ。
奴の手札は九、五、八、七、九。
当然に奴は五、八、七で二十としてその三枚を捨てる。
奴の手元には九が二枚残った。
九のゾロ目、上から2番目の手だ。
奴の口元がほころんでいるのもそのせいだろう。
奴は…支配人は勝ちを疑ってないはずだ。
俺は筒を置いて自分の手札を確認する振りをする。
確認して自分の手札から三枚を場に放すと支配人の顔がさらにほころんでいる。
俺が捨てたのは十、六、四の三枚。
普通、同じ札が三枚も揃って何度も来るとは誰も考えない。
俺が十を捨てた段階で勝ったと思ったのだろう。
パク・シルが「覗き」の目を潰している事にさえ気がついていない。
甘いな、支配人。お前はまだまだ甘いよ。
俺は黙って銀両を一つ置いた。
空かさず支配人はついて来る。
音が響く位の勢いで俺から取った銀両を並べる。
俺が銀両を置くと支配人が続くと言う作業が後二回繰り返された。
「行首、勝負だ」
俺はそう言うと懐から換を取り出して卓の隅に置いた。
それを見て支配人は笑いを必死で堪えるような顔になる。
換が一枚ではなかったからだ。
「……坊ちゃん、よろしいので?」
「ああ、何の問題もない何の問題もな」
俺の答えに満足したのか支配人は顔を綻ばしたまま黙った。
……支配人、言質は取ったぞ。
俺が小さく合図を送るとパク・シルは同田貫を抜いて壁板の隙間に差し入れた。
途端に壁板の向こうから物音と共に情けない悲鳴が聞こえた。
「何しやがる!」
周りのチンピラが刀を抜こうとしてパク・シルの眼力に抑えられる。
「……行首、お前の闘銭房の壁は口をきくのか?」
俺の茶化しに支配人が顔色を変える。
「餓鬼が黙ってき……」
支配人の言葉はそれ以上続かなかった。
俺を見据えているつもりの支配人の目が怯えたモノに変わって行く。
「行首、餓鬼がどうしたって」
「……いえ……何でもありません」
支配人の顔から脂汗が滴り落ちる。お前の様なチンピラの頭目と覚悟が違うんだよ俺は。
ペク・セックを殺した日から俺は自分の甘えを捨てた。見た目は8歳のガキかも知れない。しかし、中身は違う。前世の俺は、お前らで数えることもできない人間が、一瞬で消え去ってしまう兵器を使うような時代に生きていたんだ。その兵器の現実を知っている場にも身を置いていた。俺はお前とは覚悟も場数も違うんだよ、支配人。
「さあ、勝負だな、行首」
俺が声を掛けてやると、やっと自分が有利な立場にいる事を思い出したのだろう。
口元に、にやけた笑いが戻ってきた。
「……坊ちゃん、これも勝負ですから」
小悪党な台詞を吐いて支配人は自分の札を卓に並べる。
九のゾロ目。
まず負ける事がない、上から二番目の強さの札だ。
「……そうだな、これも勝負だ」
俺はそう告げると一呼吸を置いてゆっくりと手札を卓に並べた。
十の札が二枚そこに並んでいた。
最強の手、十のゾロ目だ。
支配人の目が驚愕に開かれ身体が震えだす。
「嘘だ……こんな……嘘だ」
「行首、これも勝負じゃなかったのか?」
俺の声にやっと現実が見えた様だ。
「……その金箱を持って行け、二千両に少し足らないが明日には払う」
俺は鼻で笑ってやった。
「行首、気前がいいのは良いが全然足らないぞ、何か勘違いをしてないか」
「なにい、何を言ってやがる」
人間窮地に立つと地が出る様だね。両班に対してでもその口の聞き方は下手すると不敬罪で首が飛ぶぞ。俺は仕方がないので説明してやる事にする。
本当はこれが一番の楽しみだったりするんだけどね。
卓の端に置いた換を卓の真ん中に持ってきてその上に手を起き、カードを広げる様に横に手を滑らせる。俺が手を滑らせた下には十三枚の換が並んでいる。
真新しい換をキッチリと重ねてさっき使った換と合わせ2枚にしか見えない様にしていたのだ。
「千両の換が十三枚、〆て一万三千両だ、行首」
「……一万三千両!そんな金、払えるはずがねえ……第一……!」
やっと気づいたか馬鹿が。場代の銀両につられて掛け金の「天」を決めていなかったお前の失敗だよ。闘銭に限らず博打では場代と掛け金の「天」、MAXを必ず決めて置かないと相手の言いなりになってしまう。
椅子に座り込んで支配人は脂汗をかき震え出している。
普段なら力に訴えて握り潰すのだろうが、支配人はすでにたった8歳の俺に完全に飲まれている。加えて頼みの綱の捕盗庁もキム何某もいまだにやって来ない。
「払えないのなら、借用書を書いてもらおうか。手慣れているだろう?」
俺は嫌味を含めて提案してやる。朝鮮では以外に紙に書いた借用書が力をもつ。
但し回収する力があればの話だがな。支配人は覚悟を決めたのか後からどうにでもなると思っているのか手下に紙と筆、硯、墨を持って来させる。
準備のいい事に墨はもう擦ってあった。高利貸し用に常に用意しているのだろう。
文面も手慣れたものでゴロツキのくせに俺より綺麗な字を書きやがる。
ちょっぴり腹が立った。利子の所に差し掛かると支配人の手を止めた。
「行首、お前が貸すのと同じ金利でいいぞ。確か十日に二割だったか?」
支配人の手が震えだす調べはついているぞ。
「さあ、早く書いてくれ時間が勿体ない」
支配人はヤケクソになったのか「金利十日に二割」と書いて借用書を仕上げた。
借主として自分の名を書き入れ、親指の先を切って血判を推し俺に筆を渡してきた。
俺は貸主 イ・ジンと書いた。それを見た支配人は俺の名をブツブツと繰り返している。
この漢陽の中で俺の名…と言うより王族の「名」を知っている人物が何人いる事か。
さて、帰るとするか。
「この金箱は置いておく。しっかり稼いで返してくれよ、行首」
俺はそう言うと銀両と換を回収して闘銭房をでた。
出口の少し向こうの路地に手下らしい男が三人ほど悶えている。手足が変な方向を向いているのでそう言う事だろう。
「パク・シル、明日から見張りをつけてくれ」
「御意」
さて帰ってソン・ヨナの報告を聞くとするか。まあ餅屋の話が七割位だろうがな。
これで俺の収入が確保できた。ただ最後の仕上げが十日後に残っているがな。
まあ問題ない。
俺たちがでた後で闘銭房から大きな物音が聞こえたので支配人が暴れているのだろう。
今更暴れても意味がない。手下も大変だな、かわいそうに。




