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転生 【その1】

初めての連載投稿です。生温かくお願いいたします。


 防衛大学校を任官拒否して卒業した俺、岳野伸也おかの のぶやは仕事先の図書館からの帰り道で、猫虐待犯人のとばっちりで命を落とす。死んだはずの俺は500年前の朝鮮王国一残念な王子と言われた臨海君イメグンに転生した?

「…ふう、やっと終わりっと」


  俺は誰に言うともなく言葉を漏らしていた。

ばく書作業をひとまず終えて俺は書架の海からはい上がってくる。

国内でも最大級の図書館の臨時職員になって1年がたった。

インターネット全盛期に紙媒体の価値ってどうよ、と思うのは甘い。


 世界的な会社が紙媒体をどんどん情報化はしているのは事実だけどね。

将来的には紙媒体は役目を終える可能性は十分にある。

それはまだまだ先の話だし本には本にしかない良さがあると俺は考えている。


 自分の体質と言うかよく言えば個性、悪く言えば一種の障がいがその思いを強くする。

俺は一度見たもの一度経験した事を詳細に記憶する事ができる。


 幼い頃に高熱を出した事が原因らしいが理由はよく分かっていない。

通常の症例なら、記憶力向上の代償に他の何かが欠けるらしい。

例えば、計算力なんかが落ちると言われている。

世に言うところのサバン症候群だ。


 しかし、俺の場合はその兆候が現れていない。

計算力も他の脳力も損なわれていないと言う診断だ。

俺は代償を支払わずに完全記憶という力を手に入れた事になる。


 ただ感情の起伏が乏しいとよく言われるし、自分でもその点は自覚がある。楽しみも悲しみも理解はできる。しかし、他人のそれとはどこか違うのだ。

まあ、コミュ障と言うわけでもないので友人はいる。


 

趣味と言うか、好きな事もある。歴史、特に『戦史』を調べるのが好きだ。

考えれば分かりそうな計略に引っかかったりする『歴史』が興味深い。

歴史のダイナミズムは色あせる事がない。


俺は進学校と言われる高校を卒業しとある大学へ進学した。

日本で唯一戦争を教えてくれる大学。そう防衛大学校だ。


 俺の大学時代の知人から連絡は来ない。それはそうだろう。

連中は皆、今頃幹部学校で地獄の特訓を受けている。

俺は「教室卒業組」いわゆる任官拒否と言うやつだ。

帽子投げで有名な「卒業式」を期待していた親族、特に婆ちゃんは落胆していたが親父もお袋も反対はしなかった。


「自分で決めたなら、それでいい」


親父が言ってくれた一言だ。


電車の改札と見間違うエントランスを出てそんな事をつらつらと思いながら歩いていると駅に向かう交差点の信号が赤だった。


信号を超え駅への道を歩いているとポケットのスマホがLINEの到着を告げる。7つ上の姉貴からだった。

姉貴は今、後期研修を終えて「武者修行」と称して中東へ行っている。


年功序列が煩い国内と比べ中東では年齢に関わらず技術があれば手術をさせてもらえる。外科医を目指す姉貴にとっては格好の修行の場のようだ。


LINEの内容はたわいもない出来事と頼んで置いた本が入手できたので送るとの事だった。信号を越えると公園のある通りに差し掛かる。


 夕方の公園には遊んでいる子供は誰もいない。最近は公園で遊ぶ子供たちも帰宅が早いのか静かなものだ。何となく道から外れて公園へ入って見た。


 初めて足を踏み入れたが広い公園だ。ベンチに腰掛けてスマホを眺めていると誰か大人が公園の奥で何かしているのが目には入ったが俺には関係ない。


 スマホに目を戻し、書きかけのレポートをチェックする。興が乗ったのもありしばらくスマホに集中していて気がつかなかった。いつの間にか公園の奥で何かしていた「誰か」…若い男がすぐそばに立っている。


「……お前、見てただろ」


「何の事です?私は何も見ていませんよ」


 俺は関わり合いになりたく無いのでスマホをポケットにねじ込んで立ち上がろうとした。


「これの事だよ」


 男は俺の返事を無視し手にぶら下げた物を俺の顔の前に突き出してきた。

死んだ猫だ。

見るからに今死んだばかりでまともな死に方でもない。


「見てないって言ってるだろ!」


 俺はベンチから立ち上がって踵を返そうとした。瞬間、頭部に激しい衝撃を受けた。


「めんどくせえんだよ、警察や愛護何たらがさ」


頭を押えて振りかえると俺を見つめる男の目付きが何かおかしい。

俺はさっさと逃げなかった事を後悔した。男の手には猫を殴り殺したと思わしき棒切れが握られている。殺した猫を投げ捨て男は棒切れを両手で握って振りあげた。


 俺はとっさに拳を内に向け両腕を十字に組んで頭をかばう。ただし男の動きから目を切らない。腐っても俺は軍人教育を受けている。素人になぞ負けはしない。人間の筋肉は一度や二度の打撃には耐えられる。肉を討つ音が響くが骨に支障がなければ大丈夫だ。


「ひわ〜」


 男は変な唸り声を上げ振り下ろした棒切れを今度は振り回そうとする。

俺は腰を落として斜に構え十字に組んだ腕を後ろに引く。

十字に組んだ腕を解き右の拳を左手で包み込む様に構え反動をつけて男の懐へ飛び込む。

そのまま右肘を男の鳩尾へ叩き込み、男の態勢を崩した所で男の右脇腹に膝蹴りを強く入れておく。


そこには肝臓がある。

少なくともこれで俺が立ち去る時間ぐらいは稼げるはずだ。


普通だったら警察なりへ通報するのが本筋だが正直言って関わりになりたくない。警察であれこれと聞かれるのが嫌だし何よりこんな奴はその内に捕まるだろう。


  この時少しばかり面倒がったのが俺の一生を変えてしまう。

吐瀉物を顔や服につけたまま、ブツクサ何かをつぶやいている男を放置して俺は今度こそ踵を返した。


 数歩歩いた所で脇腹に衝撃と激痛が走った。振り返った俺の目に映ったのは男が背を丸め俺の脇腹に食らいついている姿だった。脇腹の激痛は何かを握りしめた男の右手のあたりだ。この男、刃物を持っていやがった。


  俺は脇腹に刃物を突き刺している為にガラ空きになった男の延髄に向け肘鉄を落とし、肘を支点にして倒れこむ様に押し込んだ。肘の下で変な音がした。

俺の下で男は小さく痙攣している、正当防衛だしこんな奴は死んだっていい。


出血が多いのか力が抜けるのが早い……意識が遠のいて行くのが分かる。

警察いや救急車を呼ばなくちゃ……姉貴がいりゃ……早いのに。

だめだ……意識が混濁してきた。

通行人が気づいてくれたのか数人が駆けてくるのが見える……

俺がこの世で見た最後の光景だった。俺はそこで意識を手放した。



 俺は夢を見ているのだろうか?

見たこともない連中が俺の顔を覗き込んでいる。どう言う事だ?

頭がハッキリしないが何かがおかしい。


まず、周りの連中の服装だ。ここが病院だとしたら白衣か手術着を着ているはずだ。確かに白衣らしいものをつけた爺さんとお姉さんもいるが他の連中の服装が変だ。見覚えのない格好をしている。


  第一、俺の寝かされている場所が病院の病室じゃない。歴史的な造りの部屋なのは分かる。しかし和風ではないし当然に洋風のそれでもない、強いて言うなら中華風な部屋。それも床に直に布団を敷いて寝かされている。


手首に指を添えて脈を取っていた白衣らしい物を着た爺さんが、俺が目を開けたのに気がついたようだ。そしてホッとしたような声で話しかけて来た。


「イメグンさま、気がつかれましたか……」


『イメグン』誰の事だ?

俺の名前は伸也、岳野伸也おかの のぶやだ。

『イメグン』も何の事だか分からないが、俺は「さま」付けで呼ばれる人間とは違う。


 第一に病院だとして俺は危篤状態で運ばれたはずだ、間違いなく致命傷を負っている。

それなのに俺が寝かされている場所は集中治療室でもなければ何よりも病院ですらない。

医者らしい爺さんが難しい顔をして脈を取っているだけ。一体これは何だ。


 瀕死の状態の患者の脈を悠長に取って何になる。あのまま死んでいたとしても世間に聞くあの世ともどこか違う。死んだ人間の脈を取る神様なんて冗談にしても笑えない。


ただ頭が重く違和感が続く。

頭の中と言うか記憶や心とでも言う様なモノが変質していく何とも言えない不快感が続いている。変質して行く記憶や心の中に見た事もない風景がDVDを早送りするように現れる。加えてその風景に対して誰かが解説をしているかのように理解が進んで行く。また意識が薄れて行った。




臨海君イメグンさま、お加減はいかがですか」


余の脈を取っていた、内医院ネオンイン御医オイが声をかけてくる。声が出ないので余は頷く事で返事をしておく。


「お気づきになられました」


御医の台詞に周りの宦官や女官達が安堵の表情を浮かべる。


「誰か、急いで王后ワンフ様にお知らせを」


 若い女官が一人部屋を飛び出して行った。周りは口々に「よかった」「よかった」と言っているが一体何の事だ。女官達と遊んでいる最中に急に頭が痛くなり余は内殿ネジョンへ運ばれた。


陽射しが強かったからだと女官達が騒いでいるのが聞こえていたが…程なくして王后様がお見えになった。


 王后様は庶子である「私達」兄弟を可愛がってくださる。ご自身にお子がないのもあるのだろうが父上……王様が最近、新しい尚宮サングンばかりを構っているのもあるのだろう。


 母上がお亡くなりになってから父上と話をするのも朝のご挨拶と博士達からの告げ口のお小言を頂く位になった。諸学の後は女官達と遊ぶ位だ。余は時が過ぎて行くのをただ待っているだけだ。


また頭痛が襲って来た。頭痛の合間に不思議な夢が続く。見た事もない光景や人や物が次々に現れる。目の前がロウソクを吹き消す様に暗くなった。




 意識がまた少しだけはっきりしてくる。ここはあの世なのか?それにしては変なあの世だ。内医院ネオンイン御医オイ尚宮サングン……なぜ知っている。


 それに最初に御医の爺さんが俺の事を何て呼んだ?『イメグンさま』。誰がイメグンだって?俺の名前は、岳野伸也おかの のぶや……混乱している頭を落ち着かせるために状況を確認し整理して行く。もう一度目を閉じた。周りはまた騒がしくなったが気にしない。それよりも大切な事がある、これは夢やあの世ではない事だ。


布団の中で左手が動かせたので体を触ったり軽く叩いたりしたが『実感』がある。ただし、とんでもないおまけがついていたが。体が変わっている、身体が小さい。


 正確に言うと幼い身体だ。性別は男のままだがその時に幼い事が十二分に確認できた。

 何が起こったのか理解できない。いや……答えの予測はできる。だが直ぐに信じる事ができない。しかし信じるしかないのか?冷静な『俺』が事実を積み上げ答えを語ってくれる。


 俺は別人になっている。『イメグン』と呼ばれる幼児だ。

頭の中で何かが始まった。


 俺の頭の中で情報のデバック処理のようなものが行われている。岳野伸也だった俺の記憶はあの公園の中で終わっていて、別の人格が同居している。いや逆か。


 俺の意識が別人の中に存在している。ただ相手はあまりに幼く人格も自覚もとても薄い。

 俺の思考は進まないのに情報だけがどんどん入ってくる。幼児の名前はイ・ジン(李珒)。


 ほど無く臨海君に封じられた?要は臨海君と言う「爵位」を貰ったと言う事か。後は弟が生まれた喜びと日々挨拶に行く父親……王様と言っているな。

 その時の緊張感。そしてとんでも無い悲しみに意識の大半が塗りつぶされている。


 これは葬式……そうか……母親が亡くなっているのか。

 しかし、さっき「王后を呼びに行く」と言っていたが……


 イメグン、イメグン、イメグン……


 思い出した。臨海君と書いてイメグン。朝鮮王国15代国王 光海君カンヘグンの実兄だ。臨海君イメグン光海君カンヘグンは側室の恭嬪コンビンキム氏から生まれた同腹の兄弟だ。確か恭嬪・金氏は光海君を産んですぐに亡くなっている。


 臨海君は豊臣秀吉が起こした「文禄、慶長の役」で加藤清正に捕らえられた朝鮮王国の王子の一人だ。秀吉が死んで日本軍が引き上げ、国が落ち着いたと思ったら、今度は父親である14代国王宣祖ソンジョが死んだ。臨海君は国王になれず挙げ句に光海君の命で殺される。最近、日本で流行っている『忖度』ってやつだ。


光海君の佞臣が忖度して邪魔な臨海君を始末した……考えたら哀れな人生だよな。

 運が無いと言うか「文禄、慶長の役」がなかったら臨海君が15代国王かも知れなかったのだから。


頭の中で繰り返えされる臨海君の思いは『寂しい』『王になる』この二つが殆どを占めていて後は、喜びや悲しみがその都度に幼い心に刻まれている。

 自身で5歳と認識しているから実際は4歳か。そりゃ自覚や自我なんてないよ。


 そんな事に気がつく俺はきっと相変わらずに冷静なのだろう。記憶の中で庶子がどうのと言う女官達の噂話に気を取られている。確か朝鮮王国は儒教国家だったはずだ。


 出自や長幼の差別が酷いに違いない。女官達の噂の記憶に何とも言えない感情が込み上げてくる。今までこんな感覚は持った事がない。『感情の起伏が乏しい』の一言で片付けられていた俺の感情がゆったりと波打ち初めている。幼児の身体だからか?


それとも一度死んだからか?何が何だか分からない。

まあ、そのうち神様や仏様の類が説明でもしてくれるだろう。俺は自分の死と言う現実をあっさりと受け入れ、加えてこの驚愕の現実さえも楽しもうとしている。


 何だろう昔の事がつらつらと浮かんで来る。臨海君が、俺の現代日本の記憶を見て呆気にとられて居る。


本当に不思議な感覚だ。大人と子供、二人分の記憶やそれこそ、人格とでも言うものが溶け合って行くような感覚に包まれる。幼い臨海君と大人の俺とでは俺の方が占める割合が多い。なんなのだ、この変な感覚は。


 俺、岳野伸也の人生が終わったにしてもおかしな感じだ。

これが死と言うものなら論文レポートの一編位書けそうだ。

また意識が朦朧としてきた。何かとんでも無く眠たい。不眠行軍訓練よりも眠たいぞこれは。俺はここでまた意識を手放した。




お読みいただけました事、感謝いたします。

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