闘銭房乗っ取り 【その 4】
本日、五話投稿します。本作は2話目です。
護衛をゾロゾロ連れて出発する訳にもいかないので、俺は最近着慣れて来た感のある両班のバカ息子風の衣装に着替えてパク・シルと二人で出かける。
護衛の連中は一足先に闘銭房を密かに囲んでいる。
ソン・ヨナは一番しっかりした護衛と共に出かけた。
ソン・ヨナは仁嬪の親戚……従兄弟だと記憶しているが……の屋敷を見張りに行かせた。
ソン・ヨナを行かせた理由の一つは荒事になるので避難させた事。もう一つは女官なら宮殿に出入りする主な人間の顔は憶えている事だ。
俺がもし、キム何某なら万が一の為の手を打つ。「金」を守る為には闘銭房の一つ位は捨てる。闘銭房を成功させるのは場所ではない、運営する『人間』だ。
その為にはとある人物を屋敷に呼んで話を通して置く必要がある。回収を始めた昨日から俺はキム何某の屋敷を見張らしている。昨日はその人物はキム何某の屋敷を訪ねていないし、キム何某も外出はしていない。その人物に手紙を届けた気配もない。
ただ、俺が宮殿に帰ってから闘銭房の支配人がキム何某の屋敷に呼ばれている。
支配人は相当の叱責を受けたはずだ。当然だろう、見ず知らずの餓鬼相手に一月分の上がりを一日で失ったのだ。最低でも尾行が成功して俺の正体を掴んでいれば叱責も少なくて済んだろう。それが尾行にでた連中は全員が骨をへし折られて送り返されている。
完全に舐められていると言う事だ。
支配人からすれば荒事に持ち込んで舐められた事の仕返しをしたい所だろう。
だが、オーナーであるキム何某にすれば支配人の意地やケジメなど関係ない。
「金」が第一だ。故にヘマをした闘銭房は一旦潰す。
運営していた連中は確保して置いて熱りが冷めた頃に別の場所で闘銭房を再開する。
キム何某の考えはこんな所だろう。その為にはどうすれば良いのか?簡単な事だ、権力を行使すればすむ。捕盗庁(警察組織)に手入れをさせればそれで終わりだ。
賭金は全て没収され国庫へ入るはずだが、途中でキム何某の元へ『手数料』を差し引かれて帰ってくる。闘銭房を管理していた連中も殆どお咎めなしで監獄から出てくるだろう。
ついでに俺は捕盗庁が連れて行くので最低でも素性はわかる。まあこんな筋書きだろう。
甘いんだよ、キム何某。
俺はお前の下手な筋書きに乗るつもりはない。今日辺りに捕盗庁の大将(責任者)を呼んで筋書き通り動く様に命令するつもりだろうが、そうは問屋が降ろさない。
捕盗庁の大将と二人で茶でも酒でも飲んで屋敷で待っていればいい。
俺が来た事を伝えに走る手下は全員潰す。故に連絡は行かない。手下がキム何某の屋敷に駆け込む頃には、俺は手に入れたい物を持って王宮へ帰った後だ。
俺とキム何某が顔を合わすのは連中の借金の利息を取りに行く時だろう。
その時にキム何某の顔がどう変わるか楽しみだ。
そんな事を考えながら歩いて行くと街の雰囲気が下卑た感じに変わって来た。
闘銭房が近づいている。チラチラと俺たちを見ているゴロツキが数人いる。
もう遅いよ、キム何某の屋敷にたどり着けたら俺の護衛に雇ってやるぜ。
俺はパク・シルを連れて闘銭房の扉をくぐった。普段なら喧騒にあふれている闘銭房が静まり返っている。他の客は入れなかったのだろう。
「行首、今日はやけに静かだな。休みだったか」
俺は闘銭房の支配人に声をかけた。俺が声を出すと同時に殺気があふれる。
奴らにしたら精一杯の殺気を出しているのだろうが俺には通じない。
所詮は「本当に」人間を殺した事のある奴の殺気ではない。喧嘩か何かで死なせた事位はあるだろうが殺す目的でやった奴はこんな所にはいない。
そんな奴はあの世へ行ったか刺客を生業にしてもっと稼いでいるだろう。
この国では庶民や賎民の殺人は重罪だ。命は軽いのにそれを奪った代償は重い、それがこの国だ。
「……いえ、坊ちゃんをお待ちしていたのですよ。今日は特別にね」
「ほう……特別か。それは楽しみだな」
支配人の顔が微かに歪む。前哨戦は俺の勝ちと言う所か。今日は「両班」の衣装を来ているのは支配人一人だ。他の連中は動きやすい服装をしている。いきなり荒事か?だとすればバカとしか言いようがないな。まあ、そこまでバカでもないだろう。
真ん中の卓が高級品に変えられ綺麗に磨かれている。椅子は二脚のみ。
俺の予想通り「差し」での勝負がお望みの様だ。俺は連中の思惑通りの椅子に腰掛けた。
俺たちを迎え入れる段階で支配人は向かい側の椅子の側に立っており、俺を予め計画した椅子に誘導している。
覗き役は天井裏に一人、板壁の向こうに一人……気配がにじみ出ている。
他に策はないのか?俺の手からは「覗き」はできないぜ。
ご丁寧に新品の「闘銭」札が卓の上に用意されている。成る程ね、新手だな。
「行首、札を改めて良いか」
「……どうぞ、ご自由に」
支配人の顔は自信に溢れている。イカサマがバレないと信じている様だな。博打打ちはまず何を考えるかだ。
勝つ事を真っ先に考える奴は三流。
負けを最小限に抑える事を考える奴は二流。
では一流は?どうやって「イカサマ」をするかを考える奴が一流だ。
そう言う意味では支配人、お前は確かに一流の博打打ちだよ。俺は札を全て掴むと一束に揃えて卓に立てる様にする。闘銭の札は細長く作られているので俺の小さな手でも全てを鷲掴みに出来る。そうして、下を揃える様にトントンとする。
手作りだからか微妙に高さが違うはずの札の高さが規則性を持っていた。
一から十まで微妙に高さを揃えて切った様だな。一番長い札が当然に「十」だ。
それを一枚引き抜いてみる。余程目を凝らして見ないと気付かないが上の角が正面に向かって左側を落としてある。十を卓に投げて次に「五」を抜いてみる。真ん中より右寄りに小さな切り込みが入っている。天井裏と板壁の向こうにいる奴は余程目がいいと見える。
「……行首、これは冗談か?私を試しているのか?」
パク・シルが同田貫の鯉口をカチリと音をさせると支配人が急に饒舌になった。
「坊ちゃん、申し訳ありません。うちのバカが間違えた様で……すぐに新しい札をご用意いたします」
「それには及ばんよ、私もせっかくだから札を一組買って来た」
俺は懐からまじないの書かれた紙袋に入った札を卓に放り投げる。博打打ちは縁起を担ぐのか良いものはまじないを書いた袋に入れて売っている。封をしているので新品の証にもなるのだろう。
「行首、封を切って中を改めてくれ」
支配人の顔色が変わる。成る程これも作戦の内だった訳か。札を手に入れに行く振りをして此処からキム何某の屋敷に走る手筈か。悪いな、段取りを狂わせて。
まあ此処から出たところで俺の護衛に手足の一〜二本をへし折られて転がされるのが落ちだがな。支配人は覚悟を決めたのか懐から短刀を取り出す。
そして俺の持って来た札の袋を慎重に切り開いた。札を取り出すと卓に並べ出す。
同じ数字が4枚ずつ計40枚揃っている。
支配人は並べたその手で一枚ずつ裏返して行く。
その時の感覚で札に細工がないか確かめているのだろう。
チンケな奴なら此処で爪を使って傷をつけたりして細工する。
さすがに俺の目の前でそれはできないようだ。
予定通り支配人は札を全て卓に並べてくれた。
俺は札の微妙な色合いの違いや元々の傷を全て記憶して行く。
支配人が札の確認を終える頃には俺も全ての札を記憶した。
差しの勝負は俺に取っては有利でしかない。相手にするのは一人だけだ。
札を引くのは互いに札を引いて行くので自分の好きな札を引く事が容易くなる。
さあ始めようか?支配人。




