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刺客 【その 2】

 王宮の中には多くの建物があり警備の人材も限られている。

当然に最優先は国王の寝所であり大妃テビ(先王の正妻)様、王后ワンフ様の順番となる。恭嬪コンビン(側室の位の一つ)であった母が生きて入ればそれなりに遇されたであろうが、俺たち兄弟二人となっては優先順位が下がるのは仕方がなかった。今回はその弱点を見事に突かれた形になってしまった。


 その晩は新月で外には篝火以外の光はない。時折、巡回の兵士が通り過ぎて行くだけだった。その夜に限って俺は嫌な予感に襲われて眠れないでいた。5歳の身体に夜更かしなどできないのだがこの夜は目が冴えて眠れなかった。後から思えば「虫の知らせ」と言う物だったのだろう。俺は寝所の中で変な事に気づいた。夜警の回数がやけに少ないのだ。確かに夜警ともなると上司の目も光っていないから手抜きはあるだろう。


だが、それにしては巡回の回数が少なすぎる。その違和感を俺と光海君カンヘグンが生活する内殿ネジョンに部屋を移したパク・シルも感じた様だ。パク・シルの部屋の窓から外へ出る音が小さく聞こえた。程なくパク・シルが何者かを誰何する声と金属同士が打ち合う音が聞こえて来た。


 異常事態が起きた!


俺は床から飛び起きて廊下にいる夜番の女官を呼んだ。しかし、答えが帰ってこない。

物音一つしない所を見ると異常事態はすでに内殿ネジョンの中にまで及んでいるようだ。

俺は静かに床を離れると布団に枕を詰めて寝ている様に偽装をし、室内のあかりを全て吹き消した。願わくばパク・シルの所で全て収まって欲しかったが、そうは行かないようだ。廊下から足音を忍ばせて進む音が近づいて来る。俺は障子の影に隠れる様にして息を殺した。俺の手には鞘から抜いた左文字の脇差がある。


 廊下を進んで来た音は俺の部屋の戸を静かに開けると中に入って来た。月明かりもなく部屋のあかりも全て消した部屋では、侵入者は布団の位置を確認するのが関の山だろう。

廊下にはあかりが灯っている。侵入者の目が暗闇に慣れるまでには時間が掛る。

先に暗闇にいた俺は目が慣れて来て少しは相手の影が確認できる様になっている。


相手は一人で剣を手にしている、間違いない、侵入者は刺客……暗殺者だ。刺客は俺の布団の前に来ると躊躇した。俺は偽装がバレたかと肝を冷やしたがそうではなかった様だ。

刺客は剣を逆手に構えると心を決めたかの様に布団に突き刺した。


 俺はその瞬間を狙っていた。

布団を突き刺し手応えのなさに刺客が狼狽える一瞬を。

左文字の脇差を両手に握り俺は相手の腰に思いっきりぶつかって行った。身長の差もあり俺の逆刃に構えた左文字は刺客のわき腹に食い込んだ。肉に刀が刺さる感覚が両手を通して伝わってくる。

 ぶつかった勢いをそのままに俺はつばに体重をかけて左文字を押し込む。刃物は突き刺して押すと刃のついた方向に進む。左文字は刺客の腰から斜め上に食い込んだ。


刺客はまさか反撃があると思っていなかったのか胴巻きの一つもつけていなかった。

 両手に生温かい物が纏わり付いて来る。


「ぐう!」


刺客は噛み殺した様な声を漏らすとその場に片膝をつく。振り返った刺客は俺をみて驚いた様な顔をした。そして何故か振り払おうと構えた手を下ろしたのだ。

 暗闇の中での事なのに刺客の口が小さく動いたのがハッキリと分かる。刺客は刀を離してそのまま倒れた。まるで俺の暗殺を辞めた様な仕草だ。俺の左文字は背後から刺客の肝臓を貫いた様だ。短い脇差とは言え刃の中程までが刺客の脇腹に埋まって居る。刺客は小さく痙攣して動かなくなった。その時、廊下を駆ける音と共にパク・シルが飛び込んで来た。


臨海君イメグン様、ご無事ですか!」

「大丈夫だ、それより他の賊はどうした」

「切り捨てました、臨海君イメグン様こそ賊は……」


 そこへ騒ぎを聞きつけて光海君カンヘグン付きの女官が明かりを持ってやって来た。俺はそれを受け取り、その女官に内禁衛ネグミ(宮殿警備隊)へ緊急事態を伝える様に指示した。程なく、内禁衛ネグミの兵士がやって来る。賊は三人だった。その三人全員をパク・シルは知っていた。


パク・シルの元同僚で捕盗庁ポドチョン別将プジャン達だったからだ。

俺は感じる事があったので駆けつけて来た内禁衛ネグミの隊長に「今夜の事は穏便に済ますから他言無用」と厳命し、内殿ネジョンの者達にも同じように命じた。ただ、警備を怠った者は全員を内々に俺の所に連れて来る様に指示をした。隊長は真っ青な顔をして俺の提案に乗ってきた。表沙汰になれば降格どころか一族全員が斬首になるからだ。


 翌日、俺は朝の恒例行事を済ますと内禁衛将ネグミジャン(内禁衛の士官)の許へパク・シルを伴って訪ねた。内禁衛将ネグミジャンは三交代だが昨夜の騒ぎの影響かまだ交代してなかった。


臨海君イメグン様、こんな朝早くから何のご用事ですか…と伺うのは野暮ですな」


この内禁衛将ネグミジャンは中々話がわかる男の様だ。俺は自分の計画と言うか思いを包み隠さず話す事にした。俺を襲った賊は逃げ果したと公表したい事、切り伏せた賊三人は「衛兵」として賊と戦い命を落とした事にしたい旨を話した。


臨海君イメグン様のお考え、確かに聞かせていただきました。しかし、賊を公務で死んだ事にするのですか。理由をお聞かせ願っても」

「奴ら三人を賊として家族共々処罰すれば、裏で糸を引いた者を喜ばせるだけだ。正体が直ぐに判る様な者を刺客にしたと言う事はそれだけ焦っていたと言う事。裏で糸を引いた奴の鼻を少しでもアカしたくてな。余の勝手な思いだが、頼まれてはくれないか」


内禁衛将ネグミジャンは何かを思案した様だが、概ね了解してくれた。ただ、親父……宣祖ソンジョへだけは報告を上げる事が条件だった。その条件に異論は無い。


 賊の捜査は義禁府ウィグムブが担当する事になった。結果から言うと「名目上」の首謀者は俺付きの尚宮サングンと判った。俺付きのキム尚宮サングンはその日のうちに数人の女官と共に姿を消していた。警備の連中は良くある話で酒を奢ってくれたら変わってやると賊に言われて夜警を変わったらしい。俺の前で地面に頭を擦り付けていたので今後ともに頼むとだけ言って帰らせた。


 一番後味の悪かったのが刺客の事だった。

パク・シルが調べた所によると、三人共に出世が見込めず家族に病人等がいて生活に困っていたらしい。それが、どう言うことか病人達はいつの間にか内医院ネウォンイン(王宮の医療施設)で治療を受けていた様だ。裏で糸を引いた者も約束は守ったと言う事だろうか。


 特に俺を直接狙って来たペク・セック(白石九)はパク・シルと年が近く剣の腕はパク・シルと同格だったらしい。パク・シルと先に対峙した内の一人がペク・セックだったなら、勝てたかどうか分からないとパク・シルは言っていた。


 ペク・セックは代々の武官の家だが父が早生したために家勢が傾いた様だ。年の離れた妹が目の病に犯され困窮していたらしい。症状を聞くと前世の日本なら薬局で売っている目薬で治る様な病だ。俺は死んだ別将プジャン三人は侵入した賊と戦い死んだ事として処理させた。間違っても三人が賊となれば家族にまで類が及ぶ。悪いのは三人の弱みにつけ込んで刺客に仕立てたやつだ。


 俺は数日後、仁嬪インビンとすれ違った時に立ち話をした。


臨海君イメグン様、危険な目に会われたとか。お怪我がなくて何よりです」


何故にご存知なのですかとは言わない、俺もバカじゃないからね。

誰が裏で糸を引いているか位は察しが付いている。


「あの三人が勇敢に戦ってくれたおかげです、自分の命を捨ててまでね」

「兵が王族の盾となるは当然の事、臨海君イメグン様に大事なかった事が一番です」


仁嬪インビンは顔色一つ変えずにそう言いやがった。

俺は思わず唇を噛み締めた。

口の中に鉄錆の味が拡がって行く。

臨海君よ、この『味』を忘れるな!

俺は自身に言い聞かす。


仁嬪インビン様、国王陛下にあの三人の家族に十分な褒美をとお口添え下さい」

「……臨海君イメグン様はお優しいのですね。そのお話、承知いたしました」


仁嬪インビンはそう言い残すとお供を引き連れ去って行った。三人に褒美を出す件を仁嬪インビンが承諾した……俺が刺客の「黒幕」に気づいている事を仁嬪インビンも分かっていると言う意味だ。

 数日後、キム尚宮サングンの水死体が上がったと噂に聞いた。一緒に消えた女官も生きているとは思えない。俺と仁嬪インビンでは持っている手駒の数も手駒を動かす資金力にも雲泥の差がある、その事を思い知らされた事件だった。


俺は言い知れない恐怖感と湧き上がる怒りとに苛まれた。

この伏魔殿で俺は生きて行く決意をした。

これはほんの序章に過ぎない。

俺の生きるための戦いは始まったばかりだから。


ここまでお読み頂けた事、感謝致します。


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